2014年01月21日
NECのイノベーターズたち
顔認証、性能世界一の立役者
2010年、世界の有力ベンダに圧倒的な差をつけて、性能世界No.1の座を獲得したNECの顔認証技術。照合精度のカギを握る学習型アルゴリズムの研究者として、その栄光に大きく貢献した今岡 仁。勝利へのこだわり、数式との格闘の日々など、顔認証技術における世界一挑戦への思いや苦労を語ります。
顔の特徴で、個人を正確に迅速に識別。
──顔認証とはどんなものか?やさしく説明してください。
今岡:
認証は、いわゆる生体認証(バイオメトリクス認証)のひとつです。生体認証というのは、その人しか持ちえない顔や指紋、指静脈、虹彩、掌形、耳など、身体的特徴によって、個人を識別します。生体認証には忘れない、失くさない、盗まれない、偽造されないなど、パスワードや暗証番号、ICカードなどにない、すぐれたメリットがあります。空港における入出国システムや銀行の貸金庫、PCやスマートフォンなどの本人確認などに、指紋や指静脈認証が活用されていることは、よく知られていますよね。
続いて、顔認証はどうやって個人を特定するかについてご説明します。顔認証を行うには、個人の顔画像データの中から、2つの瞳間の距離、鼻や口端の角度、頬骨の位置など、照合に適した個人の普遍的な特徴を抽出して登録した顔画像のデータベースが、まず必要になります。そして照合するために撮影した顔画像と登録画像を、コンピュータによるパターン認識技術と高度なアルゴリズムを使った機械学習技術によって、高精度かつ高速に検出・照合します。顔認証による個人の特定は、何百万人もの顔画像のデータベースの中から1人の人をすばやく“見つけ出し”、さらにその人が本人かどうか“見分ける”技術なのです。開発ベンダにおける基本的な技法は似ていても、どのような基準で、どんなアルゴリズムを使うかによって、認証の精度に大きな違いが出てきます。
──なぜ、最近顔認証が世界で注目されているのか、その理由を教えてください。
今岡:
さまざまな生体認証の中で、顔認証が注目されているのは、他の生体認証と大きく異なる点があるからです。そのひとつは、認証を行うための行為が要らないということ。その人の顔画像を登録しておけば、必要に応じてその人を撮影して照合することで、スピーディでスムーズな認証を実現します。そのため、認証のための待ち時間も大幅に低減できます。2つ目のポイントは、離れた場所からの個人認証が行えるという点です。歩いている人や人ごみの中など、本人が意識していない状況でも正確な個人の特定が可能です。また、顔認証は照合データを人が見てすぐに視認できるので、履歴管理などを容易に行うこともできます。一方で、顔認証は指認証などと異なり、照明や影、顔の向き、表情などの変動影響を受けやすいという特性があります。そのため、さまざまな環境下における照合の精度アップがとても難しいのです。顔認証は以前から注目されていたのですが、さまざまな変動影響にどう対応するかが、大きな課題となっていました。NECでは、こうした顔認証の課題にいち早く取り組み、現在20年におよぶ開発の歴史と実績を誇っています。
髭やメガネ、髪型を変えても本人を判定
──NECの顔認証技術の特徴や強みについて教えてください。
今岡:
顔認証で特に重要なのが、「精度」と「スピード」ですが、これらは相反する関係にあります。照合精度を上げるには顔の特徴データを増やせばいいのですが、特徴データが増えると、検出や照合処理に時間がかかってしまいます。NECでは、精度とスピードの両立を図るために、さまざまな技術やノウハウを独自開発しています。たとえば、多重照合顔検出法は、大きな顔や小さな顔などいろんなサイズの登録画像データの中から、「目」の特徴をもとに高精度な学習型アルゴリズムを使って、目的の顔画像をすばやく見つけ出すことができます。また、顔を見分けるために独自開発した、摂動空間法という技術もあります。これは1枚の登録画像から顔の向き、照明や影、環境などの変化を推測して、さまざまな顔画像を瞬時に作り出す技術ですが、その時間は0.1秒という驚くべき速さです。さらに多元特徴識別法という技術は、顔の経年変化に強く、多様な人種に対応できるという特長を実現しています。こうしたさまざまな技術を駆使して実現したのが、NECの顔検出/顔照合エンジン「NeoFace®」です。NECの「NeoFace®」は、髭や眉、髪型、メガネなどによる変化、顔の向きや傾きなど、さまざまな条件下でも正確な検出や照合が可能です。また、加齢などによる顔の変化に対しても、強みを発揮します。我々の実証実験では、20年以上も経過した画像との照合においても精度の高い認証結果が出ています。
圧倒的な大差で、性能世界一を獲得
──NECが世界一を獲得したアメリカのベンチマークテストとは、どんなものなのでしょうか?
