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2019年07月12日

チャット形式で気軽に救急相談が可能に。AIが人を支援するこれからの救急医療のカタチ

 埼玉県では、埼玉県医師会や埼玉県看護協会の協力の下、県民の安全・安心と救急医療の最適化を目指し、「救急電話相談」のサービス拡充を進めてきた。同県はさらなる利便性向上と、相談件数急増の対応に向け、埼玉県医師会などと協同し、NECの最先端AI技術群「NEC the WISE」を活用した「埼玉県AI救急相談」の開発に着手。2019年4月19日~5月31日までの試行運用を経て、7月19日に本格運用をスタートさせる。その背景にあった課題や目的、サービスの概要について、本プロジェクトで中心的な役割を果たした2人の医師に話を聞いた。

2019年7月、埼玉県で「AI救急相談」がスタート

 夜中に急に具合が悪くなった。すぐに救急車を呼んだ方がいいのか、それとも明日の朝まで待って、病院に行った方がいいのか──。急病や突然のケガに見舞われたとき、どうすればよいのかわからず、不安に駆られる人は多い。

 こうした中、厚生労働省が旗振り役となって、2004年に子供向けの救急電話相談(♯8000)がスタート。埼玉県でも、埼玉県医師会や埼玉県看護協会の協力の下、2007年から小児救急電話相談、2014年から大人の救急電話相談を開始。2017年には相談時間を24時間化し、総務省・消防庁が普及を進める共通ダイヤル(♯7119)を導入した。

 同県の救急相談のシステム構築において中心的な役割を果たしてきた、埼玉県医師会・副会長の湯澤 俊氏はこう語る。

一般社団法人 埼玉県医師会
副会長
湯澤 俊氏

 「救急相談に電話される方の多くは、軽症の患者さんです。相談内容を分析したところ、今すぐ救急車を利用した方が良い事例や、すぐに病院に行く必要がある事例は全体の約2割であり、当日の受診が必要でない事例が全体の約8割を占めていることがわかりました。現在、救急医療の現場では救急車の出動回数が増えています。しかし、中には救急搬送の必要がない軽症のケースもあり、救急車や病院の救急外来は、増え続ける患者さんへの対応に追われているのが実情です。急な病気やケガで不安を覚えたとき、救急相談に問い合わせていただければ、相談員に今すぐ病院に行く必要があるかどうか相談ができます。これにより、救急医療の現場は、重症者の救命の対応に、より集中できます。適正受診の推進による救急医療現場の負担軽減という意味でも、救急電話相談の意義は非常に大きいと感じています」

 現在、埼玉県では、さらなる救急相談サービスの充実を目指して、AIを活用した救急相談ツールの導入が進められている。同県は埼玉県医師会や埼玉県看護協会など関係機関の専門家やNECの協力の下、「AI」と「チャットボット」を活用したシステムを開発。2019年7月19日から「埼玉県AI救急相談」の本格運用を予定している。

 因みに「チャットボット」とは「チャット」と「ボット(ロボットの略)」を組み合わせた造語で、自動会話プログラムのことを指す。今回の計画では、従来の電話による救急相談に加え、AIを活用したチャットボットでの自動応答サービスを提供し、いつでも気軽に利用できるチャット形式での相談を可能にする。救急相談サービスの拡充と救急医療の最適化を図るのが狙いだ。

「患者」と「医療現場」の負担を同時に軽減するには

 埼玉県がAI救急相談の開発に乗り出したきっかけは、「スマートフォン世代」への対応にあった。

 「救急相談の利用が広がるにつれ、『電話での問い合わせをためらう』若い人たちが増えてきています。都市部では若い世代が増えていますし、子供の救急相談を利用されるお母さんもスマートフォン世代。『電話するより、スマホでチャットする方が気軽に相談できる』という声がありました。また、中には聴覚など電話相談が難しい障がいをお持ちの方もいらっしゃいます。新しい技術が、県民の方々へのサービス向上につながるのなら、活用すべきなのではと考えたことも、AIチャットボットの活用に踏み切った理由の一つでした」と湯澤氏は語る。

