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まちづくりとモビリティの未来へ――カギを握る国と地域、企業の共創

 少子高齢化社会を迎える中、いかに安全・安心で持続的なまちづくりや、モビリティを実現するかが重要なテーマとなっている。既に多くの地域では人口が減少し、運転者不足とあいまって公共交通サービスの縮小や撤退が顕在化しつつある。その一方で、こうした課題の解決に向けた新しい施策や先進的な実証実験も始まっている。ここでは政府と県(地方自治体)、企業のキーパーソンに、現状の課題や、未来に向けたまちづくりと次世代モビリティのあるべき姿、解決に向けたポイントについて話を聞いた。

より魅力的で心豊かに暮らせるまちづくりと地域交通

 急速に進行する少子高齢化は、まちづくりにさまざまな影響を与えている。

 中でも影響が深刻なのが、地方の路線バスや鉄道などの公共交通機関だ。乗客数が激減し、鉄道事業やバス事業の収益が悪化。運転手の人手不足も慢性化しており、地域の公共交通のサービス維持が困難になりつつある。その一方で、高齢者による免許証返納により、移動手段を持たない「買い物難民」や「通院難民」が増加。生活の足をいかに確保するかが、地域の大きな課題となりつつある。

 公共交通機関の縮小・撤退が与える影響は、生活ばかりではない。路線バスや鉄道などが減便・廃止になれば、移動の利便性が低下し、観光客を呼び込むことも難しくなる。その結果、地域経済が縮小し、さらなる負のスパイラルを招きかねない。

 こうした中、課題解決に向けて、新たな取り組みを始めた自治体もある。その1つが静岡県だ。静岡県では現在、自由・快適で持続可能な移動の仕組みづくりを目指し、さまざまな施策を展開している。

 その一環として2018年「しずおか自動運転ShowCASEプロジェクト」を発足。これまで4つの地域で公道を使った自動運転の実証実験を行ってきた。例えば下田市では、自動運転とMaaSとの連携による実証実験を実施。2020年には沼津市において、全国に先駆けて信号制御やローカル5Gによる道路情報収集・活用を取り入れた実証実験が行われる予定だ。

 さらに静岡県では、観光デジタル情報プラットフォームの構築にも力を入れている。 これは、同県を訪れた旅行者のデータをプラットフォーム上に集約・分析し、さらなる旅行者の誘致につなげていくことを狙ったものだ。

 「観光行政における大きな課題は、各事業者がバラバラにデータを収集しているため、データが有効に活用されていないという点です。例えば、旅館やホテルでは顧客情報を管理していますが、そのデータは表に出てこないので、どのような旅行者が県内でどのように行動したか、という情報は誰も把握していないのが実情です」と静岡県で副知事を務める難波 喬司氏は語る。

静岡県
副知事
難波 喬司 氏

 そこで、静岡県ではサービス提供者に協力を求め、旅行前の閲覧履歴や旅行中の移動・訪問履歴などのデータを、観光デジタル情報プラットフォームに集約。その内容を基に、旅行者が必要とする情報をタイムリーに提供する仕組みの構築を進めている。さらに、情報プラットフォームとMaaSを組み合わせることで、旅行者に快適な移動サービスを提供。さらなる観光客誘致につなげていくという。

 こうした取り組みを通じて、静岡県が目指しているのは「スマート・ガーデン」の実現だ。スマート・ガーデンとは、美しい環境の中で先端技術を活用し、安全・安心で心豊かに暮らせる地域のこと。「この実現にむけ、静岡県ではイノベーション(知)とオーセンティシティ(変わらぬ価値:美)、すなわち『知×美』の相乗効果で世界の人々を魅了するまちづくりを進めています」(難波氏)。

VIRTUALSHIZUOKAが拓く未来のまちづくり_「スマート・ガーデン」の実現
静岡県は豊かな自然環境と美しい風景の中で先端技術を活用し、心豊かで幸せに暮らせる地域「スマート・ガーデン」の実現を目指している
難波氏講演資料「VIRTUAL SHIZUOKA が拓く未来のまちづくり」より引用

国民が豊かさを実感できるデジタル社会の実現に向けて

 一方、まちづくりやモビリティ政策の旗振り役である政府もその支援に向けた戦略を推進している。しかし新型コロナウイルスの感染拡大を受け、改めて見直しを図っているという。感染防止のため接触を避ける動きが広まったことで、テレワークの拡大と地方回帰、押印廃止などの業務効率化、会議や教育・診療のオンライン化、災害対応へのAI活用や地域連携など、デジタルトランスフォーメーション(DX)が一気に加速したからだ。

