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2017年04月24日

破壊的イノベーションを勝ち抜くデジタル戦略

「単なる」デジタル化で満足してはいないか(後編)

デジタルトランスフォーメーションに近づくためには

 前回説明したように、デジタルトランスフォーメーション(DX)では、カスタマーエクスペリエンス(CX)の向上に向けた、ビジネスモデル、オペレーション、組織・人材の抜本的な見直しが不可欠となる。多くの企業が、「単なる」デジタル化に留まるのは、ビジネスモデル、オペレーション、組織・人材の個別での見直しから抜け出せないためだ。

 ビジネスモデルの見直しから始めた場合、新たなビジネスの売上が数億円を超えたあたりで、失速してしまうことが多い。ビジネスの立ち上げ時に設計したオペレーションやシステムが、顧客の増加に対応できなくなり、顧客対応の遅延やシステムダウンによるサービスレベルの低下が目立つようになる。結果として、既存の顧客が離れ始め、口コミ評価も悪くなるので、新たな顧客もサービスを使うのをためらってしまう。裏にあるのは、ビジネスモデルの立ち上げ期に、業務プロセスの専門家であるオペレーションデザイナーやシステムの専門家であるスーパープログラマーを、既存のビジネスから引き離して配置することの難しさである。そのため、ビジネスアイデアを考えることが得意なビジネスアーキテクトのみで、走り始めてしまう。立ち上げ時に、オペレーションデザイナーが業務量の増大を想定して業務プロセスを設計し、スーパーエンジニアが拡張性の高いアーキテクチャーに沿ってシステムを作れば、サービスレベルが急に低下することはない。

 次に、オペレーションの見直しから始めた場合、既存のビジネスモデル、組織・人材の見直しまでの動きは出てこない。既存顧客の不満、社内ユーザーの要望、組織間での役割分担に囲まれて、担当者がやれることの制限が多い。好き放題に要件を言ってくる関係者間の調整をするだけで精一杯で、新しいことを考える余裕などない。外から見ると、地道な改善活動を進めているけれども、そこから新たなCXの提案、業務プロセスの変革、他部門の役割まで踏み込んだ対応が出てくるように見えない。

 組織・人材の見直しから始めた場合、デジタル活用を推進する専任組織を立ち上げるのが流行のアプローチだ。時価総額の上位100社の中では、既に54社が導入している。その多くが、既存の課題の解決ではなく、新たな価値の提供を目指している。新たな価値提供のために、デジタルテクノロジーを使ってみるという前提から発想をスタートするテクノロジー起点、自社の製品・サービスにデジタルを活用する発想であるプロダクト起点がある。業界の傾向としては、金融業界やサービス業界ではテクノロジー起点で組織を立ち上げているケースが多い。一方で、製造業は自社の製品にデジタルによる価値を付加するコンテンツ起点で組織を立ち上げることが多い。ただ、成果が出ずに、そのまま社内から忘れられた存在になってしまうこともある。衝突を恐れずに、社内の常識から外れたビジネスの立ち上げや、新たなオペレーションを始めるような胆力のあるリーダーがなかなか社内にはいないためだ。

 ビジネスモデル、オペレーション、組織・人材それぞれの話をして来たものの、結局はそこで活躍する人材に議論が行き着いてしまう。推進組織のリーダーとして、Chief Digital Officer(CDO)を登用する企業もグローバルでは増えてきている。グローバル大企業の約6%が、CDOを登用している一方、日本でのCDO登用の例は、まだまだ少ない。上場企業の上位100社でCDOを登用しているのは、SOMPO Holdingsとブリヂストンの2社のみである。CDOの下に、ビジネスアーキテクト、オペレーションデザイナー、スーパーエンジニアがいて、ビジネス観点、オペレーション観点、テクノロジー観点がそろっている体制が望ましい。

 ネガティブなことばかり話していると、DXを進められている企業がそもそも存在するのか、という質問が出てくる。そのたびに、GEのDXの事例を紹介している。GEは、2012年から「インダストリアルインターネット」というコンセプトで、従来の機器売りからデータを統合・活用したサービスへとビジネスモデルの転換を図っている。その中で、ビジネスモデルだけでなく、オペレーションとしてアジャイル型の開発手法を採り入れたり、ソフトウェア開発センターを開設して、のちにCDOとなるリーダーをIT大手のCiscoより招聘している。さらに、開発を担うソフトウェアエンジニアを千人規模のレベルで採用している。ビジネスモデルだけでなく、オペレーション、組織・人材の見直しを同時にやり切ってしまっている。

 ビジネスモデル、オペレーション、組織・人材の三位一体での見直しが、DXに近づく唯一の方法なのである。

小貫信比古 氏

株式会社ベイカレント・コンサルティング
コンサルティング&IT事業本部 パートナー

三井物産株式会社、ボストン・コンサルティング・グループを経て現職。消費財・エネルギー・ヘルスケアを中心に、事業戦略、マーケティング戦略の立案からM&A、コスト削減まで幅広く対応。最近では、デジタル領域でのビジネスモデル構築、マーケティング戦略の策定・実行支援に従事。共著書に「デジタルトランスフォーメーション」、「デジタル化を勝ち抜く新たなIT組織のつくり方」

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