地方創生現場を徹底取材「IT風土記」
長野発 シェアリングエコノミーは地方の課題を解決できるか
Text:産経デジタル SankeiBiz編集部
インターネットを通じてモノや場所、技術などを貸し借りするシェアリングエコノミー。地域の活性化の起爆剤にしようと、全国でさまざまな取り組みが行われている。人口700人余りの小さな村、長野県北相木村も10月から新たなチャレンジをスタートさせた。かつてダム工事に使われていた現場事務所を有効活用しようとシェアリングエコノミーを取り入れた。シェアリングエコノミーは過疎と高齢化に悩む山村にどんな影響をもたらすのだろうか。
SUMMARY サマリー
遊休施設を活用
長野県の東部、群馬県上野村と県境を接する北相木村は千曲川の支流、相木川の谷間にある小さな村だ。村の9割を占める山林には、カラマツの森が生い茂り、冬の到来を前に黄色く山を輝かせている。県道沿いを流れる渓流は魚影が濃く、夏には多くの釣り人が訪れる。村の面積は東京都世田谷区とほぼ同じだが、そこに暮らす住民の数は780人(2018年10月現在)。ご多分に漏れず、過疎と高齢化が悩みの種だ。
村内には、コンビニエンスストアも、信号もない。目立った観光施設があるわけでもない。しかし、井出 高明村長は「何もないことが村のいいところ」と胸を張る。親元を離れ子供が山村の学校で学ぶ「山村留学」に力を入れ、都市部から地方に移り住む「Iターン」の移住者も増えている。今では住民の2割が移住者だ。豊かな自然、手厚い行政サービス…。都会にあるものはないが、都会にはないものを「武器」に村の活性化に取り組んでいる。
そんな村の、もう一つの「武器」にしようとチャレンジが始まったのが、シェアリングエコノミーだ。
「東京電力が隣村の南相木村に発電用ダムを建設する際、現場事務所として設けた施設が村にあります。2005年のダム完成後、北相木村に譲渡されたのですが、なかなか有効な使い道がありませんでした。この施設をシェアオフィス、シェアハウスなどに有効利用してもらうことを目指しています」と、北相木村経済建設課の渡辺 秀正課長は語る。
東電から譲渡を受けたダム工事の現場事務所は、相木川のほとりに事務棟と住居棟の2棟がある。シェアリングエコノミーの対象になっているのが事務棟だ。2階吹き抜け構造で、一階の広さは180平方メートル。ちょうどバレーボールのコートくらいの面積だ。メゾネット式の2階には36平方メートルのスペースがある。企業の研修会や大学の合宿などでの利用を想定し、研修会場などを探している企業や団体などに利用を呼びかけている。
村民が空いた時間に労働力を提供するレイバーシェア(共有型労働力)によって施設を運営する仕組みも取り入れたという。「住民にアンケートを採って、『手伝ってもいい』と回答をいただいた方に協力をしてもらっています。現在は施設の掃除などで2人の住民に協力してもらっています」と同課の菊池 忠水課長補佐兼建設係長。
地域活性化のツールに
この事業の仕掛人は県企画振興部の坂口 秀嗣・情報化推進担当部長だ。県の情報化戦略の最高責任者で、「ここ数年、シェアリングエコノミーが全国で加速度的に広がりをみせており、長野県内でも何らかの形で取り組めないか内部的に検討していました」という。そこに総務省が、2018年度にシェアリングエコノミーを活用して地域課題の解決や地域経済の活性化を図る地方自治体を支援する「シェアリングエコノミー活用推進事業」の提案募集があり、「長野県としてもトライしよう」と、施設の有効活用を模索していた北相木村に話を持ちかけたという。
さらに地元シンクタンクの長野経済研究所、サービスを提供するためのシステム基盤を提供するNECも参加。北相木村が運用主体になり、県がプロジェクトを推進。長野経済研究所は需要調査や将来の事業化に向けたコスト計算、運用方法などの検証・とりまとめなどの作業を受け持ち、NECが会員管理や予約受付などを行うプラットフォーム基盤の設計・開発を担う形で事業に着手した。総務省の公募に応募し、モデル事業の一つに採択された。
長野経済研究所調査部の玉木 壮太主任研究員は「県内でのシェアリングエコノミーの事例はまだ多くありません。シンクタンクとして自治体向けに先を見据えた支援が大事になっていますが、今回の事業を通じて、他の市町村にも有意義な提言ができる貴重なチャンスと考えました」と今回の取り組みに参加した理由を説明してくれた。
「NECのシェアリングサービスプラットフォームは、シェアリング事業の立ち上げに必要な機能をご提供します。これには3つの特長があり、1点目は一つの会員管理システムから複数のシェアサービス利用できる仕組みで、会員のさまざまなニーズに応えられる点、2点目は会員管理機能を複数のシェアサービスから独立させているため、高いセキュリティが確保できる点、そして3点目は、IoTやAIなどによる最新のITと連携できる柔軟性と拡張性です。
