顔認証を活用した「Face Express」で安全かつワクワクする新しい顧客体験の創造を目指す
トップ対談/成田国際空港 田村社長× NEC 石黒副社長
現在、成田国際空港では、NECの顔認証技術を活用した新たな搭乗手続きシステム「Face Express」の導入を進めている。これは、旅客がチェックイン時に顔写真を登録すると、保安検査場入口や搭乗ゲートなどを顔認証で通過できるシステムだ。コロナ禍で航空業界全体が岐路を迎えた今、Face Expressは旅行のスタイルをどのように変え、どのような新しい顧客体験を生み出すのか。成田国際空港 代表取締役社長・田村 明比古氏とNEC取締役 執行役員副社長・石黒 憲彦が語りあった。
SPEAKER 話し手
成田国際空港株式会社
田村 明比古 氏
代表取締役社長
1955年生まれ。80年に運輸省(現・国土交通省)入省。大臣官房審議官、鉄道局次長、航空局長、観光庁長官などを歴任し、2019年6月から現職
日本電気
石黒 憲彦
取締役 執行役員副社長
1957年生まれ。80年に通商産業省(現・経済産業省)入省。商務情報政策局長、経済産業政策局長、経済産業審議官などを歴任し、2016年から現職
Face Expressは国際航空運送協会が推進する「ファストトラベル」の進化系
── 成田国際空港では、NECの顔認証技術を活用した次世代の搭乗手続き「Face Express」の導入を進めています。そのきっかけについて教えてください。
田村氏:国際航空運送協会(International Air Transport Association: IATA)は、2014年から、搭乗手続きの自動化「ファストトラベル」の導入に向けた取り組みを始めました。その目的の1つは、コロナ禍発生以前の世界的な航空需要の伸びに伴い、空港における搭乗手続きの簡素化や時間短縮を図り、混雑を解消することにありました。
搭乗手続きを自動化すれば、航空会社や空港の事業者は省力化や生産性向上が図れますし、お客様は面倒な手続きを簡単に済ませて、空港での滞在時間を自由に使えるようになります。こうしたさまざまなメリットを享受するために、成田国際空港でも是非この取り組みを進めたいと考えたのが、Face Expressを始めるに至ったきっかけです。
従来、空港での搭乗手続きのシステムは、航空会社ごとにカスタマイズされており、我々もそれに合わせて場所をお貸しする形をとってきました。とはいえ、航空会社間の乗り継ぎやアライアンスの形成を考えると、国際標準化されたシステムが必要です。空港としては、できれば統一的なシステムをご提供し、お客様にお使いいただけるような環境を整えたい。そんな思いで変革を進めてきました。
NECの高精度な顔認証技術と結びつけることで、Face Expressのメリットも一層大きくなると考えています。我々もいち早く、Face Expressを成田国際空港全体で実用化していきたいと思っています。
石黒:NECの顔認証は、手書きの郵便番号の解読に始まり、約60年にわたって画像認識技術を進化させてきました。顔認証も当初はパブリック・セーフティという領域で使われることが多かったのですが、今回は新しい顧客価値のために顔認証を活用していただくという点で大きな意義があると捉えています。
我々の顔認証技術は、米国国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology:NIST)主催のベンチマークで、スピードと精度ではNo.1の評価を5回いただきました(※)。今回、Face Express導入のお話をいただいたのも、それが1つのきっかけになったのではないかと思っています。
アメリカでも、国土安全保障省の税関・国境取締局(CBP:日本の入国管理局に相当)やジョン・F・ケネディ国際空港では、既にNECの顔認証を採用いただいております。今回、御社には、「高いセキュリティを維持しながらも、旅客手続きをスムーズにできる」という点をご評価いただきました。その点が、まさに我々の技術の見せどころ。Face Expressがもたらす新しい旅行のあり方や顧客体験を、成田国際空港という場でお見せする機会を存分に活かしていきたいですね。
1点、Face Express の空港への導入に当たって十分な配慮を求められたのが、「プライバシー」の問題です。NECでは2019年に「AIと人権に関するポリシー」を定め、細心の注意をもってプライバシー保護に取り組んできました。今回もご相談させていただきながら、万全を期してまいりたいと思います。
- ※ 米国国立標準技術研究所(NIST)による顔認証技術の精度評価で5回第1位を獲得。NISTによる評価結果は米国政府による特定のシステム、製品、サービス、企業を推奨するものではありません。
チェックインから搭乗ゲートまでウォークスルーで通過
── Face Expressを導入すると、具体的にどのようなことが実現するのでしょうか。
田村氏:例えば、国際線で海外に行かれるお客様は、パスポートと搭乗券をお持ちです。そこで、最初の手続きでパスポート情報・顔情報を登録し、その後の手続きにおいて顔認証によりお客様本人の顔と照合すれば、チェックインから手荷物預け・保安検査場入口・搭乗ゲートまで、ストレスなく手続きできます。将来的にはCIQ(Customs:税関、Immigration:出入国管理、Quarantine:検疫)の審査に至るまでリンクできるようになれば、さらに利便性が向上するとともに、審査もより厳格になると考えます。これがFace Expressの最大のメリットです。
もう1つは、「非対面・非接触」の実現です。コロナ禍における感染拡大を防止するため、「人と人との接触をできるだけ減らす」ことが求められています。顔認証技術を使えば、非接触で手続きが進められるので、感染防止対策としても大変有効です。新型コロナウイルスが収束したとしても、将来、別の形でパンデミックが起こる可能性がありますので、それは非常に大きなメリットではないでしょうか。
