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SCM・国際物流の強化が日本の製造業の躍進のカギ
~専門家が警笛を鳴らす現状とその解決策とは?

 製造業のグローバル化が進み、国をまたいだサプライチェーンマネジメント(SCM)やロジスティクスの重要性がクローズアップされている。日本の貿易・国際物流は今どのような状況にあり、その中でSCMやロジスティクスにどのような問題を抱えているのか。味の素株式会社をはじめ、長年荷主の立場からグローバルのSCM・ロジスティクスに携わってきたSCMソリューションデザイン代表の魚住和宏氏に話を聞いた。

日本の貿易は好調を維持するも、大きな問題を抱える港湾の物流

 魚住氏は味の素株式会社や味の素物流株式会社で、ASEANの国々と南米を中心に10年以上にわたってSCM支援に取り組んできた。2017年に退職した後はSCMソリューションデザインを設立し、企業のSCMやロジスティクスを支援するコンサルティング業務を行っている。同時に、神奈川大学、東京海洋大学、横浜商科大学、流通経済大学で貿易、国際物流、グローバルビジネスなどに関する講師を勤めている。

 魚住氏は日本の貿易の現状をマクロの視点で「輸出入のバランスが良く、プラザ合意以降に海外への生産シフトが進んだ後も自動車、自動車部品、電子機器類を中心に輸出は堅調」と高く評価。一方、国際物流に関しては「先進国の中では必ずしも整った態勢にはない」と厳しい見方を示す。

 「日本国内では、通関はITを活用することで効率的に手続きができるようになり、待ち時間が短く、他国と比べて評価できます。一方、港湾が最大のネックとなっており、特に東京湾での物流渋滞は目に余ります。世界の主要港のほとんどが24時間態勢で運用されているのに比べ、日本ではオープンしている時間が短く、さまざまな事情でITを活用した合理化・省力化が遅れています。このためメジャーな船会社の大型コンテナ船は日本と直行便で行き来せず、釜山や上海経由でより小型の船に荷を積み替えて日本に入ってきます」

 当然リードタイムが大幅に長くなれば、海外からの部材調達や生産した製品を海外へ輸出する日本の製造業は非常に不利になる。戦略的な国際物流を目指す上で早急な解決が求められる問題ではあるが、抜本的な港湾の状況改善は進んでいない。

SCMソリューションデザイン
代表 魚住 和宏 氏

専門家不在のため日本企業は国際物流の可視化が進まない

 では製造業のSCMに関してはどうだろう。魚住氏は一般論として生産、マーケティング、物流それぞれの機能が有機的につながっていない企業が多いと指摘する。

 「驚くほど基本的な部分が疎かになっていますし、国際物流の可視化が進んでいないために現状の大きな問題に気付くことができません。安全在庫が増えすぎてキャッシュフローが悪くなり、経営的な窮地に立って初めてコンサルタントに相談し、そこでようやく問題点に気付くケースは珍しくありません。企業としてSCM・ロジスティクスのアクティビティを可視化しているのは、日本の製造業ではごく一部に限られるのではないでしょうか」

 こうした状況に至る根本的な原因について、魚住氏は「知識・経験を持った人材の不足」を挙げる。「国際物流を可視化できないのは、ほとんどの企業にSCM・ロジスティクスを熟知した人がいないからです。その根源は教育にあります。日本の大学でSCM・ロジスティクスを専門に教える学科があるのは神戸大学、東京海洋大学、流通経済大学の3校のみです。それ以外の大学では、SCMやロジスティクスに関する講座自体も非常に少ないのが現実です。SCMやロジスティクスについてほとんど学んだことがないと、その重要性に気づけません。優れた物流事業者やITベンダーが、改善の提案をしても内容を理解するのは難しいでしょう」

 米国では大学の約5%、中国では約25%にロジスティクスを専門に教える学科があるという。そうした土壌があるからこそ、企業内でSCMやロジスティクスの従事者が専門職として重んじられ、マネジメント層にもSCMの専門家がいる。

 「米国や中国は事業において製品を提供するにあたり、国土が広大なため、”どこでつくり、どうやって運ぶ”のか、おのずとロジスティクスを考えざるを得ません。さらに企業体質面でも、同じ部署に長く勤めさせて専門性を養わせようとする傾向が強く、かつ専門性を活かしたキャリア形成を描く文化でもあることから、SCMやロジスティクスのスペシャリストが育ちやすい環境にあります。一方、日本は国内であれば比較的短期間で届けられるため、ロジスティクスに対する意識が低く、かつ企業体質面では社員をゼネラリストとして育てる指向が強く、入社後さまざまな部署を経験させようとするため、ベテランになっても『専門分野』を持つことができません」

