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研究技術をシリコンバレーで事業化、「NEC X」の”狙い”とは?

2018年07月23日

 ──NECが生まれ変わりつつある。

 そんな声が聞こえはじめたのが、2018年4月に行われた「dotData, Inc.」(ドットデータ、以下 dotData社)設立の記者発表だ。北米に設立されたdotData社は、NECデータサイエンス研究所の若きリーダー・藤巻 遼平が牽引する新会社だが、その立ち上げ方は従来の手法とは異なる。藤巻がNECで開発したAIのコア技術(予測分析自動化技術)を社外に持ち出し、社外の資本も取り入れ、ベンチャースタイルで一気に事業化するスタイルをとったのだ。

 こうした変化は序曲に過ぎず、今回NECが打ち出したのが、アメリカのシリコンバレーで新事業の創出を支援する新会社「NEC X」の設立だ。同社は、シリコンバレーの”ど真ん中”、カリフォルニア州サンタクララに社を構え、現地のスタートアップ・エコシステムと連携し、NECの技術を核にした新事業開発をスピーディに展開していく。

2018年6月20日に行われたNEC X設立の記者発表の様子。

現地エコシステムに入り込み、スタートアップと新事業を創る

 シリコンバレーには、事業アイデアを持つアントレプレナーがたくさんいる。彼らは技術的なアイデアを元に、ベンチャーキャピタル(投資会社)などを説得し、資金を得て、スタートアップ企業を興す。こうして起業したスタートアップ企業は、アクセラレーターなどの支援を受けて事業を加速し、ときにユニコーン(評価額10億ドル以上の未上場企業)と呼ばれる成功企業に成長する。これがシリコンバレーで展開しているエコシステムだ。

 シリコンバレーの環境に魅力を感じる日本企業は多い。近年では多数の企業が拠点を構え、ときにCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)などの投資会社を作り、優秀なスタートアップに投資している。成長の見込みがあれば提携し、製品を日本市場に売り込む。

 一方、NEC Xの事業は、こうした日本企業の動きとは一線を画す。シリコンバレーの技術や事業を取り込むだけではなく、NEC研究所の技術や人材を提供し、スタートアップ企業やベンチャーキャピタルと、オープンイノベーションによる新事業開発を行うのだ。

 さらにNEC Xは、シリコンバレーでも有数のアクセラレーターである「Singularity University」と提携し、「NECアクセラレータープログラム」を開始する。このプログラムで新事業開発を加速し、従来3年から5年かかっていた開発期間を最短1年にまで短縮する。

※Singularity Universityは、『シンギュラリティは近い』の著者レイ・カーツワイルと、『楽観主義者の未来予測』の著者ピーター・H・ディアマンディスによって2008年に創設されたベネフィット・コーポレーション。

NEC Xの取り組みの全体イメージ
「NEC アクセラレータープログラム」の流れ。プログラムを終え成功したスタートアップ企業は、NECの事業に組み入れられるのが主流だが、事業内容によっては独立させることも視野に入れている

 こうしたNEC Xの設立にはどのような狙いや背景があるのだろうか? 同社の取り組みへの理解を深めるため、NEC XのCEOである藤川 修(NEC執行役員 ビジネスイノベーションユニット担当)と、取締役の西原 基夫(NEC執行役員 中央研究所担当)に話を聞いた。

新事業開発の加速を狙った、”3年越し”のプロジェクト

NEC XのCEOに就任した、
NEC執⾏役員 ビジネスイノベーションユニット担当
藤川 修

──まずはNEC X立ち上げの経緯を教えてください。

藤川:
 NEC Xの構想を考えはじめたのは、2015年頃ですね。当時、私は事業イノベーション戦略本部という部署で、まさに新事業開発にたずさわっていました。シリコンバレーの事業開発のスピード感については聞いてはいましたが、やはり現地で体感しないと理解するのは難しい。そこでシリコンバレーのエコシステムに入り込む会社の必要性を役員会などで説明していました。研究所の協力も得られ、構想が本格的な検討の段階に進み、さらにSingularity Universityを含め外部から、さまざまなアドバイスをいただいたことで、今回の設立に結びつきました。

──NECの中央研究所はどのような理由で関わることに?

