生体認証は入退管理だけにあらず!
大和ハウス工業とNECのビジネス共創に見る真の価値と可能性とは?
少子高齢化が進む中、建設業界では労働者/技術者不足が深刻化しており、生き残りをかけた変革が求められている。こうした中、大和ハウス工業はNECとビジネス共創を進め、生体認証を活用した「オフィス」や「施工現場」のデジタル化を推進してきた。両社は何を目指し、生体認証を軸に何を実現しようとしているのか。さらに将来的には、生体認証の進化はどんな社会をもたらすのか。大和ハウス工業とNECのキーパーソンたちに話を聞いた。
- ※ 本コンテンツは、NEC Visionary Week 2023 DXによる価値創造 ~生体認証でつながる新たな社会像~を基に、再編集を加えたものです
デジタルは将来の夢を実現するための基盤
大和ハウス工業の創業は1955年。住宅やマンション・アパート、商業建築、事業施設など、「住」の領域で幅広く事業を展開し、今ではグループ従業員数5万人、年商4兆9千億円を数える建設業界のリーディングカンパニーに成長した。
「『生きる喜びを未来の景色に』というのが当社のパーパス(将来の夢)であり、その実現に向けた3つのアクションの1つが『デジタルによるリアルの革新』です」と語るのは、同社の松山 竜蔵氏だ。つまり同社にとってデジタルは「パーパスや経営方針を実現するための基盤」と位置付けられているわけだ。
生体認証を活用してオフィスと施工現場をデジタル化
こうした考えに基づいて、同社はNECとのビジネス共創のもとDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速している。その中核を担うのが、NECの生体認証システムだ。
現在、NECは「生体認証を活用したDigital IDで、複数のサービスをつなぎ、今までにない体験を作る」というビジョンを掲げている。これに基づき、両社は2021年に共創をスタート。「企業Digital ID」と「事業Digital ID」という2つの軸で、価値創出のシナリオや活用シーンについての議論を重ねてきた。
「企業Digital IDは、安全・安心・快適なオフィス環境の実現や、工場でのイノベーション創出を目指す取り組み。一方、事業Digital IDは、各事業領域で今までにない顧客サービスを創造し、利用者に新しい価値を提供することを目指しています」とNECの清水 一寿は語る。既に大和ハウス工業でも、この2つのDigital IDの活用が進められている。ここでは主に企業Digital IDの活用について紹介したい。
この代表例とも言えるのが「オフィスのデジタル化」だ。既に大阪本社の1Fに顔認証システムを活用したセキュリティゲートを設置。社内の重要エリアには、なりすまし防止の対策を搭載し、セキュリティ性の高い空間を実現している。
「今回、大阪本社ビルへ顔認証を導入した理由は、セキュリティ強化だけではありません。デジタルの新しい価値を社員に体感してもらい、新しい発想を生み出すきっかけとしてもらうことも重要な目的でした」と松山氏は打ち明ける。
今回の導入で、重要なキーワードとなったのが「生体認証のクラウド化」だ。「顔認証システムには、事業所ごとにローカルでデータを管理する仕組みのものが多いのですが、この方法だと、データを常に最新の状態に維持するのが難しい。しかし、今回のシステムは、クラウド上で顔認証にアクセスしながらゲートを開閉する仕組みなので、クラウド上のデータさえ更新すれば、全国どこでも最新のデータを使うことができます」(松山氏)。
顔認証のデータを事業所ごとに管理していては、転勤や出向のたびに、前のオフィスに入退できなくなってしまう。また本社と支社、事業所間に壁ができやすくなる。「クラウドや顔認証を活用することで、法人や組織の間に横たわる壁を打破し、文化を変えることに貢献できればと考えています」と松山氏は先を見据える。
「施工現場のデジタル化」もこれまでの課題解決に向けて、期待を集める領域だ。現在、建設の施工現場では、働き方改革や労働力不足の問題に対応するため、さらなる業務効率化と安全性向上が求められている。これを実現すべく、大和ハウス工業とNECは、顔認証と映像分析を活用した2つの取り組みを推進している。
