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2020年02月17日

地元の大切な足を守り抜きたい。JR四国が目指す鉄道の未来

 少子高齢化が進み、労働力人口が減少していく中、鉄道業界は、安全運行の要ともいえる設備メンテナンスのマンパワー不足に直面している。これを受けて、JR四国では、IoTにより設備検査の測定データを収集・蓄積するシステムを構築。AIにより蓄積したデータを解析し、故障を予測して検査の省力化を行う体制の実現に向けて踏み出した。NECとの共創により、新しい鉄道の安全・安定輸送に取り組む同社のメンバーに、今回のプロジェクトの狙いと課題、その意義について話を聞いた。

鉄道業界で進む、人材の高齢化と人手不足の深刻度

 重要な社会インフラとして人々の生活を支え続けてきた鉄道。その鉄道が、沿線人口の減少と超高齢化により、大きなターニングポイントを迎えている。四国旅客鉄道(以下、JR四国)でも、そうした影響から人材の高齢化と人手不足が深刻化しているという。

四国旅客鉄道株式会社
鉄道事業本部 工務部 電気課
課長
谷 芳彦氏

 同社の谷 芳彦氏は、危機感をにじませる。「JR四国では国鉄民営化時期の採用抑制の影響もあって、46~55歳の中堅社員が圧倒的に少なく、国鉄時代に入社したベテラン世代もどんどん高齢化しています。経験の浅い若手技術者比率が増加する中で、再雇用された先輩社員の助けも借りて、知識・経験を補いながら、なんとか鉄道設備を維持しているのが実情です」。

 こうした中、鉄道業界ではさまざまなリスクが表面化。中でも深刻なのが、現場で設備の検査を行う検査員の不足だ。設備の故障は列車の運行に支障をきたす。たくさんの人の移動を支える鉄道事業にとって、「安全・安定輸送」の確保は、まさに事業の存続にかかわる至上命題。その根幹を担っているのが、鉄道設備の異常を検知し、故障や事故を未然に防ぐ「検査業務」である。

 現在、855.2kmの路線を維持するために、検査員が沿線の現場を回り、目視による点検と電圧・電流などのデータ計測を行っている。とはいえ、点検すべき設備は踏切だけでも1200を超える。検査員のマンパワー不足が深刻化すれば、検査が行き届かなくなるのは必至で、故障の多発はもちろん、最悪の場合は事故を誘発しかねない。

 「検査員の不足が懸念される中で、鉄道の安全運行に必要な設備も増えており、検査員の負担は増す一方です。このまま行けば、数年後には、完全なマンパワー不足に陥ってしまう。抜本的な作業の効率化を図らないかぎり、鉄道設備を維持できなくなる。四国の方々の足がなくなってしまう可能性があるのです」と同社の安藤 公志氏も続ける。

 検査をいかに確実・効率的に行うか。JR四国は以前からテレメータシステムを導入。鉄道全線の電気設備に取り付けたセンサーから、故障情報を中央の指令所に送信し、リアルタイムに集中監視を行う仕組みを構築していた。

四国旅客鉄道株式会社
鉄道事業本部 工務部 電気課
副長
安藤 公志氏

 だがこのシステムでは、遠隔で異常発生時の値を知ることはできても、故障を未然に防ぐことや故障原因を突き止めることはできない。そこで、2016年のテレメータシステム更新の際、JR四国では、新たに測定データを収集・蓄積する機能を追加。このシステムリニューアルを機に、蓄積したビッグデータをAIで解析し、検査業務を効率化する可能性を模索し始めた。すなわち、時間周期に従って設備の取り換え・保全を均一的に行うTBM(Time Based Maintenance)から、個々の機器の状態に応じて取り換え・保全を行うCBM(Condition Based Maintenance)への移行である(図)。

 ビッグデータとAIを活用し、壊れる前に故障の予兆を発見できれば、検査計画は不要となり、設備ごとにメンテナンス時期を最適化し、検査の省力化や予防保全の強化へとつなげることができる。そうすれば設備故障による列車の停止・遅延はなくなり、利用者にとってよりスムーズなサービス提供ができる。テレメータを先行導入した区間において、1年分のデータ蓄積に成功したことも、JR四国がCBMへの一歩を踏み出す布石となった。

テレメータデータの活用により目指す姿
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社会インフラと親和性の高い、ホワイトボックス型のAIを採用

 1年間の試行期間を経て、新テレメータシステムが稼働したのは2017年秋のこと。ただし、解決すべき問題は残っていた。それはAIをこのシステムにどう実装するかである。

