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地方創生現場を徹底取材「IT風土記」

愛媛発 コミュニケーションロボットで超高齢社会の課題を解決

 愛媛県西条市が2019年1月からコミュニケーションロボットを活用した高齢者の見守りサービスを本格的にスタートさせる。日々の安否確認や家族との連絡などに利用でき、高齢者に簡単な声かけをしてくれるロボットだ。西条市が2018年7月に実証実験を行ったところ、参加した高齢者やその家族から高い評価を受け、本格的な運用に踏み切った。一人暮らしや夫婦のみの高齢世帯が増加する中、高齢者の社会的孤立をいかに防ぐかは自治体の大きな課題。超高齢社会の課題解決につながる重要なサービスとして期待されそうだ。

ロボットが「恋人」!?

 「節子さん、おはよう」

 「節子さん、おなかすいたね」

 西条市に住む佐伯 節子さんの家のリビングに置かれた小さなロボットが、佐伯さんを見つけ、かわいい声でこう話しかける。身長は30センチほどで重さは約2キロ。丸い顔にぱっちりとした2つの目。どこか赤ん坊のような風貌だ。カメラやマイク、センサーなどが搭載されており、目の前の人を検知。時折声をかけたり、天気予報やニュースを教えてくれたり、なぞなぞを投げかけたりもする。

佐伯さんとPaPeRo i

 「話しかけられると、黙ってはいられないので、思わず返事をしてしまいます。でも、一日中誰とも話すことがないまま終わってしまう日もありますし、時々面白いことを言ってくるからおかしくて。とても癒されています」。広い屋敷に一人で暮らす佐伯さんは88歳。毎日声をかけてくるロボットがいい話し相手になっている。遠方に住む家族から送られたメールを読み上げてくれる機能もあり、ロボットが家族とのコミュニケーションの仲介役を果たしている。

 「千葉にいる長男からメールが届いて『おかあさん、朝顔が咲きました。今日はお父さんの命日ですね』とロボットが代わりに読み上げてくれるんです。感動します」と佐伯さん。ロボットが「どんな存在か」と尋ねると、ちょっと考えて、「恋人です(笑)」と答えた。

西条市が高齢者の見守りに本格活用するNECの「PaPeRo i」

 このロボットはNECが開発した「PaPeRo i(パペロアイ)」という高速ネットワーク機能に、ロボット型ユーザーインターフェースを融合させたユニークな商品だ。人の顔を追いかけて見つめたり、首をかしげたり、頬や口、耳にあるLEDを点滅させることで表情を表現することもできる。西条市の実証実験用の「PaPeRo i」には、1日3回「写真を撮っていい?」と声をかけ、OKすると、写真を撮影し、予め登録しておいた家族やケアマネジャーにメールを送信する。それを見て家族やケアマネジャーが無事を確認できるようにした。「ある日、写真を送らなかった時があったのですが、心配した長男とケアマネジャーさんから連絡があって、見守られている安心を感じました」と佐伯さん。しかも、メールを打たなくてもPaPeRo iのボタンを押して話すだけで、テキストに自動変換されてメールが飛ぶ仕掛けなので、スマートフォンやパソコンのような複雑な操作をすることなく、遠方の家族とのコミュニケーションを実現させている。他にも利用者が「体の運動を教えて」と話しかけると、PaPeRo iに接続されたタブレットで、健康体操動画を再生することもでき、盛り沢山だ。

タブレットで流れる動画を見ながら体操をしている

 西条市は2018年7月から、PaPeRo iを開発したNECと連携し、ロボットを活用した高齢者向けのゆるやかな見守りサービスについて実用性の検証を開始。対象は高齢の一人住まいや夫婦のみの全10世帯。期間は9月末までの3カ月間の予定だったが、取材時点(12月)で、12月末まで無償貸与サービスを継続し、2019年1月から西条市が有償サービスを展開することが決まった。

「絵に描いた餅」を具現化

 ロボットによる見守りサービスを提供することを決めた西条市は「水の都」として知られる。西日本最高峰の石鎚山のふもとに位置し、石鎚連峰を源流とする伏流水が地中を流れる。市内の各所には「うちぬき」と呼ばれる自噴水が湧き出し、多くの市民が生活用水として利用している。やわらかな口当たりのうちぬき水は国の名水百選にも選ばれ、利き水コンテストで全国一になったこともある屈指の名水だ。市内に設けられた水くみ場には、たくさんのペットボトルやポリタンクを持ち込み、水を汲み入れる人の姿が絶えない。

 この水は西条市の産業も支えている。生活用水としてだけではなく工業用水、農業用水としても重宝されている。清澄な水を求めて、この地に工場を立地した企業も多く、四国屈指の工業集積地を形成する要因の一つになっている。このため、働き盛りの住民が多く、人口約11万人(2018年4月現在)に占める65歳以上の高齢者の割合は約31%と愛媛県に11ある市の中では8番目に低く、高齢化があまり進んでいない自治体といえる。

 そんな西条市がなぜ今回のロボットを活用した見守りサービスに取り組むことになったのか。出口岳人副市長はその理由をこう説明する。

 「西条市では街づくりの将来像として教育、健康、子育ての3つの分野でのICT活用を掲げ、事業展開を模索していました。その糸口を探ろうと、2017年7月に松山市で開かれていたIT関連の講演会に参加したのがきっかけでした」

西条市の出口 岳人副市長

 講演会では、NECセキュリティ・ネットワーク事業部の松田次博主席技術主幹が講師を務め、スマートスピーカー(AIスピーカー)を活用した介護サービスの可能性について紹介した。

