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ICTでダイバーシティの実現へ ~ハンディキャップを支えるツール&サービス
さまざまな場面でICTを活用した福祉用具やサービスが開発、実用化されつつある。すべての人が健康で豊かに躍動できるダイバーシティ社会の実現に向けて有効な支援となるために、何が必要だろうか。
SUMMARY サマリー
「ダイバーシティ」が当たり前の社会へ
「超福祉展」とは、正式名称「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」。マイノリティや福祉そのものに対する「心のバリア」を取り除こうと、2014年から毎年11月の一週間、渋谷ヒカリエを中心に開催されている。
デザイン性の高い電動義手や車椅子など、思わず「カッコイイ」「カワイイ」と使ってみたくなるデザイン、大きなイノベーションを期待させてくれる魅力的なテクノロジーを備えたプロダクトが展示され、来場者は説明を聞きながら体験できる。また、社会的マイノリティの人が自らの体験を語る「ヒューマンライブラリー」や、VR技術を利用した認知症体験など、さまざまな魅力的な企画も。
主催のNPO法人ピープルデザイン研究所代表・須藤シンジさんは「従来の同情される『福祉』の領域を突き抜けたい。ハンディキャップがあることが、かっこよくて、憧れの対象になりうると、直感的に感じてもらいたい」とAFPBBニュース動画で語っている。5年前にNPOを立ち上げたのは、福祉や行政サービスに「憧れ」や「輝き」といった、従来は足りなかった明るいイメージを付与し、「次世代に新しい選択肢を」という動機からだ。「2025~30年には『ダイバーシティ』が当たり前で、助け合うことがかっこいいという価値観を作っていきたい」と須藤さんの想いは熱い。
さまざまな「助け合い」でICT活用
従来の弱者救済を念頭に置く「福祉」ではなく、「負い目」にも似た「心のバリア」を「憧れ」へ転換させ、心のバリアフリー、意識のイノベーションを起こすのが「超福祉」の視点だ。世界では、ICTの力を借りることで、すでにさまざまな場面でバリアフリーな環境が生まれつつある。
米大手の交流サイト(SNS)では2016年4月、人工知能(AI)を活用して写真を音声で説明する新サービスの運用を試験的に始めた。(1) 導入されたのは、機械学習によって被写体を認識し、読み上げて説明する技術だ。当初は、目が不自由なユーザーでも投稿された写真を楽しめるように、という目的だったが、やがて機能がアップグレードされるにつれ、視覚に障がいのないユーザーにも役立つ機能となりつつある。ユーザーが写真を検索する際に、投稿者が写真についてテキストで入力した説明だけでなく、AIによるコンテンツの判断も検索結果に含まれることで、検索力が強化されるからだ。言語も英語から始まって他言語への対応も進んでいる。
自閉症の子どもを持つフランス人の母親が、我が子とのコミュニケーションのために始めた開発から、ダイバーシティ社会での「共通語」アプリが生まれたという事例もある。仏IT企業が2015年4月に発表した、異なる言語を話す、または言葉が全く話せない相手との意思疎通を可能にするスマートフォン(多機能携帯電話)用アプリだ。同様のものとしては世界初だった。
重度の自閉症のために言語能力が制限されている娘さんと会話するためにマリー・スピッツさんが実践している代替意思伝達手段に基づいて開発したそのアプリは、「トーク・ディファレント」と名付けられ、700種類の画像、色、アイコン、音声を用いてメッセージが作成できる。
同アプリ開発のカギは「手軽さと使いやすさ」。絵本のようにシンプルで、発話や聴覚が不自由な人だけでなく、道に迷った旅行者など、言語的に孤立している利用者が、誰でも理解できるようなメッセージをスマートフォンやタブレット端末上で構築できるように作られた。対応言語は世界9種類。オンラインストアで入手可能、価格は150円。ハンディキャッパー向けの商品/サービスで優れた開発として受賞、教育機関で作業療法の研究に使われるなど、社会的に評価されるとともに、その後も関連商品が発売されたり、オンラインストアでも好評価であったり、マーケット的にも成功しているようだ。
