日本を変える「デザインの力」とは。未来を創造するための処方箋
企業経営からまちづくり、国家的イベントに至るまで、あらゆる分野で「デザイン」の視点を導入する動きが進んでいる。そんな中、最先端のメディアアートと産業・企業とのコラボレーションを展開し、ビジネスの分野でも存在感を増しつつあるのが、クリエイター集団・ライゾマティクスだ。時代の一大転換期を迎えた日本社会に、デザインはどのようなインパクトをもたらすのか。ライゾマティクス・アーキテクチャーの齋藤 精一氏に話を聞いた。
課題が解決されないまま、ただ時間だけが過ぎていく
世界の先陣を切って超高齢化社会に突き進む日本が、「課題先進国」といわれるようになって久しい。「課題先進国やSDGsのようなバズワードを使いたがるのは、日本人の特徴です。それでいて、テーマを決めると安心してしまい、課題解決に向けた実装がなかなか進まない。それが、課題先進国・日本の最大の“課題”ではないでしょうか」と、齋藤 精一氏は語る。
なぜ、有効な課題解決策をなかなか実装できないのか。最大の理由は「ステークホルダーの多さ」と「ビジョンの欠如」にあると齋藤氏は指摘する。例えば、地方で“移動難民”に向けたモビリティ・サービスのインフラ整備を進めようとすると、「初期投資に見合う収益が見込めない」という理由で企業の足並みがそろわず、計画自体が頓挫してしまう。
「企業の社会的責任は意識しつつも、収益性や目先の株価に左右され、革新的なサービスや新たな社会に向けた一歩に踏み出すことができない。残念ながらそれが多くの日本の産業界の現状ではないでしょうか」
一方、欧米を中心とした海外はどうなのだろうか。海外のグローバル企業は、日本企業以上に、株価や収益性を注視している。だが、日本企業と異なるのは、本社系の戦略部門が「ディスラプティブ系のイノベーションラボ(破壊的なイノベーションを探求する組織)」と連携しながら次世代技術の育成に本腰を入れ、収益性を追求する事業部門と両輪でビジネスを展開している点にあるという。
さらに言えば、英国政府が「2035年に純EV車以外の販売禁止」を打ち出したように、海外では行政が民間と歩調を合わせて、ラジカルな指針を打ち出す動きが目立つ。それも日本との大きな違いの1つだと齋藤氏は言う。
「ゼロから1を生み出す」ためには官民連携が重要
「日本でも、2025年の大阪万博を“未来社会の実験場”と位置付けていますが、なかなか投資が集まらないという悩みがあります。一方、海外では、社会的意義のあるイノベーションに対しては、財団やエンジェル投資家などが積極的に資金を投入します。ビジネス一辺倒ではなく、短期的なビジネスの収益性を追いつつも、中長期的な視点で新しい分野に果敢に挑戦できるスキームが、海外にはあると感じています」
日本企業が今後も繁栄を享受していくためには、「未来」に向け、中長期的な観点でイノベーションの芽を育て、「ゼロから1を生み出す」必要がある。とはいえ、それを一企業が単独でやり遂げるのは容易ではない。また、海外の真似をしようとしても、それが文化として根付かなければ、上手くいかない。
長期的な視点で山積する課題を解決するには、何が必要なのか。それは「各社が保有技術を持ち寄り、行政と一体となって課題解決に取り組むこと」だと齋藤氏は言う。
そのモデルケースともいえるのが、インド政府が進めている「インディア・スタック」だ。従来、インドでは身分証明書を持たない人が多く、政府が農業などの補助金を交付しようとしても、本人確認ができないまま、仲介者に横取りされる事件が多発していた。
そこで、インド政府は国民識別番号を発行し、NECからの技術提供を受けて、生体認証を活用した本人確認の仕組みを導入。送金時のセキュリティを担保し、財源をインド全土に行き渡らせるためのインフラ構築を進めた。既にインドの人口13億人のうち12億人が、このシステムの恩恵にあずかっているという。
「インディア・スタックの駆動エンジンとしての役割を果たしたのが、インドの某有名企業の創業者でした。『技術やアイデアを持っている奴は、みんな集まれ』という機運の中で、地方行政がインセンティブを設け、民間企業が横串を刺して総力戦を展開したわけです。このように、新しいサービスを社会実装する時は、行政と民間が課題感を共有しながら、一体となって取り組みを進めた方がいい。ところが、今の日本では、『行政が大きな絵を描いて民間がそれに乗る』という、かつての高度経済成長期のような連携の仕組みをなかなか作れない。これも、『ゼロから1を生み出す(かつ育てる)』ことがなかなかできない理由の1つです」
デザイン思考によって真の課題を掘り起こしていく
こうした中、近年注目されているのが、「デザイン」の活用である。ここでいう「デザイン」とは「モノのデザイン」ではなく、ユーザ視点で課題を解決し、仕組みや枠組みを作る「コトのデザイン」のことだ。
「多様な考え方や哲学を束ねるために、デザインは非常に有効です。散在している人の思いや考えを束ねて、映像や絵を描いたり、インタフェースを作ったりしながら、具体的な形を見せて、1つの方向に向かわせることができるからです。第四次産業革命の時代だからこそ、哲学や思考も含めたデザインが必要で、『僕らはこの時代にあって、こういう課題感を持ち、こういう風に動いていくんだ』という枠組みを作らないといけない。そのためにはデザインがわかる人を入れるか、もしくは必要なスキルセットを身につけることが重要だと考えています」
課題先進国といわれながらも、平和で豊かな今の日本は、個人個人の「課題感を持ちにくい時代」。だからこそ、デザインによって真の課題を掘り起こしていくことが大事、と齋藤氏は言う。
