

世界に1つの「個体」であることを識別
人と科学、2つの目で公正なリユース品の売買を支える
二次流通市場、いわゆるリユース品の売買につきまとうのが「ニセモノ」による被害の可能性だ。鑑定士だけでなく、画像認識も活用して真贋を判定しようという動きもあるようだが、それとは違うアプローチで問題の解消にチャレンジしているサービスがある。アプレとNECが共に開発した「TALグレーディングレポート発行サービス」である。いわゆる鑑定書を発行するサービスだが、キーテクノロジーとなったのが、世界に1つの「個体」を識別する画像認識技術だ。
もっと安心してリユース品を買えるようにしたい
数年前、ある人気ブランドの子供用抱っこひもの中に、強度に問題のある模倣品、いわゆるニセモノが多数流通しているというニュースが話題となった。この模倣品の製造・販売の抑止力になったのが、NECの画像認識技術である。NECの画像認識技術が模倣品対策として採用されたことが伝わるとEC市場から模倣品が激減したのである。
このNECの画像認識サービスを応用して、新たに誕生したのがブランドバッグや時計のリユース品を対象に鑑定書を発行する「TALグレーディングレポート発行サービス」である。サービスを運営しているのは、二次流通市場の業者向けに貴金属、地金、そして高級ブランド品の買い取り・販売を行っているアプレだ。

TOKYO APRE LABORATORY 所長
竹林 雅夫 氏
「リユース品を扱う二次流通市場の最も大きな問題は間違いなく模倣品の存在。それが怖くてリユース品を敬遠したり、この市場にグレーなイメージを持ったりしている人は少なくないのではないでしょうか。フリマアプリなどが登場し、せっかく気軽にリユース品の売買が行えるようになった今、もっと安心して買い物が行えるようになれば、二次流通市場はもっと健全に発展できる。そう考えてサービスを開発しました」とアプレの竹林 雅夫氏は話す。
何人もの鑑定士がまったく同じ作業を繰り返している
通常、二次流通市場の業者はリユース品を仕入れる際に鑑定士による鑑定を実施する。本物か模倣品かの真贋、破損、汚れ、匂いといった状態を見極めて、適正な価格で購入するためだ。