NECの研究所を統括する、
NEC 執⾏役員 中央研究所担当
⻄原 基夫

西原:
 ひとつにはdotData社の立ち上げが関係しています。一年半ほど前、同社を立ち上げることになる藤巻が、「事業開発のスピードが遅すぎて、このままだとマーケットで勝てない」と相談に来ました。だったら外に出て自分の会社を立ち上げたらどうだ?という話になり、藤川に相談に行きました。つまり、既存のやり方で社内に残ってやるよりも、あえて外に飛び出し、研究者自身がダイレクトにお客さまと技術を開発した方が早い、と考えたわけです。

 実はこれは藤巻だけの話ではありません。優秀な研究者というのは、自分たちが開発した技術を、自分の手で実用化し、お客さまに届けるところまでをやりたいタイプが多い。そういう場が必要だという議論が去年から研究所幹部の間で行われていました。こういった研究所の議論と、藤川たちの新会社設立の相談が時期的に合い、じゃあ一緒にやりましょうとなったのです。

藤川:
 社長の新野の意向もあります。新野が言うには、NECのNo.1、Only1の技術を社内のビジネスニーズだけで事業化し稼ぐのには限界がある、だったら外(社外)に出して売っていけないかと。こうした複数の軸が一致したので新会社を設立することになったのです。

──なぜ北米(シリコンバレー)だったのでしょう?

藤川:
 シリコンバレーは、ベンチャー企業やベンチャー企業に投資するベンチャーキャピタルが非常に多く集まり、膨大な額の資金が活発に動いています。さらに人材や資金が動いている中で、時代をリードする新しい事業が次々と生まれています。世界中の人が集まり、ダイバーシティも高い。そうした人や資金が集まり、新しいものが生まれやすい場所こそ、NEC Xがスタートする舞台としてふさわしいと思ったからです。

西原:
 私はイノベーションが起こっている場というのは、世界に何カ所かあると考えています。主な場所としては、北米とヨーロッパ、日本とイスラエル、そして中国が挙げられます。NECの研究所のポートフォリオでいうと、技術的に強いのは北米と日本とドイツです。この3つの場所の中から選ぶとすると、北米が良いのではないかと。ただ、研究所の立場でいうと、こういった活動はほかの研究所にも導入されるべきで、北米で成功した後は、研究所自体をNEC X風にトランスフォーメーションし、世界各地の研究所に横展開していこうと考えています。

”研究開発”のためか、”ビジネス”のためか

──NEC Xはシリコンバレーのエコシステムと連携するとのことですが、日本にもイノベーションを起こすためのエコシステムがあります。両者の違いはどこにあるのでしょう?

西原:
 NECは日本国内においても、産業技術総合研究所や理化学研究所、大学などとオープンイノベーションの形でさまざまな先進技術の開発を行っています。こうした取り組みでは、冠をかかげる研究所(冠ラボ)があり、そこに各所から人が集まり、職場を共にして、新しい技術を開発していています。これはある種イノベーションを起こすためのエコシステムだと言えます。

 ただ、こうした日本版エコシステムは“研究開発”の活動です。一方で、NEC Xが入り込もうとしているシリコンバレーのエコシステムは“ビジネス”の活動です。技術をマネタイズするために、ちゃんと投資をして、製品やサービスを世に送り出していく。その環境や人材の層の厚さが全然違います。優秀な研究者の多くがこだわるのは実用化の部分ですから、この違いはすごく大きいと思います。

──今回の取り組みの大きな特徴として、研究所の技術をオープンにすることが挙げられます。「オープンにする技術」の選定基準は?

西原:
 社外に出したときにより技術価値が高くて、資金も集めやすい、そういう技術を優先的に公開していこうと思います。今回、研究所の技術を「オープンにする」というのは、オープンにすることで、外の人(起業家)が興味を示し、ベンチャーキャピタリストなどが投資をしたくなるよう促すためです。事業開発の資金とたくさんのアイデアを得て、一緒に育てようというのが目的です。そういう事業モデルなので、外の人のニーズが高い技術から優先的に選んでいこうと考えています。

 それともうひとつ。研究所としては、ちょっとしたソリューションといったレベルではなく、ムーンショット(月面着陸のような偉業)を狙いたい。つまり、世の中を大きく変えてしまう可能性を持つ、そんな技術をあえて選びたいと考えます。

藤川:
 これまでのNECにありがちだったのが、製品の品質にこだわるあまり、世に出すまでにとても長い時間がかかってしまう上、出荷したら市場のニーズに合わず考えたほど売れなかったという状況です。これからはそんなことをしていたらマーケットで勝負していけません。

 NEC Xでは、「完璧ではないけれども、ひとまず動く」というレベルの技術も公開してこうと考えています。シリコンバレーには、革新的な技術を早い段階で試したがるアーリーアダプターがたくさんいます。つまり、「完璧なものでなくてもいいので、とにかく早く使ってみたい」という利用者が多い。NEC Xでは、そういう人たちと技術を試し、一緒に改善し育てていこうとしています。製品化を待たずして技術を公開していくというのは、理にかなった取り組みだと考えています。

NEC Xで公開される予定の研究所技術

──これまでのNECの事業開発の課題として「スピード・資金・人材」の不足を挙げられています。NEC Xではこれらをどう解決しようと?

