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先進事例が物語る、AI・IoT活用ビジネスの最前線

ヤンマーが考えた「100年の礎」を築くためのIT戦略とは?(前編)

 1912年に山岡孫吉氏が創業し、世界で初めてディーゼルエンジンの小型実用化に成功したヤンマー。現在は、エンジンと農業機械を中心に、エネルギー、マリン、コンポーネント、建設機械などさまざまな事業を展開している。創業101年目にパナソニックからヤンマーホールディングスのCIOに招聘された執行役員 ビジネスシステム部長の矢島孝應氏にヤンマーのIT戦略について話を聞いた。

SPEAKER 話し手

ヤンマー

矢島 孝應 氏

執行役員
ビジネスシステム部長

次の100年の礎となる中期IT計画策定を求められて

──5年前にヤンマーのブランドイメージが一新されました。

矢島氏:私は創業101年目の2013年にヤンマーに入社したのですが、当時、新しい100年を創るための「プレミアムブランドプロジェクト」が進められていました。プロジェクトのキーになったのがデザインで、たとえば奥山清行氏の製品デザインや佐藤可士和氏による企業ロゴの採用、新本社ビル「YANMAR FLYING-Y BUILDING」の建設などがその象徴です。

 こういった動きの中で、私が社長から最初に求められたことは「次の100年の礎となる最初のIT中期計画を作ってくれ」ということでした。創業家企業の視野の長さが強く印象付けられたことを記憶しています。

──その「100年の礎になる計画」というのはどういうものだったのですか。

矢島氏:大きく5つの柱があります。1つ目は、今後のさらなるグローバル化。私が入社したときには海外比率が40%強でしたが、昨年度には初めて半分を超えました。

 2つ目は、ビジネスモデルをB2BからB2B2Cに変えていくこと。我々の事業は利用者の声が直接は届きにくい環境にあります。そこで提供する機械すべてにIoTを取り付けて、作業内容を収集することにしました。「B2B2M2C」とも呼べる取り組みで、マシンデータを介して利用者が見えるようになりました。

 3つ目は、今まで機工系が中心でしたが、今後はエレクトロニクス系やソフトウェア系の技術をどんどん取り入れていく必要があるということ。それをどう実現するか。特に全世界にある拠点の知恵を結集して開発をしていけるようにしたいと考えました。

有人トラクターと協調作業で効率化を実現する無人トラクター

 4つ目は、M&Aへの対応力を強化することです。ヤンマーは多くのM&Aを行っており、連結対象が現在97社にのぼります。うち海外が72社で、去年1年間だけで22社増えました。

 最後が、企業規模の拡大に対応できること。現在の売上規模は7000億円強ですが、中期では1兆2,000億円を目指しています。そうなると非上場でも、社会的責任をまっとうできるコンプライアンスの整備が必要です。これらはITだけではなく経営そのもの課題であり、それを解決するためにITをどうしていくかが今後100年の礎になると考えました。

日本の農業人口が減少していく中でのヤンマーの取り組み

──2015年の「農林業センサス」によれば、農林業経営体はこの5年で2割も減少し、農林業従事者の平均年齢が66.4歳という状況です。この現状に対してヤンマーはどのように取り組もうとしているのでしょうか。

矢島氏:全世界で見ると人口は増えており、あと30年で現在の1.4倍になると言われています。ただし、そうなったときに、すべての人に食糧を供給できる体制はなく、それを解決しなくてはなりません。また日本を見ても、食料生産は必要ですが、農業人口が減少しているため、作る人がいません。世界的に生産を効率化して、増産できることが求められているのです。

 ヤンマーはミッションステートメントとして「わたしたちは自然と共生し、生命の根幹を担う食料生産とエネルギー変換の分野でお客様の課題を解決し、未来につながる社会とより豊かな暮らしを実現します」を掲げており、まさに我々のミッションを果たすべき時代になったということです。

──そのミッション遂行のための組織について聞かせてください。

矢島氏:先に挙げた5つの柱を推進することが、まさにビジネスシステム部におけるミッションの遂行です。そのためにまず手がけたのが、業務システムを担う情報システム部と、コンピュータ支援設計(CAD)、コンピュータ支援製造(CAM)、製造データ管理(PDM)、製造ライフサイクル管理(PLM)、部品表(BOM)を担当するエンジニアリングシステム部、およびIoT系のマシンデータを扱うICT推進部の3つの部門を1つに統合することでした。