1つが「顔認証による業務効率化」だ。「施工現場には毎日のように、現場監督や職人など多くの人が訪れます。その入退管理も、これまでは手書きで行われており、業務効率や安全管理などの面で、さまざまな課題があるのが実情でした。そこで、顔認証とGPSを組み合わせ、スマートフォンで入退を管理する仕組みを導入。これにより、施工現場の業務効率化と安全性向上を実現することができました」(清水)。
もう1つは、「映像技術を活用した安全性向上」である。大和ハウス工業では、年間を通じて多数の現場の施工を行っているが、従来は現場監督が各現場を巡回して安全管理を行っており、人手不足によるさまざまな課題が顕在化していた。
そこで同社は、戸建て住宅での全現場にカメラを設置し、現場の状況を本社からリモートで管理する、遠隔映像集中管理(スマートコントロールセンター)の仕組みを導入。これにより、現場の状況を見える化し、安全管理を効率的に行うことが可能となった。将来的には、AIによる映像検知なども活用して、作業工程における問題の早期発見や事故予防につなげ、さらなる安全性や生産性の向上を図る考えだ。
とはいえ、単に仕組みを整えるだけでは、持続的な事業成長は難しい。オフィスや施工現場のデジタル化を支える「DX人材をどう確保するか」という点も大きな課題だ。「そこで、我々はDX人材の育成にもフォーカスしています。大和ハウス様と共創して、20日間程度の短期集中型プログラムを作り、デジタル化をリードするキーマンの育成にも努めているところです」(清水)。
生体認証を共通IDに複数の場所やサービスで一貫した体験を提供
大和ハウス工業の例でもわかるように、生体認証の価値は入退出だけにとどまらない。生体認証を活用した共通のIDを活用すれば、複数の場所やサービスで一貫した体験を提供できる、とNECの今岡 仁は説く。
「コロナが終息してリアルな世界への回帰が進み、これからは生体認証がさらなる発展を遂げると考えています。生体認証を活用すれば、オフィスや買い物など、生活に関わるさまざまな場面をシームレスにつなげることが可能になります。鉄道や空港、ホテル、家、車など、全てがセキュアな形でつながり、個人に合ったサービスがどこでも受けられるようになるでしょう。
例えば自家用車なら、今は座る人の身長に合わせて、座席やバックミラーの位置を調整していますが、生体認証を活用すれば、家族一人ひとりのサイズに合った位置に自動調整できるようになる。このパーソナライズこそが、生体認証が次に目指す世界です」。
仮に、オフィス全体を顔認証でシームレスに連携させれば、エントランスやフロア、会議室の入退から、カフェや自販機の決済、ロッカーへの預け入れ、シングルサインオンに至るまで、ありとあらゆるものが顔認証で行えるようになる。「そうなれば、セキュリティを担保しつつ、社内外の垣根を感じさせないストレスフリーな環境を実現し、多様な人材が結集して、より自由でスピーディーなコラボレーションが行えるようになるはずです」と今岡は言う。
今後はマルチモーダル生体認証とゲートレス生体認証が主軸に
こうした世界の実現に向け、NECでは生体認証技術のさらなる進化も加速させている。その1つが、NECが2022年に製品化した「顔・虹彩マルチモーダル生体認証ソリューション」だ。これは、NECの世界No.1(※1、2)の顔認証技術と虹彩認証技術を組み合せた、世界初の生体認証ソリューション。カメラに顔を向けるだけで、スピーディーに顔と虹彩の認証が行われ、誤認証率100億分の1以下という高精度で認証を行うことができる。
もう1つは、同じく2022年にNECが開発した「ゲートレス生体認証システム」だ。これは、NECの顔認証技術と人物照合技術を組み合わせることで、セキュリティゲートがなくとも個人を特定・識別できるようにした、次世代の生体認証システムである。
このシステムでは、服装の特徴で照合する人物照合技術と、動きの特徴で識別する技術を併用することにより、リアルタイムに多人数の識別を実現する。この技術を使えば、大勢の人出でにぎわうテーマパークでも、ゲート通過待ちによる混雑を緩和し、来場者にストレスを与えることなくセキュリティチェックを行うことができる。
