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2019年07月22日

検証から実運用のフェーズへ
金融業界のAI活用最新動向

 デジタル変革を牽引する中核技術として、多くの企業の関心を集めているAI。銀行をはじめとする金融機関各社においても、社内業務の効率化や新たな顧客層の開拓、今までにないサービスの創出など、様々な目的で活用が進められている。ここでは、そうした様々の事例の中から、三井住友フィナンシャルグループ、横浜銀行、セブン銀行の取り組みを紹介する。

三井住友フィナンシャルグループ「データを重視したAI活用環境を整備」

 現金掛け値なしという新商法を生み出した「三井」、南蛮吹きという画期的な新技術で社会に貢献した「住友」を源流に持ち、銀行、証券、カード、リースなど、多彩な金融ビジネスを幅広く展開する三井住友フィナンシャルグループ。400年にわたって受け継がれてきたイノベーションの精神は、現在にも受け継がれており、新たな金融サービスの実現に向けたデジタライゼーション戦略を意欲的に推進中だ。

 「まず『攻めのデジタル化』では、従来の常識にとらわれず新たなチャレンジに挑む『デジタルイノベーション』と、既存ビジネスモデルの変革を目指す『デジタルトランスフォーメーション』の2領域で先進的な取り組みを展開。さらに『守りのデジタル化』でも、『デジタイゼーション』による業務プロセス改善/コスト削減や、今後の環境変化にも即応できる柔軟な『ITインフラ』の実現など、様々な取り組みを進めています」と同社の内川 淳氏は説明する。

株式会社三井住友フィナンシャルグループ
執行役員IT企画部長
内川 淳 氏

 例えば、近年注目を集めているキャッシュレス化について、多様な決済手段/チャネルに対応した次世代プラットフォームをパートナー企業と共同で構築。高い利便性と安全・安心、お得感を備えたサービスを提供することで社会イノベーションを牽引しようとしている。「キャッシュレス決済の利用が拡大すれば、新たなデータも生まれる。それらも有効活用して、金融サービスのレベルアップを目指していきたい」と内川氏は言う。ほかにも個人に紐づく情報の管理などを請け負う情報銀行の事業化、RPA/クラウド活用など、多面的な取り組みを展開中だ。

 このようなデジタルトランスフォーメーションの一環として、既にAIも様々な場面で利用されている。

 例えば、照会応答業務用のSMBCチャットボットが代表例だ。「元々は、行員による応答業務の効率化や品質標準化を目的に導入を行いましたが、現在では行内向けだけでなく、お客様向けサービスやグループ各社の業務でも多数導入されています」と内川氏。このチャットボットについてはライセンスをNECに提供し、共に外販にも取り組んでいる。

 加えて、コンタクトセンターのオペレータを支援するツールも構築。ここでは、問い合わせの音声内容をAIで分析し、適切と思われる回答候補を端末画面に提示。照会コストの削減や新人オペレータの自己回答率向上など、多くの成果を上げている(図1)。「導入当初には、回答候補の精度や数、画面の見やすさなど多くの課題がありました。しかし、これらを改善した結果、現在では業務になくてはならないツールになっています」と内川氏は話す。

図1 コンタクトセンター業務にAIを活用

 顧客からの問い合わせ内容の意味を理解し、大量のQ&Aデータから最適な回答案を抽出し自動的に回答候補を表示することで、応対品質とコストを改善することに成功した。

 こうした取り組みを通じて分かったのは、データこそがAI活用の成否にかかわる重要なポイントだということ。「お客様に適切な回答を行うにも、予測モデルの精度を高めるにも、とにかくしっかりとしたデータが欠かせません。そこで、データ利活用推進を目的とした『データマネジメント部』を設置。NEC中央研究所の支援も活用しつつ、データ整備・利活用の推進に取り組んでいます」と内川氏は強調する。

 具体的には、まずグループのデータを一元管理する大規模データベースを整備。また、データ準備作業の効率化を図るために、NECと日本総合研究所の協力を得て米Trifacta社のデータ抽出・加工処理ツール「Trifacta Wrangler Enterprise*1」も導入した。「企画立案や活用・検証などの業務に注力する上で、大きなボトルネックとなるのがデータ準備にかかる時間です。Trifactaを導入したことで、こうした作業に掛かる時間を約80%削減できました」(内川氏)。

*1(注1)「Trifacta Wrangler Enterprise
Trifacta社(所在地:米国カリフォルニア州サンフランシスコ)が提供するデータ加工ソフトウェア。

 分析における特徴量抽出やモデル構築などについても、NECからカーブアウトしてシリコンバレーに設立されたdotData社のデータサイエンスのプロセスを自動化する分析ソフトウェア「dotData」を活用。それまでのマーケティング業務では、データサイエンティストが数カ月かけて行っていたモデル構築をわずか十数時間で行うことができるようになった上、予測精度も既存のデータ分析ツールと同等以上。さらにこれまでは気付かなかった新たな特徴量まで発見できたという。

 「AIには特有のリスクもありますが、業務特性に応じた利用可否の判断と適切なAIエンジン選定・学習を行うことで解決できます。また、利活用を進めていく上では、IT部門と業務所管部門が協働で体制を組むことが肝要です」とAI活用のポイントを内川氏は説明する。

 このようなAI活用をはじめ、先端技術ラボの設置や産学連携による人材育成など、デジタルトランスフォーメーションに向けて幅広い取り組みを進めている同社。今後も取り組みをさらに加速していく考えである。

