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2019年03月22日

手造り志向だからこそ、IoTで酒造り
──いま、酒造業界に吹き始めた新しい風

 1999年をピークに、ゆるやかな右肩下がりが続く国内の酒消費量。いま酒造りの業界では、厳しい生き残りの戦いが続いている。そうした中で顕著になってきたのが、大手メーカーの量産酒と、小規模な生産者が手造りするクラフト酒との二極化だ。

量産酒とクラフト酒との二極化が進む

 大手が、効率的な生産技術、品質管理、物流管理などによって高品質・低コストを実現し、市場シェアを獲りに走れば、小規模な生産者は、酒造りの原点に返った手造り志向を強め、個性的な味で存在感をアピールする。そんな構図がはっきりしてきた。

 実際、クラフト酒の醸造所、蒸留所は急激に増えている。現在、300~400カ所といわれるクラフトビールの醸造所だが、2018年の1年間だけで新たに120もの事業者が製造免許を取得(国税庁「酒類等製造免許の新規取得者名等一覧」ビール、発泡酒合計 2018年12月分まで)。また、クラフトウイスキー、クラフトジンの蒸留所は、すでに全国46カ所にも達している(ウイスキー文化研究所調べ)。酒税法の改正で、参入のハードルが下がったとはいえ、クラフト酒を新規のビジネスチャンスと捉える事業者はこんなにも多い。

日本酒は、高付加価値化に活路

 一方、日本酒は、1990年代に2000以上あった事業者が、2016年には1400へと激減した。消費者の日本酒離れが原因だが、生産内容を見ると、昔に比べて、小さな蔵ほど「純米吟醸」「純米」といった「特定名称酒」の比率が高くなっている。中小の蔵が、量産向きの「普通酒」から、手造りで付加価値の高い「特定名称酒」へシフトしていることをうかがわせる。これもまた、クラフト化の流れだろう。

 ところで、現代の酒ビジネスにIoTの活用は欠かせない。大手では、生産から物流まで、着々とIoT活用による効率化が進んでいる。例えばアサヒビールのようにAIとビッグデータとを組み合わせた需要予測システムを構築。在庫水準の適正化や価格最適化に役立てる例まで出てきた。

 半面、小規模なクラフト生産者は、IoTと距離を置きがちだ。手造りというコンセプトとIoT化の概念が対極にあるように思われがちなことに加え、小規模事業者にとっては、システム投資、設備投資負担が重すぎるという事情もある。それでも、手探りでクラフト生産者ならではのIoT化を模索する事例が出てきている。以下に2つのケースをご紹介する。

昔と比較し、家族経営で営むような小さな酒蔵ほど「純米吟醸」「純米」といった「特定名称酒」の比率を高くしている

杜氏仕事の精度と自由度を上げる

 最大で1万1000リットルが仕込める大きな醸造タンクの中では、活発な麹の働きで醪(もろみ)が白く泡立っている。そこに垂らされた1本のケーブル。先端には温度センサーがあり、5分ごとに温度を測定。壁のモニターに数値やグラフが表示されるとともに、蔵内に設置したエッジゲートウェイを通して、クラウドサービスのAmazon Web Services(AWS)にデータが蓄積されていく──。

 茨城県古河市の青木酒造は、天保2年(1831年)の創業。主力銘柄の「御慶事(ごけいじ)」は、大正天皇ご成婚を祝って発売した酒というから歴史は古い。かつては、手ごろな価格の普通酒を造り、地域の人々に愛されてきた蔵だ。

1831年創業の青木酒造

 しかし、普通酒の売れ行きは徐々に鈍り、2013年、伝統的な南部杜氏の資格を持つ箭内和広氏を杜氏に迎え、特定名称酒の蔵へと転換を加速する。成果は、いきなり表れた。全国新酒鑑評会で、2013年度から4年連続の金賞を受賞。他にもいくつもの賞を獲得し、一気に日本酒好きが注目する蔵へと躍り出たのだ。

 同時並行で設備面も大きく更新した。洗米機を導入し、普通酒向けの連続蒸米機を廃止、麹室(こうじむろ)の設備を拡充するなど、杜氏仕事の精度と自由度を上げ、よりきめ細かな酒造りができる環境を整えてきた。醸造タンクの温度センサーもその一環として2年前に設置した。

 実際に蔵を見せてもらうと、大きなタンクに、たった1本のセンサーで大丈夫なのかと思わされるが、「麹の働きでタンクの中は常に動いています。だから、測定位置を固定して、どんな変化をするのかを見ていく方がいい。仮に10本のセンサーを設置しても、その平均値にはあまり意味がないんです。だいいち、10本もぶら下がっていたら作業できないですから」と箭内氏は笑う。

