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地方創生現場を徹底取材「IT風土記」
関西発 世界で屈指のNECベクトル型スパコンで、6時間先の河川氾濫を予測
Text:産経デジタル SankeiBiz編集部
大規模な洪水被害が相次ぐ中、住民の迅速な避難促進につながる河川の氾濫予測システムに期待が高まりそうだ。三井共同建設コンサルタント株式会社と京都大学防災研究所、NECは、降雨量を入力し、河道流量から洪水氾濫までを即時に解析・予測できる「降雨流出氾濫(RRI)モデル」を用いた「全国版リアルタイム氾濫予測システム」を開発した。これは、中小河川を含む全国の河川を対象に、災害発生の危険性を察知する河川水位の予測のみならず、越水後の氾濫状況までをリアルタイムに予測することが可能であり、Webブラウザにより情報を閲覧することができる。今はさらなる高度化を目指しており、NECの最新ベクトル型スーパーコンピュータを活用すれば6時間先まで見通せることもわかった。国や都道府県が管理する主要河川に比べ、市町村、地方公共団体管理の中小河川は、水位センサーの設置をはじめ、予測システムの構築・導入は費用面で難しい。全国の河川を網羅するリアルタイム氾濫予測システムが実際に稼働すれば、命を脅かす万一の事態への備えが手厚くなるのは間違いない。
西日本豪雨や台風19号…甚大化する洪水被害
「NECのスパコンでブレークスルーしました」。三井共同建設コンサルタント 河川・砂防事業部 水文・水理解析部の近者 敦彦部長は、全国版リアルタイム氾濫予測システムの開発の経緯をこう明かす。近者部長は、このシステム開発プロジェクトのマネージャーを務め、関西支社に所属して京都大学との連携を担っているという。
そもそも、三井共同建設コンサルタントが本格的にこのシステム構築に乗り出したのは、2018年6月末から7月初めにかけて、西日本を中心に、北海道や中部地方を含む全国の広範な地域に甚大な被害をもたらした西日本豪雨がきっかけだ。地球温暖化に伴う異常気象を背景に、西日本豪雨以前にも17年7月には九州北部豪雨、16年8月には北海道・東北豪雨、15年9月には関東・東北豪雨と、毎年のように洪水被害が発生しており、河川の氾濫を予測するシステムで被害の拡大を食い止めることの重要性を再認識した。
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近者 敦彦 部長
ただ、洪水被害をめぐる予測システムの構築は、十分とは言えないのが現状だ。国が管理する一級河川などでは、災害発生の危険性の察知に向け、河川水位の状況を予測する洪水予測を中心に構築が進んでいるが、その過半数が「洪水予測」であり「氾濫予測」はないに等しい。ましてや市町村、地方公共団体が管理する中小河川は洪水予測の導入さえできていないケースが多い。これはシステム開発やメンテナンスコストの負担が足かせになっているからだ。2019年10月の台風19号でも、支流の想定外の氾濫が被害の拡大を招いただけに、中小河川の氾濫を予測することは、全国の自治体にとって喫緊の課題といえるだろう。
市町村・地方公共団体管理の中小河川でも氾濫予測を実現
こうした現状を踏まえ、三井共同建設コンサルタントの近者部長は「情報の少ない中小の河川においても、何らかの危険情報が察知できるようにするため、全国版リアルタイム氾濫予測に取り組んでいる」と強調する。
全国版リアルタイム氾濫予測システムは、地形データなどをもとに、日本全国を4秒メッシュ解像度(約120m×100m)に分割し、気象庁が配信する高解像度降水ナウキャストや国土地理院が提供する国土数値情報等のデータを活用して演算を行う。中小河川を含む全国の河川を対象に、河川水位の予測だけでなく、氾濫状況までをリアルタイムに予測することが可能で、Webブラウザにより情報を閲覧できる。
これまで同社は、洪水被害をめぐる予測システムの構築業務を数多く受注している。ただ、雨から河川に流出する流量を計算する流出解析を使用したもので、洪水予測にとどまっていた。洪水予測から氾濫後の状況も含めた予測へと走り出せたのは、降雨から流出、そして氾濫という一連の流れについて、流出解析と氾濫解析を一体で高速に解析するRRIモデルの出現を知ったからだ。
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佐山 敬洋 准教授
RRIモデルは、京都大学防災研究所の佐山 敬洋准教授が土木研究所水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)の主任研究員時代に開発した。佐山准教授は「2019年の台風19号や18年の西日本豪雨のように、各地で同時多発的に発生する豪雨災害に対しては、観測情報のない中小河川も含めて、広域を一体的に解析することが望ましい」と説明する。
全国を網羅したRRIモデルの開発は、東京大学生産技術研究所の山崎大准教授が落水方向などを高精度・高解像度で構築する技術を開発し、「日本域表面流向マップ」という形でデータをオープン化したことで、一気に加速した。
「全国版氾濫予測に取り組む際に、高速計算が実施できる計算環境を整備することが何よりも重要だった」と三井共同建設コンサルタントの近者部長は振り返る。並列計算を得意とし、同時にさまざまなデータを計算・処理でき、気象予測領域で世界的に実績のあるNECのベクトル型スパコンに目を付けたのはこのためだ。
同時多発型豪雨の解析に耐えうる計算力
