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アルスエレクトロニカ・フェスティバルに見る、
今、ビジネスがアートを求めるべき理由

2017年12月18日

 2017年9月7日~11日に、オーストリアの都市・リンツで開催された世界最大級のメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」にジャーナリストとして参加した体験をふまえ、今回はそのレポートを書いてみたいと思う。

 毎年開催されるアルスエレクトロニカ・フェスティバルの、今回のテーマは「Artificial Intelligence / The Other I」(人工知能/もうひとつの"I")だ。社会、ビジネスにおいて昨今盛んに議論されているテーマ、人工知能(以下 AI)を取り上げているのだ。この"I"というのは多義的で、意味するのは知性(Intelligence)であり、わたし(I)でもあるのだろう。

 「なんでアートの話なんだ?」「メディアアートって?」このメディアの読者の多くはビジネスパーソンであることから、のっけからアートと聞くと少々面食らうかもしれない。

 しかし、ビジネスの現場にいる多くの人が、昨今のAIがもたらすイノベーションにも面食らっているのもまた、事実だろう。

 それはなぜなのか。昨今広く知られる「シンギュラリティ(技術的特異点)」の予測を行った未来学者、レイ・カーツワイルの視点からルポを始めてみたい。カーツワイルによると、私たちが技術的進展に"面食らう"理由はその「思考法」にある。

ビジネスに求められる"メディアアート的転回"

 レイ・カーツワイルはインタビュー(※)の中で、人間の脳は将来予測において「線形思考」(将来的な物事の変化を、比例直線で予測しようとする思考)を行うように進化してきたと語っている。その方が生存に有利だったからだ。草原を走る獲物である動物が、幸いにも突然テレポートするわけもないし、栽培している穀類がある日突然知性を身につけて進化し、人間を脅かす存在にもならない。

 しかし現在のテクノロジーにはそれが起きる。時間を超越した予測不能な進化がなされるのだ。テクノロジーは時間経過に対し、その進歩の程度や量が飛躍的に増大する「指数関数的」な進歩をするからだ。私たちの脳はこの進歩を捉えることが非常に難しい。だから私たちはAIに"面食らう"わけである。

 テクノロジーの成長を理解するためには、人間の脳の線形思考では追いつかず、いわば「非線形思考」でなければ将来予測が困難になることを指摘している。

 将来予測を行いながら創造されるビジネスにおいて、こうした非線形思考はますます重要になってきていることは疑いの余地がない。そして非線形思考を行う上で、私はメディアアート、アルスエレクトロニカ・フェスティバルに学ぶことは大きいと感じている。それはアーティストの思考はすべからく非線形だからである。

 私が提案する仮説「今、ビジネスがアートを求めるべき理由」とは、いってみればビジネスにおける、"メディアアート的転回"に価値があるのではないかということだ。

 メディアアートの定義は多様ではあるが、 昨今の潮流を見ていると、主にITやバイオテクノロジー、最先端サイエンスの知見を応用し、芸術表現を行う領域を指している。

 一例として、今回のアルスエレクトロニカ・フェスティバルで展示されていた、トルコのアーティスト、レフィック・アナドルの作品を見てみよう。

Archive Dreaming/Refik Anadol (トルコ)
SALT Research(トルコにある、図書館を含む複合文化研究施設)の協力のもと、機械学習アルゴリズムを用いて1700万点のドキュメントを検索し、その相互関連性を処理。得られたドキュメントデータ間の相互関係性を、壁面全体に映し出される没入型のビジュアルインスタレーションとして展示している。

 ぱっと見には美しい、まるで幾何学模様の羅列に見えるこの作品が提案しているのは、21世紀のミュージアムの在り方への仮説だ。現在の私たちは、図書館に行って数々の古典の名作を知る。そして美術館や博物館に行って過去の文化遺産から未知のものを知る。しかし、近い将来、AIがこれら人間の文化遺産を機械学習し、まだ人間が知らない未知の事象を学習し始めるかもしれない。

 その時、人間にとって「知る」とはどんなものになるのか、図書館や美術館、博物館はどのような役割を果たすものになるのか──。展示では、到底人間には処理できない膨大な情報量のドキュメントの中で、機械学習アルゴリズムが見ている、いわば知識の海の中で見る"夢"を視覚的に体験できる。AIが私たちの知能を超えた創造を行い始めていることを予感させ、人間ができることは何かを考えさせられる展示だ。

