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地方創生現場を徹底取材「IT風土記」

香川発 2市1町の広域連携で防災に強いまちづくりに挑む

 香川県高松市は、持続的に成長できる都市の実現のためスマートシティ政策を積極的に展開している。IoTによる幅広いデータ収集と共有によって、市が抱える課題の解決とイノベーションを目指す。その手始めとして、氾濫の危険性が高い河川などの水位を見守るシステムを整備した。河川の水位などの情報をリアルタイムで入手し、被害状況を早期に把握し、住民への早期の避難誘導など安全・安心なまちづくりに役立てる。

16年前の苦い経験

 高松市は台風による高潮の影響で、中心市街地が広範囲にわたって水没する大きな被害を受けた苦い経験がある。今から16年前の2004年8月30日、台風16号が九州、四国地方を通過した。不運なことに瀬戸内地域は年間で最も潮位の高くなる大潮の満潮時刻と重なった。台風による気圧の低下によって海水が押し上げられ、さらに強風が吹き寄せて潮位が上昇。高松港では、通常よりも1メートル以上も高い 2.46mの潮位を記録した。

 国土交通省の資料によると、高松市では、その日、午後9時過ぎから沿岸部の道路が冠水。河川沿いに海水が逆流し、海水が約2キロ離れた地域にまで達した。高松市の中央商店街は、まるで川のような状態になったという。高松市内では980ヘクタールが水に浸かり、約1万5000戸が床上・床下浸水の被害を受け、水没した乗用車や自宅の居間から2人の犠牲者が見つかった。国の出先機関や大手企業の支店が集まる四国の政治経済の中心地の都市機能が完全にマヒした。高松市にとっては、戦後最大の台風被害だった。

 港を中心に栄えた高松市は、瀬戸内海に近接して市街地が発達している。天正年間に築城された高松城は、海に近く堀に海水が引き入れられた珍しい城だ。堀にはタイやフグなど海の魚が泳ぐ姿がみられる。かつて、四国の玄関口として宇高連絡船が就航していたため、高松駅も海の間近にある。それだけ高潮の被害を受けやすい地形にあることがわかる。

 「2004年の台風16号以降は、台風時に高潮の状況の調査のため2人1組で高松港に向かいました。ライフジャケットを着て岸壁で30分置きに潮位の状況を報告していたのですが、すごい風が吹く中で、横殴りの雨を受けながら大きなものさしで潮位を測ったことを覚えていす」。高松市都市整備局道路管理課の高橋 淳課長補佐は2004年の台風のことをこう振り返った。

高松市都市整備局道路管理課
高橋 淳 課長補佐

スピーディーに情報を収集・公開

 市民の安全・安心を守るのは、自治体の重要な使命だ。災害の懸念が強まった場合、対策本部を立ち上げて、職員総出で警戒に当たっている。市民に危険が迫る前に避難の指示をしなくてはならない。いかに迅速に的確に市民の安全を守るか。スマートシティの構築に向けて、高松市は真っ先に防災分野の整備に取り組んだ。

 2019年度に市は、瀬戸内海の沿岸部5カ所に潮位を計測するセンサーを、市が管理する小規模河川8カ所に水位を計測するセンサーを設置した。さらに、豪雨などで冠水しやすいアンダーパス18カ所にも道路の冠水を感知するセンサーを設置した。

高松市都市整備局河港課
國方 利美 課長補佐

 冠水しやすい道路のアンダーパスにもセンサーを設置したのは、2004年の台風で、浸水したアンダーパスに侵入し、自動車に乗っていた男性が死亡する事故が発生したことが背景にあると、道路管理課の高橋課長補佐は説明してくれた。「センサーを設置したのは災害が発生する可能性が高いところです。市が管理する河川は用水路のような小さな河川が多いのですが、降雨が集中すると増水を起こしやすい。監視カメラも設置して遠隔でも情報が把握できるようになっています」と、市都市整備局河港課の國方 利美課長補佐。

 県が管理する河川の潮位や水位においても、これまでは市の職員等がパトロールなどで監視していたが、市が独自にセンサーを設置したことでよりきめ細かいエリアの河川情報をリアルタイムで入手できるようになった。加えて、これまでは手作業で集めていた雨量などの気象情報や、河川の水位などのデータを共通プラットフォーム上に自動収集するようにしたことで、一元的に管理できるようになり、地図上にセンサー設置個所の潮位や水位の状況を表示し、可視化を実現した。

