

産業界と社会の課題解決に挑む。豊かな社会への道筋とは
text by Kazuki Miura/photographs by Ryoji Fukuoka(GEKKO)/ illustrated by Forbes JAPAN 2019年11月5日Forbes JAPAN webより転載
余剰生産による食品ロス・廃棄、少子高齢化に伴う労働力不足、多様なキャッシュレス決済の登場や消費環境の変化、デジタル技術の発展と比例し多様化する脅威など、現代の日本社会はさまざまな課題に直面している。そして、それらは社会課題であると同時に、社会を構成する産業、企業の取り組むべき喫緊の課題でもある。
そのような社会課題を解決するために、推し進めているのが「NEC Value Chain Innovation」だ。
社会価値創造型企業を標榜するNECは、この事業で「豊かな社会」を実現しようとしている。同社がこの事業に並々ならぬ情熱を注ぐのはなぜか、そしてどのような取り組みなのか。キーマン尾川 和之と、森田 亮一にその想いを聞いた。
二人が所属するのは、NEC Value Chain Innovationを構成する事業活動とマーケティング活動をつなぐHUB的役割を担うデジタルインテグレーション本部だ。尾川は本部長代理として、産業界をまたぐNEC Value Chain Innovation全体に関わるミッションを担当。森田は、IoTを用いた製造業の見える化やネットワーク効率化などのサービス立ち上げを経験後、そのスキルを活かしてジョイン。現在は本事業の中核である、食品ロス・廃棄に関する需給の最適化のプロジェクトを担当している。
NEC Value Chain Innovationは、企業、そして社会にどんな影響を及ぼすのだろうか。
企業同⼠がつながることで⼤きな課題を解決できる
これまで、食品ロス・廃棄や労働力不足、消費環境の変化などの課題に対して、それぞれの企業単位、または業種単位で解決への取り組みが行われていた。しかし、もはやこれらの課題は一企業単独で解決できるような規模ではなくなってきているという。
「サプライチェーンは川上から川下まで密接につながっているため、一企業だけの取り組みでは課題を解決できなくなってきている。ですが、現在の産業界は、インターネットやIoTの発展などに伴い、企業同士または業種同士のつながりが非常に増えてきており、企業間、業種間が連携し課題解決の方向性を導き出すことで、今まで一企業では解決できなかった課題が解決できるのではないかと考えています」(尾川)

たとえば労働力不足という課題に対して、これまではそれぞれの企業がさまざまな取り組みを行ってきた。小売店ならば営業時間の短縮や、セルフレジの導入、クリスマスケーキなどの季節商品の受注生産の実施などがその例だ。
しかし、これらの取り組みはあくまでも「その企業」「その店舗」での解決でしかない。彼らは、もっと大きな視点での社会課題の解決を念頭に置いている。
「たとえば小売店舗の場合、店頭でものを売る人のほかにも、店舗にものを収める人、商品を保管しておく倉庫、商品を運ぶ物流システム、商品を製造するメーカーというように、ひとつの事業には複数の企業が関わっており、複数の課題が連結しています。近年はデジタル化が進むことで、各企業間の連携がより密接になってきているため、さらに連携の密度を上げていくことが課題解決につながるのではないかと考えています」(森田)
我々一般消費者に商品が届くまでの間には、製造、物流、小売など、さまざまな業種が関係している。これまでは、それぞれの企業、業種が問題解決を行ってきたが、それだけではもはや追いつけないほどスピード感が増しているのだ。
課題解決においては、デジタル化が非常に重要な要因となるNECは考える。すでにIoTや画像認識、強固なセキュリティ技術など、これまで開発してきたさまざまなデジタル技術を用い、個々の企業やプロセスなどの効率化を行ってきた実績がある。
「データの付加価値化」が新しい価値を⽣み出す
産業界をより密接に連携させ、新たな価値を創造するために必要不可欠なものが「デジタル化」だ。
その一例として、コンビニの省人化店舗の実現がある。画像認識技術を使い、利用者の入退店の管理やセルフレジでの決済、AIを用いた商品の発注数予測システムの導入などにより、ほぼ無人に近い店舗運営が行えるというものだ。この省人化店舗により、少人数での店舗運営が可能となるだけでなく、AIによる発注数予測により食品ロス・廃棄の削減が期待できる。デジタル技術が、課題解決の一助となるのは、この例からもわかるだろう。
そしてデジタル化によって、産業界を「つなげる」ことをもっとも重視している。
「単に企業の持つデータを共有するというだけではありません。現実の社会から取得したデータを、デジタル空間でつなげることで、 企業間、業種間のつながりがより密接になります。我々は、いかにデジタルでつないでいけるかというところにフォーカスしています」(尾川)
すでにIoTの導入により、工場、物流、小売など各種業種でさまざまな現場のデータを取得することが可能となっている。
データを分析し、機械のメンテナンス予測やトラックの走行状況、発注数の予測などを行うことは当たり前に行われているが、自社内で活用することが多かった。
