2020年12月15日
宿泊ではなく体験の発信場所。新ホテルブランドのNew Normal戦略
新型コロナウイルスの感染拡大によって、社会は歴史的な転換点を迎えようとしている。それを象徴する言葉の1つが「New Normal」。社会の変化によって新たな常識が生まれ、古い常識をモノサシとする考えや行動を捨て、新しい価値を創造する企業が成長へのパスポートを手にできる時代が到来している。では、その競争を勝ち抜くためには何が必要か。顔認証によるチェックインなど最新のテクノロジーを取り入れ、New Normal時代の新たな価値を創造しようとしている三井不動産ホテルマネジメントの新ブランド、次世代型ライフスタイルホテル「sequence」に注目してみた。
New Normalに対応できなければ淘汰される
2020年の新語・流行語大賞にもノミネートされた「New Normal」。日本語では「新しい常識」などと訳される。
マスクの着用や在宅勤務など、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて定着した新しい生活様式を指すことが多いが、決してコロナ禍をきっかけとする新語ではなく、さまざまな過去のできごともNew Normalとして定義されている。そして、今、そのできごとを振り返ると、New Normalに対応することがいかに重要かがわかる。
例えば、2000年代初頭のインターネットの本格的な普及は、当時のNew Normalである。この時期をターニングポイントとして生活もビジネスもIT化が加速。この変化がECやSNS、スマートフォン、クラウドサービスを当たり前に利用する現在の生活やビジネスにつながっている。
そして、その間、変化に対応できなかった多くの業界や企業は社会から淘汰され、逆にITやインターネットを新しい力として利用した業界や企業が社会の中心に躍り出た。多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む現状も、その延長上にある。
新しいライフスタイルを持つ人たちに向けた価値を提案
では、今、起こっている変化をどうとらえるべきか。今年、東京の渋谷と水道橋、そして京都にオープンしたホテル「sequence」は、新型コロナウイルス感染症の感染防止という新しい常識だけでなく、新しい様式で旅や生活を楽しむ世代に向けた独自の提案を行おうとしている。手掛けるのは三井不動産ホテルマネジメントだ。
「三井不動産ホテルマネジメントは、既に三井ガーデンホテルズ、ザ セレスティンホテルズという2つのホテルを展開しています。これらは長い伝統を引き継ぐ正統派のホテルで、きめ細かく、上質なサービスでご好評いただいています。一方、sequenceはホテルの常識を離れ、今あるべきホテルのかたちを徹底して突き詰めた、弊社第3のブランドです」とsequence MIYASHITA PARK General managerの長谷部 修一氏は話す。
具体的にsequenceは、個人、体験、共有というキーワードが示すライフスタイルを持つ人たちに、新しいホテルの過ごし方を提案する。
「現在、情報の中心にあるのはスマートフォン。テレビや新聞といった既存のマスメディアの視聴に費やす時間は減少傾向にあり、代わって動画サイトやアプリが存在感を増しています。これらのメディアの特徴は、情報を受信するだけでなく、個人が情報を積極的に発信し、体験を多くの人と共有していること。それを楽しんでいる人たちにとって、旅やホテルの時間に求める楽しさは、これまでとは違うはず。この考え方がsequenceの根底にあります」と長谷部氏は言う。

sequence MIYASHITA PARK General manager
長谷部 修一氏
単なる宿泊場所ではなく、体験の提供場所になる
新しいライフスタイルを持つ人たちにフィットした価値を提供するためにsequenceは、「SMART─気の利いた心豊かになれる時間」「OPEN─誰にでも開かれた空間」「CULTURE─その街ならではの文化を楽しむ体験」という3つを軸に据えている。

「SMART」「OPEN」「CULTURE」を軸に据えてホテル内を整備し、企画を立案する。個人、体験、共有を楽しむ人たちに新しい価値を提供する
画像を拡大する
ホテルを単に“宿泊するだけの場所”としてではなく、“自由な時間を過ごす場所”と再定義し、ホテル内でもさまざまな体験を楽しみ、情報を発信して共有する。そのためにホテル内は、客室以外にも多くの居場所を用意し、さまざまな人や文化との出会いを提供する。その上で、それを楽しみ尽くせるように、チェックイン・チェックアウト時間を17時~翌14時に設定したり、高速な館内Wi-Fiを整備したりしている。空間や体験、時間の連なりを楽しむ。連続、連なりの意味を持つsequenceをホテル名に据えた由来でもある。
例えば、既に開業している3つのホテルのうちの1つ「sequence MIYASHITA PARK」は、2020年8月、公園からシームレスにつながる次世代型ライフスタイルホテルとしてオープンした。ホテル名から想像できるように、再開発された渋谷区立宮下公園に隣接し、公園やショッピングモールから直接アクセスできるようになっている。
ホテル4階のエントランスフロアは、ロビーラウンジカフェとなっており、宿泊客以外も利用できるオープンな空間だ。平日は、PCを広げてリモートワークをしている人も目立つ。そのカフェを通り抜けると、フロント、チェックインカウンターがあるが、ホテルスタッフは「つながり」をサポートする存在であり、従来のホテルマンのイメージとは異なる。隙のない制服姿ではなく、着用しているのは、アパレルブランドとコラボしたカジュアルなユニフォームだ。