水位や潮位などのリアルタイムの情報が公開されている

 「このシステムを導入したことで、地図上で、どこに危険が迫っているか一目で判別できます。情報の収集・分析にかかっていた時間が飛躍的に削減され、スピーディーな対応が可能になりました」と、市総務局危機管理課の滑田 健二課長補佐は語る。また、災害の懸念のある現場に職員が出向き、時に張り付きで、時にローラー作戦で監視していた作業も、注意が必要な現場にピンポイントで向かわせることができるようになり、人員の効率的な配置にもつながるという。

 水位や潮位などの市の災害対策本部でみることができる情報は「オープンデータたかまつ」という市のサイトを通じて、市民にも公開されている。気候変動の変化が激しくなり、想定を超える豪雨に襲われることが増えているが、自ら命を守る行動をとるための判断材料としても役立てられるようにしている。

高松市総務局危機管理課
滑田 健二 課長補佐

広域による課題解決を模索 まずは防災分野で連携

 高松市がスマートシティ実現に向け導入したのは、NECが提供する「FIWARE(ファイウエア)」というデータ利活用型のIoT共通プラットフォームだ。複数分野におけるデータ収集・蓄積・可視化・分析が行えるため、都市における課題解決や新たなイノベーション創出が可能になる。

 防災分野での活用に向けては、各センサーから送られてくる河川の水位、海岸部の潮位などのデータを収集し、見える化することで、効率的で迅速な災害対応を目指している。そしてこれらの情報を広域で共有することで、さらなる高度化が図れると考え、高松市に隣接する綾川町、そして観音寺が高松市のIoT共通プラットフォームを共同利用する協定書を3月27日に調印した。

IoT共通プラットフォームの共同利用について高松市、綾川町、観音寺市が協定を締結

 高松市の大西 秀人市長は「川にしても海にしても、多岐に渡って続いている。手を挙げて頂いた観音寺市さんと綾川町さんとで、一緒になって災害対応のシステムが構築されたことは、大きな意義がある。非常に重要なツールになる」と力を込める。

 高松市は、このプラットフォームを日本で初めて採用し、地域の活性化や安全などの自治体が抱える課題の解決につなげるため、2018年に産学官が連携して「スマートシティたかまつ」を組織し、スマートシティの構築を目指してきた。スタート時、高松市のほか発起人となった企業・団体は6だったが、現在は68にまで広がっている。広域的な連携に加え、民間の間にも高松市が導入したプラットフォームを活用しようという動きが高まっている。

高松市
大西 秀人 市長

 今回の取り組みを皮切りに高松市では、観光や介護・福祉、交通などの分野での活用を検討している。観光の分野では観光客の立ち寄り先を追跡しながら、新たな観光資源の開拓を模索する。また、介護の分野では、独居高齢者の見守りサービスの提供の可能性を探っている。交通の分野では、事故が起きやすい地点をデータから抽出することで、交通安全につなげようというアイデアもある。民間にも利用価値が高い取り組みだ。

高松市総務局情報政策課ICT推進室
田中 照敏 室長

 高松市総務局情報政策課ICT推進室の田中 照敏室長は「市の情報だけでなく、民間が持っているデータもこのプラットフォームを通じてオープンに利用できるようにしたい。さまざまなデータを活用し、地域課題の解決につながるような新たなサービスやビジネスが生まれ、高松が活気ある都市になるような動きにつながってほしい」と期待を寄せている。

 市と連携してスマートシティの構築に取り組むNEC四国支社の後藤 修主任は「従来型の公共事業では、官主導で官が補助金を出して民間が活用に動くというケースが多いのですが、今回の取り組みでは、民間自らが資金を出して積極的に活用を検討する動きがみられます。資金のない大学生が活用にチャレンジする動きも出ています。その意味で、高松市のスマートシティには産官学の枠を超えた大きな広がりを感じています」と話していた。

 少子高齢社会、人口減少社会の中で、多くの地方都市が活力を失いつつある。人の力だけできめの細かい行政サービスを提供するのは困難になっており、効率化は不可欠だ。ICTやIoTを活用してスマートシティ構築を進める高松市の取り組みは、多くの自治体にとって有効な教材になりそうだ。

NEC四国支社 後藤 修 主任

SankeiBiz 産経デジタル SankeiBiz編集部

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