 魚住氏は日本企業のSCMやロジスティクスの弱さは、海外の競合企業と比較した収益力の低下に直結すると説く。例えば、製品の技術的優位性やユニーク性が失われてコモディティ化した日本製品が競争力を失い、市場で海外製品の後塵を拝するケースは多い。これはSCMやロジスティクスが弱いのでリードタイムが長くコストが割高になる、という弱点が、コモディティ化した途端に顕在化するためだ。日本の製造業は「つくる」「売る」に目が行きがちで、現場でのカイゼンやコストダウンに注力することは多いが、「運ぶ」といったそれ以外の部分にはあまり目を向けない傾向がある。

 「私がコンサルティングをしているある企業は、洋上在庫を含めたグローバル在庫が課題です。日本の工場で製造し、欧米を中心とした海外で大半が消費されるというサプライチェーンなのですが、現地で受注してから届くまでのリードタイムが非常に長い。それが在庫につながるということを今まであまり意識してこなかったようです。リードタイムが長いから、現地でも日本の工場でも沢山在庫を抱えることになってしまいます。従って、すべてのプロセスを見直し、リードタイムを大幅に短縮することに取り組んでいます。技術的な優位性などというものは所詮時間が経てば競合他社に追いつかれてしまいます。だからこそ最初からSCMを重視した『プロダクトライフサイクルマネジメントによる収益力強化』という発想に立たないといけないのです」

代表 魚住 和宏氏

経営指標にSCMを、SCM部門にIT担当者を

 日本企業のSCM強化について、魚住氏はいくつかの対策を提唱している。「長期的には物流の重要性を小学生頃から港や空港、物流センターなどを見せることも含めて教え、大学ではロジスティクスの講座を増やし、学部を超えて必修にすべきでしょう。そして当面は、企業にSCMの専門部署を置き、専任者を事業横断した最適なサプライチェーンを考える専門家として育成するべきです。しかし現状では、ほとんどの企業にとって社内での教育のみで専門家を育てることは不可能です。そこで公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会(JILS)が開設しているロジスティクス基礎講座、物流技術管理士講座、国際物流管理士講座などを自社のSCM教育制度に組み入れ、体系的に学ばせることが効果的でしょう」

 「経営指標に、ロジスティクスに関連した総資産利益率や棚卸資産回転日数、キャッシュ・コンバージョン・サイクルなどKPIを入れていない企業が多いと感じます。当然、経営指標と連動したSCM改善につながるKPI管理を行っている企業はさらに限られるでしょう。やはり、企業あるいは組織単位でSCM・ロジスティクスのアクティビティを可視化するべきです。また、SCM部門での『SCM・IT』を確立・整備することも有益です。どこの企業にもIT部門がありますが、基幹システム業務が最優先のミッションである彼らに、専門性が高いSCMやロジスティクス分野でITも担わせるのは非現実的です。それでも今の時代ITはSCMや物流部門にとって要となる技術ですから、同部門には兼務でもいいので必ずIT担当者を置くべきです」

 この他にも、特に海外でのビジネスを意識した場合、魚住氏は「企業は自前主義の物流から脱却すべき」と主張する。多くの製造業は、物流子会社をつくってグループ内で取り組もうとする。「メーカーの物流担当者は物流子会社に丸投げするので物流についての理解が深まらない。物流子会社の方も、扱う荷物はほとんどが親会社、グループ会社のものなので、一人前の物流企業として育たない。結局メーカーとしても、現地の物流専門企業と密に連携している競合企業に勝てなくなります」

 最後に魚住氏は、国際物流を取り扱う製造業などのSCMやロジスティクス部門の担当者に二つのアドバイスを語った。「一つ目はできるだけ現場に足を運ぶことを心掛けてほしい。物流の現場だけでなく、受注や出荷管理の実務を行う部署も含めてです。私はSCMのコンサルティングをする時は必ず、受注・出荷、生産販売・需給管理などすべてのプロセスをチェックします。そうすることでこれまでは分からなかったことに気付き、意外なところに非効率性や課題が見つかるものです。二つ目は絶えず情報収集に努めること。展示会やセミナーにはできるだけ参加し、SCMやロジスティクスの知見・知識がある人と知り合いになって情報交換を行い、意識改革することが大切です」