 そこで埼玉県はAIを活用したチャットボットによる救急相談システム構築の検討をスタート。上田 清司知事が、「スマート社会へのシフト」という新たなビジョンを打ち出す中で、計画は一気に具体化。最終的にNECの提案が採用され、埼玉県医師会や埼玉県看護協会など関係機関の専門家の協力を得て「埼玉県AI救急相談」の開発プロジェクトがスタートしたのである。

 また、埼玉県救急電話相談の相談件数は年々増え続け、今では年間15万件を数えるまでになり、病院が閉まる17時から22時には電話が集中し、「つながりにくい」という意見もあった。埼玉県では回線を増設するなど対応してきたが、専門的スキルや知識が必要な相談員を簡単に増やすことは難しい。今回の「埼玉県AI救急相談」は、気軽にしかも複数の方が同時に相談できることから、つながりにくさの解消にもつながると期待された。こうして開発された「埼玉県AI救急相談」について、埼玉県では、本格運用を前に、2019年4月19日から5月31日まで試行運用を実施。その結果、1日当たり100件程度の相談があり、県民からは、「電話より気軽に使えるので助かる」、「とても役に立ちました」、「症状に応じたアドバイスがあるので不安が軽減された」といった評価が寄せられたという。

パソコン/スマートフォンからいつでも手軽に救急相談できるサービス

 医療関係者だけでなく、県民からも期待を寄せられるAI救急相談。その流れは、おおよそ以下のようになる。

 埼玉県AI救急相談は、埼玉県ホームページの「埼玉県AI救急相談」にアクセスすることで利用できる。
 まず、基本情報に入力し、次に利用者が患者の情報をフリー入力する。「頭がクラクラしています」と入力すれば、AIが全体の文脈から意味を把握し、医師が監修した108パターンの症状別テーブルの中から、「熱中症」「高血圧」など該当する可能性のある症状をリストアップしてくれる。

 その上で、医師が監修したシナリオに従って「緊急度」を表示。緊急度は、(1)赤(今すぐ救急車)、(2)オレンジ(ただちに医療機関を受診)、(3)黄(早めに医療機関を受診)、(4)緑(通常診療時間内に医療機関を受診)、(5)白(現時点で医療機関の受診の必要はない)の5段階で表示し、利用者へアドバイスする。

埼玉県AI救急相談の概要
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 また、緊急度判定が(1)と表示されれば、画面には「119番」のボタンが表示され、ワンクリックで救急車を呼ぶことができる。また、(2)~(5)の場合は、症状によっては「首筋や腋(わき)の下、足の付け根などを、タオルを巻いた保冷剤等で冷やす」など、自宅でもできる処置をアドバイス。さらに、途中で電話の相談員に相談を切り替えたい場合は「救急電話相談」のボタンを押せば、相談員と直接電話することができ、またこれまでの相談内容を共有することもできる。

チャット形式で症状を入力することができる(PCでの画面イメージ)
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緊急度が高かった場合は、119番に直接連絡できる(スマートフォンでの画面イメージ)
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 このように、AI救急相談は、手軽で簡単に使えるようになっており、より多くの県民の不安の解消や、適切な救急車の利用を目指している。重症患者は確実に救急搬送し、軽症患者には適切な対処法をアドバイスすることによって、救急医療の最適化を図ること──それが、今回のAI救急相談における最大の眼目といえる。

