本文へ移動

人口減少時代の新しいモビリティサービスを目指す
──BRTにおけるバス自動運転の実証実験

 人口減少が加速し、都市への人口集中と地方の過疎化が進むと予測されているこれからの日本において、新しい技術を活用して持続可能な公共交通や次世代のモビリティサービスを創出する――。そのビジョンを達成するためにJR東日本が立ち上げたのが「モビリティ変革コンソーシアム」である。多様な企業が集まってオープンイノベーションを推進することを目指すこのコンソーシアムにおいて、BRT(バス高速輸送システム)におけるバスの自動運転の技術実証が行われた。実証実験に参加したNECの技術提供と深く関わりのある各企業の担当者に、その成果とこれからの見通しを語っていただいた。

SPEAKER 話し手

東日本様旅客鉄道株式会社(JR東日本)

伊藤 史典 氏

技術イノベーション推進本部 ITストラテジー部門 モビリティ変革グループ

先進モビリティ株式会社

青木 啓二 氏

代表取締役社長

NEC

安部 智彦

システムデバイス事業部 マネージャー

愛知製鋼株式会社

長尾 知彦 氏

モノづくり・未来創生本部 未来創生開発部

新しいモビリティサービスを創出するための実験

 ──「モビリティ変革コンソーシアム」とは、どのような取り組みなのですか。

伊藤氏:現在の日本では、人口減少が続く一方で、IoTやAIをはじめとする新しい技術が目覚ましい発展を続けています。今後、人口減少が加速し、都市への人口集中や地方の過疎化が進む時代になっても公共交通事業を継続させていくために、最新技術の活用の可能性を多方面から検討して、新しいモビリティサービスをつくっていきたい──。そんな思いをもって2017年9月に立ち上げたのが。「モビリティ変革コンソーシアム」です。現在、140を超える企業、大学、研究機関にご参加いただき、意見交換と実証実験を進めています。

 ──昨年(2018年)の12月からこの3月にかけて行われたバス自動運転の技術実証の概要についてお聞かせください。

伊藤氏:今後、生産年齢人口の影響をとりわけ強く受けるのが、北海道や東北エリアであると見られています。鉄道やバスの運行を持続しようとしても、運転手がいないために持続できない。そんな事態も将来的には起こり得ます。そこで、岩手県の大船渡線のBRTで自動運転の技術実証を行い、将来の完全自動運転の可能性を探りました。具体的には、およそ40㎞の速度での自動運転、停車場の位置に正しく停まる正着制御、対向車両との交互(すれ違い)通行の実験を行い、それを支える磁気マーカーや走行軌跡の作成、信号制御などの技術を検証しました。

 ──BRTについてもあらためてご説明ください。

伊藤氏:大船渡線は、東日本大震災で津波の被害を受けて、鉄道路線の一部が専用のバス路線に切り替えられました。それがBRTです。今回は、その運行を部分的に一般道に迂回させ、専用道の500mほどの区間を3カ月間にわたって実験に使いました。

実証実験が行われた大船渡線BRT竹駒駅と自動運転バス
バスが自動運転走行を実施した専用道

GPSを使わない自動運転の仕組み

 ──実験におけるそれぞれの役割についてお聞かせください。

青木氏:今回の実験では、私たち先進モビリティの自動運転車を活用いただきました。これまでほかの実験で活用してきた自動運転車に、この実験で必要とされたセンサーや信号情報の受信装置などを新たに搭載しました。

長尾氏:道路に敷設した磁気マーカーをバスの磁気センサーで読み取って車線維持と速度制御を行うのが、この実験における自動運転の基本的な仕組みでした。愛知製鋼が提供したのは、その磁気マーカーとセンサーのシステムです。

安部:NECが提供した技術は二つです。一つは、愛知製鋼様の磁気マーカー検出システムに使われている磁気マーカーのIDを読取るRFIDシステム。もう一つは、高速道路を運営するNEXCO中日本様 と共同開発した「車線地図(線形情報データ)※1」 です。この技術は、道路の線形や勾配などの情報を数値化し、地図データを生成するもので、バスの自動走行ルート作成のベースとなり、スムーズな運行に役立てられています。

  • ※1 自動運転の支援に向けた「線形情報データ」の利活用、交通工学Vol54,No1

 ──実験の成果はどのようなものでしたか。

伊藤氏:車線維持、速度制御、正着制御、交互交通、そのいずれにおいても、トラブルや誤算は一切なく、ほぼ完璧に近い結果が出ました。人手による制御が必要になる場面を見越してドライバーがバスに搭乗していたのですが、運転に介入しなければならないケースは一切ありませんでしたね。

青木氏:私たちがこれまで携わってきた自動運転の実験はいずれもGPSを活用したもので、全線RFIDタグ付きの磁気マーカーシステムのみを使った実験は今回が初めてでした。GPSは地球の周りを回る衛星を使ったシステムなので、衛星の位置によってはデータの取得ができないケースがあります。そこで今回、磁気マーカーシステムに大きな期待を寄せていたのですが、その期待に見事応えてくれました。磁気マーカーの信頼性が確認できたことが、この実験の最大の成果の一つだと思います。

