2016年08月17日
世界初の発見! ナノ炭素材料「カーボンナノブラシ」はなにがすごいの?
NECは、世界で初めてナノ炭素材料の1つであるカーボンナノホーンの繊維状集合体「カーボンナノブラシ」を発見し、その作製に世界で初めて成功した。
1991年に発見された「カーボンナノチューブ」が原点
カーボンナノブラシの特徴を詳しく紹介する前に、これまでにNECが取り組んできたナノ炭素材料の研究史を簡単に振り返ってみよう。
1991年に、NECの飯島澄男特別主席研究員により「カーボンナノチューブ」が発見された。直径が原子5〜10個分という円筒状のナノ炭素材料はその優れた導電性が注目を浴び、発見以後は電極材として、あるいはさまざまな素材と組み合わせて導電性を付与できる材料として応用研究が進んでいる。
「カーボンナノチューブ」
(左はCG図、右は電子顕微鏡写真)
続く1998年には同じNECの飯島研究員の手により、また新たなナノ炭素素材である「カーボンナノホーン集合体」が見つかった。カーボンナノホーン集合体は、直径は2~5ナノメートル、長さが40~50ナノメートルというツノ(Horn)のような形をしたカーボンナノホーンの構造体が数千本集まって、100ナノメートルほどの球体状の集合体を形成している。そのナノ炭素の集合体は水などの溶媒に分散しやすく、物質を包含できる吸着性が高いことが大きな特徴。現在は応用研究が重ねられ、2013年にはサンプル販売も開始された。
「カーボンナノホーン」
(左はカーボンナノホーンの先端のCG図、右はカーボンナノホーン集合体の電子顕微鏡写真)
カーボンナノブラシは、高い導電性と分散性、吸着性をあわせ持つ
今回発見したカーボンナノブラシは、カーボンナノホーンが繊維状に連なった集合体であり、例えるとコップを洗う細長いブラシのような形状をしている。その最も大きな特長は、カーボンナノチューブと球状カーボンナノホーン集合体、それぞれの良さを兼ね備えている材料であることだと、NECのIoTデバイス研究所の主任研究員であり、今回カーボンナノブラシの発見に成功した弓削亮太は説明している。
先述のカーボンナノチューブは高い導電性を持つ素材でありながら、一方で分散性が低く吸着もしにくいことから、活用ターゲットに対する落とし込みが難しく、特長が活かし切れていなかった。かたやカーボンナノホーン集合体も、単位でみれば、ごく小さな球状の物質であるため、まとまった形で大きな導電性を生みづらいという弱点を持っている。
今回発見に成功したカーボンナノブラシは、カーボンナノチューブとカーボンナノホーン集合体の特長である高い導電性と分散性、吸着性をすべてひとまとめに兼ね備えている。その特性を生み出す一つの大きな要因は、カーボンナノホーンが複数個、細長く伸びながら放射状に連鎖している繊維のようなカーボンナノブラシの形状にある。もともと表面積の広いカーボンナノホーン集合体がひとつながりになれば、その高い吸着性がより強化されるであろうことは想像に難くない。カーボンナノブラシは、たくさんの微細なスペースにさまざまな物質を包み込むことができる、まさしく大きくて高性能な吸着剤なのだ。
カーボンナノホーン集合体と同様に、水や有機溶媒にもスムーズに溶けやすい分散性の高さも備えている。液体にしてさまざまな材料に塗布したり、他の素材に混ぜ込むことで、例えばその物に導電性を持たせることもできる。
2017年度中のサンプル提供を目指す
NECの弓削は「カーボンナノホーン集合体は、大量製造技術が確立されてサンプル販売もスタートしていたが、さらに開拓と応用を進めるためにはいっそうの高機能化が必要だと考えた」ことが、新しいナノ炭素材料を発見するきっかけになったと振り返っている。今回、弓削をはじめ開発チーム全員の思いが実を結んだというわけだ。
カーボンナノブラシをつくるためにまず、常温・常圧に設定した実験室に、鉄を含む大きな炭素の塊のような棒を用意。これに強力なレーザー光線を照射して炭素を高温で蒸発させ、周囲の不活性ガスで冷えた後の煤(すす)のような物体を取り出す。さらに高性能な電子顕微鏡を使って、生成された炭素のすすの構造をより詳しく観察した結果、弓削は、これが他のナノ炭素素材とは全く異なる新しいカーボンナノブラシであることを発見したのだ。
その量産化はまだ実現されていないものの、現状態で高い再現性が確立されているという。作製方法がカーボンナノホーンと似通っているため、一度に作製される全体の量を100とすれば、そのうち2〜3割がカーボンナノブラシ、その他がカーボンナノホーン集合体という割合で生成される。将来はこの割合を自在にコントロールして、さまざまな展開に応用できるようノウハウを積み重ねていくことも、目下研究チームでは課題としている。
また現在、NECのIoTデバイス研究所にある実験装置を1日フル稼働させてできるカーボンナノブラシの総量は1gほど。また、球状カーボンナノホーン集合体製造用の量産装置に適用できた場合は、1日1kg程度である。今後はこの生産量を、素材メーカーとのパートナーシップにより拡大していくことも量産化にあたってひとつのキーポイントになってくる。弓削は「すでに量産化に成功しているカーボンナノホーン集合体の製造技術を発展させることで、比較的近い将来には量産化が可能ではないか」という見方を示している。NECでは2017年度をカーボンナノブラシのサンプル提供開始に向けた目標地点として定めている。製造方法がシンプルであることから、量産化が実現されれば他のナノ炭素材料に比べて効率よく低コストで生産できるメリットが活きてくる。
カーボンナノブラシは私たちの生活に何をもたらすか
カーボンナノブラシは、量産化後にはどのような技術分野に応用され、私たちの生活に恩恵をもたらしてくれるのか。弓削は一例として、その優れた導電性と吸着性をベースにキャパシタなど電気を貯めるエネルギーデバイスに利用したり、センサの応答速度を高められる電極材として展開していくことが有効だと見込んでいる。
また分散特性が非常に高いことから、プラスチックやゴムなど薄くて柔らかい素材に混ぜて導電性が与えられるし、できた素材をフレキシブルに曲げたりしながらパーツとして加工して、ウェアラブルやIoT関連デバイスのデザインに革新をもたらすこともできそうだ。塗料として提供することができれば電子部品の回路レイアウトも一段と自由度が高まる。
NECでは、すでにカーボンナノブラシの特許出願を済ませており、今後もパートナーを探しながら素材の特性研究をさらに深めていく。公式発表直後から、カーボンナノブラシの量産化やサンプル出荷に関連する問い合わせやリクエストが多く寄せられており、新材料が今後さらに大きな発展を遂げる見通しも明るい。弓削は「今回発見されたカーボンナノブラシは、いままでにない優れた機能を備えるナノ炭素材料。今後もますます多くの研究を実施しながら技術と社会の発展に貢献していきたい」と抱負を語ってくれた。