2017年04月25日
デジタルトランスフォーメーションでビジネスチャンスをつかめ!
モノからのデータが「お金の流れ」をこう変える!PoUデータ活用がもたらす未来
IoTの進展は製造業へとPoUデータ(Points of Usage:製品利用データ)をもたらします。これは、流通がPoSデータ(a Point of Sales:販売時点データ)を手にした以上に大きな変化の原動力となるでしょう。データの収集や分析止まりにすることなく、PoUデータにもとづいて顧客や従業員の振る舞いを変えることではじめて、競争力が高まったり、金の流れが変わります。本稿ではP&Gや、米仏ベンチャー企業による歯ブラシのPoUデータ活用を例に、振る舞いの変化が金の流れを変える様子を紹介します。
成人の9割はむし歯経験者
数年来だましだましやり過ごしてきた歯の違和感に耐えられず歯医者に行ったところ、ひどいむし歯と診断され、痛みと恐怖に耐えながら治療をするはめになりました。むし歯はつらいですし、それに対する処置もつらい。できることなら、むし歯とは無縁の生活を営みたい。このような願いを抱く人は少なくないでしょう。
しかし、日本においては、成人の9割以上がむし歯を経験し(1)、80歳で20本以上の歯を有する人は4割足らずです(2)。歯科診療に関する医療費は年間約2.8兆円と、医療費総額40.8兆円の6.8%を占めます(3)。また、むし歯や歯周病などの歯科疾患は、歯の喪失にとどまらず、長期的には糖尿病や動脈硬化など全身の健康への悪影響にもつながるため(4)、予防処置や、定期的な検診、早期治療が必要とされています。
歯の大切さやむし歯になるつらさはわかっているし、真面目にみがいているはずなのだけれども、むし歯になる。このような悩みに対して、ITは貢献してくれないものでしょうか。
スマート歯ブラシで「歯みがき」が劇的に変わる
スマホと連動する電動歯ブラシの高度化は、その一助となりそうです。
P&Gが提供する最新の電動歯ブラシは、歯みがきの様子をスマホのカメラで撮影することによって、歯を正しくみがけているかどうかをリアルタイムに評価します(5)(6)。カメラ映像と、歯ブラシに内蔵されたセンサの両面から歯みがきの状況を解析することで、みがき残した場所のほか、みがく強さ、みがく時間などを正確にガイドしてくれるのです。歯みがきの最中、スマホ上に即時に示される指導にしたがって「理想的な歯みがき」をすることで、みがき癖の改善が期待されます。
米国ビーム(beam)社が提供するビームブラシは、P&Gのスマート歯ブラシと同様、きちんと歯みがきを行っているかどうかを測定します(7)。ただし、このデータの活用方法は、理想的な歯みがき指導だけではありません。
ビームのユニークな点は、日々の歯みがきのデータを企業の保険組合や保険会社などと共有し、もしも歯の治療が必要になった場合、日々ちゃんと歯みがきをしていた人には治療費補助を優遇することです。主導するのは個人ではなく、企業の保険組合であり、組合員による医療費の抑制を目的としたサービスとなっています。
米国は日本と比べ、歯科診療に伴う費用が大変高額です。むし歯一本の治療が数十万円になることもあります。ビーム社のサービスはこのような背景事情を受けて登場したサービスと位置づけられるでしょう。
フランスのコリブリー(Kolibree)はセンサ付き歯ブラシと、スマホアプリの連動によって、子どもが正しい歯みがきの習慣を身につけるためのしくみを提供します(8)。たとえば、スマホ上に示される宝探しのゲームのなかで、宝物をもれなく見つけるためには、みがき残しがないようにすみずみまで歯をみがく必要がある、といったように、ゲームと歯みがきを連動させる工夫が施されています。
サンスターは普通の歯ブラシに外付けするだけで、歯ブラシのスマート化を実現するガムプレイという小さな機器を提供します。ガムプレイはセンサ機能のほか、スマホのアプリを介して歯みがき中の3分間に自分好みのニュースを読み上げる「MOUTHニュース」を提供します(9)。これもまた、「良い歯ブラシ」にとどまらず、「良い歯みがき」を目指していることが分かります。P&Gの事例のように歯みがき状況を撮影して正しい歯みがきの指導を受けることがストイックすぎると感じる人には、このようなしくみが訴求するかもしれません。
