キャッシュレス時代。セブン銀行との共創で創出する「ATM+」の価値
text by Kazuki Miura / photographs by Ryoji Fukuoka(GEKKO)/ illustrated by Forbes JAPAN 2019年11月5日Forbes JAPAN webより転載
NECはセブン銀行(旧アイワイバンク銀行)の設立時からATMの開発を担当してきた。現在では2万5000台以上のATMがセブン-イレブンの店舗や駅などに全国で設置され、社会インフラとして機能している。
そして2019年9月、セブン銀行とNECは次世代ATM 「ATM+」を発表した。
「ATM+」はセブン銀行の第4世代にあたるATMだ。その姿を見ると、まずデザインが大きく変わっていることに気がつく。白を基調に包み込むような曲線的なフォルム、見やすい画面、さらに買い物袋下げや杖置きも装備されている。そして機能面も大きく拡張。従来のATMにはなかった顔認証による本人確認やQRコード決済に対応しているという。
ATM+を目の当たりにすると、そこに込められた強い意志を感じざるを得ない。”現金引き出し機”から脱却し、”幅広い利用者層”にむけた”新しいサービスプラットフォームとして生まれ変わろう”という意志だ。
デジタル化とキャッシュレス時代へと大きな変革期をむかえ、セブン銀行とNECはどのような想いを込めてATM+を開発してきたのだろうか。その開発秘話、そしてこれからのATMのあり方について、設立当時から長年ATM開発に携わっている両社のキーマンたちに話を聞いた。
ATMの役割を変えていく
およそ20年前のATMといえば銀行や駅前などに設置されているものだった。しかし20時くらいで営業終了してしまうところが多く、深夜に急に現金が必要になったときに困ったという経験がある人もいるだろう。
そんな状況を変えようとしたのがセブン銀行だ。現金の入出金をメインとした金融系サービスを”コンビニという身近な場で提供する”というコンセプトから始まった。
セブン銀行のATMは、第1世代から第3世代までは現金の入出金という金融サービスの機能性を進化させてきた。いかに快適に、簡単に現金が下ろせるか、振り込みが行えるか。ATMとしての正統な進化を遂げてきたと言ってもいいだろう。
ATMは一世代あたりの使用期間が長い。そのため”数年先の未来”を見据えた設計が必要である。両社は第4世代の開発にあたって、来たるキャッシュレス時代を捉えていた。そして主要機能である現金の入出金”以外”の要素が重要になってくると開発初期から考えていた。
「ATMを地域のプラットフォームに進化させよう、ATMの役割を変えていこうという想いで開発に至りました」と語るのは、セブン銀行 執行役員でATMソリューション部長の深澤 孝治氏。
セブン銀行にとって、ATMは単なる機械ではなく、セブン-イレブンの商品と位置付けている。
それに呼応するように「我々はATMという”機械”ではなく、”ATMがもたらす価値”を提供していくという意識を持っています。今回のセブン銀行様のビジョンに強く共感し、一緒に創り上げたいと思いました」と、NEC第一金融ソリューション事業部のシニアエキスパート 槇島 貴も応える。
両社の混成チームによる共創から始まった
ATM+の開発は2017年から開始。しかし、その2年前からセブン銀行とNECは将来のATM端末とはどうあるべきかというコンセプトワークを実施していた。その当時は、まだATM+開発という話は持ち上がっていない段階だった。
「セブン銀行のATMは、実際にどのような属性の人がどれくらいの時間帯で使っているのかといった動向調査から、AIなどの先端技術の研究会まで、NECと一緒に行ってきました。その2年間のコンセプトワークの末に生まれたのがATM+です」(深澤氏)
その2年間では、通常のATM開発では行われないような試みも数多く行われてきた。そのうちのひとつが、セブン銀行とNECの社員が合同でチームを作り、新しいATMをデザインするというワークグループだ。
通常、クライアントと開発陣営による混成チームによる活動はあまり例がない。まさに”共創”という言葉がふさわしい。なぜセブン銀行は、NECと二人三脚でATM開発に取り組もうと思ったのだろうか。
「未来のATMが抱える課題は何なのか、次に目指す方向はどこだろうか。さまざまな角度から検討して行く必要がありました。そのためには自社に閉じて検討するのではなく、我々の事業をよく知るパートナーと一緒にやっていくことで、ゴールが見えるのではないかと考えました」(深澤氏)
もちろん、これは両社にとって前例のない挑戦ともいえる取り組みであった。この取り組みは長年共にATM開発に携わってきた3人の関係性なくしては実現できなかった。NEC システムデバイス事業部の事業部長代理、藤田 茂樹はこう指摘する。
