第一人者に訊く「withコロナ時代のイベント」はどう変わるのか
新型コロナウイルスの感染拡大にともなう緊急事態宣言の発令により、在宅ワークの普及が加速化している。それにともない、社会活動のあらゆる局面において「オンラインとリアルとの使い分け」が、新たなテーマとなりつつある。5Gの本格展開を間近に控え、withコロナ時代のイベントの在り方はどう変わっていくのか。終わりの見えないコロナ禍で、日本のデジタル革新(DX)はどう進んでいくのか。ライゾマティクス・アーキテクチャーの齋藤 精一氏に話を聞いた。
オンラインでは失われがちな「余白」の確保が重要に
メディアアート・広告・エンターテインメント・建築・都市開発・デザインなどさまざまな分野を領域横断しながら活動する株式会社ライゾマティクス。同社では外出自粛要請に先立ち、3月初旬にいち早く在宅ワークを導入。齋藤氏自身もテレワークを実施し、現在も週の半分は在宅で仕事を続けているという。
「以前はクライアントとの打ち合わせでも、『オンライン会議に対応できない』、『セキュリティに不安があるのでオンライン会議ツールは使いたくない』と、いろいろな理由でオンライン化が進まないのが実情でした。ところが、緊急事態宣言を機に行政や企業がトップも含めて一斉にオンラインで打ち合わせをするようになりました。ITに苦手意識がある人たちも、否応なしに外出自粛でテレワークせざるをえない状況に追い込まれたわけです。その意味で、今回の外出自粛はとても大きな意義があったと思います」
一方で、テレワークの広がりはさまざまな課題も浮き彫りにした。その1つに、齋藤氏は「余白の消失」を挙げる。
「参加者が顔を合わせるリアルな会議では、会議の前後に雑談を交わす『余白』の時間があると思います。会議終了後のエレベータの中で、『さっきの話、どう思う?』と何気ない会話を交わすうちに『実はちょっと相談があるんだ』と、具体的な案件が動き出すこともあります」。「余白」の時間は、新しいアイデアや共創を生み出すゆりかごでもあった。
ところが、オンライン会議ではツールへのログイン/ログアウトによってコミュニケーションが断ち切られるため、参加者同士が自由に交流する「余白」の時間が失われてしまうケースが多い。また、話者と聞き手が「1:n」の関係になりがちで、参加メンバーの温度感が伝わりづらいのもオンライン会議の弱点といえるだろう。
こうした問題を克服するため、齋藤氏はオンライン会議ツールと、SlackやLINE、Messengerなどのコミュニケーションツールを併用。「1:n」で会議をしながら必要に応じてその前後、あるいは会議中にチャットも行うことでコミュニケーションの「余白」を充実させるための工夫を積極的に行っているという。
今後は「オンライン」と「リアル」の融合が課題に
それだけではない。株式会社ライゾマティクスではステイホーム期間中、「余白のコミュニケーション」を作り出すための実験的なプロジェクトを立ち上げた。2週間という短い期間で開発したツール、Social Distancing Communication Platform(SDCP)の公開実験である。
緊急事態宣言のさなか、世の中ではオンライン飲み会がちょっとしたブームになった。だが、オンライン飲み会も「1:n」の関係になりがちで、誰かが司会役を務めないと会話が弾まないことも多い。
オンラインの環境下で、もっとリアル空間に近いコミュニケーションができないか──SDCPは、そんな問題意識から生まれた。SDCP上ではユーザが自分のアイコンを移動させると、自分に近い場所にいる人の音声は大きく聞こえ、相手との距離が遠ければ遠いほどその音声は小さくなる。あたかもパーティーやワークショップの会場にいるかのごとく、「ここではAについて、あそこではBについて話をしている」という状況が作り出されるわけだ。
4月3日にはオンラインイベント「Staying TOKYO」もスタートさせた。これは、ライゾマティクスが主催するトーク、ワークショップイベント「Flying Tokyo」のスピンアウト版。毎回、コンセプトに賛同したアーティストが遠隔で参加し、オンライン上でさまざまな表現活動を行うという実験的な試みだ。そのアカデミックなトークと音楽を組み合わせたハイブリッド感が受け、毎週金曜夜8時~11時のレギュラーイベントとして定着した。
同社はこうした実験を重ねることで、オンラインの活用に対する知見を蓄積。イベントの領域でも、「(1)オンラインで開催できるもの、(2)リアルで楽しむべきもの、(3)オンラインとリアルの両方を活用できるもの、という3つの可能性が体系化できた」と齋藤氏は言う。
オンラインイベントを成立させるための条件とは?
