2017年03月30日
デジタルトランスフォーメーションでビジネスチャンスをつかめ!
ビジネス用語の既成概念を破壊する、デジタル変革のインパクト
デジタル変革は、社内であたりまえに使われてきたさまざまな用語の定義を根底から変えてしまいます。コマツが変えた「与信」、トヨタが再度変えつつある「品質」、流通金融の登場が明らかにする「優良顧客」。変革の結果として生じる、さまざまな「定義の変化」を通して、デジタル変革のインパクトを紹介します。
病気の定義をゲノムレベルでやり直す
「デジタル変革」という言葉が注目されています。変革とは聞こえがよいですが、実際に何が変わるのか、何を変えようとしているのかよくわかりません。「変革」と呼ぶにふさわしい大きな変化が見えてきている事例を一つ見てみましょう。
たとえば、ゲノム医療の世界では、ガンの定義・分類が変わりつつあります。(1)
ゲノムとは生命の設計図であり、ヒトゲノムは4種類の物質が30億並ぶことによって記述されています。30億の配列は、一人ひとり異なり指紋よりも正確な本人特定の材料として使われています。
ヒトゲノムは2003年に初めて解読されました。最初の解読には13年の歳月と30億ドル(約3,300億円)の予算が投じられました。月日が流れ、2016年には約1000ドル(11万円)の予算と数回の時間で、個人の全ゲノムを解読することが可能になりました(2)。実にムーアの法則を上回る速度で解析技術が進化しているのです。
初解読の2003年当時、やがてすべての人が自分のゲノム配列を知る日が来るのではないか、ということが夢物語として語られました。ところが、現実はそれにとどまりません。自分自身のゲノムの把握どころか、病変部、すなわち「私のガン」のゲノムを特定することが始まっているのです。
ゲノムは、紫外線や化学物質などさまざまな刺激によって変異を起こし、それが積もり積もって病気になります。正常なゲノムと病変部のゲノムを比較することで、どのような変異が起きた結果の「ガン」であるのかを特定することができます。
これまでガンの定義といえば、組織・細胞の変異といった症状によって定義されていました。しかし、解読のコストが安くなったことで、症状に至るゲノム変異そのものにさかのぼってガンを定義することが可能になりつつあります。このように病気の定義をゲノムレベルで詳細に実現することで、「より副作用が少ない投薬」といった治療の最適化が実現されます。テクノロジーの成熟が、定義の変化をもたらし、これまでよりも有効な施策を講じやすくするのです。
ここまでは、医学の世界の議論ですが、商売の世界にも共通する議論が多く見られます。ITのコストが安くなり、収集可能なデータの種類が増え、データ解像度が高まりました。それらのデータを用いて、医療や事業を行う上で重要な事項の定義が変わりつつあります。商売の世界ではどのような定義の変化が進んでいるのか見てみましょう。
「購入金額が大きい顧客」と「購入余力が大きい顧客」のどちらが大切か?