「20年の付き合いですから、お互い言いたいことも言い合えます。言われたことに応じるだけでなく、こちらからもさまざまなアイデアや機能を提案してきました。それは、決して馴れ合いではない、”いい関係性”だからこそ実現できることだと思います」
また、両社全体の関係性もかなりオープンで強固だという。ATM+の開発期間中は経営幹部から一担当者までの数十人規模が集まって開催する開発会議をほぼ毎月実施した。これが開発スピードを上げた要因でもあったようだ。
「ATMというのは、ただ24時間稼働していればいいというわけではありません。現金を補充や機器のメンテナンスといったオペレーションも発生しますし、設置環境やセキュリティ面など、さまざまな要素が整って初めて運営できる商品です。そのため、システム部門同士だけで開発をしていてもなかなかうまく行きません。関係している人間が上から下まで一堂に会して情報共有をすることで、スピード感のある開発をすることが狙いでした」(深澤氏)
この開発会議では、お互いの情報を共有するだけでなく、意思決定もその場で行っていたという。このスピード感は大企業同士のタッグではあまり見られない。お互いの信頼関係の深さ、そして新しいATMを作り上げるという共通の強い志があってこそだと言えるだろう。
VRを駆使したアジャイル開発を採用
開発スピードの加速は会議以外の部分でも行われていた。その顕著な例が、VRの導入だ。
これまでのATMの開発では、モックアップ(実物型模型)を製作して店舗に持ち込んで、サイズ感や見え方などをチェック。手直しが発生した場合は一度モックアップを引き取り、再度作り直して店舗に設置して……ということを繰り返していた。当然、モックアップを作る手間もかかる上、設置する店舗側にも迷惑がかかる。それを解消するために導入されたのがVRだ。
「ATMはもちろん、実際に店舗も忠実にVRで再現しました。店舗のVR空間に仮想のATMを設置して、ここに置いたらこう見える、こちらからならこう見える、この棚越しにはこう見えるぞ、ということをチェックしました」(藤田氏)
実際にモックアップを搬入する手間も時間も短縮できて効果は絶大だったという。しかし、それ以上に効果があったのが、修正の手間だ。モックアップを作り直すには、一度引き上げなければならないが、VRならばその場で修正が可能。まさにアジャイル的なものづくりが開発スピードの加速を支えていた。
女性チームのアイデアから生まれたATM+のデザイン
ATM+は、良くみかけるATMのデザインとは違い、曲線を多用したデザインを採用している。このデザインにはセブン銀行の強いこだわりがある。
一般的なATM像は直線で角ばっているイメージだ。今回の開発の際にも、NEC側は第3世代ATMをベースとしたデザインを初期案として提出した。しかし、セブン銀行側はもっと挑戦することを求めた。
こうして両社は女性だけのデザイン検討チームを発足。そのチームからは直線的なフォルムは不評だった。女性から見ると直線的なデザインは、怖い、使いづらいというイメージに映っていたという。
こうしたデザインアプローチからATM+のデザインコンセプトが固まっていく。従来にはなかった曲線を取り入れたデザインへ。結果的に10種類以上のデザイン案が提出されATM+の完成形に至った。女性にもATMをもっと受け入れて欲しい──。ATM+のあのフォルムには、そんな想いが込められていた。
NECの最先端技術を搭載。ATMの”新たな役割”へ
ATM+には世界トップクラスの顔認証技術をはじめ、NECの最新技術が数多く搭載されている。ATM+にはこうした技術が活用された「+ (plus) エリア」と呼ばれる操作エリアが設けられている。名前の通りここに「ATM”+”」に込められた新機能が集約。サブディスプレイで操作することができる。
では、具体的にどのようなサービスが提供されるのか。その一例が本人確認だ。「+ (plus) エリアで運転免許証やマイナンバーカードなどを読み取って顔認証と組み合わせることで、口座開設や住所変更時に必要な”本人確認”が行えるようになりました。今まで窓口など特定な場所に行かなければならなかった手続きが、今後はATM+で対応することができます」(槇島)
さらにQRコード決済や、Bluetoothによる通信でスマートフォンへ情報を発信することも可能になった。こうした機能により今後さまざまな業種のパートナーと連携することができる。例えばシェアリングサービスや、チケットの発券など、従来のATMでは考えられなかった非金融のサービスまでもATM+で対応できるようになるという。
これらは”コンビニにいけば生活に必要なサービスを受けられるようになる”ことを意味する。そして、これこそ現金の入出金だけでないATMの新たな役割である。ATM+は日常の生活をより便利にさせ、大きなインパクトを与えるだろう。
開発メンバーのATM+に対する想いとは?
