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デジタルトランスフォーメーションでビジネスチャンスをつかめ!

一石二鳥の顧客体験と、カスタマーエクスペリエンス(CX)高度化

2017年02月28日

 この半年、カスタマーエクスペリエンス(CX)の高度化に対する関心が再燃しています。一方で「CXは大切だけどROI評価が難しい」「金の臭いがしない」といった声も聞かれます。本稿では、ウェルズ・ファーゴ、動画配信サイト、無印良品の事例を通して、CX高度化と設備コスト軽減の両立を目指す事例を紹介します。

自分だけの現金自動預け払い機で、設備の占有時間を最小化する

 米国の大手銀行、ウェルズ・ファーゴのATM(現金自動預け払い機)には見慣れないボタンが表示されます。「90ドル引き出し。取引明細書は不要」というボタンです。50ドルでも100ドルでもない中途半端な金額ですが、これは、ATM利用者の過去の利用状況を分析し、その人が行いそうな取引をボタン一つで実施できるようにしたものです(1)。そのため、別の人が利用するときには、ボタンに表示された金額は65ドルになったり、290ドルになったりします。

 これは、金融機関におけるカスタマーエクスペリエンス(CX)高度化として、よく知られた事例です。ですが、本事例の面白みはそれにとどまりません。この事例はCX高度化と設備コスト軽減を同時に実現しうるのです。

 たとえば、金曜夜には繁華街のATMは混雑します。あまりに長い行列となればクレームも出るでしょう。混雑を緩和するには、ATMを増設することが解決策となります。しかし、一人あたりのATM利用時間が半分になるような工夫をしたらどうでしょう。ATMの増設も顧客のガマンもなく、混雑という課題が消滅します。ATMの操作に無常の喜びを感じるという特殊な嗜好を持っている人を除けば、誰も損をしません。

 実際にコストをおさえた事例を見てみましょう。ある実用動画の配信サービスです。このサービスでは、顧客にはできるだけ毎日訪問して欲しいけれど、一回あたりの動画再生時間は短くあって欲しいと考えていました。多くの顧客が長時間にわたり動画を再生すれば、動画配信設備のコストがかさむためです。

 訪問頻度の向上と滞在時間の短縮という、一見すると矛盾する2つの目的を達成するためにどのような手立てが講じられたのでしょうか。

 このサービスでは、動画の紹介画像と再生開始箇所に工夫をこらしました。過去の視聴履歴にもとづき、紹介画像を顧客にとって最適なものとすることで、関心の低い動画が再生される時間が減りました。さらに、適切な動画にたどり着いたあとも、必要と予想される箇所から再生を開始することで、再生時間を短縮しました。これもまたCX高度化とコスト削減を同時に実現しています。

 このようにCXは顧客に対するメリットだけでなく、事業者の業務改善にも有効です。顧客の便益と事業者のコスト最適化は「こちらを立てれば、あちらが立たぬ」というトレードオフとは限りません。両立させることもできるのです。

 課題を真正面から解決しようとする真面目な大企業は少なくありません。製品性能の向上、歩留まりの向上、納期の短縮などです。通底するのは、「そこに需要があるならば、それを満たすための製品・サービスの供給を強化することで、需要を充足する」という考え方です。このような「供給力の強化」はいうなれば工業時代の解決方法なのかもしれません。

 一方、情報時代の解決方法は「調整」です。ATMの例でいえば、設備の増設や処理速度の高速化が工業的解決であり、それぞれの顧客に最適な選択肢を示し、振る舞いを変えることが情報的解決です。これまでの工業的解決だけに頼るのではなく、情報的解決も組み合わせることは、デジタル変革の一つの眼目といえましょう。

 このような取り組みを促す骨太の問いかけはどうあるべきでしょうか。たとえば「供給だけで解決しようとせずに、需要側の振る舞いを変えられないのか」と、問いかけることは、調整によって複数の課題を同時に解決するためのヒントになるかもしれません。

無印良品の遅得、アマゾンの急がない便は何を目指すのか?

