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「バブル」「イノベーション」ってどんな味?
AIと人が一緒に作った「あの頃はCHOCOLATE」

 さまざまな分野で応用が期待されているAI(人工知能)ですが、ちょっと変わった取り組みが話題を呼んでいます。AIと人が一緒に作ったチョコレート「あの頃はCHOCOLATE」の開発です。一体、AIとチョコレートのコラボレーションは、どんな味を生み出したのでしょうか。AIに「味」を教えたデータサイエンティスト、そして、AIが作成したレシピを基に5種類のチョコレートを完成させたチョコレートメーカーに話を聞いてみました。

SPEAKER 話し手

NEC

伊豆倉 さやか

サービスプラットフォーム事業部
アナリティクスサービス コンピテンスセンター
主任

ダンデライオン・チョコレート・ジャパン

伴野 智映子 氏

チョコレートプロダクションチームマネージャー

時代のムードを再現するためのレシピを作成

 ──AIと一緒に作った「あの頃はCHOCOLATE」とは、どんなチョコレートなのでしょうか。

伊豆倉:「あの頃は CHOCOLATE」は、もう味わうことのできない過去の「時代のムード」を味わえるチョコレートです。私たちは、「苦い経験」や「甘酸っぱい思い出」などのように、経験や思い出を味覚で表現することがあります。このような人の感情や感性をAIに学ばせ、チョコレートという身近な食品で実際に味わうことができたらおもしろいんじゃないかと考えたのがきっかけです。平成の終わりを間近に控え、時代を振り返る風潮がある中で、NECが目指す「AIを活用した今までにない体験」を提供できないかと企画しました。実際には約60年分の新聞記事データをAIに読み込ませ、記事に含まれる大量の単語を分析することで、その時代のムードをチョコレートの味わいに変換したレシピを作成しました。

伴野:AIが作ったレシピの中から特に際立った特徴のあるものを選び、でき上がったのが「1969(人類初の月面着陸味)」「1974(オイルショックの混迷味)」「1987(魅惑のバブル絶頂味)」「1991(絶望のバブル崩壊味)」「2017(イノベーションの夜明け味)」という5つのチョコレートです。

 不安定な時代背景の中でもロケットが月に到着するなど希望が垣間見えた1969年は苦味とフルーティさが特徴。バブルが崩壊した1991年は苦くて酸っぱい。どれも違う特徴を持つチョコレートになっています。

5つの「あの頃はCHOCOLATE」
1987 魅惑のバブル絶頂味
2017 イノベーションの夜明け味
AIが作成したレシピ例

 ──具体的には、どうやってレシピを作成したのですか。

伊豆倉:まず、チョコレートの味わいはどんな要素で構成されるのかを、チョコレートメーカーである伴野さんにヒアリングして、「甘味」「苦味」「酸味」「ナッツ感」「フローラル」「フルーティ」「スパイシー」という7つの指標をレシピのベースとしました。その上で、新聞の1面記事から代表的な頻出単語(約600語)を抽出し、各単語の印象や意味合いに応じて、その7つの指標を割り当てました。「不安」や「不況」は“苦味”が強く、「成長」は“甘味”と“フローラル”が混ざった味という感じです。これを教師データとして、NECのAI技術「NEC Advanced Analytics Platform with 異種混合学習」に投入。単語と味覚指標の関係性を学習させることで、新聞記事に含まれる大量の単語(約13万8000語)の味をAIが自動で推定できるようにしました。あとは、各単語の味を年ごとに集計すれば、約60年分のレシピの完成です。

 ──AIにとっては、人間の感性とチョコレートの味わいの対応関係を教えてくれる先生がデータサイエンティストである伊豆倉さんだったわけですね。そして、AIが作ったレシピが伴野さんに渡された。

伴野:よくショコラティエと間違えられるのですが、私たちチョコレートメーカーは、チョコレート菓子の材料となるチョコレートを作るのが仕事です。私たちが作ったチョコレートを使って、ショコラティエがお菓子を作ると考えるとわかりやすいと思います。

 さらに私の所属するダンデライオン・チョコレートは、複数の産地のカカオ豆をブレンドせず、同じ産地の豆だけで作る「シングルオリジン」のチョコレートにこだわっています。ですから、今回作ったチョコレートも材料はシングルオリジン(単一産地)のカカオ豆とオーガニックきび砂糖だけです。

 ──カカオ豆ときび砂糖だけで、味の違いを作り出すとは驚きました。

伴野:はい。カカオ豆ときび砂糖の割合はもちろん、カカオ豆の産地や収穫年、発酵方法、カカオ豆をどれくらいローストするか、どのタイミングできび砂糖を入れるかなど、この違いだけで全く違う味のチョコレートになります。

