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利用者(市民)をイノベーションのパートナーにする、リビングラボとは
NTTテクノクロス「ともに育むサービスラボ」との共創プロジェクト

 生活環境の複雑化にともない、企業に求められるサービスや製品も多様化している。その中で、一般生活者であるユーザーの声を聞きたいと考える企業が増えたが、従来の企業からユーザーへの一方通行の調査では、ユーザーの本当のニーズをつかむには困難なことが多い。さまざまな手法が試される中、サービスや製品開発のプロセスに、ユーザーを巻き込む手法が注目を集めはじめている。「リビングラボ」という取り組みだ。

 リビングラボとは、もともと北米で開発された手法(仕組み)のことで、2000年頃から北欧を中心に世界中に広まった。その特徴は、ユーザー(市民)に、企業、行政、大学などと同等の立場で、サービスや製品開発の初期の段階から関わってもらい、実生活に近い環境で評価・改善を繰り返すことにある。継続的な共創を通して、ユーザーが真に求めるサービスや製品を創出していこうというわけだ。

 このリビングラボを、2017年にNTTテクノクロスが横浜で立ち上げた。育児中の親(ユーザー)、企業、UXデザイナー(※)らが対話しながら、生活をより良くするためのサービスを創出する「ともに育むサービスラボ(以下、はぐラボ)」だ。これまでユーザーとの共創を円滑に進めるために、コミュニティや場づくり、手法開発に取り組んできた。

 同社とNECは、この「はぐラボ」を活用し、育児中の親の「過ごしたい理想の時間」を実現する新サービスの検討をゼロからスタート。NECのUXデザイナーは、テーマの提案、育児中の親(ユーザー)との共創を円滑に進めるための仕掛けやツールづくり、記録などを担当し、NTTテクノクロスのUXデザイナーは、当日のファシリテーションなどを担当した。両社はニーズやアイデアの評価から、進め方、手法に関する様々な知見を蓄積している。

 リビングラボにはどのような効果や気づきがあったのか?「はぐラボ」を運営するNTTテクノクロスの中谷(なかたに)桃子工学博士と、濱口(はまぐち)菜々氏にお話を伺った。

  • UXデザイナーとは、ユーザーの「体験」に着目してサービスを設計するデザイナーのこと。
中谷氏(左)と濱口氏(右)。ともにNTT研究所で「(サービスを使う)人の理解」をテーマに研究していた研究者でもある

多様な人が集まり、対話から、サービスや製品を生み出す場

──まずはリビングラボとはどういうものか、教えていただけますか?

濱口氏:私は、いろいろなバックグラウンドを持った人たちが集まって、対話をしながらサービスや製品を作る場だと考えています。

中谷氏:それも単発ではなく、継続的に開催して、様々な声を拾いながらサービスや製品作りに生かしていくのがポイントでしょうか。

濱口氏:NECさんとの共創においては、ニーズを探る段階からはじめています。ユーザーである子育て世代のみなさんがどう考えていて、何を理想とするのかというところから入り、それを実現するサービスを作るというプロジェクトでした。

中谷氏:そうしたゼロの状態からサービスや製品を作っていくこともありますし、すでにあるサービスをさらにブラッシュアップする活動も含んでいます。いずれにしろ、反復してユーザーの声を聞きながら、参加者全員でいいサービスや製品を考えるところが、リビングラボの特徴です。

企業とユーザーが直接対話できる場を作りたかった

──リビングラボをはじめるきっかけは何だったのでしょう?

濱口氏:私たちは普段、UXデザインに関するコンサルティング業務に携わっています。そこでは企業から「ユーザーの考えを知りたい」という依頼を受け、ユーザーに個別インタビューをした結果を、企業に伝えています。このやり方だと、企業側は直接ユーザーの声を聞くことができないし、ときに私たちが解釈したことが別の意味に解釈されることも起こり、企業とユーザーの距離が縮まらないと感じていました。それならば、企業もユーザーも一緒に集まって直接対話できる場を作ればいいのではと考えたのです。

中谷氏:一方、ユーザーの立場に立つと、普段自分たちが感じていることを企業に伝えられる場ってなかなかないと思うのです。それが今回のような場があれば、自分たちの声を直接伝えられるうえ、後々サービスや製品に反映されて、自分たちの生活がよくなることもあります。そういうお互いにWin-Winの関係も築けるのではないかとも考えました。

ユーザーの声を聞くだけでなく、一緒になって作りあげていくところが、リビングラボの大きな特徴

参加者がリビングラボに感じていること

 ここまでリビングラボの主催者の声をご紹介してきたが、参加者側はどのようなメリットを感じているのだろうか?

「はぐラボ」に当初から参加している五十嵐さん(左)と長谷川さん(右)。

五十嵐さん:「はぐラボ」に参加することで、子育てをしながら社会とのつながりが持てるのがいいですね。企業さんと、どのようなサービスが必要かを考えることが、普段の生活の気分転換になるところもあって、ずっと参加しています。ほかの参加者からもいろいろな情報を得られて、子どもにとっても、自分にとっても有益な発言ができて、ストレス発散もできて、社会とつながることもできます。もっと多くの人が参加してくれればいいのにと強く思います。

長谷川さん:生活の中で抱えている育児の悩みなどを、たとえばママ友の会で話したところで、有益なことにはつながりはしません。ただ喋って発散するだけです。でも「はぐラボ」は違います。自分が普段抱いている悩みや不安に感じていることも、ここで発言すれば、何かのサービスになるかもしれない。そんな延長線上(の未来)が少し見えているところが、とても素敵な取り組みだなと感じています。

ユーザーと共創するからこそ得られる気づきやアイデア

──これまでの活動で、今まで得られなかったアイデアや気づき、つながりが生まれたという経験はありますか?