今岡:
それは米国国立標準技術研究所(NIST)が行っているベンチマークテストで、生体認証の分野では世界的に権威があるものです。評価テストは、NISTが所有している100万人規模の大量の顔画像データを使って行われます。世界各国の有力ベンダがそれぞれ開発したアルゴリズムのプログラムをNISTに送り、完全なブラインドテストという状況で性能を競います。テストに使われる顔画像は、高性能デジタルカメラによる撮影画像のほか、IC旅券に格納されるような縮小・圧縮した画像、ホールや廊下など不十分な照明で撮影した画像や直射日光のもとでの撮影画像など、さまざまな顔画像データを使って、評価テストを行います。もちろん、使用される顔写真の人種もさまざまです。
NECでは、2008年からNISTのベンチマークテストへの挑戦を決め、それから2年間はアルゴリズムの改善や独自技術の開発など、性能アップに力を注ぎました。たとえば、実際に顔認証システムが利用される様々な現場を想定しながら、手持ちの顔画像データを使って模擬テストをつくり、シミュレーションを繰り返し行うといった努力も重ねました。そうした努力の末、2010年6月にNISTから発表された顔認識ベンチマークテストの結果は、照合精度99.7%という評価でした。これは、各国の有力ベンダの約1/10のエラー率という、ダントツのトップでした。また、処理速度においても、160万人の登録時による1画像あたりの検索時間が約0.3秒と、これも他に大差をつけてのNo.1でした。さらに、1~8年の経年変化におけるエラー率の推移においても、NECの顔認証は性能低下がほとんどないという結果が出たのです。
──世界一を獲得したNECの勝因は、何でしょうか?
今岡:
NISTベンチマークテストへの挑戦の背景には、NECが持つ技術や力を、世界で認められたいという研究者としての思いがありました。でも当初は、世界で勝つのは難しいというのが本音でした。その後、研究を続けているうちに、“なぜ、勝てるか”という思いから、“どうしたら勝てるか”という思いに変わってきたのです。そうした変化に伴い、やるべきことは何か、ゴールへの最短距離はどこかなど、専念すべき目標が明確に見え始めました。やがて思いは、チャレンジするなら圧倒的に勝ちたいという信念に変わりました。僅差での勝利ではなく、「NECはスゴイ」と思っていただける圧倒的な勝利をもぎとり、この技術が世界で広く使われること。顔認証技術を通じて安心・安全といった価値を世界中に提供すること。こうした信念が、技術の進化や開発のエネルギーになったのだと思います。
チームメンバー全員のガンバリ。これも勝因のひとつです。検出、照合、特徴点、アルゴリズムなど、それぞれの専門分野のプロフェッショナルたちが精度アップを目指して、妥協することなく、やるべきことを追求した結果だと思っています。評価テストの結果が出た時は、喜びというより自分たちの目標を達成することができて、ホッとしたというのが実感でした。苦労もいろいろありましたが、NISTのベンチマークテストへの挑戦は、NECの顔認証技術において、まさにブレークスルーの大きなきっかけとなりました。