「このゲートレス生体認証システムは、今、さまざまな場所で実証実験を行っています。顔・虹彩マルチモーダル生体認証が実現する、よりセキュアな世界と、ゲートレス生体認証システムによる、比較的ゆるやかな認証。この2つが、今後の生体認証の主軸になっていくと考えています」(今岡)。
生体認証で実現する次世代の工場/マンション/複合ビル
こうした生体認証技術の進化を背景として、今後はさまざまな分野での活用が広がっていくことが予想される。ここでは3つの将来像を紹介したい。
1つ目は、従業員が働きたいと思える「次世代工場」の実現だ。例えば、マイカー通勤している社員の入退チェックを、顔認証や従業員ID、ナンバープレートによる多要素認証で行えば、乗車したままスムーズに入退管理を行うことができる。仮にこれを複数工場へ展開すれば、これまでそれぞれの工場で行っていた入退場カードの運用からも解放される。
もちろん入退管理だけではない。工場内の危険エリアへの立ち入りが発生したとき、アラートを出すと同時に、生産設備も制御できれば、人命にかかわる事故を防ぎ、工場の安全性を高めることが可能だ。さらに映像分析と組み合わせ、「誰がいつ、何を、どうやって作ったか」という生産工程の状況を見える化すれば、非熟練者を見極めて指導したり、無資格者の検査を防止したりと、作業管理の質を向上させ、工場全体の品質レベルも高められるだろう。
2つ目は、居住者に暮らしやすい住空間を提供する「次世代マンション」だ。顔認証を使えば、「なくさない」「おとさない」「わたさない」鍵の運用により、安全・安心・便利な住生活環境と運営面での業務効率化を実現できる。
もし大きな荷物を持っていても、煩わしい鍵の出し入れすることなく、タッチレスで出入りできる。また、小さな子どもに鍵を持たせなくても良くなるため、紛失のリスクもなくなる。「居住者の不在中に親御さんが家を訪ねてくるような場合でも、事前にワンタイムで顔認証のパスワードIDを発行しておけば、鍵の貸し借りをしなくても入退室ができます」(清水)。
さらに事前登録をしておけば、宅配便や介護サービスといった訪問サービスを安心して利用できる仕組みも実現する。入室できる範囲をアプリで簡単に設定できる上、記録に残るため防犯上も安心だ。さまざまな事業者とパートナーシップを組めば、居住者が「住んでよかった」と思える新しいデジタルサービスを作り出すことも可能だ。
3つ目は、利用者が集いたくなる場所を提供する「次世代複合ビルディング」だ。最近は商業施設やオフィス、ホテル、住宅など、さまざまなテナントが入居する複合型ビルが増えている。こうしたビルでは、利用者ごとにニーズもさまざまだ。そこで、あらかじめ「どのサービスを受けるか」を決め、顔認証で入退をコントロールすれば、セキュリティを担保しつつ、ビルの利便性や満足度を高めることができる。これを地域に広げていけば、他のビルや地域全体とつなぎ、居心地のよいバーチャルなまちに発展させていくことも可能だ。
「ポイントの一つは、利用者がどのサービスを使い、あるいは使わないのかを自分で選べること。蓄積されたデータを活用し、利用者の趣味嗜好に合わせたパーソナライズな顧客体験を提供していけば、ビルのサービス価値をさらに高めていくこともできます。ここまでいけば、Digital IDもその真価を発揮できるのではないか。私たちが考える究極形の1つだと思っています」(清水)。
ただし、こうした世界はさまざまな事業者との共創なくして、切り拓くことはできない。デジタルとなると、どうしてもテクノロジーの話になりがちだが、肝心なのはデジタルの力を使って、人が中心となった、人が豊かになれるような世界を実現していくこと。そのために、NECは今後も大和ハウス工業をはじめ、多くの企業・組織と共創し、ワクワクする未来をつくっていく考えだ。
-
※1
プレスリリース:米国国立標準技術研究所(NIST)による顔認証ベンチマークテストでこれまでにNo.1を複数回獲得
https://jpn.nec.com/biometrics/face/history.html -
※2
プレスリリース:NEC、顔認証に続き虹彩認証でも米国国立機関による精度評価で第1位を獲得し、2冠を達成
https://jpn.nec.com/press/202109/20210902_01.html- ※ NISTによる評価結果は米国政府による特定のシステム、製品、サービス、企業を推奨するものではありません。