 芸術分野では、昨年、レンブラントの作品の特徴をディープラーニングによって解析し「レンブラントらしい絵」を3Dプリンターによって制作する試みがオランダで成功し話題を呼んだ。美術作品とAIが組み合わさることで、まったく新しい歴史的名作が生まれたのだ。これまで美術館は作品を収蔵し、閲覧に供する、「価値提供の場」であることが主たる役割だったが、AIによって、美術品を創り出すという「価値創造の場」になるということも、すでに視野に入ってきていると言えるだろう。

 このようにメディアアートは、最先端のテクノロジー・サイエンスが実現し得る未来を、立体物、映像や音を使った作品にして提示する。そして見る者の中に、それらによって社会がどう変わるのか、その未来に対して自分はどのように関わるのかといった問いを提起するものだ。

 アルスエレクトロニカ・フェスティバルにあるものは、少し先の未来で実現すること、人類がいずれ直面する"未来の問い"なのだ。

 また、これからのビジネスに必要なスキルにおいて、「STEAM」(S:Science・科学、T:Technology・テクノロジー、E:Engineering・工学、A:Art・芸術、M:Mathematics・数学)教育の必要性を解く論者も存在する。現代の先端テクノロジーがこれらの複合によって生まれていることは自明であり、それをもっとも簡単に体感することができるのが、メディアアートなのだ。

※吉成真由美(インタビュー・編)『人類の未来 ―AI、経済、民主主義』(NHK出版新書)を参照

テクノロジーの、その先をいかに考えるのか

 巨大なロボットを操縦してみたいと思ったことはないだろうか? 鋼鉄の巨大な身体を、まるで自分が手を動かすように操り、巨人のように振る舞う感覚を得たい、そんなことを考えたことはないだろうか?

 私はアルスエレクトロニカ・フェスティバルで、その体験をしてきた。まだロボットとまではいかないのだが、自分の身体の何十倍もの質量を持つ巨大なショベルカーを"意のまま"に運転できる展示があった。

T 65/Wacker Neuson (オーストリア), Ars Electronica FutureLab
脳波を読み取るヘッドギアを頭部につけ、ショベルカーから離れた場所に設置されているコントロールブースに座り、眼前のディスプレイに現れる操縦コマンドをじっと見ると、ショベルカーがそのコマンドを実行する。アルスエレクトロニカの研究開発組織、フューチャーラボのジョイントベンチャーと、建築機器メーカー「Wacker Neuson」によるコラボプロジェクト。

 最先端のBCI(Brain Computer Interface)によって、脳波と目の動作だけでショベルカーを運転することができる。筆者にとっては、これが人生最初のショベルカー運転の機会となったわけだが、この展示にはテクノロジーが、操縦という特殊技能を、限られた技術者だけができるものから「誰にでもできるもの」にしてしまう未来が見える。

 そもそも、運転技能講習を受講した人でなければ、ショベルカーの操作など知る由もないが、もちろん私はそんな講習を受けてはいない。しかしごく簡単な運転(ショベルを持ち上げたり、旋回したり)をこなし、巨大なタイヤを持ち上げることもできた。

 現実的には安全性の問題などクリアしなければいけない課題はあるにせよ、このBCIの技術がより向上すれば、技術的には誰にでも、まるでレースゲームの中の車を動かすように車両系建設機械を動かせるようになる未来が到来するかもしれない。さらに言えば、従事者は危険な作業現場にいなくても、遠隔で車両系建設機械が操作できるようになるかもしれない。

 そしてこのBCIの出力先をロボットに変えることもできるだろうし、ドローンに変えて視覚情報を共有すれば、世界中を飛び回ることもできるだろう。

 人間の知性・能力が、限られたこの身体を超えて飛び出し、世界を無限に変革していくような未来──。その時私たちは、この有限な身体のことをどのように感じるのだろうか。

人口の3分の1がメディアアートの祭典に夢中になる都市・リンツ

リンツ市街地。美しい旧市街の街並みを歩きながらメディアアートを鑑賞できるのも、アルスエレクトロニカ・フェスティバルの魅力だ。

 今年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルでは、展示のほか、コンサートや有識者によるカンファレンスなど、小さなものも含めると、600ものイベントが5日間通して行われた。そして今回の来場者数は10万人を数えている。ちなみにリンツの人口は20万人だ。

