デジタル改革担当大臣は「日本のDX」の先に何を目指しているのか
――NEC Visionary Weekレポート
2020年11月から12月にかけて開催された「NEC Visionary Week」。11月12日に実施したオープニングセッションに、デジタル改革担当大臣・情報通信技術(IT)政策担当大臣・内閣府特命担当大臣(マイナンバー制度) 平井 卓也 氏が登壇した。COVID-19で陥った国難と顕在化したデジタル化の遅れを受けて、平井氏はいかにデジタル庁を設計し、日本社会全体のDXを進めようとしているのか。デジタル社会の実現を標榜する平井氏による講演の一部始終をお届けする。
転機となった2020年
平井氏:2000年に初当選して以降、私はさまざまなIT政策に携わってきました。しかし、2020年は大きな変化が生じました。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)によって、多くの問題が顕在化したことで、過去のIT政策の総括が必要になったのです。
私自身のこれまでを振り返ってみても、自民党IT戦略特命委員長として2014年のサイバーセキュリティ基本法や2016年の官民データ活用推進基本法の成立に携わり、さらに2019年にはIT担当大臣としてデジタル手続法を施行してきました。しかし、今回のCOVID-19に際しては、国民に対して十分なパフォーマンスを発揮できませんでした。そこにどんな問題があって、何が欠けていたのか、十分に考える必要があります。多くの方々が「アフターコロナ」ではなく「ウィズコロナ」だと仰っているとおり、COVID-19の問題はまだ終わっていません。社会全体のレジリエンシーを上げていくために、デジタル化が非常に重要なのです。
こうした状況のなかで、私は今回あえて「デジタル敗戦」という言葉を使ってきました。現状をプッシュするだけでは新しい時代には対応できないと考えているからです。未来を描いてそこからバックキャストするフューチャープリング(future pulling)な政策が必要です。そのシンボルとなるのが、今回のデジタル庁だと考えています。
急にこのような新しい庁をつくるうえでは、布石がありました。2020年5月、緊急事態宣言のなかで、私は「デジタル・ニッポン2020~コロナ時代のデジタル田園都市国家構想~」(令和2年6月11日自由民主党政務調査会デジタル社会推進特別委員会)を取りまとめさせていただきました。そのなかではあらゆる分野で顕在化しているさまざまな問題をきちんと見て、そのうえで具体的な対策を提示しています。同時に、新たなDXを担当するセクションが必要だということも述べてきました。
「人間中心」の視点からすべてを見直す
政府の経済と財政の方針を決める2020年の「骨太の方針」には大きなポイントがあります。“デジタル”という言葉が、何回使われたかという点です。2016年には0回、2017年が3回、2018年が9回、2019年が53回。2020年は105回です。その後に自由民主党の総裁選をむかえ、当時の菅官房長官(現総理)と岸田政調会長がこのデジタル政策を打ち出したことは間違いありません。そして菅内閣が発足し、デジタル化によって次の時代を描くことが一丁目一番地の政策となりました。これは日本の政治を振り返ってみても初めてのことでしょう。
デジタル庁の創設とは規制改革の象徴であり、成長戦略の柱であると指示を受けています。私も同感で、デジタルを社会のなかにどう実装していくかによって、これからの日本社会は変わっていくはずです。
また、“デジタル”とは日本語に訳すのが非常に難しい言葉です。おそらく真意を訳せる人はまだいないと思いますが、この“デジタル”という言葉を国民がどう受け止め、何を感じ、何を期待するかに寄り添わねばデジタル化政策はうまくいかないでしょう。
そうした意味で、いままでのやり方を根本的に変え、人間中心にしてすべてを見直すことから始めなければいけません。これまで我々が構築してきた各省のさまざまなシステムのなかにも、人間中心とは言い切れないものがあります。たとえばUI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザーエクスペリエンス)についても、多くの方々にとっては非常にハードルが高いものだったことを反省しなければいけません。設計の段階から人々が満足できるような要素を取り込んでいくことが、デジタル庁においては非常に重要になっていきます。
「デジタルを意識しないデジタル社会」を目指して
