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ICTで選挙を変えることができるのか~市民の政治参加を促進するために

 日本の公職選挙法が改正されてから、4回目の国政選挙となった2017年10月の衆院選。改正によって、選挙期間中の候補者・政党等は選挙運動でのウェブサイト等(ホームページ、ブログ、SNS、動画サイト等)及び電子メールの利用が可能になり、有権者も支持する候補者や政党の情報をSNSなどウェブサイト上で発信して投票を呼びかけることは可能になった(電子メールでの転送などは引き続き禁止)。(1) だが、果たして実際にどのように活用されたのだろうか?直近の衆院選に向けた活動期間中に出た日経新聞の記事別ウィンドウで開きますによれば、「一方的な発信」が多く、諸外国に比べて日本のネット選挙はまだ途上だという。しかし、インターネットの利活用で有権者が候補者の情報を得やすくなることは政治参加の促進につながると思われる。また立候補手続きから投開票までの選挙制度にはICT活用で便利になりそうな場面が多い。諸外国での選挙とICTをめぐる状況を見てみよう。

選挙活動とSNS

 中東の民主化運動「アラブの春」以来、SNSが政治に与えることのできる影響が世界中で注目されてきた。今年に入って行われた各国の大統領選でも、候補者や政党が積極的に選挙運動に活用している。

 この動きは、日本でも7年前から既に始まっていた。国際大学グローバルコミュニケーションセンター主任研究員の庄司昌彦准教授は2010年1月の論文で、インターネット、特にSNSが民主主義を増進する未来を予測していた。庄司准教授は同論文で、実際に政府が議論をインターネット動画中継した「オープンガバメント」の試みを取り上げている。その具体例として、動画を観たユーザーがSNS上で盛り上がり、自発的に政府より高品質のネット中継をしたり、動画共有サイトに転載したり、音声を文字に書き起こしたり、関連資料や解説の「まとめサイト」を作ったり、といった様々な形で政策議論に厚みを加えていったことを述べている。(2)

 しかし、その一方でSNSを使った選挙活動では課題も多い。その一つが「偽ニュース」の問題だ。選挙活動でSNSを利用したときの影響力が正しい判断を導き、より優れた政策を生み出すためには、有権者が目にする情報が信頼できるものである必要がある。SNS最大手の米企業は2017年10月2日、選挙に影響を与える目的で巧妙に作られた虚偽的広告を排除するため、1000人以上を雇用すると発表した。(3)

 フランスでは37の報道機関によって今年2月、同年4~5月に大統領選を控え虚偽情報を検証するプロジェクト「クロスチェック」が発足した。米インターネット検索大手企業の協力の下、選挙結果に影響を与えるような「偽ニュース」の拡散防止がねらいだ。フランス国内のメディアのみならず、英米の通信社やインターネット検索会社も加わったことは、各メディアが協働して対応する必要性を認識したことの現れであり、その方向への大きな一歩として有意義と言えるのではないだろうか。(4)

独ベルリンで虚偽情報の検証プロジェクト「クロスチェック」のウェブサイトを見るジャーナリスト(2017年2月6日撮影)。(c)AFP/DPA/ARNO BURGI

 また課題の二つ目として、有権者の個人情報が選挙運動にどう利用されているかという見極めも重要だ。

 今年6月、総選挙を控えた英首都ロンドンで、大手SNSのターゲティング広告が国内の選挙運動でどう活用されているかという実態を、IT起業家ナイトウェブ氏が調査した。ターゲティング広告とは、閲覧履歴などからユーザーの関心に近い広告を配信するというものだ。ナイトウェブ氏は、自身が開発した、インターネットユーザー向けの広告を監視するウェブブラウザ用プラグイン「フー・ターゲッツ・ミー?」を使い、政治関連の「非公開広告」、つまりインターネットのデータから割り出した特定層のみに向けて表示させる選挙メッセージの活用動向を探った。収集したデータは選挙終了後、ロンドン大学経済政治学院を中心とするチームで徹底分析された。その結果、前回2015年の総選挙に比べてSNSの広告活用が大幅に拡大したことが明らかになったという。ナイトウェブ氏はAFPの取材に対し、「今ではすべての党がデータ分析の潜在能力を認識しており、今年はさらに多額の資金を投入している」と話している。(5)

インターネットユーザー向けの広告を監視するウェブブラウザ用プラグイン「フー・ターゲッツ・ミー?」が表示されたコンピュータ画面(2017年5月31日撮影)。(c)AFP/Justin TALLIS

 インターネットで候補者や政党の政策などの情報が得られやすくなると、必然的にSNSなどが主な情報源である若い世代の政治参加が促進されるだろう。また、それにより投票が強制的な義務から自発的な楽しみに変わり、積極的な政治参加が増えるかもしれない。ただし、そうした動きが高い知性を発揮し、良い方向に社会を変革するに至るためには、メディアやICTに対するリテラシーが正しく育まれる必要がある。そしてそれを可能にする環境の整備も重要になってくるだろう。

