地方創生現場を徹底取材「IT風土記」
富山発 寄り道先をアプリでレコメンド 市街地活性化の原動力に
Text:産経デジタル SankeiBiz編集部
持続可能なコンパクトシティの形成を推進する富山市で、交通や観光をテーマにスマートフォンのアプリを活用した実証実験が2020年1月に行われた。観光客、出張者、地元市民を対象に、商店や飲食店のイベントやサービス、交通機関の運行状況などの情報をリアルタイムに通知する。公共交通機関を活用して活発に市内を回遊してもらうという取り組みだ。路面電車やバスといった交通機関の積極的な活用を促し、中心市街地を活性化させることを狙っている。
SUMMARY サマリー
アプリと共に街歩き
富山は日本有数の豪雪地帯だ。日本海から吹く湿った季節風の影響を受け、例年1月は1カ月で約19日の降雪があるという。3日に2日は雪が降っている計算だ。この時期、富山市は平野部でも1メートルを超す積雪に見舞われるのが例年の風景。ところが今年は1月下旬に入った20日になっても積雪はゼロセンチ。富山の市街地に雪の痕跡は一つもなく、はるかに望む立山連峰が装いをしているだけだ。
「こんなに雪が降らないのは生まれて初めて。除雪の苦労もないので、楽は楽だけど…」と、市内に住む50代の女性は、いつもと違う街の風景にちょっと複雑な表情をみせていた。冬の風物詩である雪景色がみられないのは残念だが、街歩きをするには、足元の心配がなく好都合だ。
この日、行われたのは、市内のオススメの飲食店や商店、公共施設などの情報を発信し、回遊・消費を促す「地域MaaS」の実証実験だ。市内在住のシニア世代や市内を訪れた出張者を対象にアプリを搭載したスマホを貸与。実際に市内を街歩きしてもらい、その使い勝手などを調べる試みだ。参加者とともにスマホの貸与を受け、実際に街歩きをさせてもらった。
オススメのサービスをプッシュ通知
「地域MaaS」とはどんなアプリなのか。
トップページには、オススメの飲食店を紹介する「食べる・飲む」とショップや観光スポットなどを紹介する「観る・遊ぶ・買う」、公共交通機関のリアルタイムの運行状況を地図上に表示する「公共交通位置情報」、「レンタサイクル情報」などのアイコンが並び、タップすると、それぞれの情報を入手できるほか、現在位置からの交通ルートを教えてくれる。特にユニークなのは、施設や店舗が実施中の優待セールやサービスなどをプッシュ通知する機能があるところだ。
今回の街歩き実証実験での大まかなルールは公共交通機関かレンタルサイクルを最低1回は使用し、飲食店か観光スポットに立ち寄るというもの。事前に目的地をアプリに設定する必要がある。今回、観光がてら富山城と東岩瀬を入力して、街歩きをスタートした。
まずは、市内を循環する路面電車「セントラム」に乗り、富山城など市内を散策した。その後、富山駅に戻って、駅北側にある「富山ライトレール」で東岩瀬に向かった。岩瀬地区は古びた木造の建物が立ち並ぶエリア。富山の地酒・満寿泉の醸造蔵があるという。昭和初期にタイムスリップしたような気分で散策していると、スマホのプッシュ通知が鳴った。
「無濾過生搾りのお酒三種を無料で飲み比べできます」
アプリをみると、現在地からすぐ近くにある店からの通知だった。早速、立ち寄ってみると、当日、前日、前々日に絞られたお酒をそれぞれおちょこで1杯ずつ無料で試飲させてくれた。たった1日の違いでこんなに味わいが違うのかと驚くと、「醸造している樽によってそれぞれ味が変わってくるんです」と店主が教えてくれた。
ここは満寿泉を醸造する桝田酒造店が運営するお店で、有料でさまざまな日本酒を試飲できる。さらにお金を払って、別の地酒も試飲させてもらい、少々得した気分になった。
プッシュ通知では、市内の人気のラーメン店が味付け玉子をサービスしたり、国産ワインを希少な価格で提供したり、ランチに小皿を一品サービスしたりと、さまざまな情報が流れてきた。
コンパクトシティ推進のエンジンに
この実証実験は、ITを活用して、市民や観光客が利用する公共交通機関の利便性・回遊性を向上させることを目指しており、このアプリを利用すれば、公共交通機関のリアルタイムの運行状況がアプリで確認できる。停留所でバスや路面電車を待つ時間を少なくでき時間を有効活用できる。公共交通機関が今まで以上に利用しやすくなる。目的地の近くにどんな施設や店があるかも調べられる。目的地に行った「ついでにちょっと立ち寄ってみよう」と、寄り道先を探すのもカンタンだ。プッシュ通知の情報で思わぬ得をすることもありそうだ。