長尾氏:磁気マーカーの大きな強みは、全天候、全ロケーションで使えるところです。衛星からの電波が届きにくいトンネルの中や、積雪した道路などでも情報を車両側に伝えることができます。今回は短い区間ではありましたが、青木さんがおっしゃったように、その有効性が証明されたのは非常に大きな成果と言えます。実際、実証期間中に数cmの積雪があったのですが、その環境下でも安定走行を実現できました。また、駅に停車するケースと、駅を通過するケース、その2つの走行ルートを共通の磁気マーカーで制御することにも成功しています。

 私たちが開発している磁気マーカーには、道路に穴を空けて埋め込むタイプと、路面に貼りつけるタイプのものがあります。今回は、敷設が簡単な貼りつけるタイプを使いましたが、その安定性も確認されました。

安部:40㎞程度の速度における磁気マーカーのセンサーの精度は確実に証明されました。今後実運用を目指す際には、60㎞の速度に対応する必要があります。そのためにどのような技術が必要か。その見通しもかなりクリアーになったと思います。また、もともとは鉄道路線であるBRTで「車線地図(線形情報データ)」が正確に使えることがわかったことも大きな成果でした。

磁気マーカー敷設作業と敷設後の道路

青木氏:もう一点、計算によって走行ルートを特定して成功したことも、成果に加えておくべきだと思います。従来の自動運転の実験では、まず人が道路を実験車で実際に走ってデータを取得し、それを修正して走行ルートのデータにするという作業が必須でした。それだけ時間も手間もかかっていたのですが、今回は初めて、地図情報を基に、すべて計算式で走行ルートを求めています。計算から正確な走行ルートをつくれるということは、自動運転を社会実装するに当たって極めて重要なポイントです 。

自動運転を支援する車線地図(線形情報データ)の仕組みと利活用

新たな領域を開拓するためのエコシステム

 ──この実験の社会的意義をどうお考えですか。

伊藤氏:人口減社会における新しい交通システムのあり方の可能性を提示できたこと。それが一つの社会的意義であると考えています。さらに、それをコンソーシアムという形で実行できたことにも大きな意義があります。さまざま得意領域をもったプレーヤーが集まり、一種のエコシステムをつくって、新しい領域を開拓していくという方法は、これからの日本社会における共創の一つのモデルとなりうると思います。

青木氏:現内閣が設置している日本経済再生本部の中に「自動走行に係る官民協議会」という協議会があります。そこでは、2020年頃に自動運転の社会実装を実現することが目標として掲げられています。現時点において最も実現可能性が高いと考えられているのが、まさにBRTにおける自動運転です。政府も非常に高い関心を持っているその取り組みに一つの明確なビジョンを示すことができた。その意義は非常に大きいと思います。

 ──今後の取り組みの見通しとNECへの期待 をお聞かせください。

伊藤氏:専用道における自動運転の実用化が、この技術実証の最終的なゴールです。今回の実験の結果を踏まえ、技術課題を改めて検証していくことになります。

 一方、実用化のために必要なのは技術だけではありません。今回の実証実験では、関係者や報道陣に自動運転車に試乗していただいたのですが、「バリアフリー対応をどうするのか」「具合が悪い乗客をどうケアするのか」「料金の収集はどうするのか」など、主にサービス面に関する貴重なご意見をいただきました。そのようなサービス面の課題解決、さらには現在の法制度内でできることとできないことの検討なども含めて、実用化に向けた多面的な取り組みを進めていきたいと考えています。

長尾氏:バスの自動運転が実現すると、駅も無人化することが想定されます。その場合、ロボットやAIなどによって駅を運用する必要が出てくるでしょう。そこでNECのようなさまざまな技術を持った企業の力があらためて試されるのではないでしょうか。

青木氏:センサーなどのデバイスの小型化も必要ですよね。NECの開発力に期待しています。

伊藤氏:今後のコンソーシアムに必要とされるのは、「こうすれば社会はより便利になる」「こうすれば社会に貢献できる」といった具体的かつ独創的なアイデアです。自動運転の実用化に向けて引き続きご協力をいただきながら、より広範でしなやかな知恵をご提供いただきたい。それが私からのNECへの期待です。

安部:NECは、全社を挙げて持続可能な社会の実現に向けた活動に取り組んでいます。今回の実証実験は、まさに地方における公共交通の持続性、地方社会の持続性を実現するための取り組みです。今後も、ICTを活用した課題解決の方向性を提示させていただきながら、コンソーシアム参加企業の皆さまと力を合わせて、新時代のモビリティを実現させ、安全・安心で快適な社会環境を実現できるようにしていきたいと考えています。