投開票システムのリスクと対策

 では、投開票システムにおけるICT活用の各国での状況はどうだろうか。

 欧州諸国では「電子政府」の取り組みが盛んになっている。ポーランドでデジタル化推進を担う担当大臣は、2018年から身分証明書の電子化を始め、携帯電話で表示することができるようになると発表したが、特にテクノロジーに精通したエストニアではどのようにデジタル化が進められているのだろうか。その一例をインターネット投票で見てみる。(6)

選挙をはじめエストニアの「電子政府」実現に向けた取り組みは注目の的だ。現・北九州市立大学法学部政策科学科の中井遼准教授が昨年ジェトロの定期刊行誌に寄稿した解説によれば、まず、エストニアのインターネット投票は通常の投票に替わる新技術ではなく、あくまで期日前投票の一環として導入された。そして、自宅での投票だと有権者を脅して特定政党への投票を強要できるのではという疑義に対しては、何度でも再投票と上書きが可能という不正予防策が備わっている。また、インターネット投票は単にブラウザを開いて画面をクリックして終了ではなく、PCに付属したカードリーダーに個人IDカード(または個人IDと紐づけられた携帯電話)を認識させパスワードを入力する。インターネット投票は若年層向けかと思いきや、雪の残る寒い3月に行われるエストニアの国政選では、自宅から投票できるので高齢者にとっても有用な方法になっている。(7)

 インターネット投票には、様々なICT基盤や電子政府サービスが不可欠だ。未来型のオープンガバメントをいち早く実現し、進化させ続けるエストニアの挑戦から学ぶことは多いはずだ。(8)

 インターネットなどの試みは有権者にとって便利なだけではない。サーバに情報が記録され、トレースでき、必要に応じて開示されれば、選挙の透明性を向上させる効果があるだろう。2017年も各国の選挙で不正が糾弾された。中でも以下のケニアの事例は、公正な選挙の担保が火急の課題であることを示している。

ケニア・ナイロビの刑務所で、総選挙に向けて受刑者の有権者登録をする様子(2017年2月22日撮影)。(c)AFP/SIMON MAINA(9)

 ケニアで8月に行われた大統領選で、現職のウフル・ケニヤッタ大統領の勝利が確定したが、これに対して野党側は集計作業で大規模な不正が行われたと抗議した。野党連合は、ケニアの独立選挙管理・選挙区画定委員会(IEBC)が結果を不正に操作して発表したと考え、IEBCのサーバに残されている選挙結果のデータ開示を要求した。(10) その後、データ改ざんや集計でチェックを怠ったことが露見し、再選挙になったが、結果的に同じ候補者が当選、依然として疑惑の声も残る。強固な個人認証基盤システムを土台にし、かつ低コストで運営できる、選挙のインフラ作りに、ICTが寄与できることを願う。

 投開票システムには多くの作業員が関わるため、不正やミスのリスクが高い。もちろん機械にも、システム停止や誤作動のリスクはあり得る。しかし、人間の悪意による操作やミスはゼロにできない。一方、ICTの力で、開票時間の大幅な短縮や人件費の削減、疑問票や無効票の減少、自筆による投票が困難な有権者も代筆なしで投票できるなど、多くのことが可能になる。わが国でもICTの革新等によってシステムの信頼性を高め、将来的にはインターネット投票まで見据えることも必要だろう。

公正で安全な選挙のために

 ICT活用により、以前の候補者主導の選挙から候補者と有権者の双方向コミュニケーションへと変化すると思われる。また、投開票システムでは有権者にとって利便性が向上するだろう。しかし、その一方で、ポピュリズムの蔓延を防ぐため、前述のように欧米のメディアとICT業界が協働して取り組み始めている。公平性や秘密保持の担保、誤作動や不正の防止、サイバー・セキュリティ対策などでも、EU各国の中からエストニアの後に続く動きが見えてきた。

 国内でも、総務省の「投票環境の向上方策等に関する研究会」平成28年9月までの報告で「ICTを活用した将来の投票環境向上の可能性」を検討項目として掲げ、「将来の可能性」として、ICTを活用して投票しやすい投票方法を研究開発することが、障がい者などに対して投票環境における制約の解消・改善、投票機会の確保につながるとしている。(11) 同研究会は昨年12月から「高齢者の投票環境の向上について」という括弧書きが加わり、特に在宅介護を受ける選挙人の投票機会の確保等に焦点を当てて検討を始めた。(12) 選挙とICT、民主主義の新しいページが開く、今後も目が離せない分野だ。

 大きく変化する世界で、実世界からサイバー世界まで多様な脅威が発生し、安全・安心の需要は増加している。公正で安全な選挙のために、ICTが貢献できる場面も増えてくるだろう。たとえば、指紋認証や顔認証の技術を応用した選挙管理システムなど、外国や自治体からの需要もあるのではないか。

(文/有限会社ラウンドテーブルコム Active IP Media Labo、写真/AFPBB News)

AFP通信(Agence France-Presse)

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