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「nano tech 2018」レポート
さまざまな社会課題の解決に貢献するNECのナノテクノロジー

 2018年2月14日から16日にかけて、東京ビッグサイトでナノテクノロジーに関する国際的な総合展・技術会議「nano tech 2018」が開催された。今回で17回目を数えるこのイベントでは、国内外の企業や研究機関、大学などが最新の研究成果を発表し、各種デモも行われた。NECでは、「Orchestrating a brighter world」~ナノテクノロジーで 人が生きる 豊かに生きる社会に貢献~をテーマに7つの技術を展示したが、今回はその中から特徴的なものを紹介する。

【NECブースの主な展示内容】

NECの十八番! さらに進化したナノカーボン技術がIoTデバイスの発展を支える

 ナノカーボンとはその名の通り、ナノメートル単位のカーボン(炭素)で構成された素材のことである。NECにはナノカーボンの研究について長い歴史があり、1991年に飯島澄男(現NEC特別主席研究員)が「カーボンナノチューブ(CNT)」を発見したことを嚆矢に、「カーボンナノホーン集合体(CNHs)」「カーボンナノブラシ(CNB)」などの素材も発見するなど、トップランナーとして常にこの分野をリードし続けている。現在は、これらの技術を使ってセンサーやアクチュエーターなどIoTデバイスの開発に取り組んでおり、会場ではCNTやCNHsの模型を用意して、それぞれの特性をわかりやすく解説していた。

ナノカーボン素材 解説の様子
CNTやCNHsの模型

 CNTは、グラファイト(黒鉛)の六角形がつながったシートを円筒状に丸めた構造をしている。金属と半導体、両方の性質を持つため、半導体デバイスなどに利用する際は、半導体の特性のみを抽出しなければならない。そこでNECでは、独自のELF法により99%以上の半導体CNTを分離することに成功。この技術を用いて、薄膜トランジスタをプラスチックフィルム上に“印刷”、デバイスを作製するCNTインクを開発。NECの技術を使って、株式会社 名城ナノカーボンが2018年度からサンプル販売を開始する予定である。CNTインクを活用すれば高性能のデバイスを安価に量産できるため、マーケティングや医療などの分野でIoTデバイスへの適用が期待されている。

 CNHsは角のごとくとがった構造体がたくさん集まってウニのようなかたちを形成しているもので、CNTと比べて表面積が大きいため、活性炭のような吸着剤や、燃料電池の素材として注目を集めている。NECは、95%の純度で抽出できる量産装置を世界に先んじて開発。現在サンプルの出荷を開始している。

カーボンナノチューブの顕微鏡写真
カーボンナノホーンの顕微鏡写真
カーボンナノブラシの顕微鏡写真

 CNBは、CNHsが繊維状に連なったもので、まるでブラシのようなかたちをしている。CNHsと同様に、液体とよく混ざる「分散性」と多くの物質を捕まえる「吸着性」を持ち、また少量でも電気を通す「導電性」も有しており、まさにCNTとCNHsの“いいとこ取り”の素材といえる。エネルギーデバイスやセンサーに適用することでより高い性能が発揮されると考えられており、現在は量産化、低コスト化に向けた取り組みが進められている。

宇宙空間でも使える!耐熱性、耐放射性に優れたNanoBridge-FPGA

 集積回路(LSI)を用途に合わせて組み替えることができるFPGA(Field Programmable Gate Array)。現在は、電力の供給によって回路情報を保持するSRAM型が主流だが、NECでは独自の金属原子移動型スイッチ「Nanobridge」を搭載したFPGAを開発。サンプルの出荷を開始している。

NanoBridge-FPGA展示の様子
NanoBridge-FPGA

 スイッチが極小化されたことで電力効率は従来の5~10倍に向上。不揮発性であるためスイッチのオン・オフ状態の維持に待機電力は不要だ。また、耐タンパ性も高く、情報が外部から読み取られるリスクもない。さらに、従来のFPGAは高熱に弱く、かつ放射線の影響で誤作動が生じるという課題があったが、NanoBridge-FPGAは金属製のため熱や放射線に強いという特性を持っている。

 こうした特長を活かし、宇宙空間などの過酷な環境でも動作する高信頼なFPGAが提供できるとする。NECでは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)とタッグを組み、2018年度にNanoBridge-FPGAを軌道上に打上げ、宇宙空間で撮影したHD画像を圧縮し地球上へと送信する実験を開始する予定だ。展示会では、会場にNanoBridge-FPGAを使ってリアルタイムで撮影した画像をその場で圧縮、送信するデモを行い、来場者から高い注目を集めていた。

寝ている間にAIが新材料を発見? 材料開発に革命を起こす画期的な開発手法

 マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは、AIを活用して最適な材料を探す次世代の開発手法だ。AIには人間のように先入観や固定観念がないため、思いがけない新たな材料や現象の発見につながる可能性を秘めている。またAIは人間と違って休みなく働いてくれるため、開発の高速化や効率化も実現する。

材料スクリーニングAI 解説の様子
デモ

 NECではMIに関する技術として、大量データを高速かつ正確に処理する「コンビナトリアルデータ解析AI」、人間の先入観を排除した新しい材料の物理モデルを構築する「物理モデル構築AI」、膨大な候補から有望な材料を高速かつ自動的に選定する「材料スクリーニングAI」の3つを有している。これら技術の特長は、人間が扱うことが困難な大量のデータを、AIの力を借りて適切かつ高速に処理し、人間が理解しやすいレベルまでブレイクダウンしてくれる点にある。これにより、材料への知識や勘どころを有する人間と、大量のデータを正確に扱うことが得意なAIが協力しながら研究を進めることが可能になるのだ。会場では、実際に「材料スクリーニングAI」を用いて、7つの元素からなる合金の最適な配分比率を決定するデモを実施していた。

