NEC iEXPO KANSAI 2019
5名のキーパーソンが意見を交わした街づくりの未来像とは?
~多様化、デジタル化する社会における豊かな暮らしを探る~
人を中心にした住みよい街づくり、人と人がつながる新たなコミュニティづくりに向けて、デジタル技術、データをどう活用していけばいいのか。産・官・学の各界で活躍する5名のキーパーソンがNEC iEXPO KANSAI 2019の共創パネルセッション「デジタル時代の住みよい街づくりとは」に顔をそろえ、国内外の事例などを交えながら、デジタル時代の住みよい街づくり向けた課題や未来像を語り合った。
多様化する社会における豊かさとは
パネルセッションは「デジタル化された街は人々の生活を豊かにするか」、「増え続けるインバウンドと共生するアイデア」、「データ利活用におけるプライバシーの問題」の三つをテーマに行われた。
まず、キーパーソンの各氏が自己紹介も兼ねて、それぞれが考える「豊かな社会のあり方」について語った。トップバッターの大阪大学 サイバーメディアセンター センター長・教授の下條 真司氏は、スマートシティのあり方について説明。街づくりでは、現在最も「人」が重要視され、世界ではスマートコミュニティ、コネクテッドコミュニティと呼ばれるようになっている。何よりも、市民を巻き込んで活動することが重要になるという。
日本には高品質・高品位の公共サービスが根付いているが、今後、人口減少が進むと税収やサービスの担い手が少なくなる。「質の高いサービスを維持するには、自治体のデジタルトランスフォーメーションや、隣人を支える新しいカタチの“隣組2.0”がポイントになります。スマートシティは公助から共助へと向かっていくのです」と解説した。
人がつながることで豊かな街が生まれる
続く神戸市 企画調整局 つなぐ課 特命係長の長井 伸晃氏は、まずつなぐ課の活動について説明。縦割りになりがちな組織のなかにあって、つなぐ課は日常的な業務は持たず、市民・地域の声を拾い上げながら課題を発見し、関係する部署や地域団体、企業などをつないで課題解決に導いていくことが仕事だと紹介した。
神戸市が事業連携するスペイン・バルセロナ市の取り組みを、街づくりの課題解決の例として挙げた。同市はバルセロナ五輪を契機に観光客が急増し、住環境や交通渋滞などの課題を抱えていた。その解決のため、センサーのデータ分析に基づく街づくりの社会実験を2016年から開始。ブロックを基本単位に道路などのインフラを再編する「スーパーブロック構想」の街づくりを推進する。例えば、自動車の幹線道路は市の中心地から外して人の集まる公共空間を増やす。この空間が街の多様性を高め、人が交流することで新たなイノベーションが生まれる。「街中に設置したセンサーのデータに基づいた都市政策により、公園や緑が増え、さらに人がつながることで、バルセロナは豊かな街になっています」と話す。
次に、関西電力 経営企画室イノベーションラボでリーダーを務める嶋田 悠介氏は、2017年にモビリティサービス「iino」を立ち上げ、事業開発に向けて実証を進めている。iinoは時速5kmで自動走行し、新しい価値を提供する都市型モビリティだ。乗り物はいかに遠くに速く移動するかを目的に進化してきた。それに対しiinoは、短距離を低速で移動することで、従来とは異なる身体の解放感や、見過ごしていた新たな気付きを与えるという。
大阪市内の繁華街や商店街、大阪城公園などで行った実証実験では、iino上で日本舞踊や茶会などの伝統文化を道行く人たちに紹介しながら時速5kmで走行した。「これまでの乗り物は効率性が重視されてきましたが、このモビリティはゆっくり楽しむことを重視しています。これからの街づくりは、効率性だけでなく、人々が関わり合いを深めたり、これまであまり知られていなかった街の魅力に気付けるような、ゆとりあるものであってほしい」と期待を込める。
もう一人、NEC 執行役員兼CMOの榎本 亮は「NEC未来創造会議」の取り組みを紹介した。同会議は2050年を見据え、国内の有識者が集い、今後の技術の発展を踏まえながら、実現すべき未来像と解決すべき課題、その解決方法を構想する活動で、2017年からスタートした。「2050年の価値観は多様性を認めること。人がつながり、共鳴することが幸福な社会につながるのではといった議論を進めています」。その幸福の感じ方も単一ではない。お互いが共感、共鳴し合える社会に向けて何ができるのか議論していくという。