 どうしてこの小さな街の祭典に、世界中から人々が集まるのだろう? それはこの街が、都市としての文化的発展を、経済発展を高める要因として合理的に評価してきた歴史があることが指摘されている(※)

 リンツは重工業都市として繁栄を築いた歴史を持ち、1970年代の主たる産業は鉄鋼業だった。しかし第一次オイルショックなどの影響からその繁栄には陰りが見え始める。1980年代後半以降、リンツは脱工業都市化、そして文化都市化を志向しはじめる。

 リンツはまず、社会政策として、女性の社会参加や若年層の教育支援、就労教育を充実させた。特に女性の就労率は1985年から2012年の間において、42%以上も向上しているという。行政データを市民へ開示し、新しい社会サービスの創造を奨励する「オープン・コモンズ・リンツ」という取り組みからも、市民とともに都市を変革してゆこうという気概が読み解ける。

 そして文化政策として、1988年から2012年の間に27の文化施設の設置を行い、文化イベントも拡充している。そうした中でアート、テクノロジー、サイエンスの資源を社会へともたらすために生み出されたのが、アルスエレクトロニカ・フェスティバルを開催している機関である「アルスエレクトロニカ」だった。同機関の創立は1979年。美術館としての機能を持つ「アルスエレクトロニカ・センター」、メディアアートための研究開発拠点「アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ」などの施設を持ち、国際的コンペティション「プリ・アルスエレクトロニカ」も開催している。

ドナウ川沿いにあるアルスエレクトロニカ・センター。

 私はフェスティバルの開催中に、アルスエレクトロニカの中心的なメンバーであるアーティスティック・ディレクター、ゲルフリート・ストッカーに短いインタビューを行った。インタビュー内容は、展示・カンファレンスで日本の発想(アニミズムや宗教観等)がしばし引き合いに出されていたことについてだったが、彼のAIに対する考え方は印象的なものだった。

 「今、私たち人間は自らの立ち位置を再定義しなければならない時にきています。私たちはAIも開発しなければならいかもしれませんが、よりグローバルな視点に立って、人間の社会的知性(social intelligence)も、開発しなければならないでしょう。そのためには、『テクノロジーに何ができるか』だけではなく、『未来において何をしたいか』という根源的な問いに向かわなければならないでしょう」(ゲルフリート・ストッカー)

 このレポートは、「今、ビジネスがアートを求めるべき理由」という主題を通し、今年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルを振り返ったが、まさにリンツは、その都市創造の基底にアートがある。街のいたるところに、都市とアートの結びつきを感じながら、最先端のメディアアートに触れることができるのが、このフェスティバルの醍醐味だ。

 日本の製造業を中心としたカンパニーは「テクノロジーオリエンテッド」だ。私たちはこの日本で、テクノロジーがつくる未来にいつも心躍らされてきた。しかし今、テクノロジーの進歩は私たちの手に余る存在になりつつある。そんな今に、アートを通して未来を見る視点がもたらされることは、少なくとも、捉えにくいテクノロジーの未来を照らす一条の光となるのではないだろうか?

 この日本でも、メディアアートのフェスティバルがよりビジネスと結びついていくことを期待してやまない。

 最後に、アルスエレクトロニカ・フェスティバルの真価を知るには、まず、体験することだ。このレポートがそのきっかけの一助になれば幸いに思う。

※鷲尾和彦著『アルスエレクトロニカの挑戦』
本稿の最終トピックでは同著書の情報を参照、または引用を行い執筆した。

森 旭彦(もり あきひこ)氏

1982年京都生まれ。
2009年よりフリーランスのライターとして活動。主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、インタビュー、ライティングを通して書籍、Web等で創作に携わる。
雑誌『WIRED』にてインタビュー記事を執筆する他、東京大学大学院理学系研究科・理学部で発行している冊子『リガクル』などで多数の研究者取材を行っている。

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