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広告・マーケティング分野で浸透する AI
~ 北米業界最新動向 ~

 近年、様々な業界でデジタル化・AI化が進展しているが、金融業界に続いて、オンライン広告の普及とともに早くからデジタル化した「広告・マーケティング業界」でも、今AI化が大きく前進しつつある。今回は、広告・マーケティング業界におけるデジタル化の歴史を振り返るとともに、海外を中心に急速に普及が進んでいるAI活用例を取りあげ、デジタルマーケティングの最新動向を解説したい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

デジタル化の波を経てきた広告・マーケティング業界

 1994年に初めてのオンラインバナー広告の配信が始まってから、広告・マーケティング業界はオンライン化・デジタル化を推し進めてきた。

 ダイレクトメールに変わってメールマーケティングが一般化し、同時に購買履歴やメールのやり取り、カスタマーサポートへのコンタクト状況をトラッキングする顧客関係管理システム(CRM)が普及した。 

 その後、Googleが台頭しはじめた2003年あたりから、リスティング広告やSEO(検索エンジン対策)などの施策が一般化して、サイト訪問するユーザーを検索キーワードや検索履歴から、特定のセグメント層や個別のユーザーとしてターゲティングする形に変化してきた。

 同時に、ブログやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)が普及し、ソーシャルメディアやインフルエンサーを介して自社コンテンツを拡散させるコンテンツマーケティングも立ち上がってきた。特にソーシャルメディアでは、特定のインフルエンサーやユーザーがどれぐらいのフォロワーを持っているか、どのような分野における影響力が強いか、どの分野のコンテンツやコメントを数多く投稿しているかなどのデータを分析して、実際に影響力の強い人たちへ個別にアプローチするようになっている。

オーディエンスターゲティングとビッグデータ化

 2007年からディスプレイ広告やビデオ広告などでも、個別のオーディエンスターゲティングを活用する環境が整備されてきたことから、特定の属性を持つ、もしくは行動するユーザーに向けて広告を売買するための広告エクスチェンジが拡大してきた。

 例えば、「7万5000ドル以上の収入のあるシアトルに住む20代男性で、現在自動車の購買を検討している」というターゲティングが可能になっている。これらのデータはメディアサイトやデータプロバイダーから提供されていて、広告主は特定の要素のデータを保存・利用することが一般的になっている。

 どのような広告やコンテンツに触れているのか、どのキーワードの検索を行っているのかなどといったユーザーの行動履歴も、カスタマージャーニーの中でどの段階にそのユーザーがいるのかを特定できる要素となっている。また、その段階に対しての広告クリエイティブやメール配信、ソーシャルメディア上でのコンテンツ提供なども行われている。

 特に、自社製品を購買する消費者の属性・オンライン行動と似た属性や行動を示すユーザーを見つける「オーディエンス拡張」を利用することで、コンバージョンにつながりやすいユーザー層への広告ターゲティングが可能となっている。これもユーザーのデータを様々なソースから集めて、比較できるようになった結果である。

Salesforce、AdobeもAI化へ

 上記のような多チャネルでの広告・マーケティング施策に対応するために、広告主は自社で多数のマーケティングテクノロジーを組み合わせて利用する状況になっている。

 CRM、マーケティングオートメーション(MA)、ソーシャル分析、検索エンジン対策(SEO)、DSP(Demand-Side Platform:広告主・エージェンシー向けの購買プラットフォーム)、DMP(Data Management Platform:ユーザーレベルでのオンライン・モバイル行動・属性データの保存プラットフォーム)などを組み合わせて、広告・マーケティング業務に対応する必要があり、セールスフォース・ドットコムやアドビ、オラクルなどが統合マーケティング・データ分析クラウドを提供しているのが現状である。

 CRMプラットフォームから始まり、今では企業運営全般のクラウド化を推し進めるセールスフォース・ドットコムや、クリエイティブツールから始まったアドビは、今ではどちらもCRM、マーケティングオートメーションなどを含めたMarketing CloudやAnalytics Cloud、Sales Cloudなどを大手企業に提供している。

 そして両社ともAI機能を提供し、ユーザーのセグメント化を図っている。SalesforceのAI機能である「Einstein」は、Marketing Cloudではメールへのエンゲージメント人数を予測する「Predictive Scoring機能」やセグメント人数の予測機能である「Predictive Audience」、Analytics Cloudでは「Wave Analytics」を提供し、コンバージョン率を向上させるための次の打ち手を推奨する機能を提供している(下図)。

Salesforce Wave Analytics:コンバージョンをさらに上げるための施策を3つ提示している。

増えるマーケティングAIプラットフォーム

 マーケティングテクノロジー調査会社Raab Associatesの代表David Raab氏は、2016年のマーケティングテクノロジーカンファレンスで下図の「Machine Intelligence for Marketing」を公開した。2年前に作成されたものではあるものの、スタートアップ企業から大手のクライアントが利用する業界プレーヤーまで、数多くがカバーされている。

Raab Associatesによるマーケティング業界における機械学習・AIテクノロジー利用プラットフォームを列挙。

 この図では上段左側がStrategy/Assist(マーケティング戦略サポート)、Design/Assist(キャンペーンデザインサポート)の分野となっている。マーケティング戦略サポート分野では消費者トレンドや競合企業の広告トラッキング分析を行うサービスやコンテンツの貢献度を示すスコアリング、ユーザー作成コンテンツの分析などの機能を提供する企業が示されている。

