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禅・マインドフルネス×ICTでワークスタイル変革を!

 アメリカの首都ワシントン、ホワイトハウスに程近い一角には、政権移行疲れした人々のために昼寝や禅の瞑想ができる場所がある。週60~70時間働くシンクタンクのコンサルタントが開いたスタジオ「リチャージ(Recharj)」は、時間に追われるワシントンの人たちのオアシスとして昨年秋に仮オープン。トランプ氏が米大統領選で勝利した11月8日を境に顧客数が急増したという。(1)

米首都ワシントンのホワイトハウス近くにオープンした昼寝&瞑想スタジオ「リチャージ」(2017年1月19日撮影)。©AFP/Margaret DONALDSON

シリコンバレーを魅了したマインドフルネスと、ジョブズの禅

 マインドフルネスという瞑想を主体とした心の訓練法が、米国・シリコンバレーで一大ムーブメントとなっていることは、あまりにも有名だ。スティーブ・ジョブズをはじめ、アメリカのビジネスエリートたちが率先してマインドフルネス瞑想法を実践したことから、有名なグローバル企業が組織的に実践しており、英米の一流大学のビジネススクールなどのアカデミズムでもカリキュラムに取り入れている。

 中でもグーグルの取組みは本格的だ。社員6万3000人のうち、その約3割が何らかの瞑想法を実践していると、グーグル幹部で自らも瞑想法の教師であるゴービ・カーライル氏は語る。(2)また、マインドフルネスの研修プログラムを開発し、『サーチ・インサイド・ユアセルフ』の著者であるチャディー・メン・タン氏は、グーグルの元エンジニアだ。なぜこれほどにマインドフルネスという瞑想法がアメリカのビジネス・パーソンに浸透してきたのか。そこにはキラーストレスという名も登場するほどの職場環境や、過剰な情報を処理しきれず、それに振り回される社会環境が大きく関係していることは否めない。ネット世界の中枢にいるシリコンバレーの人々がそうした危機にいち早く気づき、その対策としてマインドフルネスに着目した、と言っても過言ではない。

 さて、このマインドフルネス、米国で立ち上げられたのは、実はそう新しいことではない。創始者であるジョン・カバット・ジン氏がマサチューセッツ大学にストレス低減センターを創設したのは1979年。60~70年代のヒッピー・ムーブメントや東洋思想への傾倒から脱却し、脳科学という最新の療法が受け入れられた時代だ。したがって、ジン氏はマインドフルネスの瞑想法が東南アジアの上座部仏教を基にしていることは強調せず、むしろ仏教色を取り除いた行動療法の一つとして普及させた。いわば一般のアメリカ人にも受入れられるようにカスタマイズされた「禅」だ。これが徐々にアメリカ社会に浸透していく。

米サンフランシスコで開催されたマックワールドカンファレンスでiPhoneを手に登場した故スティーブ・ジョブズ氏(2007年1月9日撮影)。©AFP/TONY AVELAR (3)

 2000年に入ると、シリコンバレーのICT企業創始者たちが次々これに着目する。しかし、彼らが魅了されたのはむしろ、この瞑想法の東洋からの影響の部分だった。彼らの間で、座禅やマクロビオティックなどの食餌療法に代表される嗜好が、再び流行し始めた。スティーブ・ジョブズが大正から昭和にかけて活躍した日本の版画家、川瀬巴水の作品のコレクターだったことはつとに有名だが、彼の日本憧憬は版画にとどまらなかった。鈴木俊隆著『禅マインド ビギナーズ・マインド』を愛読し、新潟県出身の曹洞宗僧侶、乙川弘文氏を30年間師と仰いで禅による瞑想を実践した。「ジョブズの禅」とマインドフルネスがここに合流し、シリコンバレーを席巻する。