三井共同建設コンサルタントは、「リアルタイム」のサービス実現に向けて「高速化」を追い求めた。しかし洪水時には、河道流量の増大、氾濫原の浸水拡大により計算機負荷が高くなり、平常時より数倍の計算時間がかかる。全国版のリアルタイム氾濫予測の実現には,演算の高速化が必須である。一般的なLINUXサーバーで試してみたが、どれだけ時間をかけても演算が終わらない日もあり、ましてやリアルタイムに結果を出すことは絶望的だった。そこで2018年6月に、世界最大級の大規模ベクトル型スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を保有している国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)に助力を仰いだ。JAMSTECは日本の海洋地球科学の研究開発や地球規模の気候変動等の統合的な理解推進と科学的知見の発信、産業界等の活動への貢献とイノベーション創出等を推進している。「地球シミュレータ」は2002年3月からJAMSTECにより運用されているが、前述の「地球シミュレータ」は2015年3月より稼働を開始した3代目である。3代目の「地球シミュレータ」ではNECのベクトル型スパコンが採用されている。
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スパコンを使いこなすためには、プログラムを自動変換するコンパイラの性能が非常に重要である。また、地球シミュレータの備えている能力を極限まで引き出して計算するには、独自にプログラムをチューニング(最適化)する必要があった。そこで、JAMSTEC付加価値情報創生部門・地球情報基盤センター・計算機システム技術運用グループリーダーの上原 均氏と、同グループ技術主任の今任 嘉幸氏らが河川氾濫予測の高速化を目指し、チューニングを支援した。
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上原 均 グループリーダー
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今任 嘉幸 技術主任
「地域の人々が安全に納得して避難できるためには、ある程度の先の予測と情報の精度の高さが求められる。リアルタイムで河川水位がわかるだけではなく、越水後の氾濫を高い精度で予測する必要がある。だから、データを入力してから結果を出すまで30分で終えて欲しい」。三井共同建設コンサルタントが求めるハードルは非常に高かった。しかし「社会に貢献するためにノウハウを振り絞ってやってみようと奮起しました」と上原氏は振り返る。
JAMSTECはチューニングを続け、半年後の2019年初めには求められていた「30分」のハードルに対し、目標を大きく上回る「19分」に短縮できた。結果、1時間先の河川氾濫予測を立てることが可能となった。全国版リアルタイム氾濫予測システムの実用化へ向けた重い扉が開いた瞬間だった。
高速化の支援に成功したJAMSTECの2人は、ベクトル型スパコンの将来性に期待を寄せる。上原氏は「一時期、スカラ型スパコンが旋風を巻き起こし、ベクトル型スパコンに逆風が吹いていたのは間違いない事実。でも、世界的にはベクトル技術はどのスパコンにも取り入れられるようになり、ベクトル技術に揺り戻しがきていると感じる。そして、NECのスパコンには、長年にわたって知見やノウハウを蓄積してきた自動ベクトル化機能の備わった『コンパイラ』がある。この技術は世界的に見ても貴重な技術です。このような技術は一度失われてしまうと二度と取り戻すことはできません。途絶えることのないように、次の世代にも必ず残してもらいたいです」。今任氏も「ベクトル型スパコンは条件が一致した時に圧倒的に強く他の計算機を全く寄せ付けない魅力がある。研究者にもこの良さを好む人は多くいるので、NECにはベクトル型スパコンを貫いてほしいですね」と述べた。
高性能と使いやすさを両立 住民の安全・安心を確保
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永谷 公学 マネージャー
全国版リアルタイム氾濫予測システムは、さらなる高度化を目指し、もっと先の予測を立てることに挑んでいる。先の予測が立てられれば、その分、住民が家族と連絡を取ったり、日頃服用している薬など大事な物をまとめる避難準備をすることができる。そこで、JAMSTECで作りあげたプログラムをNECシステムプラットフォームビジネスユニットAIプラットフォーム事業部の永谷 公学マネージャーがチューニングを行い、最新のベクトル型スパコン「NEC SX-Aurora TSUBASA」に実装したところ、30分おきに6時間先の予測を立てる見込みが立った。災害をもたらしかねない台風や大雨に際し、NECのベクトル型スパコンは、住民の完全・安心を確保する支柱になるといえるだろう。
SX-Aurora TSUBASAは、NECが独自開発したデータ処理装置の「ベクトルプロセッサ」をコンピュータの機能拡張用の「PCI Express カード」に搭載し、「x86プロセッサ」を載せた汎用のサーバーやオープンソースのOS「Linux」が使える環境と組み合わせることにより、高性能と使いやすさを両立させたのが特徴だ。
NECシステムプラットフォームビジネスユニットAIプラットフォーム事業部の陶 理恵セールスマーケティング ディレクターは「NECのスーパーコンピュータは、データを一度にまとめて演算する並列処理に優れた構造で、特に気象や流体解析などの領域で高い性能を発揮します」と解説する。
実際、NECはすでに、欧州3大気象局の1つであるドイツ気象庁からSX-Aurora TSUBASAを活用した気象予測システムを受注しており、「高性能とともに、省電力性に関しても評価されています」(陶氏)という。
永谷マネージャーは「リアルタイム運用を目指し、さらなる「高速化」「リアルタイム性」が実現できるように、引き続き支援を行っていきたいと思います」と意気込む。
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陶 理恵 セールスマーケティング ディレクター
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SankeiBiz 産経デジタル SankeiBiz編集部
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