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「新横浜花火大会2018」の安全・安心を支えた最新技術とは?
― 群衆行動解析技術による実証実験 ―

 2018年7月26日、港北の夜空を4,000発の花火が彩った。花火と音楽イベントを融合した新感覚花火フェス「新横浜花火大会2018」には、華やかな浴衣をまとった大勢の来場者が訪れた。言うまでもなくこうしたイベントには混雑がつきものであり、来場者のストレスとなっている。また、事務局側にとっては、いかに安全・安心な運営を行うことができるかがイベントの成功を左右するであろう。今回会場で注目されたのが、デジタルサイネージに表示されたリアルタイムの混雑状況マップ。それは、横浜国立大学とNECの共同研究の成果が結実したものであった。

大規模イベントの安全運営に求められるリアルタイムな状況監視

 花火大会といえば、夏の風物詩。多くの人々が同じ夜空を見つめて感動し、町は賑わい、商店には潤いがもたらされる。しかし、こうしたイベントを運営する事務局側には、夜空を見上げる余裕などない。混雑する会場・通路で事故やトラブルが起きないか常に見守り、来場者の安全を確保しなければならないからだ。

 イベントにおいて安全を確保する重要なポイントは、混雑状況をリアルタイムで把握することだ。混雑度が高いほど事故やトラブル発生の可能性が高まるので、リアルタイムで状況がわかれば迅速な対応が取れるからだ。しかし、「新横浜花火大会2018」のように数万人規模の大イベントともなると、目視での状況把握には限界がある。この課題に対応するのが、NECの「群衆行動解析技術」である。

 これに関連する技術の特徴は、カメラの映像から大規模な群衆の数や行動をリアルタイムかつ高精度に推定・予測できること。これまでも人数が少ない場所で一人ひとりを個別に捉える解析技術はあったが、群衆行動解析技術は、数万人規模の混雑環境下でも、群衆の混雑度を定量的に把握し、正確に捉えることができる。ある自治体でこの技術を用いた総合防災システムが構築され、町の安全・安心に貢献しているという事例もある。

 7月26日、NECは群衆行動解析技術を活用し、「新横浜花火大会2018」の来場者数や混雑度を測定する実証実験を横浜国立大学と共同で行った。来場者は何時頃訪れたのか、最も混雑する時間帯はいつだったのか、帰宅のピークは何時だったのか等のデータを収集・分析し、次回以降のイベントの安全な運営につなげたいという意向を持っていた。

Wi-Fiセンサとカメラを組み合わせ、より高度な解析が可能に

 今回の実証実験では、会場近くにある駅周辺の高いビルにカメラを設置して来場者をカウントする方法が採用された。1台のカメラでも大勢の来場者数を把握できる群衆行動解析技術があるからこそできることだが、この方法にはひとつの課題があった。

 「カメラの映像に映らない部分の混雑度の計測に課題がありました。それに加え、混雑した観覧エリアの状況を把握するには、コンパクトで設置場所を選ばない装置が必要でした」と、NEC デジタルプラットフォーム事業部 シニアマネージャーの熊倉 新一郎は課題を話す。

NEC デジタルプラットフォーム事業部 シニアマネージャー熊倉 新一郎

 この課題を解決するため、NECは横浜国立大学へと向かった。同大学では、テクノロジーを活用して人の移動を快適かつスムーズにする先進的な研究が行われており、そこに何らかの解決策が見いだせるかもしれないと考えたのである。相談の結果、横浜国立大学から提案を受けたのが、Wi-Fiセンサをカメラと組み合わせる方法であった。

 Wi-Fiセンサとは、Wi-Fi設定を有効(ON)にした状態のスマホやタブレットなどの端末を自動検知する装置だ。その特徴は、Wi-Fiエリア内であれば、壁があっても、視界が遮られても、正確に端末数をカウントできること。さらに、Wi-Fiセンサはコンパクトで設置場所を選ばず、安価なことも、高額で設置場所を選ぶカメラの弱点をカバーする。一方、Wi-Fiセンサは端末の数をカウントする技術であり、人間の数は把握できない。カメラによる群衆行動解析は、そこをカバーすることができるのだ。