1万1000リットルの大きな醸造タンクでは、1本のケーブルの先についた温度センサーで5分ごとに温度を集計。この時の温度は10.5度。きれいな酒質を目指す低めの温度だ
説明してくれたのは杜氏の箭内氏。全国新酒鑑評会の連続金賞を受賞するなど箭内氏のつくる日本酒は高く評価されている。それでも「会心の出来はまだまだこれから」と、さらに美味しい酒造りを目指す

 日本酒造りの工程は、最初の蒸米から、最後の火入れまで温度管理の連続だ。特に管理が難しい麹の出来は、最も酒の出来を左右する。また、「低い温度でゆっくり発酵させ、きれいな酒質にする」という箭内氏のスタイルには、より厳密な醪の温度管理が必要だ。そのため、酒造り期間中は、杜氏をはじめ蔵人たちは、蔵に寝泊まりして、付きっきりで麹や醪の世話をする。センサー類は、いわばそのサポート役だ。

「いい酒は、人間にしか造れない」

 現在、青木酒造では、醸造タンクの温度のほか、製麹機の麹の温度・重量、麹室の温度・湿度、冷却ユニットの温度・水温・水量をセンサーで測定してデータ化。ほかに、分析室の振動式密度計で、アルコール度数、日本酒度を測定している。これによって、蔵の中の主要データが“見える化”され、「作業が円滑に進められるようになった」と箭内氏はいう。

麹室にあるモニター。麹室では、麹の温度・重量、麹室の温度・湿度などが集計されている

 では、クラウド上に蓄積されたデータは、どのように活用されるのだろうか。酒の出来が非常にいい時、逆にいまひとつの時に、データをトレースして原因を究明する、杜氏の技術を具体的なデータの形で伝承していく、といった構想はある。しかし、現在のところ、実際の活用までは至っていないという。

 ただ、1つはっきりしているのは、どんなにデータを蓄積し、活用しても、機械に酒を造らせるのではなく、酒は人間が造るもの。そのために、機械を使いこなし、判断材料を増やしていく、という考え方だ。

 「全部同じように造るのなら、機械にもできるでしょう。しかし、それでは特徴のない酒になる。今年よりさらにいいものは、人間にしか造れないんです。経験していないことは、機械にはできませんから」(箭内氏)

手軽に一元管理が導入できれば…

 もう1つ、青木酒造が抱えるIoTの課題は、事業所内の一元的なデータ管理だ。製造現場である「蔵」、ビン詰めや保管を行う「詰め場」、販売を管理する「売り場」の3部門でデータ共有ができていないという。各部門が酒の量を手書きで管理していて、それが微妙に食い違うことも少なくない。

 「酒税の関係で、量は厳密に管理しなければならないので、数字が食い違うと本当に苦労します。生産や営業も含めて一元的な情報管理ができればいいんですけど、うちのような家族経営の蔵は、なかなかシステム投資ができない。パソコンを扱える人材も少ない。日本酒の蔵は、どこも似たような状況だと思います」と、蔵元の長女で専務の青木知佐氏。

 ニーズと意欲はある。しかし、導入の体力とスキルが足りていないというのが実情だ。小規模な酒生産者向けに、コスト的にも、スキル的にも、負荷の少ない手軽なシステムが求められている。

看護師として働いていたが、家業を残したいと、酒造りの道に入った青木氏。明治に建てられた趣ある母屋では、酒の販売もこれまで手書き伝票で行われていたという。先日やっとタブレットでのレジシステムが導入された

シェアリングで、ビール樽のコストを圧縮

 増加するクラフトビールの醸造所を対象に、樽のシェアリングというユニークなビジネスを準備しているスタートアップ企業がある。東京・目黒区のBEST BEER JAPAN(以下、ベスト・ビア・ジャパン)だ。CEOのピーター・ローゼンバーグ氏は、浅草の人力車の車夫や「Tech in Asia」日本編集長を務めてきたユニークな経歴の持ち主。海外では、すでにビジネス化されている樽のシェアリングを、日本にも導入したいと2018年に起業した。

BEST BEER JAPAN(https://www.bestbeerjapan.com/)のCEO、ピーター・ローゼンバーグ氏。「ITで21世紀のビールをつくる」ことを目指している

 事業の構想は、こうだ──。

 現在、クラフトビールの醸造所は、バーやレストランから注文があると、ビールを樽に詰めて出荷する。注文した飲食店は、樽が空になると、醸造所へ返送する。飲食店は往復の運賃を負担する必要があるし、醸造所は出荷用のストックと客先に行っているものとで、かなりの数の樽を保有することになる。しかも、繁忙期に合わせた数が必要だ。

 ベスト・ビア・ジャパンのビジネスモデルは、自社で樽を保有し、必要に応じて醸造所に貸し出すというもの。醸造所は、注文状況に応じて樽を借り受け、ビールを詰めて飲食店に出荷。空になった樽は、ベスト・ビア・ジャパンが飲食店から回収する。醸造所は、樽の在庫を持つ必要がなく、飲食店が負担する運賃は片道だけで済む、というわけだ。

