

デジタルトランスフォーメーションでビジネスチャンスをつかめ!
API連携・システム連携が、企業取引の主客一体を進める
API連携・システム連携は、サービス開発の効率化にとどまらず、企業間取引のあり方を大きく変えていきます。本来、顧客に使わせることを想定していないシステムを開放することで、双方にメリットが生じるような事例も出てきています。寺田倉庫とバンダイの連携事例をはじめ、パナソニックのシステムキッチン事業、トッパン・フォームズの帳票作成の事例を通して、「B2Bにおける主客一体」の萌芽を紹介します。

SUMMARY サマリー

鈴木 良介(すずき りょうすけ)氏
株式会社野村総合研究所
ICT・メディア産業コンサルティング部 上級コンサルタント
株式会社野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部所属。情報・通信業界に係る市場調査、コンサルティング、政策立案支援に従事。近年では、ビッグデータの活用について検討をしている。近著に『データ活用仮説量産 フレームワークDIVA』(日経BP、2015年12月)。総務省「ビッグデータの活用に関するアドホックグループ」構成員(2012年5月まで)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTビッグデータ応用領域領域アドバイザー(2013年6月~)。
部材となる機能を提供する
API連携に注目が集まっています。一方で、連携ありきで議論が進み、その目的設定が後追いになっていたり、連携できる環境さえ用意すれば誰かがどうにかしてくれるのではないかといった他力本願的な取り組みも見られます。
本稿ではAPI連携等によって、どのような効用を得ることができるのか事例を交えて紹介します。API連携と題してはいますが、実装方法としてのAPI活用にこだわらず、自社が保有する機能を他社に対して柔軟に提供するような施策全般を取り上げます。
API連携の効用が明快な活用として、他社がAPIを介して提供する機能を用いて効率的に自社サービスを開発・提供することがあります。たとえば、寺田倉庫は、自社の倉庫サービスについてAPIを開き、そのAPIを活用して他社が新しいサービスを提供することを促します。
実際の事例として、バンダイはガレージキットのお預かりに特化したサービスを提供するために、寺田倉庫が提供する機能を利用しました。自分の作ったガレージキットを倉庫に預け、いつでも取り出すことができるというサービスです。
もしも、バンダイが一から、倉庫業やそのためのシステム開発をしようとすれば、大規模な投資が必要になります。しかし、寺田倉庫が基盤となる仕組みを裏で提供しているため、安く・早くサービスを開始することができました。
これは、API連携による効率的なサービス開発の好例です。
自社システムを顧客に開放し、業務連携を高度化する
寺田倉庫とは少し性質の違うサービス事例として、パナソニックとトッパン・フォームズの事例を見てみましょう。いずれも、顧客に対して自社システムを開放・供与するような事例です。
パナソニックは約14万社の工務店に対して自社のシステムキッチン設計システムを一部開放しました(1)。システムキッチンのリフォーム需要は、規格品の大量生産だけでは取り込めないため、カスタムメードを行う必要があります。カスタムメードは手間がかかるため、それを効率的に行わなければなりません。そこで、同社は、工務店と工場をネットで直結し、カスタムメードの生産効率を極限まで高めるようとしました。
「社内限定だったシステムに工務店がアクセスできるようになり、リードタイムを圧縮できた」(同社)といいます。
顧客宅内で寸法などを測り、工務店の担当者がタブレットで色や形状などの「特注情報」を入力。それをもとにシステムが見積もりを計算し、3Dの設置イメージを表示する。顧客が気に入り発注すると、遠く離れたパナソニックの工場で即座に機械が稼働し始め、1週間後には世界で一つしか無いシステムキッチンが顧客宅に届くというしくみになります。
トッパン・フォームズも同様の取り組みを行っています(2)。
同社は、請求書などの帳票を作成するためのソフトウェアを、「シェアコンシェル」というサービスとしてウェブ上で顧客に対して開放しました。シェアコンシェルが登場するまでは、顧客はまずExcelなどで草稿を作成し、その上で同社に発注していました。
シェアコンシェルが登場した背景には、帳票を作成する際には様々な制約条件やノウハウを加味しなければならないという事情があります。そのような事情を知らない顧客が一から草稿を作成しても、結局は受注後に同社が手直しをするという手戻りが常態化していました。そのような課題を踏まえ、同社のノウハウの塊である多様なテンプレートを顧客が利用できる環境を整備したのです。
これにより、メールを介しての草稿のやりとりや、電話による進捗確認などのコミュニケーションが削減されることになりました。結果、帳票制作を依頼されてから最初の帳票案を提示するまでの期間を30-50%削減できるとしています。
類似する2つの事例を見ました。ここからは2つの効用が読み取れます。
第一の効用は、企業間取引の効率化です。取引先に対して、より踏み込んだ情報開示・システム開示を行うことで、双方の無駄がなくなりました。
もちろん、あらゆる企業間取引でこのような開示が可能になるわけではありません。顧客側とすれば、自社の内情が筒抜けになれば、取引の際に足元を見られると考えるケースもあるでしょう。化学品メーカーのダイセルは、ある顧客が23カ国に保有する工場から顧客の生産計画を取り込み、自社の生産計画の的中率を向上させています(3)。このように影響が大きく、関係が深い重要顧客から、取り組みを始める事例も見られます。
第二の効用として、機能提供側の事業者としては、顧客における変化を早期に察知することができるでしょう。顧客に対してシステムの利用を許可するということは、同時に顧客側が関心があることをデータとして収集できるようになったということです。
消費者向けサービスにおいては、早くからこの考え方がありました。たとえば、検索サイトにおいて消費者は検索サービスの提供を受けていますが、同時に「何に関心があるのか?」というデータの提供を行っているという考え方です。ECサイトで言えば、「どのような商品に関心があるのか」というデータの提供になります。今となっては当たり前の話ですが、このような「問いかけデータ」は広告や商品推奨に活かされる金になるデータとなります。
2つの事例においてこの「問いかけデータ」が活用されているか、どのように活用されているかは明示されていませんが、需要の発生や、競合に競り負けた状況などを推察し、営業体制の強化などに活用していくことも考えられます。
B2Bの主客一体
本連載の「変革を実現するための「資源の仮想化」」、「「デジタル主客一体」が実現する、顧客との新しい関係」では、これまでは明確な役割分担があった「提供事業者と消費者」の関係があいまいになり、双方の協力によってよいサービスが実現される「主客一体」の関係が進行していくことを見てきました。
本稿で示したように、主客一体の流れは企業と企業の関係においても生じてくるでしょう。B2Bにおいてはこれまでにもそのような事例はたくさんありましたが、API連携・自社システム開放のような取り組みが進むことで、ますます加速していくと考えられます。
また、パナソニックがシステム連携をした工務店が14万社あったことからもわかるように、このような施策で恩恵を受けるのは大企業だけではありません。国内400万社と言われる中小企業もこれにより、恩恵を受けると考えられるのです。400万中小企業と大企業が様々な形でシステム連携をし、無駄のない効率的な取り組みをすることは、経済全体の活性化につながるでしょう。
- (1) 「馬車のままでは置き去りにされる」日経ビジネス(2015年1月)
- (2) 「トッパン・フォームズが帳票サービス刷新」日経コンピューター(2016年10月)
- (3) 「技術伝承・化学企業の挑戦(5)”ものづくりは人づくり”」化学工業日報(2015年12月)
関連リンク