デジタルトランスフォーメーションでビジネスチャンスをつかめ!
変革を実現するための「資源の仮想化」
「クラウドコンピューティング」という言葉が登場してから早くも10年。サーバ資源の仮想化は、IT基盤のあり方を大きく変えました。いま、始まりつつあるのは、サーバに限らぬ、世の中の様々な資源の仮想化と、それを活用した新しいサービスの登場です。パリのスーパー、シリコンバレーのスタートアップ、多摩の包装資材製造業者の事例を通して、「資源の仮想化」がどのように商売を変えるのか紹介します。
SUMMARY サマリー
鈴木 良介(すずき りょうすけ)氏
株式会社野村総合研究所
ICT・メディア産業コンサルティング部 上級コンサルタント
株式会社野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部所属。情報・通信業界に係る市場調査、コンサルティング、政策立案支援に従事。近年では、ビッグデータの活用について検討をしている。近著に『データ活用仮説量産 フレームワークDIVA』(日経BP、2015年12月)。総務省「ビッグデータの活用に関するアドホックグループ」構成員(2012年5月まで)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTビッグデータ応用領域領域アドバイザー(2013年6月~)。
テクノロジーは共同体を支えるか
パリに登場したラ・ルーヴというスーパーが人気を集めています(1)。
ラ・ルーヴはメンバーが購入することを目的としたスーパーであり、誰もが買い物をできるわけではありません。参加者にはいくつかの義務があります。出資をすること、4週あたり3時間は店員として働くこと、2ヶ月に一度開かれるメンバー総会に出席し、意志決定に参加すること、などが挙げられます。オーガニックなどのこだわりのある商品が揃えられているだけでなく、利潤を求めているわけではないので価格が低く抑えられているという魅力があります。現時点で4500人が会員となり、新規入会は6週間待ちと、高い注目を集めています。
ラ・ルーヴのような形態で運営されるスーパーは、コミュニティスーパーと呼ばれます。ラ・ルーヴがお手本にしたとされるニューヨークのパークスロープ・フードコープや、ロンドンのザ・ピープルズ・スーパーマーケットなどが相当します(2)。ザ・ピープルズ・スーパーマーケットは、19人の有給スタッフと、月4時間無休で仕事をする1000人のボランティアによって開始されました。ピープルズでは、ボランティアは店の商品を2割安く買うことができます。国内で言えば生協(生活協同組合)が相当するでしょう。
ラ・ルーヴは、目立ったテクノロジー活用をしているわけではありません。しかし、このような主客一体のコミュニティ運営がテクノロジーの活用を進めることで、あらたな価値が誕生するでしょう。
たとえば、近年“オンデマンドエコノミー”と総称されるスタートアップが続々と誕生しています。配車サービスのウーバーや、空き室を貸すエアビーアンドビー、出前サービスのデリバールー、買い物代行のインスタカートといったサービスがあります。これらはいずれも、市民がそのサービスの構成要員として働きやすいしくみをつくり、ちょっとした余暇時間をうまく吸い上げることによって、一つのサービスを構築しています。生活者が広くスマホを持つようになったことで、需要に応じて柔軟に労働力を調達し、無駄なく供給する、ということができるようになりました。
一方、これらのビジネスの強みの裏には、固定費となる設備や常勤社員をもたないことがあります。固定費を持たないことは、運営者のリスク回避と、サービス利用者のコスト低下を実現しますが、そのサービスのために働いている人からすると、仕事の量も賃金も不明瞭ですし、長期にわたる雇用の保証もないため、非常に不安定な状況で働くことになります(3)。オンデマンドエコノミーに対して批判的な人たちは、このトレンドを「ギグエコノミー(日雇い経済)」と呼びます。
では、オンデマンドエコノミーを支えるテクノロジーと、コミュニティスーパーを支える社会システムがうまく組み合わさったらどうでしょう。
たとえば、ラ・ルーヴで現在課せられている3時間の店頭勤務だけでなく、宅配の手伝いをすることも勤務ポイントとして加算できるでしょう。業務のために必要な配送車両や、総会のために貸し出しできる広い会場・敷地を有しているのであれば、それを貸し出すこと自体がコミュニティへの寄与となります。1ヶ月あたりの購入量を約束することや、需要が増大したときには供給の優先順位が後回しとなることを許す約束もコミュニティスーパーの運営を効率的なものとするでしょう。新規店舗を設置するときにはまとまったお金が必要になりますが、その出資についてもコミュニティへの寄与として加算できます。