「デザインが得意とするのは、『見えないことを見えるようにする』ことです。まだ顕在化していない課題を見つけて1つのパッケージにし、多くの企業が参画できるようにすることが、デザインが果たすべき重要な役割の1つ。デザイン的な発想を持つ人間が、貧困や感染症などさまざまな問題に光を当て、企業が持つIP(Intellectual Property:知的財産)を再利用して、人を救うために役立てる。デザインの力を利用して、より一層SDGs的な考え方を実装していくことが、今は求められているのです」
もちろん、デザインの活用は、今に始まった話ではない。デザインとは本来「設計」を意味し、産業界ではさまざまな製品やシステム、都市の「設計」が行われてきた。
だが、齋藤氏の表現を借りれば、かつてのAI論や都市論は「ディストピア的(ユートピアの正反対の意味で暗黒社会)」であった。「このテクノロジーを使って何ができるのか」という技術優先の議論が先行し、「それで果たして人間は幸せになるのか」という視点が欠落しがちだったからだ。
しかし、時代は変わりつつある。「今は人間中心でデザインを考える、人間中心設計(Human Centered Design:HCD)が主流になっています。人を中心に据えた時、このテクノロジーや仕組みは本当に必要なのか。そのことを、もう一度因数分解して評価する時代が到来しつつある気がします」。
この人間中心設計の成否を握るのが、行動分析の材料となる「データの活用」だ。中国ではアリババが、政府のバックアップのもと、都市で収集したビッグデータとAIを活用して、杭州市を皮切りにスマートシティの建設を進めている。
「今はSDGsの観点が欠落したプロジェクトには、投資が集まらない時代。日本でも、収集したビッグデータを二次利用して、社会に還元することが求められる時代になりつつあります。そのためには、大きな絵を描いて官民を糾合するリーダーが必要で、明治の渋沢 栄一とまではいわないまでも、誰かが主導してやらなければなりません」
古い方程式にとらわれず、知識ゼロからスタートする
こうした考えのもと、齋藤氏率いるライゾマティクス・アーキテクチャーでは、さまざまな企業と共創を行ってきた。そうした数々の経験から、デザインの活用を成功させる法則がおぼろげながらわかってきた。それは「今までの仕事で培った方程式(常識)にとらわれないこと」だという。
とはいえ、長年の仕事を通じて培った方程式と、決別するのは容易ではない。そこで、齋藤氏はあの手この手で、発想の転換を促すという。
「今までの方程式を1回捨てようよ、と働きかけるわけです。例えばデベロッパーさんなら、『坪単価いくらで』『路面店が何坪で』という尺度を1回棄てて、ちがう方程式を一から作り直したほうがいい。そのためには、自社や自部門が持つIPや強みをいったん俎上に上げて、それらをつなぎ直してみることが重要です」
このように、まずは共創に向けて意識を共有した上で、ワークショップを実施。その日のテーマについて議論しながら、問題の根幹がどこにあるかをあぶり出していく。
例えば、テーマがスマートシティなら、議論はおのずと「デジタル技術を使えば、こんなこともあんなこともできる」という“近未来”の話が中心になる。ところが、「結局、僕らはこの技術で、どんな生活を作りたいんでしょうね」と問いかけると、話は生活者の視点に切り替わり、「子供が安心して暮らせる町がいい」「年を取ることをリスクにしたくない」「ムダなものがシェアできるといい」と、議論は一気に加速していく。
「企業人としての立場から議論すると、5年後、10年後の話をしながらも、どうしても利益分配や利害関係を意識した話になりがちですが、『まず、自分たちの幸せってそもそも何でしたっけ』という話をすると、皆さん『なるほど』という顔をされるわけです。スマートシティにせよAIやFinTechにせよ、『今、この部屋に集まっている自分たちの幸せは何であり、それに対して今何ができるのか』というミクロの話から始めると、物事は速く動き出す。自分たちがアクションできるレベルに話を落とすことで、当事者意識が生まれ、皆さんの目の色が変わってくるわけです」
共創を成功させるカギは「個人と個人との連携」
デザイン思考を用いて“北極星”の位置を見定めたとしても、さまざまなプレイヤーが持つ強みを融合させ、今までにない新しいものを生み出していくのは容易ではない。企業の利害関係や人間同士のせめぎあいを乗り越え、真の共創を実現するためには、何が必要なのか。
「1つは、強いリーダーの存在です。行政や業界団体、メディア、ナショナルイベントなど、誰かが旗振り役を務め、『我々はこういうものを作る』というビジョンを示す必要がある。その上で、各社の強みをもう1回紡ぎ合わせる必要があるのではないかと思います。そしてもう1つが企業の枠を超えること。共創でカギを握るのは、特定のスキルセットを持った、個人と個人の連携だと考えています。生活者の視点で当事者意識を生みだしていくこともそこにつながっていくのです」
破壊的なテクノロジーの台頭、気候変動、世界的なパンデミック――地球規模でパラダイムシフトが進行し、行く手には茫漠とした未知の領域が広がっている。先の見えない世界を解きほぐし、新たな未来像を再定義するためのアプローチこそが「デザイン」だと齋藤氏は解説する。
「行政や企業の方々には、デザイン思考やその実効性を理解して、積極的に採り入れていただきたい。一方デザイナーも、ビジネスやマネー、法律に対する理解を深め、『どうしたらコストを抑えてデザインを社会実装できるか』を真剣に考える必要がある。僕が思うに、これからのまちづくりに必要なのは、“トンチが利いた”ワクワク感。ただ難しい顔で大きな課題と向き合うだけでなく、発想を変え、ワクワクするような楽しさや未来を生み出すこと。今までになかった引き出しを開けること――それが、デザインの役割だと思うのです」