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地方創生現場を徹底取材「IT風土記」

広島発 銀行をインバウンドの窓口に 音声翻訳サービスで多言語対応

 広島市の中心街にある広島銀行八丁堀支店に昨年12月、訪日外国人向けの観光案内所がオープンした。広島銀行が移転オープンに合わせ、瀬戸内エリアの観光支援を展開する瀬戸内ブランドコーポレーションに働きかけて開設した施設だ。英語やフランス語が話せるスタッフに加え、英語・中国語・韓国語に対応した高精度の多言語音声翻訳サービスを導入。広島を訪れた訪日外国人観光客に広島だけでなく瀬戸内エリアの観光のPRも展開している。

外国人観光客向けの観光案内所が設けられた広島銀行八丁堀支店

訪日観光客を瀬戸内に呼び込め

 広島県は、原爆ドームと厳島神社という2つの世界遺産があり、多くの観光客が訪れる日本屈指の観光地だ。2016年にアメリカのオバマ大統領(当時)が広島平和記念公園を訪れ、核兵器廃絶を訴えたことをきっかけに海外での知名度が上昇。この年、広島を訪れた外国人観光客の数は初めて200万人を突破、14年に比べ約2倍増えた。原爆ドーム周辺を歩くと、日本人よりも外国人観光客を見かけることが多く、海外での広島に対する関心の高さを再認識させられた。

世界遺産の原爆ドームには多くの外国人観光客が訪れている

 訪日外国人向けの観光案内所を併設した広島銀行八丁堀支店があるのは、オフィスビルやショッピングビルが立ち並ぶ広島市の中心街だ。原爆ドームや平和記念公園、広島城などの観光スポットも徒歩圏内にあり、多くの外国人観光客がショッピングやグルメを求め散策する姿が見られる。「Setouchi Information Center@HIROSHIMA BANK(瀬戸内インフォメーションセンター・アット・広島銀行)」と名付けられた観光案内所は1階のATMコーナーの奧にある。外貨両替ショップが隣接し、両替に訪れた外国人観光客や在留外国人が立ち寄りやすいレイアウトになっている。

広島銀行八丁堀支店にある観光案内所「Setouchi Information Center @ HIROSHIMA BANK」

 「開設から半年足らずですが、利用は徐々に増えています。先日も年配の外国人の男性が『一人旅で、ゆっくり松山で過ごしたい』と相談に来られました。1泊2日の観光プランを紹介して、宿泊先の予約もされていました。うれしく思われたようで何日か後にまた立ち寄っていただきました」と観光案内所のスタッフ、堀泰子さんは話す。

スタッフの堀 泰子さん。瀬戸内エリアの観光振興に向けてさまざまな企画を検討中だ

 観光案内所には、外国語で書かれた瀬戸内各地の観光パンフレットが充実しているほか、瀬戸内の特産品などを紹介できる展示スペースもあり、外国人観光客に瀬戸内エリアの魅力を発信している。堀さんをはじめスタッフが交代で常駐しているが、スタッフが話せる言語は英語とフランス語。中国や韓国などからの観光客にも対応できるようにと導入したのが、多言語音声翻訳サービスだ。

観光案内所には外国語で瀬戸内7県の観光パンフレットが置かれている
瀬戸内の特産品を紹介する展示コーナー

ICTで言語の「壁」を取り払う

 このサービスはNECが提供しているもので、話しかけると、翻訳した結果を音声で読み上げ、テキストで画面に表示する。簡単な操作で、日本語から英語、中国語、韓国語に翻訳ができ、その反対に英中韓の言語を日本語に翻訳することもできる。端末を介して言語の壁を取り払い、お互いの意思疎通を可能にしてくれる。