 ポストコロナによる新しい時代を見据え、政府では2020年7月、新たなIT戦略を策定した。内閣官房の副政府CIOとしてIT戦略を担当する、神成 淳司氏はこう語る。「新型コロナウイルス対策の中ではさまざまな変化が見えてきましたが、何より大きいのが、スマートフォンの普及によって、国民一人ひとりの情報武装が加速したという現実です。しかも、本格的な5G時代が到来すれば、非常に高速なネットワークが日常的に利用できるようになる。そんな中、国民が安全に安心して暮らせる社会、豊かさを実感できる強靭なデジタル社会を実現するためには、何が必要なのか。それは、(1)データ利活用、(2)デジタル・ガバメント、(3)社会基盤の整備と規制のリデザインの3つだと考えています」

内閣官房
副政府CIO
神成 淳司 氏

 とはいえ、課題も少なくない。その1つが、各分野で蓄積が進むビッグデータの連携不足だ。

 「今後は、デジタル強靭化のための社会実装を進め、持続可能な次世代の社会基盤の構築・活用を急がなければならない。それと同時に、各分野の枠を超えてデータの連携を進め、最大限利活用していく必要があります」(神成氏)

 その一環として政府が検討しているのが、「信号」の活用による、新たなモビリティサービスの創出だ。これは、交差点の信号機を5Gの基地局として活用することで、5G時代に対応した新たな交通インフラを整備しようというもの。「信号機はまちで人が集まるところにありますから、多くの人が恩恵を受けられるでしょう。これを利用して、信号機が5G基地局を兼ねる先駆的な社会インフラを設計・構築し、日本発の仕組みとして世界に展開していこうとしています」と、神成氏は説明する。

これからの人とまちとモビリティの将来像
共通プラットフォームを構築し、分野を超えてモビリティデータの利活用を進めることで、地域の課題解決と新しい価値・サービスの創出を目指している

「生活の可能性が拡がる喜び」の提供に向けた取り組み

 国や自治体が次世代モビリティへと政策の舵を切る一方で、企業も独自のモビリティ戦略を打ち出している。自動車メーカーの中でも、従来型のものづくりから一歩踏み出し、スマートシティ事業や地域モビリティの再構築に乗り出す動きが本格化しつつある。

 本田技研工業(以下、ホンダ)のエグゼクティブチーフエンジニア、幅口 正幸氏はこう語る。

 「近年、モビリティはさまざまな課題に直面しています。若い世代の移動が減少する一方で、高齢者の移動が増加。体の衰えや免許返納でクルマの運転ができなくなり、移動に困難を抱える人が増加しつつあります。また、eコマースの成長によって宅配便の取り扱い件数は増加傾向にありますが、宅配ドライバーの人手不足が慢性化。こうした状況は、コロナ禍によってさらに加速しています。それに加え、温暖化やエネルギーといった、サステナビリティにかかわる課題というのも、グローバル視点から見ても依然として重要視されています」

本田技研工業株式会社
モビリティサービス事業本部
エグゼクティブチーフエンジニア
幅口 正幸 氏

 こうした課題にトータルにアプローチするため、ホンダでは「Honda eMaaS」という概念を発表。Energy as a Service(EaaS)とMobirity as a Service(MaaS)を融合させた、新たな考え方を打ち出した。

 これは、「環境に優しく賢い電気の利用」を可能にするエネルギー・サービスを、コネクテッド技術を通じて、さまざまな電動モビリティにつなげていくというもの。人々に自由な移動を提供するのみならず、スマート水素ステーションや可搬型外部給電器、着脱式可搬型バッテリーなどのエネルギー・サービスにも取り組み、再生可能エネルギーの利用拡大と脱炭素社会への貢献を目指しているという。

「Honda-eMaaS」のコンセプト。「環境にやさしく賢い電気の利用(EaaS)」と「自由に移動する喜び(MaaS)」を融合させて、人々の暮らしにおける移動をより豊かに、より便利にして行く事を目指している

 「ホンダはすべての人に『生活の可能性が拡がる喜び』を提供するという2030年ビジョンを掲げています。環境に配慮した持続可能な形で、多様な社会・個人に合わせたサービス提供を通じ、『自由で楽しい移動の喜び』や『暮らしが豊かになる喜び』を人々に提供していきたいと考えています」と幅口氏は語る。

 その具体的な取り組みとして、ホンダは宇都宮市の「Uスマート開発協議会」に参画。スマートシティの実現に向け、官民協働のプロジェクトに取り組んでいる。

 「宇都宮市のような中核都市では、動脈としての鉄道や路線バスだけではすくい取れない空白地帯が、どうしても生じてしまいます。そこで、オンデマンドのモビリティを毛細血管のように張り巡らし、動脈と毛細血管を組み合わせ、アクティブで使いやすい交通環境をつくっていきたい。住民からのリクエストをアルゴリズムで処理しながら、効率的に運行するオンデマンド・サービスの実現に向けて取り組んでいます」(幅口氏)

