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SMBCグループとNECに学ぶ
データドリブン経営の実現と定着の方法論

 データに基づく予測や分析を基に、高度な意思決定を行う「データドリブン経営」の注目が高まっている。とはいえ、一朝一夕に実現するものではない。その実現にはデータやインフラの整備、人材育成などさまざまなハードルが立ちはだかっているからだ。三井住友フィナンシャルグループとNECはそのハードルを乗り越え、企業文化の変革を進めている。データドリブン経営の実現と定着に欠かせないポイントとは何か――。データドリブン経営をけん引する三井住友フィナンシャルグループとNECのキーパーソンに話を聞いた。

SPEAKER 話し手

株式会社三井住友フィナンシャルグループ

青木 伸夫氏

データマネジメント部長

NEC

天野 昌彦

データ&アナリティクス統括部 統括部長

宮澤 崇
(ファシリテーター)

テクノロジーコンサルティング統括部 ディレクター

データドリブン経営に向けたデータの整備と見える化

宮澤(NEC):今日は、データドリブン経営の実現と定着に欠かせないポイントについて探っていきたいと思います。その前に、まずは両社のデータドリブン経営の現状について教えてください。

青木氏(三井住友フィナンシャルグループ):三井住友フィナンシャルグループは三井住友銀行をはじめとするSMBCグループの中核会社です。法令を遵守しつつ、法人・個人の膨大なデータを活用すれば、お客様価値の最大化につながる。この考えのもと、データドリブン経営を推進しています。

 2016年に、現在私が部長を務めるデータマネジメント部が立ち上がり、その取り組みを本格的にスタートさせました。

 最初はDWH(データウェアハウス)の整備や重要データの取り扱いに関する基本方針を制定し、その後、分析ツールの導入やデータ利活用研修を進め、海外にもデータガバナンス組織を設置しました。ツールの1つとして、データ分析プラットフォーム「dotData」も活用しています。

 現在はグループ全体のデータ整備や利活用促進、ガバナンス強化に取り組み、生成AIの活用も始めました。その中で、個人向け金融サービス「Olive」をはじめとする注力ビジネスのデータ活用に力を入れています。

株式会社三井住友フィナンシャルグループ
データマネジメント部長
青木 伸夫氏

天野(NEC):NECは経営層から社員まで「同じデータでファクトに向き合う」という方針のもと、データを起点に未来志向のアクションを考え、ビジネススピードを最大化させる取り組みを進めています。そのために全社データを集約した経営管理基盤を構築しました。

 全社のデータやそれを活用した予測・分析結果はダッシュボードで確認できます。この情報は経営層から現場の社員まで閲覧可能です。管理職は現場からの報告を待たず、データを見てクイックに指示を出す。現場の社員も同じデータを見られるので、指示待ちではなく先を見越して能動的に動く。そんなふうに働き方も変わってきました。

 ダッシュボードの情報が90種類以上に増えたので、その中から経営にとって重要なもののみを掲載する「経営コックピット」の提供を開始しました。ここでAIによるサマリーや業績予測も見られます。

NEC
データ&アナリティクス統括部 統括部長
天野 昌彦

データ利活用で「何ができるか」を実感してもらう

宮澤:取り組みには経営層のコミットメントがキモになりますね。

青木氏:その通りです。SMBCグループのデータドリブン経営の第一歩は、ビッグデータの期待が盛り上がりを見せていた2010年ごろ。そのころからインフラ整備などを進め、現在のデータマネジメント部につながっています。先行投資に対して、もともと経営層の理解があった。これは非常に追い風になりました。

天野:「データ利活用はどういうものなのか」「どんなことができるのか」は実際に見てみないと理解してもらうことは容易ではありません。そこでNECの場合はCxOを味方につける戦略を採りました。部内からCxO支援担当をアサインし、経営ダッシュボードを整備したのです。それを会議やさまざまな場面で活用してもらいました。まず「データを可視化することがいかに有用なのか」を実感してもらうことに努めたわけです。

宮澤:実感してもらうことが大切ということですね。一方で事業部門の巻き込みも大事です。現場のデータ利活用はどのように支援していますか。

天野:データ利活用にはいくつかの壁があります。まず直面するのが「意識の壁」。「なぜやるのか」という疑問や反発が上がってきます。意識改革セッションなどを実施して変革意識を醸成していきました(図1)。

 データ利活用に着手しても、今度は「継続の壁」に直面します。本業が忙しくて、データ利活用がスタックしてしまうのです。そういう時は当部のメンバーが各領域にPMOとして入り、サポートします。壁にぶつかったら、その課題をとらえ、適切にサポートすることが大切です。

全社横断でのデータ利活用を推進すると、さまざまな壁に直面する。壁を乗り越えるためには、課題に応じた適切な施策が必要だ。専門組織による継続的な支援が欠かせない

青木氏:実務レベルでの成功体験をつくることも大切です。頭で理解するだけでなく、「こんなことができる」「仕事がこう変わる」ということを実感できれば、使ってみようという気持ちに火が付くからです。

 私たちは、多くのデータがあって成果が出やすい個人向けビジネスに焦点を当て、まずは小さな成功体験づくりから始めました。それまでの商品提案は、担当者の経験やお客様のセグメントを基に作成した推奨先リストで行っていました。この推奨先リストの作成にAIとデータを活用したのです。