例えばマイナンバーによるユーザー認証やAIによるニーズ解析からサービスの最適化を行うなど、将来にわたってより広範囲なシェアリングエコノミーサービスへの展開に対応できることを想定しています。
また、今回の取り組みは今後の発展の土台になるものであると考え、シンプルかつわかりやすいシステムを実現しました」とNEC 長野支店の樫本マネージャーは語る。
さまざまな分野に拡大するサービス
シェアリングエコノミーはITが生み出した新しい形のビジネスモデルだ。
「車を持っているが乗る暇がなく、駐車場に置きっぱなしのままだ」「しばらく転勤でマイホームが空き家になってしまう」。そんな車や家を借りたい人に有償で提供することで、遊休資産を有効活用し、保有の負担を軽減する。一方で、利用する側は自分で車や家を保有するよりも割安で資産を利用できる。シェアリングエコノミーは、資産を有効活用したい供給者と資産を利用する側をうまく結び付けてくれる。
供給側と需要側を結び付けるのは、インターネット上のマッチングサイトやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)。自転車を“共有”する「シェアサイクル」、空き家を宿泊施設として提供する「民泊」、自動車を相乗りする「ライドシェア」などマーケットは幅広い分野に広がりをみせている。利用したいサービスをスマートフォンで探し、電子決済で支払いを済ませる。インターネットを通じて気軽に利用できるところもマーケットが広がる背景にある。
地域活性化の有効なツールとして国も強い関心を示しており、総務省では今回のシェアリングエコノミー活用推進事業で採択した14件のモデル事業の成果や課題を整理し、全国の自治体へと展開させることを考えている。
総務省に採択された14件の中では唯一の「村」からの提案事業だ。過疎地対策として、シェアリングエコノミーが有効に作用するのか関心は高く、総務省地域力創造グループ地域政策課の東宣行理事官は「過疎地域は人口減や高齢化など課題が集約されています。人口が少なくなり、自治体職員も少なくなると、自治体が支援する『公助』が厳しくなります。その中で、シェアリングエコノミーのように共に助け合う『共助』によって、地域内の資源をうまく活用する北相木村の事業は全国的なモデルになりうるのではないかと、その動向を注視しています」と話す。
さまざまな地域の課題を解消
実証事業は2018年10月9日にスタートし、12月20日までの期間限定で実施されている。施設の整備や需要調査、実施後の検証作業などがあるため、施設の稼働は3カ月弱に限定されたが、来年4月以降の利用者も募集中だ。実証事業中の利用料金は全棟1日1万円、長期利用は1カ月15万円。2階のスペースは1区画1日1000円、1カ月1万5000円。実証事業が行われている11月上旬までの段階で利用申し込みが4件あったという。
スタートしたばかりで認知度が不足しているほか、需要が見込める夏場を過ぎていたこともあり、今のところ利用は低調だが、北相木村の井出村長は「研修の利用があるが、それだけでは施設の有効利用にはつながりません。研修などの一時的な利用をうまく恒久的な利用に結び付けたいというのがわれわれの本音です。まずは慌てずにじっくり様子を見ていきたい」と語る。
村の定住人口を増やすため、シェアリングエコノミーで都会からこの施設の利用者を呼び寄せ、地域や地域の人々と多様にかかわる人たちを増やしていく。いわゆる「定住人口」ではなく、観光に来た「交流人口」でもない「関係人口」と呼ばれる人材だ。「関係人口」に地域づくりの担い手となってもらい、やがて、この地域に定住してもらう。これが、北相木村がシェアリングエコノミーに期待する成果だ。
一方、県の坂口担当部長は今回の取り組みをきっかけに周辺自治体を含めた面的な取り組みにも意欲を示している。「中山間地では人手不足の問題も顕在化しています。一方で、親子山村留学で都市部のお母さんが年間を通じて生活をしています。もちろん高齢者も働けます。そういうところをシェアリングエコノミーの発想で事業を成り立たせることはできないか。交通も疲弊して地域の足が成り立たなくなっています。交通系のシェアリングサービスもやっていきたい。今回の取り組みを一つのきっかけとして、地域連携といった、エリアを拡大した形で中山間地の課題解決の手段としてシェアリングエコノミーを活用していきたい」としている。
もともと人口の多い都市部で広がったシェアリングエコノミーが、都会に住む人々との橋渡し役となり、人口の少ない地方を救う切り札となるのか。北相木村のチャレンジはその答えを握っている。
SankeiBiz 産経デジタル SankeiBiz編集部
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