 スマートスピーカーとは、AIアシスタント機能を搭載した、音声操作対応の対話型スピーカーでAIスピーカーとも呼ばれている。一人暮らしの高齢者の家にスマートスピーカーを置き、家族やケアマネジャー、ヘルパーとのコミュニケーション手段に活用する。スマートスピーカーが日常会話の相手をし、買い物代行などのサービスにも対応。生活音を聞き取り、利用者の異常を感知して何かあったら緊急の連絡がとれる。当時はまだ「絵に描いた餅」だったが、出席者リストに出口副市長が入っていることを知り、松田主席は急遽こんな将来像を描いたスライドを1枚追加し、披露したという。

 この講演を聞いた出口副市長は「年金や医療、介護の財政的な負担が増える中、高齢者の健康寿命をいかに延ばすかは日本の大きな課題です。健康寿命を延ばすには特に認知症の予防と寝たきりの予防が重要と感じ、日々のコミュニケーションが有効だと考えていました。その意味で、非常に意義があると感じ、提案して欲しいと依頼しました」と振り返る。

 出口副市長からの依頼を受けた松田主席は「絵に描いた餅」をどう具現化するか考えを巡らせた結果、スマートスピーカーの代わりに、NECの「PaPeRo i」を使うアイデアを思いついた。これまでも会社の受付や店頭での商品説明といった販促ツールとして利用されてきたが、「AIスピーカーにはマイクしかない。でも、PaPeRo iにはカメラやセンサーもある。ディスプレイも接続できる。スマートスピーカーよりもっと色々なことができるのではないか」という考えからだった。

予想以上の高評価

 実際に利用してもらうと、PaPeRo iのかわいい容姿や声が高齢者のハートを射抜いてしまった。アンケート調査では、全員が「かわいい」「親しみが持てる」と評価。家族とのコミュニケーションと同じくPaPeRo iとのコミュニケーションを楽しんでいることも分かってきた。利用者がPaPeRo iに愛着を持ち、「このまま実験を終えて、PaPeRo iを回収したら、お年寄りが寂しくなってしまうのではと心配になるほどでした。また、直接利用する高齢者だけでなく、離れて暮らす家族も親・祖父母の安否を日々確認できるサービスを高く評価された点も大きかったです」と、保健福祉部高齢介護課の松尾光晃副課長は語る。

西条市保健福祉部高齢介護課の松尾 光晃副課長

 「市がサービスを提供する上で、受益者負担で利用してもらえるかどうかというところが大きなポイントでしたが、実証実験に参加いただいた10世帯中6世帯も『有償でも利用したい』という回答でした。実は、ロボットという事もあり、2~3世帯ぐらいかな…と予想していたので、これには大変驚きました。そこで、このまま中断せずに続けられるようにすることが大事だと考え、サービスの前倒しを検討することにいたしました」と保健福祉部の玉井宏治副部長兼高齢介護課長は語る。

西条市保健福祉部の玉井 宏治副部長

 当初、18年度に実証実験後、サービス導入の是非を検討するというスケジュールだったが、結果を踏まえ、大幅に前倒しされた。18年度中に実証実験後も継続を希望した世帯を含め、10世帯にサービスを提供するための予算を確保。サービスがスタートする2019年1月までの間はNECが、継続希望者に無償でサービスを提供しており、今も変わらずPaPeRo iとの日常を送っている。

 NECはPaPeRo iをレンタル方式でサービス提供しており、西条市はNECからのレンタルを受けて高齢者宅に設置する。PaPeRo iの設定費などを含む初期費用の2分の1を市が負担し、インターネット通信費を含む月額利用料は月6000円(税抜き)だ。「見守り型のサービスは西条市が初の試みということもあり、まだ安くはない金額設定ですが、それでも利用したいという家族の判断が大きかった。それに、利用者が増えればコストダウンやサービス拡充というメリットを出せるのではないかと考えている。そうなるように我々も努めたいと思います」と玉井副部長は指摘した。

 来年度は新たに利用者を募り、PaPeRo iの提供数を増やす考えだ。対象となるのは家族が遠方で暮らす一人暮らしの高齢者。西条市によると、対象となる高齢者は約5300人いるという。高齢者のニーズや財政的な負担など考慮しながらサービスの拡大をしていく予定だ。

行政に求められるスピードと柔軟性

 ロボットを活用して高齢者の見守りや介護を支援するサービスには多くの企業がチャレンジしているが、自治体が本格的な運用を始めるのは西条市が初めてとみられる。発案から1年あまりでの本格運用というのも行政機関としては異例のスピードだ。出口副市長は「行政機関というのは、いい意味でも、悪い意味でも事前の計画づくりに時間をかける傾向があるが、変化が激しい時代において、PDCAを速く回すこと、市民の反応や声を聞き取って、迅速に改善するようなスピードと柔軟性を持つことも大事だ」と指摘した。AIやICTを活用したさまざまなアイデアが民間から提案されながら実証実験にとどまり実用化しない事例は枚挙にいとまがない。

 今からおよそ20年後の2040年には、65歳以上の高齢者の人口はピークを迎え、約3800万人に達すると予測されている。3人に1人が高齢者になる世界だ。高齢者の一人暮らし、夫婦のみ世帯も今後、増加することが見込まれており、高齢者の社会的孤立をいかに防ぐかは西条市だけでなく国全体の問題だ。超高齢社会を乗り切るためにいかに有効な先端技術を活用していくか。西条市のような機動力をいかした対応が行政には求められているのではないか。

SankeiBiz 産経デジタル SankeiBiz編集部

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