障がい者補助を目的とした過度に特異な用具やサービスを作っても、高額な費用がかかったり、使用するのに複雑な訓練が必要だったりすると、利用を困難にし、結果的に障がい者を孤立させてしまう。そうではなく、障がい者にとって便利な用具やサービスは、他にもいろいろな人たちにとって便利なはずだ。誰でも簡単に使えるようにすることで、話す言語が同じでない人々や、さまざまな障がいのある人々を含め、日常のコミュニケーションが楽しくなる。ICTはそのための大きな役割を担っている。
2050年のダイバーシティ社会を支えるICT環境
2017年、さまざまな業種の大手企業が、相次いで2050年までの環境ビジョンを発表したことが注目されているが、環境だけにとどまらず、50年の社会を議論する場が増えている。国連はSDGs(持続可能な開発目標)で、2030年のあるべき世界像を描いており、金融業界は統合報告書で将来の成長戦略を描くように企業に求めている。それは、社会課題の解決が企業の持続可能な成長に深く関わってくるということを意味する。(3)
ダイバーシティも、その重要な要素だ。さまざまな属性や背景を持った多様な人材が参画することで、社会課題との接点ができる。そこから新規事業のヒントも見えてくるだろう。
たとえば、視覚障がい者を例に考えてみよう。世界の全盲の人々の数は、人口増加と高齢化に伴って、現在の約3600万人から2050年には1億1500万人と約3倍に増加する可能性があるとする研究論文が2017年8月、発表された。眼鏡やコンタクトレンズ、手術などによる視力矯正が行われていない中程度から重度の視覚障がい者の数も、同期間に約2億1700万人から5億8800万人と3倍近くなる可能性があるという。(4)
もはや「マイノリティ」とは呼べない。多様な人々を活用していかなければ、社会全体の成長はあり得ないだろう。それをサポートする、ICTのさまざまな分野での研究開発が注目される。
「ウェアラブル」も注目の分野だ。軽量のロボット「外骨格」を開発したとの研究結果が2017年5月、発表された。装着者がバランスを崩したのを検出して、足の運びを修正し、転倒を防止できるという。「能動的骨盤装具(APO)」と命名されたこの最新機器は、高齢者のつまずきを抑止することが目的。膝が崩れたり脚の動きが乱れたりし始めるのをリアルタイムで識別できるセンサーと、バランスを回復させるための力を両脚に瞬間的に加える軽量のモーターを備えている。
APOを製作した伊サンターナ大学院大学とスイス連邦工科大学ローザンヌ校の研究チームによれば、「装着者の動きと持久力を強化するウェアラブル機器は、もはやSFの領域に属するものではない」。世界保健機関(WHO)によると、転倒が原因の死亡は毎年42万人あまりで、不慮の外傷による世界の死因の第2位。その大半が65歳以上の高齢者なので、人口の高齢化に伴い、この数字は急増する可能性が高い。
APOは高齢者の転倒防止の他にも、障がい者や下肢切断患者の助けになる可能性もある。「これは、人々の日常的な活動の助けとなる技術だ」と、研究チームは語っている。
「人生100年時代」超高齢化も進む中、2050年に向けて年齢・人種・性別・障がいの有無などに関わらず、一人一人が自立して社会参画し、輝ける環境の整備が必須だ。中でも「心身の個性」が尊重される社会を実現するために、AI・ロボット・VRなどの新技術によって現実が「選べる」ものとなり、可能性が拡大する、そんな2050年を創っていこう。
(文/有限会社ラウンドテーブルコム Active IP Media Labo、写真・動画/AFPBB News)
- (1) AFPBB News 関連記事(2016年4月5日)「フェイスブック、AIで写真を音声説明 障がい者向けに新サービス」
- (2) AFPBB News 関連記事(2015年4月21日)「自閉症児の母が開発、「共通語」アプリ 仏」
- (3) METI Journal(2017年7月28日)「サステナビリティ(持続可能性)には多様化が不可欠」
- (4) AFPBB News 関連記事(2017年8月3日)「全盲者、2050年には3倍に 研究」
- (5) AFPBB News 関連記事(2017年5月12日)「ロボット「外骨格」で高齢者の転倒を防止、研究」
AFP通信(Agence France-Presse)
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