 これによって取りこぼしていた潜在ニーズを掘り起こし、成約確率に応じた営業の優先順位付けが可能になりました。お客様のニーズにマッチした商品を提案し、成約率も上がる。この成功体験がきっかけとなり、現場の意識が変わっていきました。運用が定着した今は、従来に比べ成約率が約2.5倍も向上しています。

コンテストの開催で仲間を増やす

宮澤:お話をお伺いして、専門組織による伴走支援が欠かせないことがよくわかりました。組織とは、つまり人材です。その人材はどのように育成・強化しているのですか。

<ファシリテーター>
NEC
テクノロジーコンサルティング統括部 ディレクター
宮澤 崇

青木氏:高度な分析スキルを有する「データサイエンティスト」、実践的なデータ利活用でビジネス企画を遂行する「ビジネスデータプランナー」、全社員を対象とした「データリテラシー」という3つのカテゴリーに分けて人材育成を進めています(図2)。

求められる人材を3つのカテゴリーに分類した。データサイエンス研修、各種ツールの活用研修、データ分析コンテストなどの施策を実施し、役割に応じたスキル習得を支援している

 社内では研修やセミナーのほか、コンテストも実施しているのですが、このコンテストには2つの狙いがあります。スキルの底上げと人材の獲得です。実際にこれをきっかけにデータ分析に目覚めた職員もいますし、当部へ異動して即戦力として活躍している職員も複数人います。

 また、キャリア採用を進めるとともに、新卒者向けに「データサイエンスコース」という採用枠を新設しました。これは入社時に当部への配属を前提とした枠で、2024年度から1期生が配属されました。これらの取り組みの結果、当初数十人だったメンバーは約70人に増え、そのうち約20人がデータサイエンティストです。

 私たちの活動も次第に認知され、社内公募による当部への異動を希望する人も増えています。応募が増えて絞るのが大変なくらいです。

宮澤:それはうれしい悲鳴ですね。NECはどのような取り組みをしているのですか。

天野:データ&アナリティクス統括部の前身となる活動は私1人からスタートしました。さまざまな部門に声掛けしてアナリティクスに興味を持つ人材に集まってもらいました。データ&アナリティクス統括部が立ち上がった2022年度にはメンバーが17人になり、現在は50人以上います。

 人材面の取り組みは三井住友フィナンシャルグループ様と共通点が多いですね。私たちもキャリア採用を進め、新卒者の育成にも力を入れています。NECグループはプロフェッショナル人材の育成を目的とした「ジョブ型人材マネジメント」を2024年4月から導入しましたが、その職種の1つに「データマネジメントアナリティクス」を設置し、新卒者の人材育成を進めています。

事業部内に“伝道師”を育て、活用定着を支援する

宮澤:人材育成とともに、データドリブンな企業文化を根付かせることも重要になりますね。

青木氏:そこは特に重要なポイントとなります。当社ではデータサイエンティストによる事業部の常駐支援を行っています。高いデータリテラシーや分析スキルを有する“伝道師”を育成するためです。その人が事業部の活動をリードし、自分たちのニーズや課題解決のためのデータ利活用を推進していくのです。

 これと併せて、管理職向けの研修も行っています。上司としての適切な指示や人材配置に活かせる知識やナレッジの習得を支援します。データドリブンな企業文化が根付くだけでなく、データサイエンティストの業務理解も進み、双方に好影響をもたらしています。

天野:私たちも同様の取り組みを行っています。組織の中で変革マインドの強い変革者を見極め、関係者を巻き込みながら支援を推進するのです。この変革者は青木さんのおっしゃった“伝道師”のような存在ですね。変革者の想いを整理し、ロードマップや推進スキーム、その実施スケジュールを提案したり、課題対応や各種の施策も支援したりします。

 社内の横展開を加速するため、成功事例の発表会や組織横断の交流会なども行っています。

宮澤:両社とも活動の定着期に入っていますね。そこに至るまでにはさまざまな苦労があったと思います。特に大変だったことは何ですか。

青木氏:データ利活用の本質を理解してもらうことですね。データサイエンティストが分析結果を出すと、都合のいいところだけ“つまみ食い”して、都合の悪いものは判断材料から除外してしまう。そういうケースが多々ありました。新しい知見は、実は好ましくない結果から得られることが多い。地道に支援活動を続けることで、そのことが次第に理解されるようになりました。

天野:本質を理解してもらう大変さは私たちも痛感しています。もう1つ、別の観点から申し上げると、データの整備が大変でしたね。古かったり欠落があったりして品質に問題があると、分析結果の精度に影響するからです。利活用の大前提として、データ整備の重要性を理解してもらうように努めました。

宮澤:最後に今後の展望を教えてください。

青木氏:データを使ってもらうためには、何といっても成功体験を増やすことです。今後も人材育成と事業部支援を拡大し、AI活用も促進していきます。インフラの増強やガバナンス強化のためのルールづくりも進めていきます。

天野:今後の強化ポイントはダッシュボードの拡充です。現場の業務支援につながる情報をより充実させていきます。一部始めているAIによるインサイトや考察のプッシュ型発信を進化させ、次のアクションにつながる提案もできるようにしていきたい。

 生成AIに代表されるように、近年の技術進化には目を見張るものがあります。データドリブン経営のための環境は整っています。今こそ、一歩を踏み出し、チャレンジすべき時だと思います。