経団連では「Society 5.0」や「第四次産業革命後の社会」などいろいろな言い方をしていますが、極端に言うならば、我々が目指すべきものは「デジタルを意識しないデジタル社会」なのだと思っています。人間中心につくられ、人間にやさしい社会をどうやってつくっていくか。2020年9月23日に開催されたデジタル改革関係閣僚会議でも、総理からさまざまな指示がありました。年末までに基本方針を定め、つぎの通常国会でIT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)の抜本的な改正に加えて必要な法案をすべて成立させること。そのなかにはデジタル庁の設置法案も入ってきます。2021年にデジタル庁を発足させるためには、当然その法案を成立させる必要があります。現在はデジタル庁関連法案作成の準備を進めていますが、法案が通ればすぐにデジタル庁の準備室をつくり、人も金も組織も整備していかねばなりません。
デジタル庁に関して私が一番重視していることは、国民目線で理想的な省庁であることです。これまでの行政はサービスを提供する側の発想が強く、安全性や堅牢性など、管理者側の発想がシステムのなかに生かされてきました。そこから根本的にアーキテクチャを変えることが、今回の重要な決断です。人間中心であることやUI/UXの改善、国民にとって本当にありがたいサービスを提供することなどは基本原則として変えませんが、やり方に関しては走りながら考える部分もありますし、決断したけれど変えざるをえないものも出てくると思います。
これは世界的にも多くの方が提唱している、「アジャイル・ガバメント」のような考え方に近いと思っています。基本の原則は厳守するけれども、取り組みに関しては柔軟に進めていく。私は、組織も小さく生んで大きく育てるという言い方をいつもしていますが、機構定員を獲得したからといって急いで人をかき集めるようなことはしません。きちんとした目的とビジョンを定め、デジタル庁が考える方向性に賛同する方と十分に議論し、組織のカルチャーからつくっていきたいと考えています。
“司令塔”としてのデジタル庁
我々は「Government as a Startup」という言葉を掲げていますが、普通はこの言葉を使わないと思います。スタートアップ企業のように不安定なガバメントと思われる方もいるかもしれません。本来なら「Government as a Service」すなわち“サービス”としてのガバメントになりたいと思うものの、今回はまさにゼロからつくりあげる組織であり、法律もつくり、組織や定員、機構を整備し、新たな人材を求め、スコープを明確にしてアーキテクチャを整理していくことは、1年以内にスタートアップを上場させるよりも難しいミッションだといえます。しかし、機は熟しています。菅総理の不退転の決意と強いリーダーシップとバックアップもありますから、この組織は必ず2021年にみなさんの期待に応えるような形でスタートできるはずです。
デジタル庁といってもまだイメージが湧かないかもしれませんが、いろいろなシステムをつくることに関していえば、各省庁がこれまでやってきた予算や基本的な政策の設計をデジタル庁にすべて集めていくつもりです。これまで内閣官房IT総合戦略室がもっていた総合調整機能では思い切った変更ができないと思いますので、デジタル庁はアーキテクチャをきちんともった司令塔にしたいと考えています。
いまはデータドリブンでさまざまなことを考える時代になっていて、どこにいってもデータについて触れられますが、日本のデータはきっちり整理され格納されて使える状態になっていません。ベース・レジストリもそうですし、データのフォーマットもそうです。検索さえ難しいものも非常に多いのも事実です。多くのセクターを越えたデータ連携や活用も不十分という状況ともいえます。
この国のデータに関する法律としては官民データ活用推進基本法などがありますが、本当にデータドリブンな社会をつくることに関しても、ルールを定めたいと思っています。デジタル庁がデータのオーソリティのようになれるような方向で検討を進めており、常に国民を見て仕事をするデジタル庁をつくりたいと考えています。
働くエンジニアのみなさんに対しても、一カ所に集まって働いてほしいとは思いません。最初の募集の段階からして、新しいデジタルワーキングスタイルでスタートする官庁だと考えていただければと思います。いままでの延長線上にはない政策を進めていくので、そこに協力してくれる方々を全国から募集していく予定です。