藤川:
 スピードに関しては、現地になるべく権限委譲することで、シリコンバレーのスピードにまで上げていければと考えています。当初はスピード不足を体感すると思います。それで改革をする必要があれば、NECの中の仕組みも変えていこうと。逆に言うと、NECを変えるいい機会ですから、会社全体を変えるくらいの意気込みで取り組むつもりです。

 資金については、NECからも投資する価値があれば当然投資します。でも膨大な資金が必要になり、リスクを負いきれないとなれば、シェアして分散することもありえます。シリコンバレーには良い技術やアイデアに投資したい人はたくさんいます。投資をしてくれる人が多い技術やアイデアというのは、それだけ市場においても価値があるということです。投資家の判断も活用して、リスクの軽減につなげたいですね。

 もうひとつの人材については、社内からも「自分の力を試してみたい」という人があれば、挑戦できるような環境を作っていこうと。NEC内の人材リソースも有効に使えるのではと考えています。あと事業を進めていくうちに、シリコンバレーからも、NEC Xに入り一緒にやりたいという人が出てくると思います。そういう人材を我々のエコシステムの中に巻き込んでいくことで、人を増やしていければと考えています。

──これからどういったマインドを持った人と、NECの技術を活用したエコシステムを作り上げていきたいですか? パートナーとなりそうな人や企業に向けてメッセージをお願いします。

藤川:
 NEC Xの設立は、我々にとって大きなリスクをとった挑戦となります。ですから、チャレンジ精神を持つ人や、我々の想いに賛同し、課題や困難に対して共に乗り越えられる人や企業に手を挙げてもらいたいと考えています。

 シリコンバレーでは、投資家が最初に人を見るときに、事業アイデアや技術よりも、その人の意欲を見ると言われています。投資する側は、投資相手がどういった成果をあげていくかなんて、本当はわからないのです。その人の熱意を見て、「こいつなら問題を乗り越えていけるだろう」と判断できたら投資する。そういう熱意こそが、成功するためには大事だと言います。

 私たちも同じマインドを持っています。我々のスタンスに賛同し共感してくれる人、もしくは企業であれば歓迎します。一緒に新しいものをどんどん作っていきましょう。

西原:
 今回NECは、いろいろなソフトウェアのエンジンとなる技術を提供していきます。これを使ってどのような社会価値を生み出すのか。そのような観点で、とくにビジネス側のアーキテクト、技術側のアーキテクトに興味がある人や企業に集まってほしいですね。そういうタイプは実は研究所の中にもなかなかいません。そういう人たちに集まってもらって、我々のエンジンをフルに使って新しいものを作ってもらいたい。

 また、世の中を変えるようなすごい技術を生み出せる研究者は、どのプロジェクトや研究所でもリーダーになっており、起業家に近いタイプが多い。彼らのモチベーションは、(自分の力を発揮できる)場です。我々はそういう場を提供していきます。しかも参加してくれたら、きちんとインセンティブも渡しますし、ベネフィットシェアもしていきます。ぜひそういった起業家タイプの人たちに集まってもらい、NECのエコシステムを強くしていきたいですね。

NEC Xという溶鉱炉から、どのような”合金”が生まれてくるのか?

記者発表で挨拶をする、ビジネスイノベーションユニット エグゼクティブ・データ・エバンジェリスト Dr. PG Madhavan

NEC Xにはもうひとり重要なキーマンがいる。Chief Acceleration Officer (CXO)に就任したDr. PG Madhavan(ピージー・マドハヴァン)だ。マイクロソフトでの就業経験や、スタートアップの起業、コンピュータサイエンスの教授として教鞭をとった経験を持つ彼は、3つのキャリアを全て活かせる今回の就任について「”ikigai”(生きがい)を感じる」と表現している。彼が記者発表の挨拶で、NEC Xについて表現した言葉を最後に記したい。

「私はNEC Xを溶鉱炉だと見ています。ぐつぐつと煮え沸き立つ溶鉱炉の中に、研究所の知財や、投資家のビジネス感覚、アクセラレーターなどさまざまな成分を入れ、混ぜていく。その結果、非常に強固でユニークな合金ができあがります。それこそがNEC Xのスタートアップです」(Dr. PG Madhavan)。

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