デジタルトランスフォーメーションでビジネスチャンスをつかめ!
「デジタル主客一体」が実現する、顧客との新しい関係
デジタル変革は事業者と顧客の関係をどのように変えるでしょうか。明確な役割分担があった「提供者とお客様」の関係から、ともによきサービス体系を築く「主客一体」の関係への変化がテクノロジー活用によって実現されつつあります。外食チェーン、パーク24、スーパーホテルの事例を通して来るべき「デジタル主客一体」を考えます。
鈴木 良介(すずき りょうすけ)氏
株式会社野村総合研究所
ICT・メディア産業コンサルティング部 上級コンサルタント
株式会社野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部所属。情報・通信業界に係る市場調査、コンサルティング、政策立案支援に従事。近年では、ビッグデータの活用について検討をしている。近著に『データ活用仮説量産 フレームワークDIVA』(日経BP、2015年12月)。総務省「ビッグデータの活用に関するアドホックグループ」構成員(2012年5月まで)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTビッグデータ応用領域領域アドバイザー(2013年6月~)。
お客様を”神様”ではなく、良きサービスのための”仲間”にする
ある大手外食チェーンによるユニークな株主優待の事例を紹介しましょう。この外食企業は、多くの上場企業と同じように、株主向けの特典として、自社の店舗で利用できる無料のお食事券を提供していました。ユニークであったのはその提供方法であり、「無料お食事券」とはせず「株主様ご視察券」として提供していたのです(1)。店舗を視察し、お気づきの点があればお知らせいただきたいというメッセージとともに、ご視察券とアンケート用紙が送られていました。
経済的な便益という意味では、「無料お食事券」と「ご視察券」は、まったく同じものですが、これを受け取った人にとってはまったく違う意味合いにならないでしょうか。「無料お食事券」であれば、タダ飯が一回済めばそれっきりになってしまいますが、「ご視察券」であれば券を使った後の出張先などでも「この店舗は初めてだから(株主として)ひとつ視察しておくか」といった振る舞いにつながる可能性が高くなります。
「モノ消費からコト消費」、「機能価値だけでなく文脈価値」と言われて久しいですが、上の事例は顧客に対して、株主優待というツールを介して消費以外の新たな役割を与えることによって、新たな文脈をつくり、その文脈によって新たな関係を築いています。
販売促進施策のなかで「消費したらこんなに素敵な生活になるよ」という、消費に関する文脈づくりはもはや当たり前の検討事項となっています。しかし、顧客における消費以外の役割を活用すれば、まだまだ多様な文脈をつくることができます。ご視察券の事例のように、本来サービス提供企業側で行うような作業の一部を担わせたらどうでしょうか。「顧客のためになにかをしてあげる」だけでなく、「顧客にも協力してもらう」ことによって新たな関係を築くことができます。
これまでにも、先進的な顧客から商品・サービスに関するアイディアを出してもらう「共創」や、開発の初期費用を出してもらう「クラウドファンディング」といった考え方はありました。それに加えて、知恵もまとまった金もない顧客から「細かい協力」をつのる取り組みもまた、顧客とのあいだに新たな関係を築くための一つの手立てとなるはずです。
たとえば、パーク24はカーシェアリング事業の会員向けプログラムとして、「TCPプログラム」を展開しています(2)(3)。これは、カーシェアリング事業に伴う日々の業務を、顧客の協力によって効率化しようという取り組みです。事業者としては自動車の稼働率低下や、利用後のクリーニング、修理コスト増大につながる事故は避けたい。そのような中で、顧客の利用に関する「きれいに使っているか」「急加速・急減速はないか」「時間通りに返却したか」といった事項について評価し、顧客へとポイントの付与を行っています。
「きれいに使っているか」については、次の利用者が利用状況に関するアンケートに答えると1ポイント、前の利用者がきれいに使っていたと評価されれば3ポイントが付与される仕組みによって評価しています。ポイントがたまると顧客ステージが上がり、事前予約の柔軟さが向上したり、無料利用の権利が付与されます。実際、プログラム開始後には急加速が0回であった利用の割合が46.7%から64.0%に上昇するなどの効果がみられています。
また、予約が埋まっているものの、先約のユーザに少しだけ時間をずらしてもらえば、他のユーザの利用が可能となるような場合には、その旨「予約移動のお願い」として調整を依頼し、了解を得られた場合にはクーポンを付与するなどの対応も行っています。
この背景にはレンタカーと異なりカーシェアリング事業は24時間無人でサービス提供を行うことがあります。そのため、みながよいサービスを受けられるよう、顧客にも協力のためのインセンティブを提供しているのです。
このようにひとりひとりの寄与を細かく把握し、それにもとづいてフィードバックを行ったり調整を行うことが10年前と比べて極めて容易に実施できるようになりました。これはデジタル変革の一つの効用です。
本連載の前号(変革を実現するための「資源の仮想化」)のなかで、ラ・ルーブという、オーナーと経営者と従業員と顧客の4つの役割が一体となったスーパーを紹介しました。ラ・ルーブは極端すぎる事例かもしれませんが、本稿で紹介したような事例を含め、主客の境はあやふやとなりつつあります。主客が一体となり、ともに最適な状態を目指すということが、今後あたりまえの取り組みになるかもしれません。
一体化した主客が、社会的課題を解決する
サービス提供者、需要者という主客の関係を関連付ける際に、社会的な大義を目的として掲げることも有効でしょう。
たとえば、スーパーホテルが2008年9月より実施している「エコひいき活動」は環境負荷を下げる取り組みを主客一体となって実施するものです(4)。アメニティである歯ブラシの返納や、連泊の際の清掃不要を申し出た顧客には、お菓子やペットボトルの水などささやかなプレゼントの提供をしています。清掃不要の申し出は2009年度には約15万件に達しました。
本事例においてはITの活用はありませんが、空調や利用水量などより細かく客側の寄与を測り、次回宿泊時に細かい単位でフィードバックすることを考えると、IT活用によってより多様な「主客一体」実現が進められると考えられます。
近年、「長期的に経済価値と社会価値の両立を目指す」としたCSV経営(共通価値の創造:Creating Shared Value)や、国連が定めるSDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)と自社事業を関連付けることへの関心が高まっています。主客一体で成し遂げるべきゴールをこのような社会課題の解決と関連付けることも考えられるでしょう。
コンテキスト設計で充足感を与える
言い古されていることですが、あらゆる製品・サービスは成熟しています。機能・品質に差はなく、大きな使用上の問題もなく、どれもそこそこに安い。これは、この100年間の工業社会の進展のたまものです。
しかし、消費者はそこそこに成熟した商品の利用では満足しなくなっています。NRIが1997年から5年ごとに行っている生活者1万人アンケートにおいても、「とにかく安くて経済的なものを買う」と回答する人の割合は、1997年の50.2%から、2015年の34.5%まで15ポイント以上下がっています。
工業時代のミッションは、物量作戦で誰でも必要なものが手に入るようにすることでした。情報時代のミッションは、コンテキスト設計で中間層に充足を与えることでしょう。そのためには、安くなったテクノロジーをうまく活用し、本稿で紹介した主客一体を含めた、新しい関係を模索していく必要があります。
- (1) 『お客様を株主にしてしまおう』、平林典子、日本経済新聞社(2004年2月)
- (2) 「パーク24の高速KPI経営」日経ビッグデータ(2015年1月)
- (3) 「成功の理由はコレだ!エンゲージメント四賢人の事例分析」Web Designing(2016年3月)
- (4) 「宿泊客と一緒に減らす」日経エコロジー(2011年9月)