業界が変わるビジネストレンド
シェアリングエコノミーが創る新たなビジネスチャンス
米Airbnbの民泊サービスや米ウーバー・テクノロジーズのライドシェアサービスに代表されるシェアリングエコノミー(共有型経済)が世界中で急速に市場を拡大している。2016年時点で、中国のシェアリングエコノミー市場は約65兆6700億円に達している(中国電子商務研究センター調べ)。ドイツのメルケル首相のブレーンで文明・経済評論家のジェレミー・リフキン氏は近著(邦訳は『限界費用ゼロ社会〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭』NHK出版)で、「現在の資本主義経済は終焉を迎え、シェアリングエコノミーに移行する」といった主張を展開している。
本当に、このようなパラダイムシフトは起こるのか。そして、シェアリングエコノミーよるビジネスチャンスとは──国内のシェアリングエコノミーの最前線に立つ二人に話を聞いた。
ネットの普及によって過剰所有を見直す機運が高まる
「これまでの資本主義のもとでは、大企業や富裕層のニーズによって世の中が動いていました」。こう指摘するのは、シェアリングエコノミー協会の代表理事を務める上田 祐司氏だ。同氏が創業したガイアックスでは、グループ内でライドシェアやミール(食事)シェアなどのCtoC(消費者対消費者)のマッチングを行うシェアリングエコノミーの事業を運営している。
資本主義経済下で企業が利益を上げ続けるためには、消費者に商品・サービスを継続的に購買してもらう必要がある。上田氏は「継続して利益を得るための販促活動によって、過剰所有や過剰消費が生まれているのです」と評する。例えば、自家用車の稼働率は5%程度といわれている。これは年間に換算すると、わずか20日弱しか利用していないことになる。住宅も過剰な状況にある。総務省統計局が5年ごとに実施している「住宅・土地統計調査」によると、2015年の空き家率(総住宅数に占める空き家の割合)は過去最高の13.5%。820万戸もの住宅が活用されていないのだ。
「さまざまな領域で遊休資産があるにも関わらず、資本主義経済下で私たちは過剰に所有することに慣らされてきました。しかし、インターネットやスマートフォンの普及によって人と人、あるいは企業と人がつながりやすくなったことで、過剰所有や過剰消費のムダが見直されつつあります。世の中には遊んでいる資産がたくさんあって、これを有効活用することが可能だということに多くの人が気付いたからです。人と人がつながると、古き良き時代のように自然と助け合うようになるのです。隣近所で密なコミュニケーションが築かれ、お互いの暮らしを支え合う日本の長屋は、シェアリングエコノミーの一種と捉えてもいいかもしれません」
国もシェアリングエコノミーを促進するようになった。内閣官房は2018年1月に「シェアリングエコノミー促進室」という組織をIT総合戦略室内に設置している。この組織は、情報提供・相談窓口機能のほか、自主的ルールの普及・促進や関係府省などとの連絡調整、ベストプラクティスの紹介などに取り組んでいる。
ただし、日本にはシェアリングエコノミーの普及に対する課題が山積みなようだ。中でも、サービスの提供を阻害している法制度の整備と、利用者の安心・安全を担保する仕組みのニつが大きな課題となっている。
上田氏は「現在の法制度の大半は、インターネットやスマホが普及するはるか昔に施行されたものです。人と人が、いつでもつながっているような現在の環境を想定していません」と語る。2017年に住宅宿泊事業法(民泊新法)が成立するなど後追いで法整備が進みつつあるものの、日本でシェアリングエコノミーを広げるためには、さまざまな領域での規制緩和が必要だという。上田氏は「シェアリングエコノミーに適応した安全性の取り組みを、PDCAサイクルを回して改善しながら、規制緩和を進めていく必要があります。そうしなければ、世界中でシェアリングエコノミーが普及していく中で日本だけが取り残されることになるかもしれません。その結果、後にいざ規制緩和となっても、海外ですでに成長したサービスが日本の市場を総取りしてしまうでしょう」と危惧する。