横浜銀行「人とは異なる知見でマーケティングの効果を高める」

 地銀最大手行の横浜銀行でも、攻めと守りの両面でAI活用に向けた取り組みを推進中だ。同行の河野 吉晴氏は「口座番号などをキーとして多くの情報が統一的に管理されているのが銀行の強み。その情報価値は他業界にも類を見ません。これを最大限に活かしたAI活用に取り組んでいます」と説明する。

株式会社横浜銀行
営業戦略部
マーケティンググループ
グループ長
河野 吉晴 氏

 「攻め」におけるAI活用分野としては、与信業務やマーケティング業務が挙げられる。ただし、与信業務については、既に相応の高度化が図られているため、当面はマーケティング業務での活用がターゲットだという。

 一方「守り」でも、不正防止や途上管理、業務プロセス改善など、様々な業務への活用を見込んでいる。「データ分析の力をビジネスに活かすために、マーケティング部門の人員/体制強化なども併せて行っています」と河野氏は話す。

 実際のAI導入プロセスでは、カードローンのプロモーションを題材に実証実験を実施。「プロモーションモデルをNECの深層学習技術『RAPID機械学習』で構築し、浜銀総合研究所の研究員が長年”職人技”として培ってきたデータ分析のノウハウによる従来型のモデルの結果と比較・検証しました」と同行の松下 伴理氏は話す。

株式会社横浜銀行
営業戦略部
マーケティンググループ調査役
松下 伴理 氏

 結果、カードローンの潜在ニーズがある顧客の抽出精度は、両モデルとも同水準。さらに両モデルの上位スコア顧客の重複は4割程度であり、RAPID機械学習によって従来型モデルで見過ごしていた潜在顧客を新たに発掘できた(図2)。

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図2 RAPID機械学習で新たな顧客層を発見
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(出典)影井,友永,松下(2016),”金融行動に対する人工知能の実証研究‐金融マーケティングプロセスにおける人工知能の実務展開にむけて‐”,日本マーケティング学会 オーラルセッション2016

 この成果に自信を深めた同行は、マイカーローンや教育ローンのプロモーションにおいてもAIを活用した。「これまでは対象としていなかった顧客セグメントの中から新たな潜在顧客を検知できるなどの発見がありました」と松下氏は話す。さらに、営業店行員のコンタクトを推奨する顧客をRAPID機械学習で抽出。実際、訪問した顧客の商品成約率は、従来手法で選んだ顧客よりも高く、同様の発見を得ることができたという。

 「『ヒト(行員、行内専門家)と異なる視点で知見を発掘する』『プロモーション効果を向上させる』という狙いに対し、RAPID機械学習は十分に期待を果たしてくれています」と松下氏は話す。

セブン銀行「ベテランのノウハウも学習させATMの現金需要を予測」

 ATMサービスを中心に事業を展開するセブン銀行では、ATMの入出金に使用される現金の需要予測でのAI活用を視野に入れている。

 同行の柏熊 俊克氏は「当社にとって現金は最大の商品。ATMを快適にご利用いただくためにも、現金の欠品を防止しなくてはなりません。また、ATM格納現金の効率運用や現金装填の業務負荷軽減、需要予測業務のノウハウ平準化/効率化なども図りたいと考えました」と話す。

株式会社セブン銀行
ATMソリューション部
調査役
柏熊 俊克 氏

 元々、同行はATM機内現金の増減データを分析し、いつ・どこに・どのくらいの現金を装填すれば良いか計画する業務(警送計画)を重要な業務として位置付けてきた。しかし、従来は担当者のスキルに負う部分や、手作業を必要とする部分が多かった。そこで、AIによって精度向上と効率化を図ろうと考えたわけだ。

 AIの導入に当たっては、複数のソリューションを用いた実現性検証や精度検証を実施。最終的にNECのソリューションを選定した。

 「ATM2万台×5年分の稼働データを基に直近3カ月の予測を行ったところ、最も優位だったのがNEC ソリューションでした。また導入コストや運用性、クラウドによる発展性の高さなども高く評価しました」と柏熊氏は説明する。

 もっとも、実用化に向けたフェーズでは様々な苦労もあった。単に大量データを学習させるだけでは業務要件を満たす予測精度に届かず、同社の運用部門やATM開発者、NECの専門技術者が一丸となって、予測結果の分析や精度向上に向けた検討を何度も繰り返したという(図3)。

図3 ターゲットを明確にした改善トライアルを繰り返し、業務要件を満たす予測精度まで到達
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 「月ごとのイベントや日ごとの特性、設置先ごとの特徴などを学習させた上でベテラン担当者の予測ノウハウも取り入れました」と柏熊氏。その結果、精度を大きく改善することに成功した。ただし、AIは万能ではない。人と相互にサポートし合える仕組みが必要と考えて、予測の信頼度を表示する機能も検討している。

 セブン銀行では、これまでは担当者が手作業で行っていたATMの現金需要予測をAI化。予測信頼度表示機能も実装することで、人とAIがお互いにサポートできる仕組みを検討している。

 Fintechという言葉が生まれたように、金融業界はテクノロジーによる革新が加速している業界の1つである。AIは間違いなく、その中心にある。先行して取り組みを開始した金融業が得たAI活用における成功のポイントは、他業種の企業にとっても大いに参考になるはずだ。

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