4社の事例を見てきました。歯ブラシのセンサや画像認識を用いた「歯みがき状態の測定」はいずれのスマート歯ブラシにも共通する特徴ですが、ユーザが正しく歯をみがくようにするためのしかけは異なります。医療費の節約につながる経済的な動機づけを行おうとするものもあれば、ゲームのように楽しませることで正しい歯みがきを促そうとするものもあります。時間の有効活用を誘引材料とするものもありました。(図)

現在の歯ブラシが「全自動口腔内歯みがきロボット」となっていない以上、最終的にはユーザ自身が自分で手を動かして歯をみがかなければなりません。そのようななかで、ユーザに対してどのように働きかけることが、振る舞いを正しく変えるのか、各社が模索を始めていることがわかります。
ひとの振る舞いが変われば、お金の流れも変わる
そのような模索が進む背景には、「歯ブラシの利用データ」を収集しやすくなったことがあります。これは、歯ブラシのPoUデータ(Points of Usage:製品利用データ)と呼べるでしょう(10)(11)。PoUデータの収集はIoTが実現する基本的な機能です。もちろん、データがただ貯まるだけでは意味がありません。歯ブラシのPoUデータは、「どのように歯みがきをしているのか?」という情報に変換されます。このような情報が得られた状態は「見える化」と呼ばれます。
さらに、4社の取り組みは「ちゃんとみがけているのか」という見える化止まりではなく、PoUデータにもとづいて正しい歯みがきを行うよう働きかけていることがわかります。
確かな行動変容をどうしたら実現できるのか、そのノウハウこそがこれからの製造業に求められる重要な競争力となります。先の事例のほかにも、「ちゃんと歯をみがかなければ、10年後にはこんな状態になる」といった恐怖訴求も考えられるでしょう。また、スマホアプリからのメッセージだけでは限界があるとして、近所の歯医者さんから電話がかかってくるようなしくみを講ずる事業者がでてきてもおかしくありません。PoUデータがこれほど容易に用いることができるようになったのは歴史上初めてのことですので、PoUデータにもとづく行動変容の競争も始まったばかりです。
そして、行動変容が実現されれば、結果としてお金の流れは変わります。正しい歯みがきを促す働きかけが成功すれば、現在約2000億円の歯みがき・歯ブラシ市場は拡大し、2.9兆円の歯科診療市場は縮小するでしょう。
PoUデータの活用は、歯ブラシに限った話ではありません。ネットワークに接続できるようになったさまざまな製品から、その製品がどのように利用されているのか、というデータを収集しやすくなってきています。
歯ブラシを事例に紹介したように、「PoUデータ」は「情報」に変換され、その情報にもとづいて「振る舞いの変化」が実現されます。その結果、金の流れが変わります。振る舞いの主体は、顧客の場合もあれば、その製品の開発・製造・販促・サポートにたずさわる企業や従業員の場合もあります。
「PoUデータをもとに、誰の振る舞いをどのように変えるのか?」という問いは、製造業にとって最も重要な問いの一つとなるはずです。
(1) 「大人のむし歯の特徴と有病状況」、東北大学大学院 相田潤、厚生労働省e-ヘルスネット(2017年4月閲覧)
(2) 「平成23年歯科疾患実態調査」厚生労働省(2011年)
(3) 「平成26年度 国民医療費の概況」厚生労働省(2016年9月)
(4) 「口からはじめる生活習慣病予防」厚生労働省 保険者に対する歯科口腔保健の取組における普及啓発事業 実行委員会(2015年)
(5) 「正しい磨き方指南、ブラウンオーラルBジーニアス9000」日経産業新聞(2017年3月)
(6) 「世界初のポジション検知機能搭載でオーラルケアに革新を」P&Gニュースリリース(2016年10月)
(7) beam社ウェブサイト(2017年4月閲覧)
(8) Kolibree社ウェブサイト(2017年4月閲覧)
(9) 「スマホと連動するデジタルデバイスG・U・M PLAYが登場」激流(2016年6月)
(10) 「経営学のフロンティア、ITの組織と情報戦略」慶應義塾大学 國領二郎、日経新聞(2009年3月)
(11) 『ビッグデータビジネスの時代』鈴木良介、翔泳社(2011年)p.87