「従来のホテルが実践している丁寧な接客も素晴らしい伝統であり文化ですが、sequenceでは、別の価値を追究しています。言葉にするのは難しいのですが、大切にしているのはお客様との距離感。コンシェルジュ的に接するのではなく、お客様がお困りだと感じたら、適切なタイミングでお声がけする。その際に、ゲストに合わせて丁寧でありながらフレンドリーに、できる限り同じ目線でお話しするよう、スタッフには徹底しています。既存のおもてなしに縛られず、お客様にとってよいと思うことを積極的に取り入れていけるよう、新規スタッフはホテル業界の常識と縁のない他業界出身者をあえて採用しています」と長谷部氏は話す。
顔認証で実現する快適で安全な滞在時間
チェックインカウンターには、もう1つ大きな特徴がある。顔認証を採用したセルフチェックインの仕組みだ。
宿泊客は、アプリを通じて事前に自身の顔画像を登録しておけば、当日はホテルスタッフの対面での手続きを行わずとも、セルフでチェックインと、客室でのチェックアウトという非対面での手続きが可能。しかも、「sequence KYOTO GOJO」「sequence SUIDOBASHI」の2つのホテルは、客室の鍵の開錠・施錠、宿泊者専用のセルフクロークといった館内施設への入室も顔認証で行える。

ホテルスタッフの対面での手続きを行わずとも、セルフでチェックイン・チェックアウトが可能。また、客室の解錠も顔認証で行える
「チェックイン・チェックアウトの効率化はもちろん、鍵の携帯を気にせずに、ホテル内を楽しむことができる。ストレスフリーなホテルステイを体験できます。まさに私たちが実現したかった価値『SMART』を体現する仕組みです」と長谷部氏は強調する。
当初、スマートなホテル滞在のために導入した顔認証システムだが、その後、発生し、現在も続いているコロナ禍の中では非対面オペレーションのキーテクノロジーとなり、感染防止に貢献。メディアなどからも多くの注目を集めている。「非対面で手続きを行える点は、お客様にとっても、スタッフにとっても安心感につながっています」(長谷部氏)。
また、スタッフの業務が効率化されることは、長年、人手不足に悩んでいるホテル業界の課題解決にもつながる。さらに、定型的な業務からスタッフを解放することができれば、従来のホテルでは、なかなかできなかったイベントなどの企画や実施に、時間を割けられるようになるという期待も高まっているという。
顔認証システムは、NECのスマートホスピタリティサービスを採用している。NECの顔認証は、世界的にも評価が高く、高い技術力と豊富な実績を持つ。国内の事例では、チェックインしたホテル内での手続きだけでなく、まちの中での食事やショッピングなども顔認証で決済できるような仕組みを整えて、地域一帯となって観光客誘致を行っている地域もある。
「快適と安全・安心を両立する上でスマートホスピタリティサービスは、とても理にかなった仕組み。入れてよかったと高く評価しています。将来的には、sequenceのある地域も一帯となってお客様にスマートな旅を提案できるような仕組みにも参加したいですね」と長谷部氏は言う。

新しい価値を創造するには振り切る必要がある
既に述べたとおり、現在、sequenceは東京の渋谷、水道橋、そして、京都五条の三カ所にオープンしており、各地でそのまちならではの文化を楽しむための企画が練られている。
「例えば渋谷は、昭和の時代から若いクリエイター、アーティストが活動の拠点としてきた場所です。そこで、館内の色々な場所にモダンアートを置いたり、渋谷のクリエイターを起用したアートイベント、音楽イベントなどを開催したりしています。インテリアもまち固有の文化を意識し、従前の渋谷区立宮下公園の木材を家具、什器などに再活用しています。その一方でsequence KYOTO GOJOは、古都・京都の食材を活かした取り組みや、内装・家具に伝統的図柄をモチーフとしたデザインを取り入れるなど、それぞれのまちの文化、固有性を活かしています」と長谷部氏は話す。
また、文化面だけでなく、sequenceが掲げるオープンな価値観に共感した他業種の企業が衣類用の除菌加工技術の提供を申し出たり、建物内で展示会を開催したりするなど、sequenceをプラットフォームとしてさまざまなコラボレーションも生まれている。
「今までにない価値を創造するには、失敗を恐れず、振り切ることが必要だと思います。弊社のsequenceでの試みは革新的なチャレンジの要素も含まれます。これからのホテルはどうあるべきか、答えは1つではないでしょう。現在の試みをベースに、新しいテクノロジーも取り入れながら、新しいホテル像を提案していきたいと思っています。社内では、リスクを理解しながらどんどん挑戦すべき、という機運も高まっています。従来の常識・常態に縛られず、前に進んでいきたいですね。それには、NECのようなテクノロジー・カンパニーの協力も不可欠です。顔認証をより普及するための訴求はもちろん、新しいテクノロジー提案も含めて、一緒に挑戦を続けていただければと思います」と長谷部氏はsequenceのチャレンジについて話す。
コロナ禍という、突如、降りかかってきたトラブルからビジネスを守りつつ、新しい価値を提案し、New Normalを勝ち抜く企業になる。顔認証技術を中心とした仕組みを基盤に、新しい挑戦を行っているホテルsequenceのモデルが、次のスタンダードとなっていくのか。今後も注目していきたい。