濱口氏:たくさんあります。たとえば、今日実施したワークショップでは、ある企業のアプリ開発のために、子育て中の母親から、「子どもの気持ちを知りたい」と感じるシーンを教えてもらうというものでした。私が予想していたのは、子どもが泣き叫んでしまって、お母さんが困ってしまうシーンです。ところが、あるお母さんから「うちの子はあまり泣かないから、不満を抱えているのかどうか把握できない。だから不満を感じているのかどうかを知りたい」という意見が出たのです。それに対して周りの人も同意しはじめて、多くのお母さんたちがそう感じていることがわかりました。これって、この場だからこそ得られた気づきですね。

中谷氏:当初はサービスを作るとか、ニーズを聞き、課題を明らかにするといったことを目的に開催したのですが、意外とそうじゃない効果がたくさん生まれているなと感じています。たとえば、参加者同士のつながりが生まれたり、たまたま同じ開催時に居合わせた企業の人と、別の企業の人が知り合ったり、行政と企業の人がつながったり。われわれの意図してないつながりがどんどん生まれています。

──企業同士や、企業と行政など、あらたな共創のタネが生まれていると。

中谷氏:そうしたつながりから私自身が得るものも多くて、たとえば、われわれとは違う文脈で活動をしているNPO法人とつながることもできます。そうした人たちの価値観を知った上で、自分の業務に取り組めるようになったことは大きいなと感じています。

──パートナーとの共創活動を通じて得られたものは何でしょうか?

中谷氏:やはり「手法」でしょうか。本業の合間に、ワークショップを月2回の割合で開催することは、かなりの負担です。でも数をこなしたことで、対話の手法が洗練されてきましたし、一般の人から意見を引き出すためのノウハウも蓄積されてきました。

濱口氏:一般の人を巻き込む経験を経て、コンサルティングの幅が広がったのを感じています。たとえば、地域活性化のためのファシリテーションや、リビングラボを活用してユーザーニーズを探る手法のコンサルティングもできるようになりました。

車座になり、イラストのついた模造紙などを用いて、楽しい雰囲気を醸し出すことで、参加者が話やすい環境を作る。

NECとの共創で感じた”デザイナー的分析力”の重要性

──NECと共創した際に感じたことを教えていただけますか?

濱口氏:私たちは、大きなワークシートに付箋などを貼っていくことが多いのですが、たとえばNECさんとの共創では、真っ白な紙を広げるのではなく、イラストなどが入った紙を使いました。するとみなさんから意見が出やすくなったということがありました。そうしたツールと合わせて、ファシリテーションにおいても、常に楽しい雰囲気を作ることを意識しています。

中谷氏:NECのデザイナーのみなさんは、アイデアやイメージを形に描くことができるので、とても助かりました。

濱口氏:また、アイデアや意見を出し合っても、そのままだと何も前に進みません。いったん持ち帰り、デザイナー的な視点で分析をしたうえで、再び持ってくるということが大事です。アイデアや意見を出してもらった後に、それを分析して、また意見を出すといった循環が必要なんですね。持ち帰って分析をする部分をNECさんにご担当いただいたのですが、そこはすごいスキルをお持ちだなと、あらためて感じました。

──今後、NECに期待することはありますか?

濱口氏:現在までのNECさんと共創では、ユーザー視点のアイデアはたくさん出たのですが、まだそれを次の事業に結びつける段階はまだできていません。いかにビジネスとつないでいくかというところを、今後はぜひチャレンジしていきたいですね。あと私たちの「はぐラボ」の取り組みは子育て世帯向けとなっていますが、ほかにも高齢者向けのリビングラボも国内には複数あります。「はぐラボ」では、そうしたところとの連携もはじめています。たとえば、お父さんお母さんが、おじいちゃんおばあちゃんに子どもを預けたときに、お互いに「こうしてほしい」といった意見を聞くことができれば、それはまたいい製品につながる可能性があると思います。

中谷氏:私は、リビングラボはあくまで「ラボ(研究所)」なので、常に進化していきたいという気持ちがあります。一年で手法はいろいろと進化し続けました。これをさらに進化させていきたいですね。濱口が言ったように、対象者を広げたり、ビジネスの側面を強めたり、いろいろ取り組んでいきたいです。こうしたことを進めるうえでも、ぜひNECさんと一緒に活動したいですね。

コミュニティであることが、サービスや製品開発で有効

──これまでのリビングラボの活動は、どのような実績をもたらしたでしょう?

中谷氏:来ていただいている企業の方とユーザーとの距離が近づいてきた、というのが大きいと思います。サービスを作るうえでは、ユーザーの声をしっかりサービス・商品に反映していく必要があると思っていますが、この場は無償開放していますので、企業の人が気軽にユーザーの声を聞くことができます。さらに、企業の方とユーザーが共創活動を行うので、お互いを深く知りながら、一緒に良いものを創りあげる機会になっていると思います。

濱口氏:はじめて会った人同士では難しいけども、ここで毎回会っている人同士だったり、あるいは私たちと信頼関係が築けたりしていると、いろいろな意見が出てきます。こちらから何かたずねなくても、自分から発言してくれたりするのです。 そこに、普通のインタビューにはない大事なものがあると考えています。コミュ二ティであることが、サービスや製品作りにおいてとても有効だと感じています。

 今後、リビングラボのようなユーザーを巻き込んだ活動により、ニーズをとらえた魅力的なサービスがどんどん世の中に出ていくことを期待したい。