シェアリングエコノミーが日本経済を救う
こうした課題を解決することを大きな目的として、上田氏やこの後に登場するスペースマーケットの重松 大輔氏が中心となって、シェアリングエコノミー協会が2015年12月に設立された。同協会は(1)すべての人がさまざまなカタチで、経済行為に参加できる社会の実現、(2)新しい経済行為を活性化させ、日本経済全体の発展に寄与すること、(3)プラットフォーム事業者の健全なるビジネス環境と利用者保護体制の整備──という三つのビジョンを掲げて活動を展開している。CtoCのシェアリングサービスを提供する企業を中心として、約250社が会員として名を連ねる。
上田氏は、シェアリングエコノミーが広がることは、極端な少子高齢化が進む日本にとって大きな経済効果があると強調する。「2015年度に約285億円だったシェアリングエコノミーの市場規模が、2020年までに600億円まで拡大するという調査結果もあります(矢野経済研究所調べ)。協会の活動によって普及が加速すれば、さらなる経済効果が期待できます」と語る。とりわけ、喫緊の社会課題となっている地方創生に大きく寄与すると指摘する。地方には現状で一切の付加価値を生み出していない遊休資産が豊富にあるからだ。また、「インターネット空間だけで完結するサービスは米国企業に席巻されていますが、シェアリングエコノミーは実体と連結する必要があります。つまり、地域ごとに定着しなければいけません。その意味で日本発のサービスにもこれからの可能性が残っているといえます」と語る。
シェアリングエコノミー協会では、地方創生に寄与するために「シェアリングシティ」という認定制度を実施している。協会会員企業のシェアリングサービスを二つ以上導入し、シェアリングエコノミーの普及促進に向けた広報活動を実施している自治体を認定する制度だ。認定を受けた自治体が参加する「自治体サミット」を開催するとともに、協会がホームページや会員向けメールマガジンで自治体に対する広報活動を展開する。
上田氏は、シェアリングエコノミーが大企業も含めた大きなムーブメントになると見込んでいる。というのも、Airbnbやウーバーの例から分かる通り、シェアリングエコノミーには伝統的なビジネスを破壊する側面があるからだ。手をこまねいていれば自社のビジネスが浸食される恐れがあるので、大企業自らもシェアリングエコノミーの活動に取り組むようになると予測している。
日本を元気にするビジネスだと確信
上田氏とともに、シェアリングエコノミー協会の代表理事を務めているのが、スペースマーケットで代表取締役/CEOを務めている重松 大輔氏だ。同社は、普段は活用していないスペースを簡単に貸し借り可能にするサービス「スペースマーケット」を運営する企業である。会議やイベントで利用するためのスペースから、古民家、映画館、お寺、球場など、さまざまなニーズに応えるユニークなスペースも提供。2018年に入って売上高が7カ月連続で前年同月比300%以上という好業績を上げている。
重松氏が同社を起業したのは2014年1月。「空きスペースの有効活用」というアイデアは、前職で勤めていた会社で思い付いたという。その会社には稼働率が低いセミナールームがあり、それをほかの会社に貸し出したらとても喜ばれた。重松氏は当時を次のように振り返る。
「空きスペースを有効活用するというサービスは、貸し手と借り手の双方にベネフィットがありますし、無駄な空き時間もなくなります。これは、日本を元気にするヒントになるのではないかと思いました」
中でも、地方における人口減少とそれに伴う空き家問題の解決につながるということが起業を後押しした。「遊休資産が地方にお金を産む貴重な資源になるのです。社会課題を解決して、日本社会を元気にする面白いビジネスになると確信しました」と語る。
今でこそ好業績を維持している同社だが、創業当初は1カ月の成約件数が1桁という厳しい時期もあった。経営的に背水の陣というところまで追い込まれたこともあったが、諦めようとは一切思わなかったという。重松氏は「物件や人をマッチングするプラットフォームビジネスを軌道に乗せるには時間がかかる。世の中をより良くするビジネスなのだから、時間さえもらえれば絶対に成功すると信じていました」と語る。