多言語音声翻訳サービスは、端末に話しかけると翻訳結果が音声で読み上げられ、画面にテキストが表示される

 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の開発した観光会話向けの高精度翻訳エンジンを採用し、翻訳した言葉は音声で読み上げ、液晶画面にテキストを表示する。また、翻訳結果だけではなく、翻訳結果を入力言語に翻訳し直した「逆翻訳」結果をテキストで表示することで誤った翻訳をしていないか確認ができる。地名や駅名、名産品などの固有名詞を追加で辞書登録することも可能だ。スムーズな翻訳サービスを提供するため、NECが長年研究により培ってきた音声まわりの技術や知見が活用されている。

瀬戸内ブランドコーポレーションの杉本 安芸 マネージャー(取材当時)

 2016年のデータをみると、広島県を訪れる観光客は欧州や米国が45.3%を占めている。英語圏のオーストラリアなど大洋州を含めると、過半数を占めている。そんな広島特有の事情もあり、市内の観光案内所は英語ができるスタッフを置いているところが多いという。一方で、中国語や韓国語への対応は不十分なところも多く、広島銀行八丁堀支店の観光案内所を運営する瀬戸内ブランドコーポレーションは多言語音声翻訳サービスの導入を決めた。

 「主要な国々の言語に対応できるスタッフを揃えることができるのがベストですが、常時スタッフを確保するのは難しい面があります。全国的に中国や韓国からの観光客が増える中でICT(情報通信技術)を活用することで、対応できる環境を整えておくことにしました」と瀬戸内ブランドコーポレーションの杉本安芸マネージャー(取材当時)は語る。

”銀行らしくない店舗づくり”にチャレンジ

 銀行の店舗に外国人観光客向けの観光案内所を設けるのは、全国的にも珍しい取り組みだ。観光案内所を開設した理由について、広島銀行営業統括部チャネル・ネットワーク企画室の竹島智文室長はこんな風に話してくれた。

 「ICTやAI(人工知能)の広がりなどで私たちを取り巻く環境が大きく変化しています。その中で、『銀行らしくない店舗』づくりにチャレンジしたかったのです。広島は海外から多くの外国人観光客が訪れます。海外の観光客に広島のよさ、瀬戸内の良さを知ってもらうことは地方創生の観点からも意義があると考えました」

「銀行らしくない店舗づくりにチャレンジした」と語る広島銀行チャネル・ネットワーク室の竹島 智文 室長

 広島銀行から運営の委託を受けた瀬戸内ブランドコーポレーションは、瀬戸内エリアの観光ブランド化を推進するために瀬戸内7県で組織される「せとうちDMO」の事業会社だ。広島銀行をはじめ7県の金融機関や事業会社が出資しており、瀬戸内エリアの観光産業の活性化に向けて、この地域の観光関連事業者の事業支援などを行っている。このため、観光案内所の運営に当たっては、広島の観光案内にとどまらず、広島を訪れた外国人観光客に瀬戸内エリアにも足を延ばしてもらえるようなコンセプトで運営することにしたという。

 多くの外国人観光客が訪れる広島県だが、一人当たりの旅行消費単価が全国平均よりも低いのが悩みの種だ。欧米からの観光客は滞在日数が長い傾向があるにもかかわらず、広島は欧米客の宿泊需要を取り込めずにいる。一方で、購買意欲の高いアジアの観光客の比率が低く、旺盛な消費需要を享受できていない。瀬戸内エリアも広島ほどの知名度がなく、外国人観光客の取り込みに苦戦をしている。

 「外国人観光客が広島に宿泊し、食事をして買い物をすれば、地元経済はさらに活性化する。さらに魅力的な瀬戸内の観光地に足を延ばすことによって、瀬戸内全体の経済が潤うことになります」と竹島室長。瀬戸内ブランドコーポレーションと連携して観光案内所を開設することで、融資など本来の銀行業務にとどまらない新しい形での地域経済へのサポートのあり方を模索している。

