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2022年03月15日

「週刊金融財政事情」2022年2月15日号、「きんざいOnline」掲載記事より転載

米国フィンテック勢による「スーパーアプリ化」への挑戦
組み込み型金融の発展次第で、金融は従属的立場にもなり得る

 ここ数年、米国のフィンテック企業は創業当初のビジネスラインを超えてサービス領域を拡大することに積極的になっている。デジタルバンクやその他のフィンテック企業のビジネスモデルは、「金融サービスプロバイダー」からより広範な「金融プラットフォーム」への移行を目指しており、いくつかの企業が自らを「金融スーパーアプリ」と表現し始めている。特に2021年はペイパルやスクエアといった大手フィンテック企業の取り組みが注目を集めた。本稿では、金融スーパーアプリ化を巡る彼らの取り組みを解説したい。

アジアで先行するスーパーアプリ

 ここ1年ほどの間に、米国では「スーパーアプリ」という言葉が頻繁に登場するようになった。この言葉は携帯電話端末を手掛けていたブラックベリーの創業者マイク・ラザリディス氏が2010年に提唱したといわれているが、最近になり、米国のとりわけフィンテック企業の間で使われることが多くなった。

 同氏は「スーパーアプリは、他のアプリと統合され、デバイス全体でシームレスな体験を提供する。位置情報やステータスなどを認識した状況に応じたもの」だと定義している。このコンセプトは、中国のIT大手ウィーチャットやアリペイ、インドネシアの配車大手ゴジェックなどのサービスにより、アジア地域ではすでに普及しており、消費者や中小企業に向けて日々の生活に必要な機能とビジネス機能を一つのアプリケーションにまとめることができるビジネスモデルとなっている。

 アジアでスーパーアプリが普及した背景には、インターネットの普及の仕方が影響している。アジアにおけるインターネットの普及は、開始時期こそ米国よりも遅かったが、普及の速度は急だった。そのため多くの消費者にとって「インターネット」は携帯電話・スマートフォンとほぼ同義である。インターネットによるサービス提供は、パソコンやスマホのブラウザを前提としたウェブファーストではなく、アプリファーストのエコシステムで展開され、スーパーアプリの基盤となった。

 スーパーアプリの普及には、ユーザーと企業との間に生まれる「つながり」と、それを実現する企業間の「連携」が重要になる。ユーザーは、生活におけるあらゆるニーズを一つの場所で満たす利便性を求めている。

 例えば、アリペイが提供する決済機能は単なるパイプであり、タクシー配車や食品の宅配、オンラインでの金融サービスなどさまざまなサービスを通じて、消費者のデジタルライフを豊かにする一つの手段にすぎない。スーパーアプリは、顧客の日常生活を向上させるために設計されたサービスとデータの接続、エコシステムによって支えられているのである。

デバイス一つでシームレスな金融体験

 かつては、どの金融サービスブランドであっても、決済や貯蓄、投資といった私たちが行う日々の金融取引は、銀行の支店やパーソナルバンカーと結び付き、特定の場所で、特定の時間に行うものであった。

 その後クレジットカードやATMで使うキャッシュカードなど、お金の利用や保管のための電子的な手段が増え、物理的な通貨や紙の小切手への依存度が低くなった。そしてインターネットや携帯電話の普及に伴い、ボイスバンキングやオンラインバンキング、モバイルバンキングの導入で銀行の利便性が向上していった。さらにウォール街の巨大金融機関が引き起こした金融危機は既存の金融システムへの不信を生み、新たな仕組みを備えた数多くのフィンテック企業の誕生につながった。

 その結果、私たちは今、スマホやパソコンからさまざまな種類の金融取引・事務を行うことができるようになった。このようなダイナミックな変化により、金融機関やフィンテック企業は取引を行うだけでなく、顧客との長期的な関係を築くことにより重点を置くようになった。消費者がより便利な機能と摩擦のない体験(望む場所で、望む方法で、望む時にサービスを利用できること)を求め続けるなか、デジタル体験への移行を進めることが企業の競争力の源泉となっていった。

 しかし、現在の「金融生活」は、支出、借入れ、支払い、投資など個別のアプリに分割され、サイロ化している。では、これから先はどうなっていくのか。金融機関・フィンテック企業の視点では、金融スーパーアプリに進出することで、ユーザーのこの問題を解決することができる。前述のスーパーアプリの定義を踏まえると、金融スーパーアプリとは「さまざまな金融サービスと統合され、位置情報やステータスなどを認識し、デバイス(端末)全体でシームレスな金融体験を提供する」ものだと考えられる。スーパーアプリの機能、つまり、アプリを毎日利用しているユーザーの日常的な体験を理解し、それを学ぶことができる機能を組み合わせることで、より長期的な目標を日々の行動に落とし込むことができるようになる。

 例えば、ユーザーの日々の支出を分析することで、貯蓄や投資を促進し、長期的にさらなる資産を築くことができるようになる。B to Bの世界では、必要な融資を必要なときに行うことで、企業は変化する顧客のニーズに対応するための新たな機会を得ることができる。消費者のリアルタイムなニーズと、それを満たすことのできる企業とを結び付けることで、すべての人の金融生活にインパクトを与えることができるのである。

大手フィンテック勢の取り組み

 フィンテック企業は、より大きな市場シェアの獲得・別の収益源の開拓のために、自社のアプリ上でさまざまなデジタル金融サービスを提供するスーパーアプリの開発を競っている。付加的なサービスを提供することで、ユーザーとの関わりを深めることも狙いだ。