ギグエコノミーの問題点は、資本家が労働者をこれまでよりも非常に細かい時間の単位で、都合良く搾取できてしまうことにありました。しかし、コミュニティスーパーのような共助を目的とするしくみに、テクノロジーを持ち込むことができれば、副作用なく「自分のできることで共同体を支える」ことができます。共同体を維持するために発生する義務と、共同体に属することによって得られる権利、それらを多品目に渡り、細かい単位で管理するためにはテクノロジーが大きな役割を果たします。
あるテクノロジーを活かすことに長けた社会システムが、新しく登場するテクノロジーと相性が良いとは限りません。今までもなくはなかったがなじみのうすい商慣習が、新しいテクノロジーと結びつくことで一気に当たり前の商慣習となるかもしれません。
資源の仮想化が新しいビジネスを生む
前項では、ギグエコノミーのそしりを受けることが多いオンデマンドエコノミーも、前提とする社会システムが変われば、その長所を活かしうることを見てきました。
オンデマンドエコノミーの特徴は社会のすみずみまで行きわたったテクノロジーを活用し、供給対象となる資源の仮想化を行っていることです。「仮想化」とは、IT業界の人にはおなじみの概念ですが、「ハードウエアなどを、その物理的構成によらず、統合したり分割したりして利用する技術」(4)です。さまざまな資源を柔軟に組み合わせることで、資源をトータルで無駄なく使うようにする技術と言えます。
ウーバーやエアビーアンドビーは、自動車や居室を資源とみなし、それらを仮想的に一つの資源として束ねることで、モビリティサービスや宿泊サービスを提供しています。構成要素たる自動車や居室のオーナーは、それらの資源が遊んでいる時間を提供することで対価を得ます。そして労働者すらも仮想化の対象としているのです。
ギグエコノミーの文脈で論じられるような副作用がなければ、これは世の中の物資・人間などの限られた資源を有効活用することになります。
B2B領域において、「資源の仮想化」と呼べる事例を2つ見てみましょう。
ひとつめの事例は、東京都西多摩郡で包装資材製造を営む株式会社生出(おいずる)の取り組みです(5)。同社は過去、火災発生時に同業他社から代替生産による支援を受けて、供給を継続した経験があり、それ以降事業継続性の確保に対する意識を高めていました。現在は、同業他社5社と相互支援協定を締結しています。これは、生産情報を共有することによって、有事の際の代替生産を可能とするものです。このような事業継続性の確保は、取引先からも評価され、営業上の訴求点にもなっています。同社から一社調達を行っていた販売先が調達先を複数に分散させようと検討したとき、同社の相互支援体制を知って、調達の見直しをとりやめたそうです。これは「包装資材の生産資源」を制限付きとはいえ、仮想化している事例と言えるでしょう。本事例自体はテクノロジーに依拠したものではありませんが、これをより拡大しようとすれば、生産のために必要なデータは共有しつつも、平時にはデータへのアクセスが厳密に制限されるようなしくみが必要となります。
ふたつめの事例は、印刷業界におけるラクスルの取り組みです。ラクスルは、「全国のお客さまから印刷の注文を集め、それを最適な印刷会社に発注し、印刷機の非稼働時間を使って印刷をする」仲介を行っています(6)。これは、本来企業の壁で仕切られている「印刷資源」を仮想的に一つの資源であるとみなし、最適な作業配分を行うことを可能としたものです。クラウドコンピューティングが仮想化されたサーバによるコンピューティングサービスであるように、仮想化された印刷業者による印刷サービスと言えるでしょう。
このようにB2B領域においても、事業継続性の確保や繁閑の平準化を目的に資源の仮想化と、それによるオンデマンド化が進みつつあります。「資源の仮想化を進めることによって、我が社の業務領域をより効率的に実現する者が出てこないか?」ということは、これまでとは違う競争相手を予見し、それに備える上で重要な問いとなるでしょう。
- (1) 「「コープで買い物」が、パリでも可能に」pen(2017年6月)
- (2) 「地域振興のモデル、ザ・ピープルズ・マーケット」月刊激流(2012年6月)
- (3) 「存在感を増すオンデマンド・エコノミー」、Jon Metzler、KDI総研R&A(2016年7月)
- (4) デジタル大辞泉
- (5) 『中小企業白書2016』p249、中小企業庁(2016年)
- (6) ラクスル株式会社ウェブサイト(2017年6月閲覧)
関連リンク