富山市がコンパクトシティ戦略を掲げてから13年が経過。日本初のLRT(次世代型路面電車システム)「富山ライトレール」の運行や市南部を運行する路面電車「富山地方鉄道」に環状線を復活させるなど市内の交通機関を拡充してきた。市民の利便性は向上し、路面電車市内線の1日当たりの利用者数は約1万3577人(2015年)と13年前に比べ約3000人も増加したという。
一方で、郊外型の商業施設の増加などで中心市街地の活性化は期待ほどには進んでいないのが実情だ。北陸新幹線の開通で、人の往来は増えたものの、富山市中心市街地活性化基本計画によると、中心市街地の人口は微減傾向が続き、中心市街地の小売店数も10年前に比べると減少傾向にある。
多くの市民にこのアプリを利用してもらうことで、公共交通機関の利用促進と中心市街地の賑わいの獲得という2つの課題の解決を目指している。さらに富山市では、このアプリにもう一つの効果を期待する。市が掲げる「健康都市」実現だ。富山市は、日常生活の中での「歩くライフスタイル」を推進し、将来市民が健康で幸福に暮らす活力ある都市の創造に取り組んでいる。このアプリを活用することによる「歩くライフスタイル」の定着にも期待を寄せている。
アプリ利用のカギを握るのは…
実証実験は数日間にわたって行われ、この日行われたシニア層や出張者以外にも大学生や勤労者を対象に実施された。
街歩き後、利用者に話を聞いてみると、「アプリの情報に出ていたお店に行って、ランチをした。すてきな店でよかった」(62歳・市内在住の女性)、「知らなかったイベントの情報が出ていて興味があり立ち寄った。知らなかった情報だったので役に立った」(67歳・市内在住の男性)と、評価する声があった。
一方で、まだ実証実験の段階で協力してもらえた店舗も限られていたため、大学生のモニターの中には「情報としては、すでに知っているところも多かった。『ここに行ってみようかな』『こんなお店があったのか』と感じるような、市内に住んでいる人もあまり知らない情報がもっとほしい」といった反応もあった。
モニター参加者には、街歩き前後に利用に関するアンケートも行われ、アプリの開発を進めるNEC PSネットワーク事業推進本部スマートシティ/エリア事業グループの村田仁マネージャーは「今回の実証実験でのモニターのアプリの利用状況や反応を検証し、さらに利便性を高めていきたい」と意気込みをみせた。
街づくりに詳しい富山大学人文学部の大西 宏治教授は、アプリを活用した今回の市街地活性化の取り組みについて、「例えば、富山大学の学生は70~80%は県外から入学する。県外からの転勤者も多く、あまり富山市の情報を知らない市民も多い。情報の発信の仕方によっては、店にとっては新たな顧客獲得のチャンスになる。多くの市民が利用したいツールにするためには、店側が市民に行きたいと思わせる魅力を発信する努力が必要だ」と指摘した。
確かに、このアプリの利用価値を高めるには、中心市街地にある多くの店舗や施設が参加して、市民に魅力ある情報を発信し、郊外の大型商業施設に向かう市民の足を中心市街地に向けられるかどうかがポイントになる。
実証実験に参加した満寿泉を醸造する桝田酒造店の桝田隆一郎社長は「中国や東南アジアをみると、どんどん新しいチャレンジをしているが、日本ではネガティブな反応が出て、うまくいかないことが多い。地域が発展するには失敗を恐れず新しいチャレンジをすることが必要だ。アプリの開発とともに中心市街地にあるお店の意識改革も求められる」と語った。
富山市では富山駅をはさみ南北に分断されていた路面電車が接続する。これまでよりも南北への移動が容易になり、市民の利便性がさらに高まることが期待されている。交通が生活を線で支えるインフラだとすれば、情報は生活を面で支えるインフラだ。2つのインフラが結びつくことで市民の生活は豊かになる。この2つのインフラをどう市民が生かしていくのか。中心市街地の活性化と交通インフラの維持は多くの自治体の悩みの種だけに、富山市での取り組みに注目が集まる。
SankeiBiz 産経デジタル SankeiBiz編集部
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