 例えば、競合企業の広告トラッキング分野において、AdClarity(https://www.adclarity.com/別ウィンドウで開きます)はバナー広告、ビデオ広告などで競合がどのようなメディア購買戦略を実施しているのかを、広告出稿状況やクリエイティブから分析するサービスである。

 ユーザー作成コンテンツ分野のOlapic(http://www.olapic.com/別ウィンドウで開きます)は、ユーザーが大量の画像をアップロードするインスタグラムなどで、自社で利用できそうな画像やインフルエンサーによる画像をフィルタリングして示すサービスである。タグ・ホイヤーやノースフェイス、カルバンクラインなど大手ファッションブランドが利用している。

 上段右側はDesign/Decide(キャンペーンデザイン・意思決定)で、実際にキャンペーンやサイト構築、自動化などに利用できるものだ。パーソナル化、記事タイトルの自動生成、見込み客とのメールでの会話の自動化、サイトデザインの自動化、キャンペーンでのA/Bテストの自動化やプログラマティック広告購買のAI利用などが示されている。

 パーソナル化の例では、Sailthru(https://www.sailthru.com/別ウィンドウで開きます)は、メール内の複数の記事、ランディングページなどにおけるコンテンツの組み合わせをユーザーの属性や興味、行動にしたがってAIを利用して自動化することでコンバージョン率や購読率を上げるプラットフォームだ。Hearst、AOLなどのメディア企業やDr. Martens、BirchboxなどEコマース企業に使われている。

 メールでの会話の分野に含まれているConversica(https://www.conversica.com/別ウィンドウで開きます)は、営業代理ツールという位置づけで、メールやチャットによる会話で見込み客の質問に答えたり、電話番号や住所などを取得したり、営業の電話アポイントメントを設定する業務を行うものである。オラクルやSAP、クライスラーのディーラーなどで利用されている。

顧客ごとにカスタマイズされたコンテンツや広告を自動配信

 キャンペーンの自動化やプログラマティック広告分野では、従来からユーザーの属性・行動データを利用したAIや機械学習による自動化施策が行われているが、OneSpot(https://www.onespot.com/別ウィンドウで開きます)では特定のユーザーに向けて、カスタマージャーニーに沿った内容のコンテンツや広告を自動的に掲出し、コンバージョンを促進する。ネスレやユニリーバ、キャンベルなどが利用している。

 下段はデータ分析に関するもので、左のData & Analytics/Assistでは予測分析モデルの構築やテキストデータ分析、ソーシャルモニタリングなどにより、キャンペーンを実施するためのデータを提供するものである。

 例えばQuid(https://quid.com/別ウィンドウで開きます)では、消費者がオンラインでその企業の製品について、あるいは競合の製品についてどのように語っているかを収集し、分析したり、特定の製品分野でのコメントのトレンドなどを示す。

 下段右側のData & Analytics/Decideは、実際に意思決定に使えるデータ分析を行うプラットフォームを用意し、リード(見込み客)スコアリングやアルゴリズムを利用した広告やマーケティングの貢献度を分析するアトリビューション分析などのプラットフォームがリストされている。

 例えば、Lattice(https://www.lattice-engines.com/別ウィンドウで開きます)はB2Bマーケティングで、見込み客にどのような属性があるか、どのような記事を読んだり広告に触れたかなどで営業がコンタクトする段階にあるのか、割引などのオファーを提案するとコンバージョンに至るかを予測する、見込み客スコアリングツールである。デル、Hootsuiteなどが利用している。

 アトリビューションツールでは、Visual IQは現在ではメディア分析のニールセン傘下になっているが、テレビ、新聞やオンライン、モバイル、ソーシャル広告、メールなどを含めて、マーケティング活動の貢献度を特定のユーザーセグメントに置いて分析するプラットフォームである。

コンサルティング業界の広告・マーケティング業界参入

 この3~4年、アクセンチュア、デロイト、PwC、IBMなどがデジタルエージェンシーとしてランキングの上位に入っている。上記に示したように、現在では多くの企業がマーケティングテクノロジーを多数導入し、CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)のIT支出がCIO(チーフ・インフォメーション・オフィサー)・CTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)よりも高くなっているので、その予算を狙っての参入ということもある。

 だが、それに加えて、これらのコンサルティング企業が元々様々なマーケティングテクノロジーやデータ分析プラットフォームの導入や顧客データ分析などの業務を行ってきたことから、その延長としてマーケティング・広告施策業務を伸ばしてきたといえる。実際に、これらのコンサルティング企業は、デジタルエージェンシーやデザインエージェンシーなどを買収して、クリエイティブ能力なども充実させている。

 このようなAI・機械学習プラットフォームがマーケティング分野で使われるようになってきていることから、エージェンシーでのデータ分析、AI学習データ収集・構築・利用などの能力が必要になっており、この流れがさらに加速することが予想できる。

 2018年4月14日、世界最大の広告エージェンシーグループWPPのCEOが辞任したというニュースが流れた。理由についていくつかの説はあるものの、コンサルティング企業が経営レベルからマーケティング分野に参入し、マーケティングテクノロジープラットフォームがAIを使って業務の自動化を推し進めて、さらに上位の業務を取り込もうとしている中、その間にあり、非常に労働集約型であるエージェンシー業務の価値が徐々に薄れていくからであるという議論も聞かれる。実際にWPPの株価はここ1年ぐらいで30%以上落ちており、その責任を取っての辞任ではないかと噂されている。

 日本では、まだAIを利用したマーケティング・広告プラットフォームのニュースはあまり話題にならないが、アメリカでは確実に大手企業も利用しつつある。このようなプラットフォーム群が日本に参入する日も近いだろう。