 すべての樽をQRコードとスマホで管理し、ローテーションを最適化することで、個別の醸造所が持つより、樽の総数は少なくて済む。ベスト・ビア・ジャパンから醸造所への配送は、樽の数をまとめることで、1樽当たりの運賃を圧縮。飲食店からの回収は、東京、大阪など、大都市エリアに限定することで、コストを抑えるという。まず東京で、今年5月のサービス開始を目指している。

ベスト・ビア・ジャパンの樽シェアリングのビジネスモデル
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現状の運賃コストは、1杯につき100円

 実際、クラフトビール醸造所で、ビール樽はどのように運用されているのだろうか。

 横浜ビールは、横浜の桜木町駅から徒歩数分のビル街に位置する、都会のど真ん中の醸造所。創業20年という、クラフトビールとしては老舗の醸造所で、中堅よりやや大きいくらいの規模だ。ビルの1階にある醸造室は、1000、2000リットルの醸造タンク計16本がフロアいっぱいに並ぶ。

横浜ビールでは、都会のど真ん中でクラフトビールを造り出す。醸造室には所狭しと設備が並ぶ

 同社は、飲食店の設置スペースや運送会社の制約から、飲食店向けには、主に10リットル樽を使用している。運賃は送り先によるが、片道1000円として、往復2000円程度。単純計算で、10リットル樽は500ミリリットルジョッキで20杯分だから、飲食店にとっては1杯につき100円の運賃コストになる。ビール本来の原料費より高いくらいだという。

 「クラフトビールを広めていくために、なるべく店で安く出してもらって、多くの人に飲んでほしいんですが、最近は運賃が上がってきて、むしろコストは増えています。うちは、まだ運送会社を使っていますが、同業他社には、自社配送に切り替えたところもあります」(横浜ビール)

 樽の保有コストの問題もある。10リットル樽そのものの価格は、1本1万円以上。ビールは季節による需要変動が大きく、夏の繁忙期には樽が不足し、毎年、少しずつ買い足すことになる。逆に、繁忙期以外は、樽が出払うことはなく、戻ってきた樽を保管しておく倉庫を借りている。クラフト醸造所にとって、樽をめぐるコストは決して小さくない。

課題は、インフラとしての信頼性

 樽を管理する手間も大きい。横浜ビールでは、樽の1本1本の管理はしているが、売上データなどと連携させることはない。クラフト醸造所の中には、出荷の際に飲食店から樽のデポジットをもらうところもあるが、横浜ビールでは徴収していない。徴収すると、樽の動きと、お金の出し入れとをリンクさせなければならないので、とても管理しきれないという。

 「シェアリングのメリットは非常に大きいと思います。不安要素を挙げれば、使用済み樽の洗浄を誰がどの段階で行うのかと、繁忙期の本当に必要な時に、確実に届けてもらえるのか、ということですね」(横浜ビール)

 樽シェアリングが、醸造所にとって、魅力的なサービスであることは間違いないようだ。あとは、実際のサービスを立ち上げ、インフラとしての信頼性をどう構築していくかにかかっている。

クラフトビールの普及には、樽の保有コスト、輸送コストが足かせになっている

クラフトビール市場が、急速に拡大する!?

 ベスト・ビア・ジャパンのピーター氏は、今後、日本のクラフトビール市場は、急速に成長すると予想する。

 「現在、クラフトビールは、ビール売上全体の1%未満ですが、毎年10.5%伸びています。酒税の見直しもあり、仮に米国並みの年20%の成長率になるとすれば、2026年には、流通に必要な樽が30万5000本。現在、流通しているのは7万本くらいですから、新規に23万本が必要です。我々は、3年後に5万5000本、最終的には12万本規模のシェアリングを目指しています」(ピーター氏)

 将来は、オーダーメイドでクラフトビールを提供する事業にまで広げたいというピーター氏。ビールに限らず、酒のクラフト化の流れに乗って、新たな仕組みが、新たな味わいを生み出すことに期待したい。

能勢 剛(のせ・たけし)氏

日経BP社『日経トレンディ』『日経おとなのOFF』など、市販3誌の編集長を経て、日経BPコンサルティングの取締役編集担当に。日経コンサルティング時代には、ANAやカード会社、金融機関などのプレミアム会員向け定期刊行物の制作を指揮。2016年に独立し、株式会社 コンセプトブルーを設立。趣味は、自転車、カヌー、パラグライダーなど。好物は、ウイスキー、ワイン、日本酒、ビール、紹興酒など、アルコールの入っているものなら何でも。現在も『日経トレンディ』などに寄稿中。

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