 前項で見た「早く用件を済ませたい」「済ませてもらいたい」という関係は、ほぼすべての顧客や事業者で価値観が一致します。本項ではもう少し複雑なパターンとして、顧客によって重視する評価項目が異なる状況を見てみましょう。

 無印良品の「遅得」は興味深い事例です(2)

 無印良品では価格が10パーセントオフになる割引キャンペーンを不定期に行います。その際は、受注件数が増加し、配送の負荷が大きく増えるという課題がありました。それを乗り切るための臨時アルバイトの数が増やすと、配送作業におけるミスも増えます。

 遅得はこのような繁忙期に、配達が遅くなることへ同意した顧客に対して一定のポイントを提供し、配送作業の集中、すなわちピークを平準化します。もちろん、早く商品が欲しい顧客は遅得に応じませんが、価格感度が高い顧客は喜んで遅得に応じます。結果、2013年11月のキャンペーン期間中には、1万9000人の顧客が遅得を利用しました。

 米国アマゾンも同様の取り組みを始めています。「”No-Rush Shipping Program”(急がない便)」と呼ばれるこの取り組みでは、通常2営業日以内の配達であるところを、「5営業日内でいいよ」と融通を効かせることで、次回の買い物に使えるクーポンがもらえるしくみになっています(3)

 このような施策を行うことは「急ぐわけではなく、おトクに買い物をしたい」顧客と、「物流コストの上昇や、サービス品質の劣化を避けたい」事業者、その双方の利害が一致します。施策は供給サイドの都合だけではなく、顧客に主導権を与える形で進めています。

 事業者と顧客の関係は多様化しています。事業者が製品・サービスを提供し、顧客は対価を支払うだけの関係ではなくなっています。たとえば、マーケティングの領域で関心を集めている「共創マーケティング」は顧客に知恵も出してもらおうという取り組みですし、「クラウドファンディング」は、顧客に初期投資もしてもらう取り組みです。

 顧客のなかには知恵や金はないけれど、消費の量やタイミングについて融通を効かせることで協力できるという人もいるでしょう。例えるならば、居酒屋の常連で、店が混んできたら進んでお勘定をしてくれるような顧客です。そのような調整弁となってくれる顧客に「悪いね!でも助かる!」とささやかな返礼を含めた調整を行うことは業務全体の最適化を行う上で極めて重要です。共創やファンディングに比べれば地味かもしれませんが、このような取り組みは製品企画や資金調達とは異なり、日々の業務の最適化に寄与します。影響範囲は広く、大きな効果も期待できるでしょう。

 類例は古くからありました。航空会社がオーバーブッキングをしたときに席を融通してくれた顧客に対してマイルを提供するフレックストラベラーのようなしくみです。近年のテクノロジの進展は、フレックストラベラーに比べて、より多様な評価項目に関して、ストレスを感じることなく、融通・妥協をしてくれる顧客を見つけることを可能にしました。さらに、そのような顧客との調整を行うことも容易にします。

 業務上のピークが発生するときに、供給力の強化だけでそのピークをこなそうとするのではなく、ピークの中に「融通の利くなじみの客はいないのか?」と問いかけることが全体最適につながるかもしれません。

 工業時代に成熟した「供給力の強化」が不要になったわけではありません。しかし、この十数年の消費者を取り巻くテクノロジの進化は「調整」のためのコストを劇的に下げました。供給強化のコストよりも、調整のコストのほうが低くなる場面はこれからも増え続けます。そのようななか、これまで通りの問題解決方法に固執すれば、コストパフォーマンスの良い調整を行う事業者に負けることになるでしょう。

(1)"Wells Fargo ATM Tour", Wells Fargo Website, https://www.wellsfargo.com/atm/tour/(2017年2月閲覧)
(2)「消費者が求めるのは、早く届くことだけか」奥谷孝司、日経デジタルマーケティング(2016年2月)
(3)"Free No-Rush Shipping credits on Prime orders", Amazon.comウェブサイト, https://www.amazon.com/b?ie=UTF8&node=9433645011(2017年2月閲覧)

鈴木 良介(すずき りょうすけ)氏

株式会社野村総合研究所
ICT・メディア産業コンサルティング部 上級コンサルタント

株式会社野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部所属。情報・通信業界に係る市場調査、コンサルティング、政策立案支援に従事。近年では、ビッグデータの活用について検討をしている。近著に『データ活用仮説量産 フレームワークDIVA』(日経BP、2015年12月)。総務省「ビッグデータの活用に関するアドホックグループ」構成員(2012年5月まで)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTビッグデータ応用領域領域アドバイザー(2013年6月~)。

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