それでは、本格的なwithコロナ時代に突入した今、イベントのあり方はどう変わっていくのか。
オンラインイベントの最大の魅力は場所や人数の制限がなく、参加したい人は誰でも参加できるという点だ。条件さえ許せば数千万人単位の参加も可能で、多言語対応ができれば世界中から集客することができる。
「特に、トークセッションやアカデミックなディスカッション、社内イベントなどは、オンラインの方が圧倒的に集客率が高い。こうした分野のイベントは、オンライン中心に移行してもいいかもしれません」
とはいえ、課題もある。その1つが「マネタイズ」の問題だ。オンラインイベントはいわば実験段階にあり、立ち上げ当初はYouTubeのような無料サービスとして提供されることが多い。このため、「どのタイミングで、どの程度課金するか」という最適解を見つけるのが難しい、と齋藤氏は指摘する。
「例えば“バーチャルミュージアム”といって、美術館の展示を3DでスキャンしてVRで鑑賞する試みがありますが、一方で、『アートはやっぱり現場で観なきゃ』という声も根強いのです。ところが、リアルの展覧会を開催するとなると、感染予防のため定員を50%以下に抑える必要があり、チケット1枚当たりの金額を引き上げなければ成立しない。『今まで1枚1500円だった展覧会のチケットを、一体いくらで来場者に販売すればいいのか』と、事業者は頭を悩ませているわけです。この問題に対する正解はありませんが、例えば『リアルな展覧会のチケットは1枚5000円で買ってもらい、来場できない人たちには廉価版のVRコンテンツを観てもらう』というのも1つの方法です。オンラインの世界には、まだ誰も正解を知らない問題が山積みとなっているように思います。我々が先陣を切って実験し、最適解を見出したいと考えています」
今回のコロナ禍をきっかけとして、従来のイベントのあり方は根本から見直しを迫られることとなった。現在、同社には、企業や国、地方行政からの相談や依頼が急増しているという。
今後、オンラインとリアルとの融合はどのように進むのか。齋藤氏は次のように語る。
「従来、イベントの領域では、『リアルが主体でオンラインは廉価版』と考える傾向がありました。しかし今後はリアル主導型になるかオンライン主導型になるかは、イベントごとに変わってくるでしょう。そのカギを握るのは、『このイベントが体現する価値観をどう定義するか』ということです。アートやライブ、スポーツの価値とは何で、それをどう体験してもらいたいのか。価値観をしっかりと定義した上で、オンラインとリアルを併用していく。そうすることで、あわよくば世界80億人が参加できる、巨大なプラットフォームが誕生するかもしれません」
デザイン・シンキングからクリエイティブ・アクションへ
今後、5Gが本格的に普及すればデジタル技術を実装したプラットフォームの構築は一層加速するだろう。そんな中、今回のコロナ禍は日本のDXにどのような影響をもたらすのだろうか。
「今回の外出自粛をきっかけとして、デジタル革新に必要な条件が見えてきたように思います。中高年世代の管理職がオンライン会議への接続方法を知らない。5年に1度しか業務用のパソコンが支給されない、パソコン自体のスペックが低い――そんな身近にいくらでもある問題を克服しないかぎり、デジタル革新にはたどり着けないということが骨身に沁みたのではないでしょうか。それと同時に、新型コロナウイルスへの対応を通じて、『今の日本に何が足りないか』を目の当たりにすることとなりました。『なぜ、台湾のようにマスクの在庫情報を共有できなかったのか』、『なぜ、日本では企業の枠を超えたデータ共有ができないのか』という議論が起こり、課題が顕在化したわけです。とはいえ、知恵の輪を解く方法は見えています。それは、『顕在化した課題を解決するための仕組みをどう作りあげていくか』。そして『サービスを利用する側のITリテラシーをいかに上げていくか』ということです」
「これまで、日本ではスマートシティ構想の実装が思うように進まず、『笛吹けど踊らず』の感がありました。その理由としては、サービスの提供者と利用者、行政、3者の間にある、ITリテラシーのギャップに起因するところも大きかったのではないでしょうか。いくら大所高所から高い知見をもってデジタル革新を声高に叫んでも、身近なことによる実感がなければその必要性を多くの人は理解できません」と齋藤氏は指摘する。だが、皮肉なことに今回のコロナ禍は、在宅ワークを通じてデジタル人口を一気に増やす、という想定外の結果を生んだ。デジタルを敬遠していた世代がオンライン会議ツールを使いこなし、お年寄りが孫の顔見たさにさまざまなコミュニケーションツールを使い始めるという、かつてない状況が生まれたのである。
「身近なデジタル化は、やろうと思えばすぐできるんです」と齋藤氏。例えば、これまで実店舗で購入していた商品をネット通販で買ってみる。あるいは、飲食店で食べていた料理をネットやスマホから注文してみる。大事なことは「食わず嫌いをやめて、とりあえずトライしてみる」こと。それが日本全体のデジタル化を加速させるコツだという。
「『コロナ禍で、日本のデジタル革新は10年早回しされた』といわれます。今回顕在化した課題やニーズに対しては、行政も耳を傾け、対策を推進していただきたい。ただし、社会実装に当たっては行政主導ではなく民間主導で進め、それを行政が支援するという形をとったほうが絶対にうまくいく。いずれにせよ、デジタル革新を前に進めるためには官民連携や民民連携による共創は絶対に必要です。それをやらないかぎり、日本は世界との競争で全敗すると思います」
新型コロナウイルスの第二波到来が予想される中、一大スポーツイベントは2021年に延期され、2025年の大阪・関西万博への影響も懸念される。日本全体に閉塞感が漂う中、どうすればデザインの力で新たな未来像を再定義し、活路を見出すことができるのか。
「従来の方程式が通用しなくなった今、デザイン・シンキング(デザイン思考)の時代は終わり、焦点はクリエイティブ・アクション(創造的な実践)へと移りつつあります。今後5Gの導入が進めば、オンラインとオフラインの併用により、全く新しい可能性が開けてくる。皆さんが思うことを絵に描いて発信し続ければ、その中に必ず正解はあるはずです。誰かが正解をブリーフィングしてくれるのを待つのではなく自分から積極的に問題を見つけ出し、それに対する解決策を自ら考える。そのサイクルを回し続けることが、我々デザイナーに求められる圧倒的に重要な役割だと思っています」