デジタル社会にIDは不可欠
デジタル社会を推進していくにあたり、個人情報の保護やプライバシー、セキュリティの問題は非常に重要です。しかし、それ以前に、まず国民にきちんとIDがあることが、デジタル社会を健全に運営するうえで非常に重要なポイントとなります。
そうした意味で、マイナンバーシステム、とくにマイナンバーカードの必要性をお伝えしなければならないでしょう。自分が自分であることを証明できる、そこに対して国がトラストアンカーとしてサポートしていく。安全安心のなかで、あらゆるサービスやビジネスが生まれていく環境をつくることは非常に重要です。
おかげさまでマイナンバーカードもいまは約2割の方々が持っていて、自治体によっては半数以上の方々が持っているところもあります。2021年3月からは健康保険証との情報連携が始まり、2026年には運転免許証やその他の国家資格などとの情報連携もスタートさせる予定です。(2021年1月時点では、運転免許証について2024年度末までに実現させる方針となっている。) マイナンバーカードがあれば、このデジタル社会において、対面ではなく遠隔でも誰がどのような資格をもっていて何を望んでいるかがわかります。これは社会全体をもうワンランク上げることだと私は思っています。
マイナンバーカードに搭載されているICチップをいかにうまく活用するかがこれからのビジネスを大きく左右するはずです。安心安全で、個人が自分の意思でいろいろなものを進められるようにするためにはきちんとしたIDが必要です。カードのICチップのなかにはさまざまな機能が入っていますが、一番重要なのは公的な個人認証、要するに利用者証明の鍵と署名の鍵だと思っています。この鍵を失くさないようにするためのキーホルダーがマイナンバーカードであり、マイナンバーカードのICチップのなかに個人情報が溜まるわけではなく、分散している個々のデータベースに本人の意思で情報連携が行えるようになっていきます。
そう考えると、日本らしいデジタル社会を構築するためにも、このマイナンバーカードの重要性を理解いただき、使っていただくことが非常に重要です。これは総理肝いりの政策でもあって、令和4年度中にはすべてのみなさんにマイナンバーカードを持っていただく政策を考えています。この年末からカードをお持ちでない方一人ひとりに、通知カードに代わる申込みができるものをお送りしていきます。それはマイナンバーカードにとって大きなチャンスになるでしょう。
政府だけで“誰も取り残さない”デジタル社会をつくることは不可能
2020年は、あとから振り返ってみると大きな歴史的転換点になるはずです。多くの国民にとって、それぞれの生活のクオリティを上げ、働き方や生活の仕方、場合によっては住む場所もふくめて選択肢が増えていくはず。日本は高齢化のトップランナーとして世界から注目されています。日本がどのようなデジタル化を進めていくのか各国のみなさんが注目しているのです。だからこそ、今回我々が打ち出していく理念のひとつに「No One Left Behind」、つまり“誰も取り残さない”ことを掲げています。高齢者になろうとも、障害者の方々であっても、デジタル化の恩恵をきちんと届けられるようにしていくことこそ、いまの政府として最も重要な仕事だと考えています。そして、そこには新しい考え方や技術が必要です。とくにUI/UXの部分はこれまでの政府システムでは重要視されてこなかったところなので、民間のみなさまがたの知恵をぜひお貸しいただきたいと思います。
政治家は限られた時間のなかで仕事をしていますが、政治的資源としての時間の使い方を選挙で選んでいただいているのだと思います。その時間のなかでどれだけの仕事をして国民にお返しできるか。衆議院の任期はあと1年になりましたが、我々は政治的な資源である時間を最大限に有効活用し、デジタル庁の創設に向けて全力を尽くしていきたい。国民のみなさまから期待していただけるデジタル庁、そして多くの国民が親しみを覚えて、それぞれの立場で、いまの社会をどうしたいかというアイデアを実装するために役立つデジタル庁を、若い人たちが働きたくなる新しい省庁をつくっていきたいと考えています。
デジタル庁はこれから進めるすべてのプロセスを透明化していきます。すべてをオープンにして進めていきますので、みなさまの忌憚なきご意見をお寄せください。政府だけで健全なデジタル社会をつくることは不可能です。ぜひ民間のみなさまがたの力をお貸しいただけることを、心からお願い申し上げます。
(談)