「ただ、よく考えると、これはとてもムダなことではないでしょうか。商品が流通するたびに違う鑑定士がまったく同じ作業を繰り返し行っているのですから。鑑定のスキルを身につけるには一定の経験が必要で鑑定士の数はそう多くはありません。数少ない鑑定士が模倣品の流入を防いでいるのですが、マンパワーに頼るには限界があります」と竹林氏は言う。
そこで竹林氏たちは、数年前から鑑定書を発行するサービスを構想していた。アプレで鑑定したリユース品に鑑定書をつけて、その商品が正規品であることと状態を保証する。鑑定書が市場で認知され、機能するようになれば、次回以降、鑑定士たちは鑑定にかかる工数を大きく削減でき、新しい商品の鑑定に専念できる。
しかし、鑑定書を機能させるにはクリアしなければならない問題があった。商品のすり替えである。鑑定書が発行された後に、その鑑定書が模倣品とセットで流通させられてしまう可能性があるため、竹林氏たちはサービスの開発を一度はあきらめた。
「すり替えリスクは模倣品だけではありません。本物の商品だけど、もっと使い古された、よりグレードの低いモノとすり替えられる可能性もあります。鑑定書を機能させるには、商品と鑑定書を完全に1対1でひも付けられる仕組みが必要だったのです」(竹林氏)
世界に1つしかない特徴を見つけ出し「個体」を識別する
この課題を解決し、鑑定書とリユース品の完全なひも付けを実現。サービス開発を大きく前進させたのがNECの「GAZIRU個体識別サービス」である。
サービスの核となっているのは「物体指紋認証」という技術だ。あらゆるモノには世界に2つとないその物体固有の「指紋」のようなものがある。GAZIRU個体識別サービスは、その物体指紋を見つけ、比べることで、そのモノが完全に同じ物体であるかどうかを識別することができる。
たとえ同じ金型を使って、同じ手順で製造した製品でも、例えば、革製品なら「毛穴」の形が一つひとつ異なる。鑑定時に、その物体指紋の画像をデータベースに登録し、鑑定書とひも付けておけば、商品をすり替えたとしても、すぐに明らかになる。
「数年前から画像認識技術に着目し、さまざまな企業の話を聞きましたが、『その精度を求めるなら、NECさんより上はありませんよ』『NECさんに相談してみては』と最後には言われる。それでNECの話を聞いてみたら、個体を識別するサービスがあることを知ったのです」(竹林氏)
ここでポイントなのが模倣品かどうか、そして商品の状態については、あくまでも鑑定士が判定するという点。GAZIRU個体識別サービスが担っているのは、個体を識別するという点だ。
画像認識やAIが進展し、二次流通市場では店頭などで商品の真贋を機械的に判定しようという試みが続いており、既に提供を開始しているサービスもある。しかし、模倣品製造の技術は驚くほど進化しており、機械による自動鑑定はあまり機能しているとはいえないという。
「真贋を見極めやすい金属パーツには本物から取り外したモノを使ったり、ブランド正規品の工場で働いていた職人を高額待遇で引き抜き、製造を指導させたりするケースもあります。皮や糸も限りなく本物に近いモノを使って製造された模倣品は、経験を積んだ鑑定士でもだまされる場合があるレベル。画像で鑑定しても、結局、人手でもう一度チェックしなければなりません」と竹林氏は言う。
このような状況を受けて、竹林氏たちとNECは役割を整理。画像認識は真贋ではなく、個体識別に用いる方が有効と判断し、「共創」によってTALグレーディングレポート発行サービスを開発したのである。「根底にあるのは、安全・安心・効率・公平な社会を実現したいというお互いの共通した思いです」と竹林氏は、今回のパートナーシップについて語る。
ほかの技術との組み合わせで個体識別率はほぼ100%
具体的にアプレでは、鑑定士たちが自身の経験とスキルを駆使しながら、金属表面の成分分析を行えるX線検査機や2000倍まで拡大可能なデジタル顕微鏡などの「科学技術」も活用して、非常に精度の高い鑑定を行っている。「デジタル顕微鏡のデータを基に3D画像をつくり、革製品の刻印の溝の深さを測ることもできます。真贋判定には絶対といっていいほどの自信があります」と竹林氏は強調する。
模倣品を除外し、正規品についてはグレードを評価して鑑定書を発行。鑑定書は、GAZIRU個体識別サービスによって、完全に1つの商品とひも付けられる。デジタル顕微鏡の超高精細な画像と組み合わせることで、個体識別率はほぼ100%に近い数字となっている。「この精度の高さには、NECの研究者も驚いておられました」と竹林氏。もし、鑑定書があるにもかかわらず、商品に不安がある場合は両方をアプレに持ち込み、再鑑定することで、商品が本当に鑑定を受けた個体なのかを調べることができる。同時に冒頭で紹介した抱っこひもの事例のように、鑑定書、およびNECの画像認識技術が模倣品製造・販売の抑止力になることも期待できるだろう。
なお、発行される鑑定書のグレードは6段階で最も上のランクは「MINT」。これは「新品同様」を指す。以下、「Excellent」「Very Good」「Good」「Under G」「Broken」と続く。国内でよく用いられる「S」「A」…「D」といった表記にしなかったのは、より模倣品による被害の大きな海外での展開も見据えたからだ。「Brokenは破損という意味。国内ではJUNK品などと表現しがちですが、英語ではガラクタに近い意味になってしまう。それでBrokenにしました」(竹林氏)。
こうして技術的なハードルをクリアしたTALグレーディングレポート発行サービスの次のテーマは、できるだけ多くのリユース品に鑑定書をつけて普及させ、業界の標準的なサービスへと成長させることだ。
模倣品は、そうとは知らずに販売した場合でも非を問われることがある。最近では、大手モール型ECサイトに出店していた業者が知らずに模倣品を扱っていたことで罰則金を徴収された事例がある。買う方だけでなく、売る方にもリスクがあるのだ。鑑定書が普及すれば、そうした心配も払拭される。個人の利用者が多いフリマアプリにおいてもより健全な取引が広がり、利用者がさらに拡大する期待も高まる。
「ブランドバッグや時計を所有してみたいが、リユース品は不安と買い物を躊躇していた方が、安心して買い物をできるようになるだけでも市場には大きなインパクトになる。そもそもブランドバッグや時計は非常に高額なものなのに、これまで鑑定書というものがありませんでした。我々の鑑定書が広まれば、市場の透明性・公正さが高まり、ブランドバッグや時計の資産としての位置付けも変わると考えています。例えば、ブランドバッグや時計を担保に銀行が融資するような状況が生まれるかもしれません」と竹林氏はTALグレーディングレポート発行サービスの可能性を話す。
プレゼント、遺品整理、ほかにも鑑定書が役立つ場面は数多く考えられる。安全・安心・効率・公平な社会を目指すアプレとNECの共創によって、二次流通市場は大きく変わろうとしているのである。