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AR(拡張現実)が現場の働き方を改革!
SF映画のワンシーンのような実証実験に迫る

 ものづくり、物流倉庫、薬剤管理、設備保全などの作業現場では、以前から、生産性を向上させるための業務効率化が行われてきた。また、最近では、働き方改革への取り組みも進められている。それらの施策の一環として、PCやタブレット端末がしばしば活用されているが、機器を持ち歩いての作業が難しい現場も少なくない。そのような現場の課題をAR(拡張現実)の仕組みで解決するソリューションがARmKeypad(アームキーパッド)だ。ICT機器の保守・修理の現場における実証実験から、このソリューションの可能性を探る。

腕をキーパッドにするARシステム

 眼鏡型のウェアラブル端末「スマートグラス」を掛け、左腕にスマートウォッチを装着する。すると、腕に仮想のキーパッドが表示され、キー操作での情報入力が可能になる──。そんなSF映画のワンシーンのような場面が実現しつつある。システムの名前は「ARmKeypad」。ネーミングはもちろん、Arm(腕)とAR(拡張現実)をかけたものだ。

 あたかも自分の体の一部が入力端末になったような感覚でキーを操作することができるのがこのシステムの特徴で、これによって、ものづくり、物流倉庫、薬剤管理、設備保全などの現場で、PCやタブレット端末などの機器を持たずに、ハンズフリーで作業を行うことが可能になる。

 このシステムをさらに進化させたのが、ARmKeypad Lightである。仮想キーパッドを使わず、スマートウォッチをつけた腕の傾きと、ウォッチ画面へのタッチのみで、グラス上に表示されるメニューを選択していくことができる。ハンズフリーの操作だけではなく、作業者の視点を作業対象から離さずに操作できる「アイズフリー」を実現したシステムで、これを活用することで、より効率的な作業が実現することになる。

ARmKeypad Light 腕をキーボード化する新しいユーザインターフェース

テクニカルセンターにおける実証実験

 このシステムを使った実証実験が行われたのは、2017年9月のことだ。実験の舞台となったのは、情報通信システムなどの設計、構築、施工、運用・保守サービスをワンストップで提供しているNECネッツエスアイの「sDOC(サービスデリバリオペレーションセンター)埼玉センター」である。

 「sDOCは、ICT機器のキッティング(機器をセットアップする作業)、保守、修理などを行うテクニカルセンターのことです。このセンターでは常に生産革新活動として、業務効率化や働き方改革の仕組みを考えており、その活動に役立つ新しい技術を積極的に取り入れています。今回は、これまで効率化が難しかった、ICT機器を保管場所から取り出すいわゆるピックアップ作業に、ARmKeypadを活用できないかと考えました」

 そう説明するのは、同センター責任者の長内光彦氏だ。センターには修理を要するICT機器が連日送られてきて、多い時で300台ほどがストックされている。その多くのストックから、対象となる機器をピックアップする時間を短縮することが課題のひとつであったと長内氏は話す。

NECネッツエスアイ株式会社 サービスデリバリ事業部 リペアサービス部担当部長
sDOC埼玉センター責任者 長内 光彦 氏

 「今回実証実験の対象としたICT機器は、修理受付から48時間以内での出荷をお客さまにお約束しています。機器のピックアップを正確に素早く行い、時間を無駄にしないことが非常に重要なのです」

 そのピックアップ作業の迅速化をARmKeypadによって実現することが、この実証実験の狙いだった。

ARがピックアップ作業をサポートする

 実験の対象となった業務は、以下のようなものだ。

  • お客さまから送られてきた機器を診断し保管。
  • 修理見積書を作成し、お客さまに連絡後、対象の機器を探し出し、修理見積書を一緒に保管。
  • 見積を確認したお客さまから修理実施、もしくは修理不要の修理見積回答書が来る。
  • 対象となる機器を探し出し、保管場所からピックアップ。
  • ピックアップした機器、修理見積書、修理見積回答書が合致しているかを第三者が確認。
  • 照合後、修理工程に回す、あるいはお客さまに返却。

 従来、このうち最も時間がかかっていたのが、多くの機器がストックされている保管場所から特定の機器を探し出す作業だった。ARmKeypadを使えば、その作業が効率化できると考えられた。その作業フローはこうだ。

 まず作業者は、機器の保管場所をARmKeypadに記録する作業を行う。機器に貼付されているQRコードをグラスで読み取ると、ARによってグラス上に赤枠で保管場所が指示される。その場所に機器を保管し、スマートウォッチにタッチすれば、この作業は完了だ。これで保管棚の「どこ」に「どの機器」が保管されているかが登録される。

 次に修理見積書の作成が完了し機器の保管場所に入れる際は、修理見積書のQRコードをグラスで読み取れば、ARによって機器を保管した場所が赤枠でグラス上に表示される。作業者はその指示に従って修理見積書を対象の機器が保管されている場所に入れる。