 NECのMIは現時点では研究段階だが、すでに材料メーカー、蓄電池メーカー、太陽電池メーカーなどから引き合いが寄せられており、実用化に向けた取り組みが動き出している。

昆虫に学べ! 蛾の能力を持ったロボットが探索に活躍

 バイオミメティックとは生物を模倣するという意味で、近年は昆虫の神経回路を模倣したナノテクノロジーが注目を集めているが、NECでは昆虫の触角をモデルに高感度の嗅覚センサーの開発を進めている。これが実現すれば、昆虫と同じ能力を持った自律型探索ロボットを製作し、人間では感じることができないガス漏れを検知して被害を事前に防いだり、災害時に行方不明者を発見したりすることが可能となる。2017年度からは東京大学先端科学技術研究センターの神崎亮平教授と共同で研究を進めており、5年後の実用化を目指す方針だ。

カイコガ
自律型探索ロボット

 会場では、カイコガの行動をモデルにした自律型探索ロボットも紹介していた。カイコガは生殖のためわずかなフェロモンを検知して匂いの源に近づこうとするが、それが希薄な場合はジグザグに動き回り、円運動を繰り返しながら探索。匂いの源が近づいてくると直線的な動く特徴がある。この自律型探索ロボットは、カイコの行動様式を模倣したアルゴリズムを搭載することで、効率的に匂いの源を探索できるようロボットを制御するようになっているが、将来はカイコの神経回路を模倣した、さらに効率の良い匂い源探査機能をめざす。

【ナノテクロジーの技術開発を通してNECが目指すもの】

実空間と仮想空間をNECの技術がつなぎ、Society5.0の実現を支援

 このようにNECでは、先端のナノテクノロジーを駆使したさまざまなソリューションを開発し、社会課題の解決を目指している。ここではNECの取り組みと今後の展望について、IoTデバイス研究所 所長代理の萬(よろず)伸一に話を聞く。

NEC IoTデバイス研究所 所長代理 萬 伸一

 来たるべき理想の社会の実現に向けていま政府が提唱している「Society5.0」。これは狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く新たな経済社会であり、現実空間と仮想空間を高度に融合させたシステムにより経済発展と社会的課題の解決を両立。人間中心の社会を目指すものだ。

 「そこでNECに何ができるかですが、当社の強みはSociety5.0で求められる現実空間と仮想空間の両方の技術を有していることにあります。実空間を扱うナノテクノロジーに加え、AI、ビッグデータ解析、IoTシステム構築などの仮想空間を扱う技術を活用し、両者をつなぐことでSociety5.0に貢献していけるのではないかと思います」

「nano tech 2018」では、「社会課題解決に貢献するナノテク」というテーマで講演を行った。

 NECのナノテクノロジーの歴史は、1991年に飯島澄男がカーボンナノチューブを発見したことに始まる。続けて1999年にカーボンナノホーンを発見、2016年にはカーボンナノブラシを発見し、この分野で確固たる地位を築いた。

 「これまでNECはナノカーボンをはじめとするナノテクノロジーで社会に貢献してきました。今後もたとえば曲げても性質が変化しない圧力センサーを作成し、スーパーやコンビニなどの在庫管理、売れ筋などを把握するマーケティングで活用することが期待されています」

 当初は半導体研究がきっかけだったNECのナノテクノロジーへの取り組みだが、次第に革新性や機能性を重視したデバイスやセンシング技術へとシフト。量子コンピュータ、原子サイズのスイッチ(Nanobridge)、赤外線センシングなどへと範囲を拡大させている。中でも量産技術の立ち上げが進むNanoBridge-FPGAは、AIやIoTの発展に欠かせない存在として期待が高まっている。

 「IoTが普及するにつれてデータ量は飛躍的に増加しており、従来のサーバやクラウドだけでは高速に処理できないという課題が生まれています。それゆえ今後はセンサーに近い場所で演算機能を実現するエッジデバイスが重要になってくるのですが、省電力性が高く過酷な環境にも強いNanoBridge-FPGAは大きな役割を果たすことになると思います」

 そしてナノテクノロジーの研究においては、現在の技術と事業を発展させていく「フォワードキャスティング」的な視点が重要だが、将来の社会のあるべき姿から現在解決すべき課題を特定する「バックキャスティング」的な視点も求められる。

 「その代表例がバイオミメティックによる自律型探索ロボットです。現在のやり方では、何かを観測する際には一定のエリアごとにセンサーを設置する必要があり、数も多くなってしまいますが、将来的にはセンサー自体が自律的に動いて探索を行うことで、作業を効率化することが可能になります。NECはナノテクノロジーを通じてセンシング技術の発展に貢献していくつもりです」

 NECは今後も、社会課題をICTで解決する部隊が日々の活動からニーズや課題を掘り起こし、ナノテクノロジーの中から最適な技術を適用していく方針だ。

萬 氏

 「NECが長年蓄積してきた先端技術研究の財産を活かし、確かな目利きのもとで社会価値の創造に取り組んでいきます」