 多言語音声翻訳サービスは、テキストデータをNECのクラウド基盤サービスである「NEC Cloud IaaS」に蓄積し、会話内容や利用状況の見える化ができます。例えば、外国人観光客から頻繁に聞かれる地名や店など、現場のキーワードを探し出し、行き方の地図を準備しておくことで、観光客の利便性を高めることができる。また、気付いていない外国人観光客の人気スポットを掘り起こすこともできる。

 杉本マネージャーは「観光客が何を求めているのか、そのリアルな声を生かし、瀬戸内エリアの事業者と連携して新商品やサービスの開発などビジネスにも生かしていきたい」と、多言語音声翻訳サービスが持つ機能の活用に前向きだ。また、スタッフの堀さんは「7県にはそれぞれプロサッカーチームがありますが、そのユニホームを展示したり、お土産品のコンクールをしたり、いろいろな企画を考えています。ここを拠点に広島の夜の観光案内をするというのも面白いですね。ほかの観光案内所がしていないことにもチャレンジしていきたい」と意気込んでいる。

 2017年に日本を訪れた外国人観光客の数は約2800万人にのぼるが、その8割近くが中国・台湾・香港・韓国の4カ国・地域が占める。広島県ではその割合が3割程度に過ぎないことを考えると、さらに観光客を呼び込む余地は大きいともいえる。観光庁の調査では訪日外国人観光客の多くが「施設のスタッフとコミュニケーションがとれない」ことを旅行中に困ったこととして挙げている。一方、観光客を接客する日本側もまた、同様の悩みを抱えている。ICTを活用した多言語音声翻訳のサービスを活用することで言葉の壁を取り払い、観光客のニーズを的確につかんだビジネスができれば双方ともに大きなメリットを享受できる。銀行の店舗にあるユニークな観光案内所の取り組みが今後、広島や瀬戸内エリアの観光振興に大きな刺激を与えることになりそうだ。

(産経デジタル SankeiBiz編集部)

IT風土記 おすすめITソリューション|広島篇

 お客さまの声は「宝の山」。ひとりひとりの声に耳を澄ますと、こちらが思ってもみなかった課題や、満たせていなかった潜在ニーズが見えてきます。ビジネスの戦略や企画を立案する人にとって、最も重要な情報だといえるでしょう。しかし、お客さまの声を集めるのは、結構難しいもの。マーケティングリサーチなど、そのために人手やコストをかける余裕がある事業者は限られます。

 記事中でご紹介したNECの「多言語音声翻訳サービス」は、翻訳のやりとりを、観光客の「生の声」として集積する機能を備えています。データ収集に新たな手間をかける必要はありません。自動的に集積されたテキストデータを解析することで、観光客の“困りごと”の見える化が実現できます。

 ソーシャルメディアに書き込まれたお客様の声も、貴重な情報です。NECソリューションイノベータの「SNS分析サービス」は、ソーシャルメディアの書き込みに、GPSデータをマッチングさせることができます。例えば、観光客の動きを地図上にビジュアライズしてみると、新たな周遊ルートの提案や、導線の最適化など、新たなビジネス機会が見えてくるかもしれません。

◆ソーシャルデータレポートサービス活用案

◎気温や天候による顧客行動の違いがわかる
→季節性を考慮したタイムリーな施策設計のヒントに

◎性・年齢・国別で顧客行動の違いがわかる
→より細やかなおもてなしのヒントに

◎人気のスポット/お土産アイテムがわかる
→プロモーション施策立案のヒントに

 取材終了後、せっかく広島に来たのだからと、観光案内所でおいしいお好み焼き屋さんを教えてもらいました。お店に寄ってみると、ものすごく長い行列。泣く泣くあきらめて、「次に広島に来た時は絶対にリベンジしたい」と新幹線の車中でSNS。私の「生の声」、誰かに届くかな(笑)。

宮島のシカ。おとなしいが食べ物を持っていると、近寄ってくるのでちょっと怖い

(By NEC IT風土記編纂室 R)

SankeiBiz 産経デジタル SankeiBiz編集部

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