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2017年04月24日

破壊的イノベーションを勝ち抜くデジタル戦略

「単なる」デジタル化で満足してはいないか(前編)

多くの企業で進んでいる「単なる」デジタル化

 「当社では、営業担当者の全員にタブレットを配っているし、オペレーションでは紙の帳票をなくすため、Webで完結できるシステムを導入しています。デジタル対応はばっちりでしょう。」ここまで胸を張られると、多くの方は違和感を覚えられるだろう。デジタル化って、デバイスやシステムを導入するだけではないでしょう、と思ってしまう。

 ただ、多くの企業で語られているデジタル化は、社内情報の入力・出力に新しいデバイスを導入したり、業務プロセスをシステム導入によって自動化したりという、「単なる」デジタル化に留まっている。たとえば、社内に散らばっている顧客データを統合しようという流れがある。データアーキテクチャを見直したり、プライベートDMPのようなツールを導入して、データの統合を進めたりする。ただ、統合されたデータを活用して、ビジネス自体が大きく変わった、という話はあまり聞かない。最近取り上げられることの多い、人工知能(AI)を使ったチャットボットでも同じだ。人手で行っている顧客からの問い合わせ対応を、AIに代わりに回答させることで自動化していく。ただ、チャットボットを導入することで、ビジネスがどう変わっていくのかが見えないケースが多い。

 もちろん、「単なる」デジタル化でも、顧客の利便性を高めたり、業務を効率化できるのであれば、進めていく意味はある。利便性が高まって、顧客の満足度が上がれば、売上が伸びるかもしれない。自社のオペレーションのコストが下がれば、利益はその分だけ増える。

 しかし、「単なる」デジタル化を進めた先に、成長のスピードを上げるようなビジネスモデルの大転換や、オペレーションコストの圧倒的な削減、組織の形・人材像の大きな変化があるようには思えない。

「単なる」デジタル化だけでは、ほど遠い「デジタルトランスフォーメーション」

 デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉は、2004年にデジタルによる日常生活での大きな変化を指す言葉として、スウェーデンの大学教授が定義したのが最初とされている。それから10年後の2014年頃から、企業全体の変革を指す言葉として使われ始めた。言葉の成り立ちが示しているように、DXの大前提には顧客である生活者のデジタルによる行動の変化がある。スマートフォンを使う人がいなければ、誰もスマホ用サイトやアプリを使ったサービスを開発しないということだ。

 顧客の行動変化のキザシをとらえた企業が、自社のビジネスモデル、オペレーション、組織・人材の変革を通じて、顧客への提供価値の革新にまでたどり着く。それがDXの本質である。誤解してはいけないのは、Appleのようにまったく新しい価値を顧客に問いかけて、顧客の行動自体に変化を起こすことは、DXが目指すのではないということ。あくまで、顧客の行動変化のキザシをとらえて、自社の提供価値の革新を果たしていくことである。

 提供価値の革新において重要なのは、モノ・サービス自体の機能としての価値ではなく、モノ・サービスを使うことで心地よいと感じてもらう価値である。つまり、顧客がモノ・サービスを使った時の、カスタマーエクスペリエンス(CX)への理解が必要となる。

 顧客がどのような経験に価値を感じるかを意識しないまま、顧客への対応を進めている例がとても多い。なぜなら、CXを理解するための前提となる、ペルソナ、カスタマージャーニーを作っている企業がまだまだ少ないからだ。ペルソナを作り、その顧客になりきったつもりで、カスタマージャーニーを妄想していく。顧客の全ての行動を観察することはできないので、その人になりきってしまう方が早いのだ。カスタマージャーニーの妄想なしに作ったモノ・サービスは、確かに機能は以前よりも良くなっているけど、顧客はあまりスゴイと感じていない。

 顧客へのなりきりを追求していくと、行き着く先はパーソナライゼーションになってしまう。顧客になりきり、個客を意識すると、求めているCXが千差万別であることに気づくだろう。それは、オークションやクラウドファンディングのWebサイトを見ると、すぐに納得できる。たとえば、ヤフオク!では、飼育用のカタツムリが980円で落札されていたりする。

 ただ、パーソナライゼーションを実現しようとすると、すぐにジレンマに陥ってしまう。個客に向けて、モノ・サービスをカスタマイズすればするほど、オペレーションが複雑になり、コストも上昇していく。当然、今までのビジネスモデルでは儲けられなくなる。マーケティングを例に考えてみよう。入手できる顧客の行動データが増え、クラウドツールの導入も進みつつあり、ターゲットを個人単位まで細分化しやすくなっている。その中で、意味のあるパーソナライゼーションまでしようとすると、マーケティングのシナリオが複雑になり、表示するコンテンツを大量に用意する必要が生じる。実行が難しいだけでなく、コストもたくさんかかる。

 ビジネスとして成り立たせるためには、顧客からのお金のもらい方であるビジネスモデルを根本から見直さなくてはならない。さらに、それに合うようにオペレーションの仕組み、それを担う組織も人材も見直さなければならない。つまり、CXを高めようとすれば、パーソナライゼーションを実現できるように、ビジネスモデル、オペレーション、組織・人材の全てを根本から見直す。それがデジタルトランスフォーメーションである。一方で、個別の要素の見直しに留まるのが「単なる」デジタル化であり、その延長線上ではデジタルトランスフォーメーションは決して起きない。

後編へ続く

小貫信比古 氏

株式会社ベイカレント・コンサルティング
コンサルティング&IT事業本部 パートナー

三井物産株式会社、ボストン・コンサルティング・グループを経て現職。消費財・エネルギー・ヘルスケアを中心に、事業戦略、マーケティング戦略の立案からM&A、コスト削減まで幅広く対応。最近では、デジタル領域でのビジネスモデル構築、マーケティング戦略の策定・実行支援に従事。共著書に「デジタルトランスフォーメーション」、「デジタル化を勝ち抜く新たなIT組織のつくり方」

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