救急相談の自動化に向け、いくつもの課題を乗り越える

 ただし、救急相談の自動化を進めるに当たっては、いくつかの課題をクリアする必要があった。

 AI救急相談の監修を担当した、自治医科大学附属さいたま医療センター救急科教授の守谷 俊氏はこう語る。

 「今回の取り組みは新しい挑戦。埼玉県の救急医療の発展に貢献できると考えました。最も気を使ったのが、『相談主がフリー入力した主訴(患者の訴える主な症状)を、どの症状に落とし込むか』という点でした。相談主の主訴を、108パターンある症状別テーブルのどれにひも付けするかが重要で、それを間違ってしまうと大変なことになる。このため、監修に当たっては細心の注意を払いました。加えて、AI救急相談のシナリオを、できるだけ救急電話相談のシナリオに近づけることも、重要なポイントの一つでした。そのために、救急電話相談を担当する看護師にヒアリングを行い、日本臨床救急医学会や自治医科大学附属さいたま医療センターの救急医療の専門家、埼玉県医師会の先生方にもアドバイスをいただきました」

自治医科大学総合医学第1講座
自治医科大学附属さいたま医療センター
救命救急センター長 救急科科長
センター長補佐
教授 博士(医学)
守谷 俊氏

 こうした課題の克服を技術面から可能にしたのが、NECのAI技術であった。

 通常、主訴と症状のひも付けを自動化する際、ネックとなるのが「言葉の揺らぎ」である。例えば、嘔吐の症状一つとっても、利用者は「気持ち悪い」「吐き気がする」「もどした」など、様々な言い回しで表現する。これらの微妙な言い回しの中から同義語を集約して、症状別テーブルの中から該当のものを正確に選び出すためには、言葉の揺らぎを吸収する必要がある。

 そこで今回のシステムに導入したのが、NECの最先端AI技術群「NEC the WISE」のひとつ「テキスト含意認識技術」であった。この技術は、2つの文が同じ意味を含むか否かの含意判定において、米国国立標準技術研究所(NIST)の評価タスク(2012年)で第1位を獲得した実績を持つ。その世界最高峰の高精度な認識技術により、NECは「救急相談の自動化」という野心的な試みを、技術面から支えることとなったのである。

 現在、「AI救急相談」の試行期間における利用者からのフィードバックを基に、システムの評価と検証が進められている。

 「微調整はまだ必要ですが、症状が一つではないケース(頭が痛くて熱がある、等)にも適切な対応が取れていると思います」と守谷氏は評価する。

自動推論の技術により”AIコンシェルジュ”への進化を目指す

 現在、NECでは、AIチャットボットの音声対応や多言語対応も計画中。これが実現すれば、聴覚障がいのある人や在留外国人が、救急相談を利用することも可能になるだろう。NECの神原 武は、その将来構想についてこう語る。

NEC
関東甲信越支社
医療ソリューション営業部
主任
神原 武

 「NECではAI技術を活用して、”AIコンシェルジュ”へと進化させることを目指しています。AIコンシェルジュとは、AIが相談主の質問の意図を汲み取り、答えを出すための支援をするツール。とはいえ、相手の意図を把握することは、今のAI技術ではなかなか難しい。それを実現するため、NECでは『相手の言葉の裏側に、どんな意図が潜んでいるか』ということも含めて学習する、自動推論の技術開発に取り組んでいます。この技術を活用することで、最終的には医療機関や県民の皆様へのサービス向上に寄与していきたいと考えています」

 今回、埼玉県が開発したAI救急相談が軌道に乗れば、救急医療にAIを活用する動きは全国に広がるだろう。AI活用が切り拓く、救急医療の新たな未来──その課題と可能性について、守谷氏は最後にこう思いを語った。

 「現在の救急医療は、人と人とのコミュニケーションで成り立っています。救急相談や救急車、救急外来、専門診療科など、各現場で患者さんの訴えを聞き、次の現場に申し送りしながら、膨大な仕事をこなしているわけです。もし今後、デジタル化で患者さんの情報共有が進めば、医療従事者は診察と治療に対して、さらに集中することができる。AIが救急医療の一部を担い、本当に救急搬送が必要な緊急性の高い重症患者さんを見つけ出してくれることを、期待しています」

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