2019年03月06日
第1回NEC未来創造会議・公開セッションレポート
SF作家・長谷敏司とNEC未来創造会議PJメンバーが語る、
分断の時代に”フィクション”ができること
NEC未来創造会議とは・・・
人の能力をAI(人工知能)が超えると言われるシンギュラリティ後の2050年に「人が生きる、豊かに生きる」社会像を構想するために2017年にスタートしたNEC未来創造会議。
NEC未来創造会議は、国内外の有識者が集い、今後の技術の発展を踏まえながら「実現すべき未来像」と「解決すべき課題」、そして「その解決方法」を構想する活動である。
2017年に続き、2018年は有識者として「WIRED」誌創刊編集長 ケヴィン・ケリー氏、慈眼寺 住職 大阿闍梨 塩沼 亮潤氏、将棋棋士 羽生 善治氏などが継続参加すると共に、新たにSF作家 長谷 敏司氏や岡山大学大学院社会文化科学研究科准教授 松村 圭一郎氏なども加わった。また、NEC社内にもプロジェクトが立ち上がり、有識者とプロジェクトメンバーが一緒になって実現すべき未来像を構想し、昨年11月のC&Cユーザーフォーラム&iEXPO 2018で発表した。
AIを中心とした技術が着目されることが多いが、NEC未来創造会議では「人が生きる、豊かに生きる」ためには人の意識向上と技術開発の両面に取り組むことが大切であり、まずは、人とAIの特性を相互理解することから始めることの重要性を投げかけた。具体的には、AIやロボットは効率良くモノを作ることに向いている一方、人間にはクリエイティビティがあり、新しいことに挑戦し続けるという特性がある点などである。
また、「人が生きる、豊かに生きる」未来の課題として「分断」が浮き彫りになってきた。「人間」「社会」「環境」「未来」の4つの視点間の分断が起きており、さらに、それぞれの視点の中にも分断があり、格差も起こっている。この分断を人の意識と技術の両面で乗り越えて実現される「人が生きる、豊かに生きる」未来として、「未来に向けた夢を発見し、共鳴する仲間と集う。紡がれた物語を知って、誇れる未来へ仲間と挑戦する。」という4つのシーンを提示した。
この4つのシーンの理解を深めると同時に実現に向けて具体的なアクションにつなげるべく、有識者とプロジェクトメンバーによる公開セッションを実施した。
豊かな議論のための新たなプロジェクト
第1回の公開セッションに登場したのは、SF作家の長谷敏司氏。
長谷氏は人工知能(AI)を扱う作品を数多く発表しており、AI時代における社会のあり方や人間とAIの関係性を問い直し続けてきた。
今回の公開セッションでは、まずプロジェクトメンバーが「人間」「社会」「環境」「未来」という4つのテーマに即したNECの思い描く未来のビジョンを提示。そのビジョンを巡って長谷氏とプロジェクトメンバーが議論を行ないながらわたしたちが目指していく未来について考えていった。
分断を乗り越える難しさ
プロジェクトメンバーが提示した未来のビジョンは非常に多岐にわたるものだったが、どのテーマについて論じるときもしばしば議論のなかに登場したのが「多様性」や「分断」といったキーワードだ。
たとえば「社会」というテーマについてプロジェクトメンバーが提示したビジョンは、「場所・時間・文化・所属などの枠を超えて、共鳴する仲間と一緒に夢の実現に挑戦する」。NECは「共創」を大切にしているため、物理的に離れた場所にいる人や年齢の離れた人だけでなく、ときにはAIを通じて“過去”の人を呼び寄せるなどさまざまな仲間と一緒に夢を実現していきたいと考えているのだという。
多様なメンバーが議論を交わすことでそれぞれの夢を追求できる社会が実現すれば確かにすばらしいだろう。しかし、現実はそう簡単ではない。このビジョンを聞いた長谷氏は、卑近な例として「会議」の難しさを挙げる。「価値観が異なる人と合意形成を行なうのって、実は非常に難しいんじゃないかと思います」と長谷氏が語るとおり、単に多様な人をひとつの場所に集めるだけで「共創」が生じるわけではないのだ。
ある程度目指すべきところや意識が似通っていたとしても、立場や境遇が異なれば一緒に同じ夢を実現することは難しくなってしまう。特に社会の「分断」が加速しているといわれる現在、その難しさは増しているともいえよう。
ビジュアライズのもつ可能性
このように分断の困難が議論を通じて浮かび上がっていく一方で、プロジェクトメンバーと長谷氏の議論からは分断を乗り越えるためのヒントも見つかった。
「未来」というテーマに向けられたビジョン「地球よし未来よしを実現する意思決定」に、そのヒントはあった。プロジェクトメンバーは、デジタルツインの技術を使って自分の行動が未来にどう影響を及ぼすのか、複合現実を使って体感的に可視化したいと語る。
長谷氏も自身がSF作家として活動していることについて「人はフィクションなら見てくれるんです」と語りながら「可視化」のもつ力を指摘する。単なるテクノロジーだけでは注目されないが、何が可能になるのかビジュアライズすることで人はそのテクノロジーに興味をもってくれる。それはある意味でSF作品をつくるように新たなストーリーを語ることでもあるのだろう。
「新しいテクノロジーによって何がよくなるのかデザインとして描けているといいですよね。そうしたビジュアライズの積み重ねによって、カルチャーも醸成されていくんじゃないかと思います」。フィクションによる可視化は人に当事者意識を抱かせ、カルチャーの醸成はより多くの人びとを繋いでいくはずだ。
企業には「フィクション」が必要だ
今回NECが掲げたビジョンは、すべて「豊かな社会をつなげて一人ひとりが未来に向かって夢を見つけること、そのときに共鳴する仲間たちと挑戦していけること」というストーリーのもとでつくられたものだったという。4つのビジョンを通じてこのストーリーを実現するのは想像以上の困難を伴うが、それはわたしたちがいま直面している社会の「分断」が深刻なものだからだろう。
どうすれば企業は社会の分断を乗り越えてよりよい未来にもたらせるのか。公開セッションの最後にNECのチーフ・テクノロジー・オフィサー江村 克己が寄せたコメントは、これからの企業の役割を考えるうえで示唆に富むものだった。
江村はこの場で行なわれた議論を踏まえながら、「われわれは選択肢を提供する立場だと思うんです」と語る。「テクノロジーに携わっているとAIが答えを出す方向に行きがちだけれども、そうではなく選択肢をどれだけビビッドに出せるかが重要です。これからは個人が自分の意志をインプットしたときに多様な可能性を提示できるような場をつくれたらと思っています」
分断を乗り越えるためには、人びとにさまざまな選択肢を提供し、多様な人びとを包摂できる社会をつくらねばならない。そしてこうした多様性の重要さは、長谷氏が自著を通じて語ってきたものでもある。長谷氏は自身の作品『BEATLESS』について触れながら、「多様性を守ることで幸福になる可能性を探っていくのが重要なんです。そのときカルチャーは重要な意味をもっていくのだと思います」と語った。
多様な可能性を提示していくうえで、フィクションや物語の存在は重要だ。ありえるかもしれない未来やありえなかった過去を可視化することでフィクションは人々の想像力を刺激するのだから。長谷氏が「多様な社会を目指すからこそ、NECにはさまざまなビジョンを提示してほしいんです」と語るように、さまざまな可能性を提示することは多様な人びとを包摂できる社会へと繋がっていく。しばしばビジネスとフィクションは切り離されて考えられてしまうが、これからの企業にとっては、むしろフィクションを生み出す「想像力」こそが必要不可欠なものとなるのかもしれない。