石黒:我々もコロナ禍を機に、顔認証がもたらす新しい価値に改めて気付かされました。非接触の技術は、お客様に新しい付加価値をお届けできると考えています。
成田国際空港の場合、保安上の理由からゲートを通過する際にマスクを外す必要がありますが、今は顔認証技術も進化しておりまして、いったん顔を登録すれば、マスクを着けたままでも99%以上の精度で顔認証ができるようになっています。
現にNEC社内では、マスクを着けたままの状態で、顔決済や入退管理を行っています。その認証精度も徐々に向上していますので、こうした技術もぜひ活用していただきたいですね。
航空会社間の乗り継ぎも顔認証でスムーズに
──2025年に向けた今後の展開について、お考えをお聞かせください。
田村氏:当面は感染を十分に抑え込み、一般の方々が「そろそろ旅行しようか」という雰囲気にならないと、なかなか需要は回復してこないと思います。しかし、その時に備えて、今からいろいろなことを考えておきたいですね。特に今後の展開としては、3つの観点があると考えています。
1つ目は、利用航空会社の拡大です。現在、Face Expressの導入に取り組んでいただいているのは日本航空(JAL)、全日本空輸(ANA)の2社ですが、今後は利用航空会社の拡大を図ることが、お客様にとっても空港にとっても重要です。アライアンス内では乗り継ぎが頻繁に行われるので、できるだけ多くの航空会社に使っていただきたいですし、インターオペラビリティ(相互運用性)の確保は大変重要なポイントだと考えています。
2つ目は、セキュリティの観点です。近い将来、Face ExpressにCIQの審査プロセスもリンクさせれば、空港の中をすべて顔認証で通過することが可能となります。それは、CIQ当局にとってもプラスになる面が多いですし、利便性と厳格な審査を両立できるという意味で、この技術は非常に有効だと思います。
3つ目は、感染リスクの低減です。最近では、国際線で移動する際にはPCR検査の陰性証明書の提出が求められるようになっており、検疫に関する情報として入国審査などにひも付けられるようになるでしょう。こうした情報をデジタル化して国際的に互換性のあるデータにするとともにFace Expressとリンクできれば、海外渡航に対するハードルは下がるのではないでしょうか。
石黒:おっしゃる通りで、航空会社同士の連携が重要なポイントの1つになると思います。その意味で、我々が大きな期待をかけているのが、スターアライアンスとの協業です。
スターアライアンス加盟社では、各社のモバイルアプリで顔画像とパスポート情報を事前登録してからチェックインすると、搭乗ゲートやVIPラウンジでパスポートや搭乗券の提示が不要になり、顔認証による本人確認だけで通過できるサービスを検討中です。2020年11月からはフランクフルト空港とミュンヘン空港で、ルフトハンザドイツ航空とスイス航空の旅客が事前登録をすれば、パスポートを提示しなくても搭乗手続きや保安検査場への入場ができるサービスがスタートしています。
こうしたサービスがどんどん広がれば、大変スムーズに乗り継ぎができるようになります。個人情報については、暗号化を行い管理体制を敷いていますが、プライバシーやセキュリティ面で不安のあるお客様はご自身の意思でサービスを利用する/しないを決定できます。
ゆくゆくは、あらゆる搭乗手続きがすべて顔認証だけでカバーできる――そんなビジョンを我々も共有しております。一度チェックインしてしまえば、そのまま手ぶらで飛行機に乗れる。そんな世界を実現していきたいと考えています。
空港周辺の店舗や観光施設にも“顔認証”の輪を広げたい
──10年後の2030年に向けて、空港はどのように変わっていくとお考えですか。
田村氏:Face Expressを活用して、空港内では何でも顔認証でできるようにすることが重要だと思いますし、買い物や食事も、そのまま決済ができる環境を提供したい。それから、空港単体だけでなく、空港の敷地の外側にもサービスを広げていきたいですね。
例えば、NECが取り組まれた南紀白浜の実証実験のように、空港周辺の商業施設や観光施設、MaaS(マース:Mobility as a Service)と組み合わせた公共交通機関などが顔認証だけで利用できるようになれば、今後が非常に期待できると思います。また、よりグローバルな展開としては、旅前から旅中、旅後に至るまで、すべて顔認証でサービスを利用することも可能になると思います。
また、空港の滑走路や、業務用車両のメンテナンス情報、稼働状況の管理なども、DX(デジタル・トランスフォーメーション)によって高い生産性を確保することができると思います。2019年秋の台風ではアクセスが寸断され、空港内に1万人以上のお客様が滞留されました。こうした災害発生時にも、NECの技術によって混雑の状況を分析し、事故防止につなげるなど、応用できるところは非常に広いと感じています。
石黒:ご紹介いただいた通り、南紀白浜では、ホテルや土産物店、アドベンチャーワールドと空港をつなぎ、顔認証ですべての決済ができるようにして、新しい顧客体験を生み出す実証実験に取り組んでいます。
また、成田国際空港のFace Expressについては、「空港に到着後、ホテルに直行して顔認証でチェックインし、付近の商店街をぶらぶら歩きながら顔決済で買い物できる」というイメージを、我々は1つのビジョンとして描いています。これは2030年といわず、もっと早く実現していきたいですね。
今後、5Gやローカル5Gの普及が進めば、空港内の業務用車両の稼働状況も、自動的に管理できるようになると思います。また、先ほどMaaSの話がありましたが、成田国際空港から東京方面に移動する時も、顔認証のみで切符の手配や乗車ができるような世界の実現も検討を進めているところです。そうした取り組みを通じて、本当にシームレスな顧客体験を実現していければと思っています。
技術の進歩に伴い、実現できることはどんどん増えていきます。そうした技術を活用して新しい顧客体験をつくり、新しいビジネスの創出に貢献できればと考えています。
──本日は、ありがとうございました。
生体認証資料ダウンロード:NECの生体認証について