そして、データ利活用プラットフォーム「FIWARE」(ファイウェア)を活用したスマートシティの取り組みを説明。このプラットフォームで効率的にデータを利活用することで、行政サービスのベストプラクティスを他の都市が共有できる利点があるという。街中監視センターを構築したアルゼンチン・ティグレ市の事例では、画像解析によって、犯罪の発生を減らすことに成功した。「その結果、観光客が大幅に増加しました。デジタルの力は、魅力ある街づくりに貢献することができます」と力説した。
最後に、今回のモデレーターを務める、大阪を中心に活動するフィラメント社 CSO、LinkedIn日本代表の村上 臣氏が、デジタルで社会は豊かになるのかというテーマに対し、「もちろん、豊かになる」と断言。その豊かさは、「社会、コミュニティが多様化するなか、豊かさの正解は一つではない。コミュニティが決めることになります」と述べた。
テクノロジーで見える化、街づくりに活かす
続くディスカッションのテーマは「増え続けるインバウンドと共生するアイデア」。観光が重要な経済活動になる一方、旅行者の満足度と地域住民の生活の質の両立など、さまざまな課題が持ち上がっている。その課題解決手段の一つとして「IoTの活用が期待されています。世界中から観光客が集まるバルセロナの状況は」との村上氏の問いかけに対し、長井氏はバルセロナ市が街のゴミ箱に取り付けたセンサーを紹介。街中に観光客がいるので、一晩でゴミ箱があふれる場所もあるが、なかにはゴミの量が少ない場所もある。そこで、「センサーを取り付けてゴミが大量に溜まっている場所だけ回収することで作業を効率化するとともに、街を清潔に保てるようにしています」と話した。
榎本はインバウンドと地域の取り組みとして、NECの顔認証技術を用いた和歌山県南紀白浜の「IoTおもてなし実証」を紹介。南紀白浜空港で顔認証とクレジットカードなどの情報を登録することにより、その後は「一つの共通IDで南紀白浜のホテルや商業施設を利用でき、観光客に利便性の高いユーザー体験を提供します」と続けた。
「海外ではセンサーなどのデータを活用し、事前に予測を立てて施策を講じる例もあります」と話すのは下條氏。インバウンドの増加を予測して駐車場を設けるのもその一例で、データが蓄積されることで徐々に街づくりの効果が出てくると見ている。そして、観光客と地域住民との関りを深める上で、先述した「隣組2.0」の効果を挙げる。センシング情報などを活用して近隣の人の顔が分かれば、新たなコミュニティが生まれる可能性があるからだ。
地域の人とのつながりについて、嶋田氏は、モビリティの実証実験で商店街を走行した際のエピソードを紹介する。走行前に店の人にタブレット端末を渡して走行情報を提供、近くを通過すると店の人が通りに出てきて新たなコミュニケーションが生まれるので楽しいという。「定性的な効果を測るのは難しいが、街づくりもロジカルなデータだけでなく、笑顔や楽しさなども考慮する必要があります」と語る。
データ利活用で必須となる透明性と説明責任
最後に、データ利活用において指摘されるプライバシーの問題について意見を交わした。村上氏は中国とEUの状況について言及。中国は国策としてデータ活用を積極的に進め、AIの研究にも力を入れる。また、EUはGDPR(一般データ保護規則)で個人のデータ保護を強化している。「データ活用で便利になるのはいいが、説明責任が必要になる。AIについても、どうしてそう判断したのかプロセスの透明性が求められます」と指摘した。
この指摘に対し、榎本は2019年4月に発表した「NECグループ AIと人権に関するポリシー」について解説。AIや生体情報などのデータ利活用時においてプライバシーへの配慮、人権尊重を最優先にして事業を推進する。ネットショッピングなどでAIの情報が提示されることもあるが、「あくまでも意思決定の主体は人であることが大事になると考えています」と述べた。
長井氏は自治体が保有するオープンデータの活用について「市民の財産なので、何に使うのかきちんと市民に説明することが重要」、段階を踏みながら進めることで、データ活用の効果を市民が実感、理解することが大切になるという。さらに、下條氏はデータ活用とプライバシーの問題について、対話などを通じてゆるやかなコンセンサスを得ながら物事を進める「日本流の進め方がある」と指摘し、村上氏も巨大プラットフォーマーのGAFAには難しいと賛同した。
村上氏はセンサーデータなどを分析することで、住みよい街づくりに向けた課題を解決できると見ている。「どういう形で自分たちのデータが使われているのか理解するとともに、データを扱う官民がきちんと説明することで、豊かな街づくりが可能です」と締めくくった。
「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとする2025大阪・関西万博を機に、これから豊かな街づくりの議論がさらに活発化することを期待したい。