 そんな折、システムリニューアルを担当した為広 重行氏が、NEC主催のイベントに参加したのは、システムが完成する数カ月前のことだった。当時、為広氏はさまざまなAIを独自に調査しており、その一環として、イベントで鉄道分野のAIやIoTの取り組みを紹介するNECの展示ブースを見学、説明員に声をかけたという。

 「具体的事例を交えて、データ解析の仕組みを紹介していただいたのですが、『非常にわかりやすい』というのが第一印象でした」(為広氏)

 特に為広氏が関心を寄せたのが、NECが独自に開発した「異種混合学習技術」であった。通常のAIでは、予測を導き出すプロセスはブラックボックスとなっているが、異種混合学習は、予測の根拠がわかるホワイトボックス型。安全運行を使命とする交通インフラの世界では、常に説明責任が求められる。「その意味で、判断の根拠を第三者に説明できる異種混合学習技術は、鉄道事業との親和性が高い。根拠がわかれば、対処や改善にもつなげられる」と為広氏は感じたという。

四国旅客鉄道株式会社
高松電気区 区長
為広 重行氏

 だが、JR四国がNECに期待を寄せた理由はそれだけではない。NECが親身になって話に耳を傾け、CBMの実現に熱意を示したことも、同社に大きなインパクトを与えたという。

 「鉄道フェアの後、NEC本社でテレメータシステムについて説明する機会があったのですが、NECのさまざまな部署から優秀な技術者に集まっていただき、CBMの実現に向けて大変密度の濃い議論をすることができました。あの会議室で過ごした数時間は、忘れられないですね」(為広氏)

NECをパートナーに鉄道の未来に向けたプロジェクトが立ち上がる

 こうして、JR四国はNECをパートナーに迎え、新型テレメータとAIを活用した実証実験をスタートさせた。これは、テレメータシステムに蓄積された測定データをAIで解析し、故障予知を行うことによって、CBMの実現を目指すというもの。今回の実証実験の目的について、プロジェクトを担当する三﨑氏は次のように語る。

四国旅客鉄道株式会社
鉄道事業本部 工務部 電気課
テレメータプロジェクト担当
三﨑 友樹氏

 「現行オペレーションでは、検査員は決められた周期で現場に行き、計測機器や目視で検査を行います。現場では長年の経験とカンも交えて良しあしを判断しながら、基本的には設備メーカーが定めた周期を参考に、設備の取り換え計画を策定しているのが現状です。今回の実証実験では、テレメータでデータを自動的に収集する仕組みを確立した上で、『データをどう活用すれば、検査の省力化や故障時期の予測が可能になるか』を明らかにしたいと考えています」

 もし故障の予兆を捉えることができれば、設備ごとに適切なメンテナンスの時期がわかるようになり、保全業務の効率化や修繕リソース・コストの最適化も可能となる。ゆくゆくは、蓄積されたテレメータの膨大なデータをAIで解析し、ベテラン技術者の「経験とカン」もAIで補完していく考えだ。

 「そのためにも、まずは人手による検査の最短スパンである、3カ月先の状態を予測できるようにしたい。いずれ1、2年後の長期予測ができるようになれば、老朽機器の取り換え計画さえも、AIで策定できる日が来るかもしれません」と三﨑氏は期待を込める。

スピード感をもってトライ&エラーでプロジェクトを推進

 今回の実証実験は、「運転方向回線」を対象として行われた。運転方向回線とは、上り列車と下り列車が1本のレールを共用する単線区間において、列車の運転方向を設定する回路のこと。この機器が故障すると、列車が運行できなくなり、復旧にも人手と時間がかかるというのが選定の理由だったという。

 初年度の2017年は、150駅間中の観音寺~豊浜の1駅間を対象としたトライアル分析からスタート。だが、データ分析の対象が「運転方向回線」という鉄道独自の設備であったことから、プロジェクトは早くも壁に突き当たった。NECのデータアナリストである川端 正憲はこう振り返る。

 「今回分析する運転方向回線はどのようなもので、どんなアルゴリズムによって稼働するのか。業務知識ゼロからのスタートだったので、最初の1カ月は、『このデータは何ですか』と質問攻めの状態でした。それでも、JR四国のご担当者様はイヤな顔ひとつせず、懇切丁寧に答えてくれました。故障予兆検知そのものは、公共施設などで実績があり、つまずきやすいポイント・その解決などのノウハウは持っていましたので、お客様からいただいた業務知識を掛け合わせることで、壁を越えられました。本当にありがたかったですね」