 その結果できたのがビジネスシステム部で、現在メンバーが約30名います。それに加えて、100%子会社でヤンマー案件専任のヤンマー情報システムサービスや、技術図面や部品表の管理をしているヤンマーテクニカルサービスなど、トータルでおよそ300名の体制です。

 3つの部署を統合した理由は、マシン情報の担当者が顧客のことを知らない、受発注システムの担当者や品質情報管理者がBOMのことを知らないといった状況に問題を感じたからです。1つのフラットな組織にしてからは、テーマを挙げて主担当と副担当を任命したらすぐにプロジェクトが始まるような形で運営してきました。エンジニアリングをやっていたスタッフと業務系をやっていたスタッフを組み合わせてプロジェクトを進めることで、新たな発想が出てくるようにもなっています。

 システム子会社を含めてIT部門に人数を抱えることには賛否両論がありますが、ヤンマーは技術力に強みを持つ会社なので、充実したIT体制は強みになっており、B2B2M2C実現の礎にもなっています。

1年3カ月の短期間にIT基盤をクラウドベースで統合

──ITに関する具体的な取り組みについて教えてください。

矢島氏:どうしたらヤンマーをグローバルマネジメントカンパニーにできるのかを基本に考えました。まず着手したのは、コミュニケーション基盤の統一です。当時マイクロソフトの会長だった樋口泰行さん(現パナソニック)に弊社の代表取締役に会ってもらい、グローバル基盤をクラウドで統一することに決めました。1年半という短期間で移行作業に取り組むことになりましたが、クラウドで推進したことで結局1年3カ月で全世界での導入ができ、クラウドのスピード感を思い知りました。

 最初に構築したのは、Y-Squareと呼んでいる社内コミュニケーション系で、ポータル、メール、SNS、ナレッジ共有など必要な機能をすべて含んでいます。ほぼ移行は完了したものの、一部の既存システムはまだ残っています。社員には3年の猶予期間を与えて、その間にコンテンツを整理し、移行するようにお願いしています。

 続いて、BOM(部品管理表)、PDM、PLMなどの再構築です。今後はエレクトロニクス系やソフトウェア系が増えていくので、従来の機工系中心のBOMを再構築しています。海外での開発分業を視野に入れると、BOMの分散化も必要でした。

──海外で買収した企業でもBOMを統一しているのですか。

矢島氏:ヤンマーブランドで統一していくところでは、ヤンマーのBOMの考え方にすべて切り替えてもらう方針です。現にフランスの建設機械グループ会社では、現在BOMの洗い替えをしています。

 体系も同じにしてもらう全面的なものなので、抵抗はありましたが、コミュニケーション基盤を整え、BOMなどを共通化したことで、その国に適合した追加開発をその国で開発できるようになります。

 情報共有については、情報セキュリティとの兼ね合いが重要です。これについては、守るべき情報の優先順位を明確にして取り組んでいます。ヤンマーにとって最も大切な情報は技術情報なので、これは徹底的に守っています。クラウドシステムは、情報の共有化を図るコンセプトでしたが、技術情報は別の仕組みで徹底的にセキュアにしました。セキュアなものとオープンにするものを二極分化させており、中途半端はありません。

ビジネスモデルのドラスティックな変化に浮き足立つ必要はない

──製造業はビジネスモデルそのものがドラスティックに変化しています。売り切りだけでなく、サブスクリプション型モデルを採用する企業も出てきました。

矢島氏:ヤンマー製品を販売する目的は、ユーザーの生産性を上げ、ユーザーの満足を得ることです。そのため、IoTで得たノウハウはユーザーのためには使いますが、集めた情報を他に売るというビジネスを始める意向はありません。というのは、我々には先ほど述べたミッションステートメントがあるからです。また、ミッションステートメントに加えて、”A SUSTAINABLE FUTURE- テクノロジーで、新しい豊かさへ。-”というブランドステートメントを打ち出しています。これを社員全員が徹底的に体現していると感じます。

──しかし、新しいテクノロジーにより、ビジネスモデルそのものが崩壊させられるという危機感も広がっています。

矢島氏:私個人は、浮き足立つ必要はないと思っています。Airbnbが伸びてもホテルはホテルで残ると思いますし、Uberが伸びてもタクシーはタクシーで残ると考えています。モノを持っているところにしか提供できないことがあると考えているからです。もちろん世の中の動向を正しく理解していく必要がありますし、新規産業とはむしろ共存していくことを考えるべきでしょう。

──ありがとうございます。後編ではリーダーシップや人財育成についてお聞きしていきたいと思います。

YANMAR FLYING-Y BUILDING前で撮影

(聞き手:ビジネス+IT編集部 松尾慎司)