長年セブン銀行のATMに携わってきた3人は、ATM+にどんな想いを抱いているのだろうか。
「セブン銀行様と我々NECが、議論を重ねに重ねてこだわり抜いて作ったものですので、ぜひ皆様に使っていただければいいなと思っています。ATM+にはさまざまな機能が搭載されていますが、安全・安心という部分はしっかりと担保していかなければなりません。犯罪の手口も多種多様になってきているので、それに対する対策を施すことはNECの責任だと思っています」(槇島)
「NECはBtoB事業が中心で一般の方が直接使われる機器はほとんどありません。しかし、このATM+は我々の家族も使える端末ですので、非常にうれしく思っています。利用した方がSNSなどでATM+に関して感想を書かれていたりするのも、我々のモチベーションアップにつながっています。自信を持って送り出した端末ですので、ぜひ使って評価していただきたいと思います。端末の前面にNECのロゴも入っているので、こちらも注目していただければ幸いです」(藤田)
「金融の枠を飛び越えて、セブン-イレブンに行けば便利なサービスが受けられる、そういう端末にしていきたいですね。スマートフォンがあれば事足りてしまう場面も増えていますが、使いこなせない方もいます。お子さまからお年寄りまで、誰一人取り残さない社会を作るためには、生活に密着した地域に、我々のようなサービス提供ポイントが必要だと思っています。コンビニに来たら生活に必要なサービスが受けられるように、今後はサービスの幅を広げていけるようにしていきたいと思います」(深澤氏)
+(Plus)エリアを活用したサービスは、今後、業種を超えた共創でさまざまなサービスを提供していく予定だという。ATM+は、これまでのATMの常識を超え、デジタル化、キャッシュレス時代のための新端末だ。ATMのリスタート、シーズン2の始まりとも言ってもいいだろう。
すべての人がデジタル技術の恩恵を受けられる社会を作るために
深澤氏は「誰一人取り残さない社会を作る」と述べた。これは、NECが掲げる、すべての人がデジタル技術の恩恵を受け輝ける社会を目指す「Digital Inclusion」と合致する。同じ気持ちを共有している両社だからこそ、これまでにない新しいATMの開発ができたと言える。
そしてATM+を実際に使ってみると、利用者への”おもてなし”の心が色濃く反映されていることを体感できる。画面に表示されるアニメーションは季節やイベントで変わり、利用中はピアノの心地よい音楽が流れたり、外国人向けに琴の音が流れたりする。そして荷物置きやドリンクホルダーのほか、杖置きまでも完備している。
一見これらはATMの本質的な機能とは無関係に思えるかもしれない。しかし、セブン銀行の商品であるATM+は”さまざまな人”に”いかに心地よく使ってもらうか”を大切にする。事務的な存在であったATMに”おもてなし”を加えた発想は、ATMを商品と位置付けているセブン銀行ならではの発想と言える。こういった側面からもATM+が目指そうとする、新しいATMのあり方を感じ取ることができる。
セブン銀行は、日本の隅々までアクセスを届けるという使命を掲げている。近くに銀行やATMがない場所でも、セブン-イレブンに行けばお金を出し入れできる。そしてATM+ならば、さらに便利で多様なサービスが受けられるようになる。そのサービスを支えるパートナーがNECであり、NECの最先端技術なのだ。
年齢や性別、地域などを超え、誰もが公平にサービスが受けられる社会に。セブン銀行とNECは、ATM+で新しいスタート地点に立ち、走り出したばかり。これからも両社は、ATM+と共に新しい価値を共創していく。