 この2つの技術が連携し、お互いの課題をクリアできれば、大規模イベントにおける来場者の数や行動、混雑度を正確に計測できるのではないか──。このような仮説に基づき、実証実験が実施された。

デジタルサイネージに示された混雑度情報が、来場者の行動を瞬時に変えた

 花火大会当日、会場入口周辺に設置したカメラで来場者を捉えると同時にWi-Fiセンサでも同エリア内の端末数を把握、群衆行動解析で検出した人数と端末数の比率を割り出して全来場者数を把握した。

 会場内の観覧エリアには8台のWi-Fiセンサを設置して混雑度合いを算出し、会場内3カ所に設置されたデジタルサイネージに、混雑度が色分けされた状態でリアルタイムに表示。来場者を適切なエリアへ案内する情報を提供した。

横浜国立大学大学院 都市イノベーション研究院 都市環境管理計画研究室(IUEL)産学連携研究員 西岡 隆暢 氏

 「サイネージを見て『空いているからこっちへ行こう』と移動していく来場者の姿が見られました。リアルタイムの情報提供が、人の行動を瞬時に変える瞬間を目の当たりにしたことは、研究者としてものすごくインパクトのある成果でした」と横浜国立大学大学院 都市イノベーション研究院 都市環境管理計画研究室(IUEL)の西岡 隆暢産学連携研究員は、研究者の視点で実証実験を振り返る。

 「サイネージに会場周辺図を示し、会場やトイレの位置、混雑状況を俯瞰的に示したことがスマートな行動の支援につながったと評価しています。一方、混雑度を人数だけで判断するのか、距離感まで考慮した実感値に合わせるのかなど、新たな課題を得られたこともひとつの成果といえます」と横浜国立大学大学院 都市イノベーション研究院の有吉 亮特任教員(准教授)は話す。

横浜国立大学大学院 都市イノベーション研究院 特任教員(准教授)有吉 亮 氏

実証実験の成果を今後のイベントやエリアマネジメントに活かす

 実証実験の結果、両技術の連携により、数万人規模の来場者の動向をリアルタイムで把握できる可能性が確認された。現在横浜国立大学とNECは、得られたデータを分析し、今後のイベント開催時における大会運営の円滑化、さらには地域店舗へ来場者を誘導して地域活性化につなげることなど、さまざまなケースへの応用を視野に入れて研究を進めている。

 「タブレットに情報を展開して事務局に提供すれば、現場での誘導や安全管理に役立てられると感じました。また、今回時間経過に応じた人の動きを把握できたので、来年以降のイベントでは、効率的な人員配置にも活かせると思います。こうした取り組みは、世界中で開催されるイベントでも使えると考えています」と熊倉は今後の期待を話す。

 さらに「今回の実験を通じて補完技術と組み合わせることで、群衆行動解析技術を効率的かつコストメリットのある形で、イベントやエリアマネジメントに活用できることが明らかになりました。今回は人数と混雑度の解析まででしたが、NECの映像解析技術およびAI技術を活用すれば、性別や年齢などの属性の特定や、それに基づく分析も可能です。今後はデジタル化で収集したデータを活用して地域に付加価値を提供するとともに、それをビジネスにつなげるエリアマネジメントのソリューションを磨き上げたいと考えています」と展望を語る。

 「将来的には、今回実験で使用したような装置を特定エリアで常時稼働させ、一つのプラットフォームにデータを格納し、地域のプレイヤーが合意形成して、そのデータをシェアできるような運用につなげたいですね。それが実現すれば、これまでとはレベルの違うスマートなまちづくりが可能になるでしょう」と有吉准教授は、今回の成果を未来のエリアマネジメントへ活かすアイデアを語ってくれた。

 今回の実証実験に用いられたソリューションは、2019年、2020年を見据えた国際的スポーツイベントでの活用が検討されている。警備計画や人員の最適配置、さらには円滑な誘導経路の検討や、地域経済を活性化させるエリアマネジメントなど、イベントの円滑な運営に有効なソリューションとして大きな期待が寄せられている。

プロジェクトのメンバー