QRコードをグラスで読み取ると、ARで修理見積書を入れるべき場所が指示される

 お客さまからの修理見積回答が届き、必要な機器を保管場所からピックアップする際は、同様にQRコードをグラスで読み取り、グラス上に赤枠で表示された指示に従って機器をピックアップすればいい──。

 この実験が成功すれば、ピックアップのスピードが格段に上がるだけでなく、「ピックアップした機器に誤りがないか別のスタッフが番号を照合して確認する」という従来の第三者チェック工程を完全に省くことも可能になる。

 「照合は人が目視で行う以上、人的ミスの可能性もゼロとは言えませんでした。ARmKeypadによる作業が実現すれば、ピックアップのスピードを上げられるだけでなく、照合時のリスクをなくすこともできるわけです」(長内氏)

 実験にはピックアップ作業経験5年、2年、未体験の3人の社員が参加し、それぞれの作業時間が細かく測定された。

2割近く向上した作業効率

 実験結果は、まさしく狙い通りのものだった。機器の保管、同期、ピックアップの一連の作業時間が、従来は一台当たり平均40秒台だったのに対し、ARmKeypad利用によって30数秒まで短縮された。平均短縮時間は7.6秒。ここには、スマートグラスとスマートウォッチの脱着時間も含まれている。作業時間の削減効果は18.2%で、2割近く作業効率が向上した計算になる。

 効果はそれだけではなかった。長内氏は説明する。

 「作業経験5年のベテラン社員の従来の作業時間と、未経験者がARmKeypadを使って作業をした時間を比較すると、未経験者の作業時間の方が短いという結果が出ました。つまり、このシステムによって、習熟度の差を埋めることができるということです」

 一方、実験に参加した「ベテラン社員」の古戸貴宏氏はこう話している。

 「腕やウォッチを一切見る必要がないので、保管ケースに常に視線を向けておくことができます。それによって作業効率がさらに上がったと思います。正直、ARとグラス越しの現実の距離感に最初は戸惑いもありましたが、慣れてしまえばまったく問題はありません。ミスを犯す心配がないので、自信をもって作業を進められるのがこのシステムの大きなメリットだと感じました」

NECネッツエスアイ株式会社 サービスデリバリ事業部 リペアサービス部
主任 古戸 貴宏 氏

働き方改革ツールとしてのARmKeypad

 この実験の射程は、現場作業の効率化にとどまるものではない。sDOCで取り扱うICT機器は多種多様であり、作業の内容も多岐にわたる。特定の機器の扱いや特定の作業には習熟していても、ほかの作業の経験値は高くないという従業員もいる。

 「ARmKeypadによってスキルの差を平準化することができれば、一人の従業員がさまざまな業務を担当するマルチタスク、マルチワークが可能になりますし、働き方改革にも繋がります」(長内氏)

 一方、ARmKeypadの研究開発とARの市場開拓の担当者であり、今回の実証実験にも中心で携わったNEC SI・サービス市場開発本部の則枝真はこう話す。

 「日本では人口減による働き手の不足が顕在化しています。今後、ものづくりなどの現場ではAIやロボティクスを活用した自動化が必須になります。それにともなって、人とAIの連携や協業が必要になる場面も増えていくはずです。その際に重要になるのが、人とAIをつなぐUI(ユーザインターフェース)です。ARmKeypadはまさしくそのようなUIの一つなのです」

NEC SI・サービス市場開発本部 主任 則枝 真

 ARmKeypadはとりわけ「現場で人が歩き回る作業が必要とされる領域」での活躍が期待できると則枝は言う。

 「物流における倉庫内での集荷、設備管理などの作業を、グラス上に示される手順に沿ってハンズフリーで行うことができれば、スピードと正確性の両面において格段の向上が見込めます。現在、さまざまな業界の事業者さまから相談を頂戴し、病院薬剤部の薬剤のピックアップをはじめとする実際の現場で、実証実験を進めているところです」

 今回のsDOCでの実証実験に対する問い合わせも多く、見学の申し込みもしばしば寄せられているという。

 「働き方を改革して生産性を高めていくには、最新のICT機器やシステムが役立ちます。私たちは、自ら最新のテクノロジーを積極的に活用し、その知見をお客さまにご提供していきたいと考えています。ぜひ、今後もNECと協力しながら、ARmKeypadの多様な活用法を検討していきたいですね」(長内氏)

 人口減少が産業の現場に与える影響は、これからいよいよ大きくなっていくと見られている。労働力の「量」が減少していくだけでなく、熟練工が減ることで作業の「質」が減退することも懸念される。さらに、産業構造の激変によって、これまでにないスキルが求められる場面も増えていくことになるだろう。産業現場の働き方改革を支えるツールとして、ARmKeypadがどれだけの力を発揮できるか。今後、ますます注目度が高まっていきそうだ。