しかし、それらのデータを企業の枠を越えて活用することで、一企業だけではなく業界全体、さらには消費者にとどくまでのバリューチェーン全体の底上げが行えるのではないか。彼らが目指すのはそこだ。各企業がデータを共有してつながることで、新しい価値を生みだそうというのだ。
「つなげる」と言っても他業種のデータをただ共有するということではない。個々の企業が持つデータを、画像認識やAIなどのデジタル技術を用い付加価値化することで、さらに新しい価値が生まれる。尾川は「データの付加価値化」と呼んでいる。
「需給最適化プラットフォーム」で使われているデジタル技術
NEC Value Chain Innovationの取り組みは多岐にわたる。そのなかのひとつが「需給最適化プラットフォーム」。これを活用して解決しようとしている課題が「食品ロス・廃棄」だ。
食品ロス・廃棄が起こる原因のひとつが、需要と供給の予測が甘く過剰在庫や機会損失になってしまうというもの。食品がムダになってしまうということはもちろん、そのロス分も加味して商品の価格に反映されていることを考えると、我々消費者にとってもデメリットとなる。
この食品ロス・廃棄は、SDGsでも重要課題として取り上げられているように、世界規模の課題でもある。これを解決するには、もはや一企業の努力では追いつかない。そこでNEC Value Chain Innovationの取り組みを通して解決しようとしている。食品ロス・廃棄が起こる大きな原因のひとつが「タイミングのズレ」だ。
「我々消費者は、買いたいと思ったときに店舗に行きます。店舗では、消費者が買いに来る少し前に店頭に商品を並べておく。当然、店舗への搬入はそれよりも前であり、製造はさらに前ということになります。このタイミングがズレると店舗では余分な商品を確保してしまい結果として食品ロス・廃棄や 品物がなくて買えず機会損失が起こるのです。そこで消費者の需要に合った適切な個数を製造、流通するために、デジタル技術を使っていこうという取り組みを行っています」(森田)
この食品ロス・廃棄問題の解決策として開発したのが「需給最適化プラットフォーム」だ。これは、各企業が提供したデータを集積し、AI技術を使って新しいデータを作り出すというもの。ここに集積されているデータは、各企業の過去の売り上げデータなどはもちろんのこと、さまざまな種類のコーザルデータを組み合わせ「異種混合学習技術」で分析、精度が高いだけではなく、用途に応じた新しい価値を生み出すことができる。すでに数社の食品メーカーがこのプラットフォームを使い、出荷予測に活用しているという。
このようなAIを使ったデータ分析を一企業が独自でやろうとすると、データの収集の段階からかなり困難なことは容易に想像が付く。しかし「需給最適化プラットフォーム」を活用すれば、そこに参加企業が提供するさまざまなデータが集まっており、それぞれの要望に合った活用が可能になる。企業としては、データ収集と分析の手間が大幅に削減できるという大きなメリットが生まれる。
さらに、企業単独では取得できないようなデータをプラットフォーム上に提供していくことで、あらゆる業種の企業が使える情報をアウトプットできるサービスとなっている。データ分析のための技術だけでなく、分析のための必要なデータもNEC側がある程度用意してくれるというわけだ。
需給最適化プラットフォームで算出される予測結果は、その判断根拠も一緒に提示されるホワイトボックス型となっているのも特徴。予測結果は価格による影響なのか、天候による影響なのか、店舗の施策による影響なのかといった理由も示されるのだ。この根拠が示されることで、最終的な判断をする担当者の経験則などを取り入れて数字を見直すといったこともしやすくなる。
「このようなシステムが浸透していくと、今まで3人で行っていた業務が2人でできるようになったり、10時間かかっていた作業が3時間で終わったりといったように、業務の底上げが可能になります。底上げにより空いた人員や時間を、他の価値のある業務に使えるようにするのが理想です」(森田)

これらの技術が進化していき、さまざまな企業が利用するようになってくると、サプライチェーン全体の最適化への活用も視野に入ってくる。
「我々は、需給最適化プラットフォームをデータ流通基盤と捉えています。今は食品をメインに取り扱っていますが、将来的には生産財や半導体・電子部品などへも対応させていきたいと思っています。まずは各社に利用していただき需要予測の最適化を図っていき、より業務の効率化ができるように、徐々に物流などにも範囲を広げていきたいですね」(尾川)
社会課題を「⾃分事」として捉えた省⼈型店舗運営
前述した異種混合学習技術や自律適応制御のほかにも、シームレスな顧客体験を実現する顔認証技術や、設備の予防保全のためのIoTによるモニタリングなどもNEC Value Chain Innovationを支える重要なデジタル技術だ。こうした技術はすでにいろいろな産業で使われているが、NECグループ企業が入居しているビルにある、セブン-イレブン三田国際20F店でも実証実験が行われている。