さまざまな業界で自社事業の核となる概念の定義を変えようとする動きが見られます。
たとえば、与信における「担保」です。これまで担保とはなりえなかったものもテクノロジーを活用することで担保としやすくなり、その結果、迅速な与信や、与信枠の拡大を行うことが可能になります。
コマツはIoTの活用によって、金融サービスを拡大しました。同社の金融サービスでは、コマツ製品を担保としてエンドユーザーに貸し付けを行います。同社の説明は明快です。(3) 「建設機械は再販価値が高いため、顧客倒産の際もコマツの貸し倒れリスクは限定される。但し、現車を確保することと再販が容易になるよう建機のコンディションを良好に保つことが重要」としています。この但し書きを充たすために、遠隔からの位置確認やエンジン停止といった機能を活用。結果的に、IoTを活用した本格参入後、事業規模は約3倍に拡大しました。
これはテクノロジーの活用によって「担保」の定義を変え、合理的にリスクを取ることに成功した事例といえるでしょう。単価の高い建機はこのような取り組みを始めるのが特に早かったですが、その後もITのコストは下がっています。コストが低下するにつれ、このような取り組みの裾野は広がると考えられます。
ほかには、「優良顧客」の定義も変わるでしょう。
たとえば、小売業ではこれまでにもID-POS由来データを活用して、「優良顧客」を特定してきました。これは、「金の使い方にもとづく定義」ですが、「収入も含めた懐具合にもとづく定義」をとる事業者も出て来るかもしれません。たとえば、給与振込先としてスーパーの系列銀行を指定させたり、家計簿アプリのサービスと連携をさせたりすることによって、収入・支出の両面から、正確に優良顧客を特定することが考えられます。
自社スーパーでの支出金額が多かったとしても、その人の収入に照らして上限ギリギリまで自社で買い物をしているのであれば、いくら販促費をつぎこんでもそれ以上に買い物をしてもらうことは困難です。一方、同じ購買額であっても収入が倍の顧客ならば、別のスーパーでも買い物をしているでしょう。その奪還を目指すことは合理的な作戦となります。このように、新たなデータにもとづく「優良顧客」の再定義は、販促費の最適な活用を可能とします。
トヨタが目指す、真剣白刃取りのような「品質」
お客様の定義が変わるだけでなく、社内で使われる施策に関する言葉の定義も変わってくるでしょう。たとえば、トヨタは「品質」の定義が変わる可能性を示します。(4)
コスト削減につながる可能性もある。たとえば、トルクに関するビッグデータを分析すれば、部品の強度の適合具合を知ることができるという。ある部品の強度が必要以上に高すぎる、すなわち過剰品質であることを「事実」として把握できれば、部品を適正な強度に設定し直してコストを削減することが可能だ。トヨタ自動車は「ビッグデータを使うことで、市場データ(事実)を踏まえた新たな設計基準を作ることができる」という。
「過剰にならない設計基準」という考え方自体は決して新しいものではありませんが、車輌の利用動態データにもとづいてまるで真剣白刃取りのような、ギリギリ問題がない品質の提供を行う事業者は、これまでの定義に拠って立つ事業者よりも競争優位となります。
これは、品質だけでなく機能の加除についても同様です。メリーランド大学のローランド・T・ラスト教授は2006年に「消費者は多くの機能が搭載された製品を好んで購入するが、使用を開始するとその多機能を嫌い、返品・乗り換え・悪評の流布を行う」という研究結果を発表しました(5)。
研究が発表された2006年当時は、「そうかもしれない」と思っていても検証するすべは乏しく、「競合と機能優位に立たれたら恐い」という観点から機能削除の判断は難しかったかもしれません。しかし、今は違います。IoT活用により製品利用データを検証できるようになると、このような「憎悪の対象となる機能の評価」といった事項も重要なテーマとなってくるでしょう。
これまで社内で金科玉条となっていた品質に関する掛け声、錦の御旗になっていたネットアンケートにもとづく顧客像、何かをやらない理由になっていたリスク評価。それらのなかには、安く・容易に手に入るようになったデータによって、定義の洗い替えをしなければならない事項が含まれているはずです。「その用語は、これまでのどおりの定義で使ってよいのか?」という問いかけがことさら重要な状況になっているのではないでしょうか。
(1) 「イルミナHiSeq2000によるがんのシークエンス解析」、中川英刀(2012年)
(2) 出典:「次世代シーケンサー」日経デジタルヘルス(2016年4月)
(3) 「リテールファイナンス事業について」、グローバル・リテール・ファイナンス事業本部長 執行役員 板野泰司、コマツIR-DAY2016事業説明会資料(2016年9月)
(4) 「IoTでクルマづくりとビジネスを変える」日経ものづくり(2016年12月)
(5) 「便利で不愉快な機能過多を排す」ローランド・T・ラスト、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー(2006年6月)