ビーンルーム(カカオ豆倉庫)
カカオ豆ときび砂糖だけでチョコレートを作る

過去のデータを見ながらふさわしいカカオ豆を選ぶ

 ──普段のチョコレート作りとはどんな違いがありましたか。

伴野:そもそも、このお話をいただいたときは「???」「AIでチョコレート??」という感じでした。普段の仕事はAIとは全く無縁ですから。チョコレートを作る手順も全く逆。普段は「この豆の良さを引き出すならこんな味のチョコレートがいいんじゃないか」とカカオ豆を起点にチョコレートを作っていきますが、今回は、最初に味が決まっていて、それを目指してカカオ豆を選び、味を調整していかなければならない。AIがどんな提案をしてくるのか、興味津々、おもしろそうと思う半面、本当にやれるのかという不安もありました。

 ──無数の組み合わせからどうやって味を再現していったのでしょうか。

伴野:実は私たちにも活用できる「データ」があったんです。これまで、カカオ豆を扱うたびに、その特徴を記録していました。ホンジュラス産(ワンプゥ)のカカオ豆は華やかで甘い。ドミニカ産(サンフランシスコ・デ・マコリス)のカカオ豆は甘味のほかにスパイシーさを感じるといったメモです。ですから、まずはそれを基にAIのレシピに合うカカオ豆を探しました。「バブル絶頂はホンジュラスでは?」「ややスパイシーなドミニカはちょっととがった感じがイノベーションに近いかも」といった感じです。そうして1969年はインド産(アナマライ)のカカオ豆、1974年はシエラレオネ(ゴーラレインフォレスト)産のカカオ豆、1987年はホンジュラス産(ワンプゥ)のカカオ豆、1991年はコスタリカ(ハシエンダ・アズール)産のカカオ豆、2017年はドミニカ産(サンフランシスコ・デ・マコリス)のカカオ豆を選びました。データを取っておくことの大切さを改めて感じましたね。あとは自分の味覚と経験を活かして、ロースト時間、きび砂糖の量、投入のタイミングを決め、試行錯誤しながらレシピの味を再現しました。もちろん、大変でした(笑)。

伊豆倉:このような怪しげなお話を引き受けていただき、ありがとうございました(笑)。私たちは、チョコレートができ上がるのをとても楽しみに待っていました。

チョコレートでバブル絶頂から崩壊までを追体験

 ――完成したチョコレートの感想を教えてください。

伊豆倉:5種類のチョコレートで味の違いがはっきり出ていますし、AIが作成したレシピをきちんと再現できていて、本当にすごいと思いました! 個人的に好きな味は「1987(魅惑のバブル絶頂味)」です。私は実際にはバブル時代を経験していませんが、甘さと華やかさがあって、バブルってこんな雰囲気だったのかなと想像したり…(笑)。その後で「1991(絶望のバブル崩壊味)」を食べると、本当に苦い! 甘さの後に強烈な苦味。この2つを食べれば、当時の激動を追体験できるかもしれません。

伴野:私は「2017(イノベーションの夜明け味)」が気に入っています。ドミニカ産のカカオ豆を使い、ローストを強めにしながらスパイシー感を引き出しました。今までにやったことのないレベルまでローストしたことで、ドミニカ産のカカオ豆の新しい一面を引き出せたんです。

 ――お客様からはどんな反響がありましたか。

伴野:すごく話題になって、EC販売分はすぐに完売してしまいました。お客様もAIとチョコレートのコラボレーションに、すごくワクワクしてくれたみたいです。私自身もとても楽しかったです。私たちのチームの年齢はバラバラですから、今回、作ったチョコレートの中では2017年しか知らないという若いメンバーもいます。そんなみんなで集まって、カカオ豆や工程を相談しながら、あの頃はこうだった、このときはどうだったと、わいわい話しながら作業を進めるのはウキウキしましたね。

伊豆倉:私たちもプロジェクトメンバーで過去の新聞記事をたくさん読み返しましたが、確かにそのときはすごく盛り上がりました。チョコレートを買ってくださったお客様にとっても、過去の時代を振り返るきっかけになってくれればいいなと思います。

 ──これからの仕事にもいい影響がありそうですね。

伴野:いつもとは逆の順番で作る。普段とは全く違うチョコレート作りを経験でき、とても刺激を受けました。別の視点を持つことができるようになり、これからのチョコレート作りにいい影響があるんじゃないかと感じています。

伊豆倉:私も今回のプロジェクトを通じて、人に気づきを与え創造性を高める、というAIの新たな可能性を体感することができました。昨今のAIブームの中では、「AI vs 人」という対立軸で語られることも多く、ともすれば「AIが人の仕事を奪う」などと危険視するような風潮もありますが、AIと人間が一緒に働くことで、こんなふうに新しいことにチャレンジできる。AIって、私たちのチャレンジを助けてくれる存在なんです。もちろん、その可能性を引き出すのは、私たちデータサイエンティストの腕の見せどころ。もっといろいろな経験を積んで、人とAIの「共創」をサポートしていきたいですね。