 デジタル決済サービス大手であるブロック(旧スクエア)は21年7月、中小企業の顧客を対象に当座預金口座と貯蓄口座にデビットカードとローンを組み合わせたサービス「スクエアバンキング」の提供を開始した。注目すべきは、スクエアバンキングはPOSレジなど既存の決済サービスを生かすことで、よりパーソナライズされたサービスを提供することだ。例えば貯蓄口座やビジネスローンでは、決済サービス「スクエア」による販売売上げデータを参考にして貯蓄・返済する割合を決めることができるため、売上げの変動に応じて無理なく貯蓄・返済ができる。

 また、同じくデジタル決済サービス大手ペイパルの社長兼CEOのダン・シュルマン氏は、21年2月の投資家向けプレゼンテーションで「私たちのデジタルウォレットは、決済、ショッピング、金融サービス、さらには新しいかたちのデジタルIDなど、これまでバラバラだった機能を一つのスーパーアプリに集約することができる」と発言し注目を集めた。

 そして、21年9月にはそれを体現したアプリの最初のバージョンをリリースし、貯蓄機能やショッピングツール、口座振込や自動引き落しといった新機能・サービスが紹介された。同社のプレスリリースによると、この新しいペイパルアプリは、「ペイパルの人工知能と機械学習を搭載したインテリジェントなデジタルウォレットで、顧客一人ひとりに合わせて強化された独自のウォレット体験を実現する」と説明されている。また、今後数四半期内に、投資機能や、オンラインや店舗での支払方法を増やす(オフライン環境でのQRコードによる支払い等)など、アプリに新機能と機能強化を追加する予定であるとも述べている。

 株式やオプション、暗号資産、端株の手数料無料取引のパイオニアであるロビンフッドは、フィンテックのスーパーアプリを構築し、世界ナンバーワンのマネープラットフォームになることを目指している。21年7月の新規株式公開時に米証券取引委員会(SEC)に提出したForm S-1(証券登録届け出書)で、同社は「投資、貯蓄、支出、借入れなど、顧客の将来的なニーズに対応する革新的な商品を導入する大きな機会があると考えており、単一のマネーアプリから新規および既存の顧客とともに成長することができる」と述べている。今後数カ月以内には独自のウォレット機能を発表し、BNPL(後払い)サービスなど他の金融サービスも多数発表するとみられている。

 そのほかにも、成長が著しいフィンテック企業たちは顧客基盤の拡大に伴って、創業当初のビジネスラインを超えて自社の商品やサービスを再構築し、新たなエコシステムの形成に取り組んでいる(図表)。

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金融機能が事業者に取り込まれる可能性も

 ここまで金融スーパーアプリの利便性や期待を考察してきたが、米国の金融アプリがウィーチャットやアリペイ、ゴジェックなどのように多くの機能を備えるスーパーアプリに発展する可能性は決して高くはない、との見方もある。その理由の一つに規制の壁がある。欧米では独占禁止法が施行されているほか、規制当局はプライバシーや顧客データの取り扱いについても厳しい姿勢を示している。また、拡張された機能やサービスの多くは「金融生活」すべてを網羅しているわけではなく、消費者が既存の金融機関やサービスプロバイダーから乗り換える動機付けにはまだ不十分だ。そして金融サービスに求められる役割、および米国におけるオープンバンキングの状況は、複数の企業のサービスを一つのアプリに集約することを一般的に推奨していない。

 さらには、大手テクノロジー企業の存在も忘れてはならない。メタ(旧フェイスブック)やグーグルもこの分野を狙っており、決済・通貨分野での役割の拡大へ取り組んでいる。ほかにもアマゾン、ウォルマート、ウーバーなどがスーパーアプリを提供する可能性もある。

 こうしたプレーヤーは、スーパーアプリ化の文脈においてはフィンテック企業よりも有利なポジションにいる。スマホを起動して、ペイパルなどの決済アプリから食事の宅配を注文する、銀行のアプリからタクシーを呼ぶ、といったことを想像できるだろうか。消費者は「お金を借りる」ことや「P2P決済(個人間送金)」そのものがしたいわけではない。お金を支払う、ためる、借りるといった金融取引は二次的なものであり、「欲しいものを買う」「食事の勘定を分ける」「家の購入資金を集める」といった、他の目的を促進するものだ。金融系アプリが「スーパー」になり、他のアプリの機能を集約するのではなく、消費者が必要とする金融機能(決済、貯蓄、借入れ)が他の(金融機能を持たない)アプリに埋め込まれ利用されるという、逆の方向に進む可能性が高いのである。

 これが、まさに21年に広まったフィンテックのトレンドである「エンベデッド・ファイナンス(組み込み型金融)」であり、この動きはBNPLが急速に広がったようにすでに始まっている。この戦略を理解し、うまく実行しているフィンテック企業は、今後も市場シェアを獲得しさらに成長していくだろう。

山口 博司(やまぐち ひろし)

NEC Asia Pacific Pte. Ltd.
Senior Sales Manager

システムエンジニアとして金融機関向け業務アプリケーション開発・システム企画を経て、2016年から2021年までシリコンバレーにて米国発の新技術・サービスの調査、活用の企画・推進に従事。2021年4月からAPAC地域の金融機関向けSalesを担当。マサチューセッツ州立大学MBA修了。

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