 一方、テクノロジー企業であるNECでも、最先端のデジタル技術を活用することで社会課題の解決を目指している。その具体例の1つが「インフラ協調型のモビリティサービス」だ。

 「インフラ協調」とは、クルマをはじめとした「モビリティ」と道路付帯物(信号など)の「交通インフラ」が、5G通信により高速に情報をやり取りし、事故の抑止や渋滞緩和、自動運転のサポートなどにつなげる仕組み。信号機などに設置したカメラで交差点の映像を分析することにより、渋滞や交通事故の状況をリアルタイムに把握したり、道路の劣化や落下物・倒木などの状況を把握したり、横断者や衝突予測、スピード超過車両などの情報を周囲の車両に通知したりと、さまざまな対応が可能になるという。

 「少子高齢化が進む社会では、高齢者の方々に積極的に経済活動に参加していただけるようにすること、つまり移動手段の確保が大切になっていきます。そのためにも安全運転や自動運転をインフラ側から支える仕組みづくり、道路のDXに、NECとしても貢献していきたいと考えています」とNECの小野田 勇司は話す。

NEC
クロスインダストリー事業開発本部
本部長
小野田 勇司

 既に、そのための取り組みも始まっている。2020年11月、NEC静岡県御殿場市に、ローカル5Gや映像分析などを活用した実証施設「NECモビリティテストセンター」を開設。インフラ協調型のモビリティサービスや自動運転支援における共創の場を提供することにより、新しい道路交通インフラ社会の実現に貢献することがその狙いだ。

NECモビリティテストセンター
NECは静岡県御殿場市にテストコースを開設。信号機や横断歩道などの道路設備やローカル5G、路側カメラや画像処理などの設備を設置。さまざまな企業や団体との共創の場として活用していく予定だ

「オープンイノベーション」で次世代モビリティを実現

 このように、国・自治体・企業、それぞれにおいてまちづくりや次世代モビリティに向けた取り組みが進んでいる。しかし、これらを具現化していくにはいくつかのポイントがあるという。

 その1つが、オープンイノベーションだと静岡県の難波氏は語る。「中長期的に持続可能なシステムをつくるために必要なのは、データを集積して公開し、オープンイノベーションで多くの方々の知恵をお借りすることです。静岡県では、まちを3次元の点群データ化する『VIRTUAL SHIZUOKA』という取り組みを始めています。もともと考えていた建設分野だけではなく、災害復旧、観光、交通など多領域での活用に広がっており、このデータを一般に開放することで、オープンイノベーションによる更なる新しい価値の創出を推進したいと考えています。そのほか、出会いの機会の提供、実証フィールド提供、規制緩和なども含め、『社会実験・実装するなら静岡で』と言っていただけるよう、県が全面的にバックアップしていきます」。

 一方、ホンダの幅口氏は、オープンイノベーションの期待をこう語る。「都市が情報化・知能化されていくのであれば、自動運転を行うに当たり、自動車を自律型で動かすのみではなく、都市側と協調させるようにすることで、経済的にも技術的にもハードルが下がるかもしれません。しかし、そういう世界を企業だけでつくり出すことは難しい。政府とさまざまな企業が力を合わせれば、日本発のモデルをつくり、世界の先頭に立つことができるのではないかと思います」

 ポイントとなるのはオープンイノベーションだけではない。「データのアクセスビリティとプライバシーの両立」も新しいまちづくりや次世代モビリティに向けた重要なポイントだ。個人のプライバシーに最大限配慮しつつ、組織や個人がデータを活用できる環境をいかに整えるか。その基盤づくりが急務だと、神成氏は指摘する。

 「データのアクセシビリティが圧倒的に変わってきた、ということを我々は認識しなければなりません。しかし、ビッグデータ活用に当たっては、個人のプライバシーが守られることが大前提です。国際的にも『個人のデータのオーナーシップは、企業や団体ではなく個人に帰属する』というルールが明確になりつつあります。個人のデータを誰にどのような方法で渡し、どの範囲で利活用していくのかを、きちんと判断し明確化していく。時代はその方向に向かいつつあります」

 持続性のあるまちづくりや地域モビリティの再構築を進めるためには、行政による環境整備と、市民目線での運用、そこに共感・協調する企業としての取り組みが欠かせない。

 「NECもデータ連携のためのインフラを提供するのみならず、社会実装の仕組みづくりにも、官民連携・民民連携で積極的に取り組んでいきます」と小野田は先を見据える。将来のビジョンや危機感を共有し、それぞれの立場を越えて共創していく。これこそが、安全・安心で快適に過ごせる持続的な社会を切り開くために欠かせないカギといえるだろう。

本テーマでディスカッションが行われたイベント「NEC Visionary Week」内のセミナーにて。写真左はモデレータをつとめたシンクタンク・ソフィアバンク代表 藤沢氏