今では業績が急激に悪化するような心配はほとんどないという。というのは、プラットフォームビジネスには、サービスの利用者が増えるほど、そのサービスに資源が集中するという「ネットワーク効果」があるからだ。現在は、会議室や寺社、キッチン付スタジオ、野球場など多岐にわたる2000件超の物件がマーケットプレイスに掲載されている。創業当初は借り主として法人顧客が多かったが、今では件数で9割、売り上げでは7割が個人利用者。利用方法もパーティーやママ会、写真撮影など多岐にわたる。個人利用者には、リピートしてサービスを利用する顧客が多いという。
同社は現在、空きスペース以外の新たなシェアリングサービスにも乗り出している。2017年には民泊サービス「スペースマーケットSTAY」を立ち上げた。ただし、重松氏は新規事業とは捉えていない。「お客様のニーズに答えていった一つのステップだと思っています。スペースマーケットには古民家の登録も多いのですが、昼間に借りた後に『そこに泊まりたい』という声が非常に多いのです。お客様の声に基づいて、できることは、どんどん増やしていきたいと思っています」と語る。
シェリングエコノミーを前提にビジネスを見直すことが必要に
重松氏は、シェアリングエコノミーで日本が後れをとっていると指摘する。「海外に行って話を聞くたびに、どんどん差が開いていると感じます」と語る。法整備や利用者の安心・安全の担保などがシェアリングエコノミーの普及を阻害しているが、重松氏は「まずは始めることが大切です」と前置きして次のように警鐘を鳴らす。
「日本人には『走りながら考える』というやり方は向いていないのかもしれません。しかし、シェアリングエコノミーにはネットワーク効果が働くので、環境が万全に整備されるのを待っていたら間違いなく後れをとることになります。しかもグローバルな競争になるので、いち早く事業化することが重要なのです。既存の法制度や既成概念を前提に物事を考えていては、イノベーションは生まれません。規制ありきが、イノベーションを拒むのです」
重松氏も上田氏と同様に、シェアリングエコノミーは急速に広がっていくと予測する。実際、日本でも既に多様な領域でシェアリングエコノミーのサービスが始まっている。シェアリングエコノミー協会が作成している「シェアリングエコノミー領域map」には、(1)「シェア×空間」(ホームシェア・駐車場・会議室)、(2)「シェア×モノ」(フリマ・レンタル)、(3)「シェア×移動」(カーシェア・ライドシェア・シェアサイクル)、(4)「シェア×スキル」(家事・介護・育児・知識・料理・教育・観光)、(5)「シェア×お金」(クラウドファンディング)──という5つの領域に96社が名を連ねている。
重松氏は「既存の企業も、シェアリングエコノミーの社会が到来することを前提として、商品・サービスを見直すべきでしょう」と強調する。例えば、自動車メーカーであればカーシェアリングで利用されることを前提として仕様や機能を見直すのだ。カーシェアリングでは、個人による所有と比べて稼働率がはるかに高くなるので、耐久性を高めることが必要になるかもしれない。誰にでも一目で操作方法が分かるようにするために、カーシェアリング向けの車種では操舵装置や計器類を標準化することも一つの手だろう。
日本のシェアリングエコノミーはまだ入り口
「シェアリングエコノミー領域map」を見ると、日本でも既にさまざまなサービスが展開されていることがわかる。それでも重松氏は「日本におけるシェアリングエコノミーサービスはまだ入り口です」と語る。
「もっとみなさんに利用していただき、賢く消費してもらいたい。そして、賢く稼ぐ方法を持つことも考えてほしいと思います。新しいサービスが次々に生まれ、もっと多くの人がサービスを活用する状況になるのが、シェアリングエコノミーの理想です」
資金を投じてもプラットフォームビジネスはすぐに確立できるわけではなく、地道に時間をかけていくことが求められる。その苦労を知る重松氏は、前向きにチャレンジする人が成長、活躍できるのもシェアリングエコノミーの面白さだという。
シェアリングエコノミーの最前線では、まだ多くのサービス出現を望んでいる。