NEC航空宇宙システム
防衛航空システム事業部 第六技術部 主任
川端 正憲
NEC
交通・物流ソリューション事業部
ソリューション推進部
建山 弓弦

 東京-四国間の距離を埋めながら、スピード感を持ってプロジェクトを進めるために、積極的にテレビ会議なども活用。「山積する課題を解決できたのは、さまざまな手段を通して、密接にコミュニケーションを行い、イメージを共有・議論できたからこそ。今までのやり方にこだわらないJR四国の積極的な姿勢もあり、トライ&エラーを重ねながら、スピード感をもってプロジェクトを推進できました」と語るのは、NECで鉄道案件の分析コーディネータを務める建山 弓弦だ。

 今回の実証実験では、克服すべき技術的な課題も多かった。「例えば、設備の稼働状態の把握もその1つです。こちらとしては、特定の時間ごとに各設備がそれぞれどういう状況だったのかを知りたいのですが、鉄道では電気信号を『リレー方式』で伝達しています。リレーという言葉通り、これは電気的に複数の接点が順番に切り替わっていく方式。そのため別の場所でとった同じデータを時間軸で見ると、更新のタイミングがわずかにズレてしまい、機械は別のデータだと認識してしまう。それをいかに1つの時間軸で表現するかが、最大の技術的課題でした」(川端)。

 この課題を解決するため、プロジェクトでは列車の在線状況を活用してイベント化し、複数拠点のデータを1つのデータにまとめる”イベント同定”を開発。この技術は鉄道設備のデータ分析における重要な解析手法であると考えられる。

少子高齢化が進む四国だからこそ最先端を走りたい

 トライアル分析が終了した後、2018年にはテレメータデータの本格実証を行う「ステップ1」へと移行。現場での業務知見を踏まえた精度向上策の検討が行われた。その結果、高精度の予測率を達成し、7日先の故障予兆の検知を実現させている。「現場の中には、新しい点検の形に対する不安を持つ人もいます。そういった不安に一番良いのは、結果を見せること。やってみなければ何も変わらないので、前向きにチャレンジしていきたいですね」と為広氏は語る。

 現在、プロジェクトは「ステップ2」に進み、実験対象も複数駅間に拡大。テレメータデータの追加とさらなる精度向上、現場での運用を見据えた分析などが行われている。さらに今後は分析パターンを拡大し、いずれは全駅間へ、さらに故障予兆検知の対象も運転方向回線だけでなく、すべての電気設備にまで拡大していく考えだ。

 ただし、それにはクリアすべき課題もある。鉄道の電気設備は、山中や海沿いなど、温度・湿度・振動が異なるさまざまな環境に設置されている。同じ設備機器であっても、設置場所によって寿命に差が出るため、故障する一歩手前のギリギリまで設備を使うには、天気などプラスアルファのデータが必要不可欠となるからだ。逆に言えば、こうした情報を分析できれば、精度の向上につながるわけだ。

 「将来的には、各駅間の設置状況を記した設備台帳をベースに、設備全体の予測が可能な仕組みを構築したい。このまま人口減少が進めば、利用者も鉄道会社の人員も減っていくでしょう。しかし地元の方にとっては、どの路線も重要な足であることに変わりはありません。その中で、いかに効率的で安全・安心な輸送を提供するかが一番の課題です。その最適な方法が、AIを使った保全の省力化だと考えています」と安藤氏は抱負を語る。

 今回の実証実験の成果を基に、来年度には、検査周期の延伸もスタート。2025年までにCBMへの本格移行を果たす計画だ。さらにその先には鉄道会社の一員として、新しい夢を三﨑氏は描く。

 「これから地方の人口がますます減っていく中で、新しい鉄道の在り方を考えていく必要があります。『2023年には、自動車が空を飛ぶ』といわれていますから、それなら鉄道も、『空飛ぶ鉄道』や『海列車』を夢見てもいいのではないでしょうか。10年早く高齢化が進んでいる四国だからこそ、最先端を走りたいですし、『安全・安定輸送』の提供という最重要義務を果たすためにも、機器の自己診断・自己修復による”保守の完全自動化”や工事のロボット化など、さまざまな取り組みを通じて夢を実現していきたい。今後のJR四国を皆様に楽しみにしていただけるよう、今後も全力で走っていきたいと思います」と、三﨑氏は力強く語る。

 NECの建山も「鉄道の安全・安定輸送の確保に貢献し、お客様を快適に目的地まで送り届ける。こうした鉄道の本質を支え続けることで社会貢献を果たすとともに、利用者がワクワクできるような未来を鉄道事業者様と共に創りあげていきたい」と先を見据える。

 AIの活用により、新たなステージへと移行しつつある鉄路の世界。JR四国とNECの共創により、鉄道のレールは、新たな夢を乗せて走る未来への懸け橋として変貌しつつある。

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