この店舗はビルの20階で営業。入店者は顔認証で入店し、決済も顔認証で行う。異種混合学習技術の活用により、店舗の品揃えを支える発注業務をAIがアシスト。人間が行う陳列、接客といった機械にはできない作業に注力できるようになる。
この店舗は、忙しいビジネスマンが手ぶらで手軽に素早く買い物ができるだけでなく、少人数で店舗運営ができる実例として注目を集めている。
「お客様から意見をいただくことはもちろん重要ですが、我々自身がこういった取り組みを行うことで、自分事として捉えられるというのが大きなメリットではないかと思っています」(森田)
単に技術だけを提供するのではなく、実際の消費者目線、店舗運営の目線で開発を進めているという点において、この事業に対してどのような想いで取り組んでいるのかが垣間見えるだろう。
安全・安心なデジタルデータ運用のための「AIと人権ポリシー」設置
NECは、120年の歴史の中でさまざまな技術開発を行ってきた。その集積が今回も活かされている。さまざまな業種のお客様と向き合い、技術を開発してきたからこそ、企業が提供するデータを安全・安心な形で管理・運用するための秘匿化や秘密計算といった技術が、需給最適化プラットフォームにも活用されている。尾川は「産業全体として取り組むべきというムーブメントを作らないといけない」と語るが、経済産業省の「産業データ共有促進事業」の幹事会社として参加するなど、業界をリードしていく立場としても認識されている。
しかし、単に技術的な側面だけでは語れない部分も多い。企業にとっては、自分たちのデータは財産。それを簡単に他社に公開していいのか、またどの部分まで公開していいのか、そして利用する側はどのように利活用するのが適切なのか判断できないといったこともある。特に、個人情報などに関しては、取り扱いには慎重になる必要がある。
そこでNECでは、プライバシーへの配慮や人権の尊重を最優先して事業活動を推進するための指針として、「AIと人権ポリシー」を策定している。AIの利活用によって生じうる人権課題を予防・解決するためのポリシーだ。
各国・地域の関連法令等の遵守をはじめ、社員一人ひとりが、企業活動の全ての段階において、人権の尊重を常に最優先なものとして念頭に置き、それを行動に結びつけていく。
「データを目的外に使わないという基本的なルールをきちんと作っていくのはもちろん、単なるITベンダーとして、データを利活用するという立場だけではなく、安全・安心なデータ運用ということについて、一緒になって考えていく立場としてやっていかなければならないと考えています」(森田)
産業界の課題解決が企業力につながり、世界の課題解決につながる
「食品ロス・廃棄問題の場合、廃棄の半分は産業界が生み出していると言ってもいいと思います。それをどう解決していくかを考えて実行していくと、食品ロスを削減できるだけではなく、バリューチェーンのムダも削減することができ、圧倒的に効率化される。すると企業の利益が上がり競争力も上がる。一方で、世界的に問題になっている環境破壊や食糧危機、貧困などの解決にもつながっていきます。そのような大きな循環システムが形成されるようになるのが、NEC Value Chain Innovation の理想です」(尾川)
NEC Value Chain Innovationは、産業界の垣根を越えてつながり、社会課題を解決していこうという目的がある。しかし、ただそれだけではない。SDGsが提唱するような「社会課題に取り組むことで企業自体の競争力を上げる」ということにもつながる。そして、その中心となるのが産業界であると考えている。
その一例として、オープンAPI(Application Programming Interface)の活用により、産業を横断したイノベーションを促進するために、「API Economy Initiative」という研究会を立ち上げ、金融機関、通信企業を始めとする多様な事業者とともに、2018年11月からワーキンググループを開き、異業種がつながることで生まれる新たな経済圏「APIエコノミー」について議論を進めてきた。この活動から共創の取り組みも生まれているという。
社会の隅々までデジタル技術が行きわたった「Digital Inclusion」な世界で、産業界をデジタル技術でつなぎ、これまでよりもさらに効率的でスムーズな社会を形成すること。そして誰もが安全・安心・効率・公平にデジタルの恩恵を受け、生き生きと生活できる豊かな社会の実現に向けて動いている。そのために、データの取り扱いなどを適正に扱うためのルール作りも行いながら、産業界全体がよりスムーズにつながることを目的としているものだ。
ただしそれだけではない。この取り組みを通し、産業界を構成する様々な企業と供に変革をもたらすことが各企業の発展につながり、社会課題の解決にもつながっていく。つまり、産業界全体の発展が、やがては地球全体で抱えるさまざまな問題解決につながっていくと考えている。
NEC Value Chain Innovationは単なるビジネスプラットフォームというだけではない。社会が抱える課題を解決するための、21世紀のビジネスの根幹となるもの。すべての人が笑顔で過ごせる社会を実現するために、産業界に変革をもたらすだろう。
