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2018年02月15日

情報の宝庫〈ニオイ〉は、世の中をどう変えるのか
~生物の鼻と脳のしくみをヒントに、〈ニオイ〉を電子化~

 暮らしの中に存在するさまざまなニオイには、驚くほど多くの情報が含まれている。しかし、この情報の宝庫の扉は閉ざされていて、その中を詳しく知ることができなかった。

 その扉が、いま開かれようとしている。これまで閉ざされていた扉を開く鍵。それは、画期的な嗅覚センサーと高度なAI技術によって開発された先進の「MSS嗅覚IoTシステム」だ。手軽に、しかも高精度にニオイを判別する、新たなニオイデータ分析のしくみや実用化に向けた取り組みを探る。

ニオイ解析のヒントは、生物の鼻と脳の働き

 ニオイは多くの情報を含んでいるにも関わらず、いまだ手付かずという状態だった。「ニオイに含まれる情報を詳しく把握できれば、さまざまな領域で活用が期待できる。」こうした思いから30年以上にわたり、さまざまな企業や研究機関で嗅覚センサーの開発が進められてきたが、誰もが使える嗅覚センサーの実用化には、いまだ至っていない。その理由は、ニオイの複雑さにある。

 自然界には、40万種のニオイ成分が存在するといわれている。そうした中で、1つのニオイを形成するのは数百~数千のニオイ分子。たとえばコーヒーは500種、人の呼気は1,000種のニオイ分子で構成されている。

NEC データサイエンス研究所 主幹 渡辺純子

 「人の五感の中でも、物理的信号である視覚や聴覚は測りやすいのですが、味覚や嗅覚は化学的信号のため、とても測りにくいのです。特にニオイは種類が多く、測るためのものさしがなかったのです。また、湿度や温度など環境変化の影響を受けやすいというのも、ニオイを測るのが難しい理由のひとつです」(渡辺)

 実現が難しいとされる中、いろいろな種類のニオイ分子を高感度に検知するセンシング技術と、高精度な解析を実現するAI技術の融合によって、ニオイを解析・特定するシステムの実用化に向けた、大きな光明が見えてきた。

 まず、生物がニオイを感じるしくみを説明しよう。たとえば人は、鼻によってニオイ分子をまとめて検知し、それを電気信号に変えて脳に伝達する。脳では、その信号パターンの組み合わせを解析して、ニオイの違いを認識する。

 こうした生物のしくみをヒントに、新たに開発されたのが「MSS嗅覚IoTシステム」だ。このシステムは、物質・材料研究機構(NIMS)が開発した超小型の嗅覚センサー(MSS)と、NECがAIを活用して開発したニオイデータ分析システムによって構成されている。わかりやすくいうと、生物の鼻の働きをするのがMSSで、脳の働きをするのがニオイデータ分析システムである。

 2015年9月には、MSS嗅覚IoTシステムの実用化に向けた「MSSアライアンス」が発足した。チップ量産や計測のための標準ガスの提供など、各分野において専門技術やノウハウを有する複数の企業が参画。基礎要素技術の確立と標準化に向けたプラットフォーム構築、MSSチップを組み込んだ計測モジュール開発などの取り組みを行ってきた。

異種混合学習技術を活用したセンサーデータの解析手法
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NECのAI技術が、ニオイを自動で高精度に解析

 脳の働きをするニオイデータ分析システムの開発において、核になるのがNECの誇るAI技術のひとつである「異種混合学習技術」だ。従来は、ニオイを判別するための条件を人が一つ一つ設定して検証を行っていたため、手間や時間がかかるだけでなく、判別精度にも課題があった。

 異種混合学習技術は、送られてくるすべての電気信号の波形データを使い、ニオイを判別するためのモデル式を高精度に、しかも自動で作り上げてくれる。これによって、判別の精度やスピードを格段に向上させることができる。また、ニオイの成分やメカニズムがわからない状態でも、電気信号の波形パターンの特徴点から判別ができるのも、異種混合学習技術のすぐれた点だという。

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 研究と事業創出マネジメントの二役を担い、研究員や社内事業部、さらにパートナー企業とともにニオイデータ分析システムの研究プロジェクト推進に取り組む、NECの渡辺は分析システム開発の裏話を次のように語る。

 「今回の異種混合学習技術の活用においては、まず検証するためのさまざまなニオイデータを集めて、実験するという作業も重要でした。

 たとえば、若手研究者自らが深酒した翌日の尿と、水しか飲まなかった翌日の尿を実際に採取してニオイデータを計測するなど、まさに体を張った検証にもトライしました(笑)。セオリーを確立するためのいろいろなチャレンジには、苦労もありますが大きなやりがいも感じます」

医療・ヘルスケア、環境など多彩な分野で活用が期待

 小型でポータブル。気軽にどこでも利用できるMSS嗅覚IoTシステムが実用化されると、どんな分野で、どのような活用が期待できるのか。たとえば、呼気や体臭などのニオイから食習慣や体調をチェックするなど医療・ヘルスケア分野での活用が期待されている。

 さらに住居内の有害物質の判別、生活空間の悪臭検出など環境のモニタリング、爆発物や設備の劣化を検出するセキュリティ、化粧品や洗剤などのフレグランス研究、ニオイによる果樹の熟成度診断や畜産における家畜の体調管理など、その活用分野は大きな広がることが予想されている。

 ウェアラブルデバイスやスマートフォンにMSSチップを組み込んで、汗や呼気のニオイから、日々の食習慣や体調を管理することが当たり前になる。そんな日々が、近い将来訪れるかもしれない。

嗅覚センサー(MSS)を組み込んだ手の平サイズの計測モジュール

 「リテール分野では、ニオイによる嗜好品やフレグランスのリコメンドなどのほか、店内環境の整備などが考えられます。また、倉庫やコンテナなどの物流拠点では、ニオイ移りなどをチェックするモニタリングなどにも役立ちます。

 今回、開発したMSS嗅覚IoTシステムは、3月に開催されるリテールテックにも出展します。今後は、さまざまなお客さまと一緒に考えたり、アイデアを出しあったりして、リテール分野でも、このシステムの活用を大きく広げていきたいと思っています。」(渡辺)

 現在、ニオイを検知する計測モジュールは第2世代へと進化。2017年11月には、MSSアライアンスの発展形として、新たにMSSフォーラムが発足した。MSSフォーラムでは、参画した企業とともに新たな事業モデルやサービスの創出に向け、有効性実証の取り組みを進めている。今後は、気軽にどこでも使えるようなモジュールの改善、またさまざまな環境変化に対応できる解析システムの高精度化など、いち早い実用化を目指してさらなる向上を図っていく。

 感情と密接に関わっていて、客観的なものさしをつくるのが難しいニオイ。そうした中、MSS嗅覚IoTシステムは、人の五感における「ニオイの電子化」の実現に成功した。これにより、医療やヘルスケア、環境のモニタリングなどが簡単に行えるだけでなく、流通や購買などB to B分野においても新たな価値や変革を生みだすことだろう。

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